3.お前の行為で一体何人死んだと思ってる







「ホド島で行われていた超振動研究って、ジェイドが指示したんだよな?」

アクゼリュス崩壊の罪と責任、その償いについて話していた時、そうルークに問われたジェイドは訝しげに眉を寄せただけで苦悩や罪悪感といったものは全く表さなかった。
自分が、仲間が、彼に認めさせた罪と自分との共通点に気付くこともなく、ただ淡々と返答する。

「ええ。私自身は島を訪れることはありませんでしたが、指示は全て私が出していました」

「で、ホド島とフェレス島はその超振動で崩落したんだよな?」

「ええ。マルクトの先帝の命令でフォミクリーの資料を隠蔽するためと、ホド島ごとキムラスカ軍を葬る計画を立てて・・・・・・」

「ジェイドは、その罪をどうやって償ってるんだ?」

「は?」

何の償いなのか、ジェイドには全く理解出来なかった。
ルークの言葉を頭の中で反芻してみるが、ホドで行われていた超振動研究や、それを使ったホドとフェレスの崩落と、自分がどう関係するのかジェイドには分からない。崩落させたのはマルクトの先帝と研究者で、自分は何も──そう考えていると、ジェイドの訝しげな様子を不思議そうに眺めていたルークの口が、ジェイドの罪を、かつてジェイドがルークに認めさせたものと酷似した罪を紡ぎ始めた

「ジェイドはホドに使われるとは思わなかったけど、利用されたけど、崩落に使ったのは別の人間だけど、でもジェイドが指示して作って、先帝の研究者たちを、信用してはいけなかった人間を信用してしまって、その結果超振動はホドに使われて、ホドとフェレスは崩落したんだろう?そのジェイドの罪でもあるホドとフェレスの崩落を、どうやって償ってるんだ?」

「私の、罪・・・・」

珍しく顔色を失くしてただ鸚鵡返しに呟いたまま絶句しているジェイドの顔を、ルークはただ不思議そうに見つめる。
だって、ジェイドは自分にアクゼリュス崩落の責任を認めさせた人間のひとりだ。

ルークはアクゼリュス崩落に使われるとは思わなかったけど、利用されたけど、崩落に使ったのは別の人間だけど、でもルークがヴァンを、信用してはいけなかった人間を信用してしまった、その結果超振動はアクゼリュスに使われて、アクゼリュスは崩落した。
それを悪くないはずはないのだとルークに認めさせた彼らが、ジェイドがホドとフェレスの崩落を──酷似した過去の罪を自覚していないはずがなかったから。

スピノザにも言ったではないか。
“私は自分の罪を自覚しています”と。

だからジェイドはホドとフェレスが崩落し、何万人もの人が死んだ罪を自覚しているはずだ。
自分の否を認めず全て人のせいにしたりせず、「ホドとフェレスの崩落は私が悪い、悪くないはずがない」と責任を感じ償いに尽力したはずだから。

そう思っていたルークには、ジェイドが動揺する理由が分からない。

「ジェイドはどうやってホドとフェレス崩落と数万人殺しの罪を償ってるんだ?一生かかっても償えないぐらい重い罪だけれど、でもアクゼリュスが崩落した時に悪くないと言った俺みたいに罪から逃げたりしなかったんだろう?崩落に使われると思わなくたって、利用されたって、崩落に使ったのが別の人間だって、ジェイドが悪くないはずがないんだから。なあ、ジェイドはどうしたんだ?」

ジェイドは何も言えなかった。
ただ眼鏡を直すふりをすることでルークの視線から目を逸らすことしかできず、それでも突きつけられた罪からは逃げようもなく、ようやく自分の罪を、ずっと逃避し続けていた罪を自覚して行く。

──ジェイドはこの十五年間、自分の罪を自覚したことなど一度もなかった。
自分が指示した研究の成果であった超振動が悪用されたことも、それによってホドとフェレスが崩落し、何万人もの人々が亡くなったことに何の責任も感じなかった。
超振動を発生させる研究を行い、そして先帝と研究者たちの手中に任せた時、盲目的ではなくても確かにジェイドは彼らを、危険な研究を彼らが勝手に利用できる状況に置いてしまうほどには信用した、信用すべきではなかった相手を信用してしまった。
結果的にその信用は裏切られ、研究成果の超振動は自国の領土であるはずのホドに使われ、ホドとフェレスは崩落し、何万ものマルクトの民間人が亡くなったのに、ジェイドは一度も崩落と数万人を死なせた一端を担ったなどと考えたことなどなかった。

自分が考えなしに身勝手に行動し、信用すべきではなかった人間を信用した結果、ホド崩落の一端を担い何万もの人々を死なせてしまったなんて、思いもしなかった。
ずっと悪いのは命令した先帝と、直接使用した現地の研究者たちだと思っていたから。

フォミクリーもそうだ。
ジェイドは軍事に転用するために軍から呼ばれた時に、その結果や責任を考えなしに従い、フォミクリーという危険な技術を軍の手中に差し出した。
ホドの住民を、生きた人間を被験者にするという死なせたり障害を残す恐れのある方法でレプリカ情報を採取し多くの犠牲を出した。
ジェイドはフォミクリーの原理を考案しただけではなく、悪い方向にばかり使ってきた。
そのために民間人、ヴァンやマリィベルのような子供、レプリカ、数多の命を踏み躙ってきた。
死体を冒涜する死霊使いだけではなく、生きた人間を、敵でもない自国の民間人を、意識的に危険な人体実験の実験体モルモットにした大量殺人者だった。
それなのにジェイドは超振動を軍事研究したことと同様に、フォミクリーを軍事研究し生きた人間を犠牲にしてきた罪と責任を自覚しなかった。

そして崩落の後ですら、自分の研究を悪用して民間人を虐殺した悪人だと分かっていたのに、先帝の命令に従ってフォミクリーの研究を続けていた。
一度悪用されたなら二度目も悪用されるかもしれないのに、考えなしで身勝手なままに自分の罪から逃避して。

アクゼリュスが崩落しルークに罪を認めさせた時も、ルークには悪くないはずがないと罪を認めさせながら酷似した自分の罪は認めないまま“私は悪くありませんよ”と思いこんだままで。
ガイとティアがホドの出身だと知っても自分が二人の家族と故郷を奪ったとは認識せず、和平会談の時に崩落の真相を教えた時もまるで自分には関わりないことのように話し、一度ヴァンを倒して平和になったと思っていた頃も二人に真実を告白しようとは思いもせず。

ジェイドが自覚した罪は巨大な罪の一部でしかなく、多くの罪を自覚しないままに逃避してきた。
自分の行為で何人死のうとも、障害が残ろうとも、どれだけの惨事が起ころうとも目を逸らして、十五年もの間自分の否を認めず全て他人のせいにして逃げ続けた。

「ジェイドはどうやってホドとフェレスの崩落と数万人殺しの償ってるんだ?なあ、ジェイドはどうしたんだ?」

かつて罪からの逃避を責めた相手に私は罪から逃避していましたなどと明かすこともできず、ジェイドはただ見苦しく口籠る。
ふと背中に感じる刺す様な敵意に気付いて振くと、加害者に、家族と故郷の仇に、幻滅と嫌悪と怒りと哀しみと様々な負の感情が混ざった冷たい視線を向ける、今まで仲間だと思っていた被害者の家族たちが立っていた。








+無自覚な非常識人に告げる七つの裁き+
3.お前の行為で一体何人死んだと思ってる

Realistic Sun様からお借りしました。







                        
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