5.出来る限り減刑したがおまえの戸籍は抹消する







ガルディオス伯爵家は廃絶する、そう言われたガイ──ガイラルディア・ガラン・ガルディオス伯爵──は真っ青になり、続いて怒りに真っ赤になった。
どうして、俺は何もしていない、そう抗議されても玉座に座る皇帝も、周囲に並ぶ大臣たちも、ガイに向ける目は冷たいまま変わらない。

「身に覚えがないのか、ガイ・セシル?」

皇帝が呼んだ名はガイが伯爵に戻る前、ただの平民の使用人を装っていた頃の偽名だった。
十年以上親しみ親しい仲間から呼ばれ偽名とはいえ愛着のある名だったが、今その名をで呼ばれるということは皇帝は二度とガイにガルディオスを名乗ることを許さないこということで、“何もしていない”自分から家名も爵位も取り上げようとする皇帝への怒りを更に強くして、ガイは更に興奮して抗議を続ける。
しかしそんなガイに、皇帝は冷水を浴びせかけるように罪を突きつけた。

「ヴァンに協力した結果アクゼリュス崩落の一端を担ったことを、もう覚えていないというのか?」

ガイは意味を解しなかったように訝しげに眉を寄せただけで、それが皇帝の問いかけを肯定していた。

「なんで、ルークの話がでてくるんですか!今は俺のことを」

「お前のことだヴァンの共犯者ガイ・セシルよ。お前が犯した罪だ。忘れたとは言わせんぞ」

呆れたように溜息ひとつついてガイの勘違いを訂正する。
全く、ケセドニアもそうだったと聞くが、この男はどうしてアクゼリュス崩落をルークだけの罪としか見ないのだろう。

「お前はファブレ公爵家に潜入していた時、同時にヴァン・グランツの同志でもあったことも、ヴァンがルーク・フォン・ファブレを騙すのに協力し、また騙されている彼を見捨てることで作為不作為二重に共犯であったことも分かっている。最近捕らえたヴァンの残党にそれを知っている者がいたんでな。ペールも既に捕らえて尋問済みだ。お前の行為は結果的にヴァンがアクゼリュス崩落に使う兵器を手に入れることに協力し、崩落の一端を担ったことになる。ならばアクゼリュス崩落はお前の罪でもあったはずだ・・・・・・ああ、俺は悪くないなど見苦しく言い訳をしてくれるなよ。七歳の子供は悪くないはずがないのに、成人している保護者は悪くないなどと、言い訳をしてはくれるなよ?」

ビオニーは淡々と罪を突きつけ、途中で俺は悪くないと言いかけるとあっさり逃げ道を塞ぐ。
今度は赤から青へと顔色を戻し立ちつくすガイに、再び問いかける。

「俺は何もしていない、か。何故お前は“何もしなかった”?アクゼリュスはマルクトの領土、住人はマルクトの民、そして俺、ピオニー・ウパラ・マルクト9世はマルクトの皇帝だ。なのにお前はジェイドが俺への報告書を書いていた時にも、最初の謁見でルークが罪を告白した時も、ガルディオス伯爵家を継いだ時にも、俺に臣下として剣を捧げると誓った時にも・・・・・・ずっと己の罪を隠していただろう。お前は、俺を騙したんだ」

そんなつもりは、と言いかけた唇が、先程のピオニーの言葉を思い出したのか途中で閉じられ噛み締められる。
何も知らなかった、そんなつもりはなかった、それはガイには言い訳にできなかった。

「お前は俺を騙した。マルクトの領土の崩落と民の死の一端を担ったことを皇帝の俺に隠すというのはそういうことだ。まして臣下になった時にすら、お前は主君の俺にいうべきことを言わずに騙したんだ。そして罪を隠すと言うことは、償いも罰を受けもせずに己が罪から逃れる気だったとみられても仕方がない。ただでさえ“加害者の家族”に復讐を企み騙し騙されるのに協力した前科のあるお前がマルクトに戻ったのは“加害者の家族”の俺や俺が将来持つ妻子へ復讐したり騙し騙されるのに協力するのが目的じゃないかと警戒されていたのに、こんな真似をしてはその疑惑を決定づけるようなものだろう。お前は“何もしなかった”からこそ多くの罪を犯し、騙し、こうして裁かれているんだよ──ガイ・セシル」

再び偽名で呼ばれても、もうガイは怒ることはしなかった。
青ざめていた顔はいつの間にか土気色に変わり、抗議ばかりを口にしていた唇は噛み締められて血が滲んでいる。

「死罪にという意見も多かったがな、お前を追い詰めた原因のひとつは先帝・・・・・・俺の父だ。ヴァン討伐の功績もある。だから俺も出来る限りは減刑したが、ガルディオス伯爵家は廃絶し、お前はペールと共に国外追放処分が精々だ。異論ないな?──ガイ・セシル」

力なく頷き、兵士に乱暴に肩を掴まれて扉への歩かされながら、ガイはかつてこの部屋で罪を告白した子供のことを思い出していた。



『それにアクゼリュスは・・・・・・俺のせいで・・・・・・』

あの時も、自分は“何もしなかった”


『アクゼリュスが消滅したのは、俺が──私が招いたことです。非難されるのはマルクトではなく、このルーク・フォン・ファブレただ一人!』

ケセドニアのあの時も、自分は“何もしなかった”


『ルークは馬鹿かもしれない、それでも長い間一緒に過ごしてきたから・・・・・・』

一緒にすごしてきて長い間、自分はずっと“何もしなかった”



「馬鹿なのは・・・・・・自分の非を認めず、全て人のせいにしていたのは・・・・・・俺だったんだな・・・・・・」


主君を騙して主君に罪を隠して主君に自分が背負わせた罪をひとり背負わせて、新たな主君にも罪を隠して騙して。
剣を捧げられる大人になれるか、心の友兼使用人でいてやってもいい、そう言った自分は、自分の剣は気付いたら汚れて堕ちて血塗られて、誰にも捧げられなくなっていたのに。





──宝刀ガルディオスと呼ばれるガルディオス伯爵家の当主に受け継がれてきた剣は、現在マルクト帝国博物館に所蔵されている。
ND2021年のガルディオス伯爵家廃絶と最後のガルディオス伯爵ガイラルディア・ガラン追放の際、皇帝は親の形見でもある宝刀ガルディオスを取り上げはせず持って行くことを許したが、ガイラルディア・ガランは「自分にはその剣を持つ資格はない」と固辞して置いて行ったと伝えられる。
その後ガルディオス伯爵家が再興されることはなく、ガイラルディア・ガランも歴史の表舞台に現れることは二度となかった。
ガイラルディア・ガランの消息には複数の説があり、追放された後自ら命を絶った、また何者かに殺されて亡くなったと言うのが定説だが、ダアトのある村でレプリカの保護に尽くして一生を終えたガイという平民の青年と同一人物という異説も根強く支持されている・・・・・・。









+無自覚な非常識人に告げる七つの裁き+
5.出来る限り減刑したがおまえの戸籍は抹消する

Realistic Sun様からお借りしました。







                        
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