※ルルーシュとの敵対や離別はないものの、フレイヤ被害に対するスザクの反応がスザクにも厳しめ気味です。







帝都ペンドラゴンへのフレイヤ投下報告と、シュナイゼル、ナナリーとの通信を終えた後。
ロイドたちと合流したルルーシュは、セシルが説明しながら再生している巨大なクレーターの映像を、フレイヤ投下後の惨状を凝視していた。
日本のトウキョウ疎開に空いたものと酷似しているが、画面の隅に表示されている数字がその何倍という規模を表していた。

「これを・・・・・・ナナリーが・・・・・・」

呆然としているルルーシュは、眼の前の現実と相反する妹の願いを語る声、感謝の気持ちだと思っていた笑顔を思い出す。

“優しい世界でありますように”

そう願って鶴を折っていた優しい妹は、何処に行ってしまったのだろう。
それとも、最初からいなかったのだろうか。
母の本性に気付かなかったように、妹も、本当は、

「・・・・・・か、皇帝陛下!」

セシルに肩を揺さぶられて、考えに沈むあまり呼び声も聞こえなくなっていたことに気付き、思考を振り払うように髪をかき上げながら問い返すと、 繰り返された報告はルルーシュが予想していた死者数ではなく、生存者数の方だった。

「ペンドラゴンの住民約一億人が、帝都のフレイヤ被害範囲外の地域で発見されたそうです!」

「・・・・・・何?」

ルルーシュはもう一度、画面に映し出されたクレーターを見る。
動くものはおろか、建物の残骸すら存在しない、巨大な穴。
あれほど大きかった宮殿ですら、跡形も残っていなかった。

とても人が生きていられる有様ではないそれを再確認して、ルルーシュはとても信じられずにセシルに眼で問いかける。

「住民の証言によれば、ナナリー皇女の声でフレイヤ投下の事前通告が帝都全域に向けて呼びかけられ、 直後にシュナイゼル皇子の部下が率いる軍隊によって強制的に避難させられたそうです。 帝都に残ったブリタニア軍とシュナイゼル軍との戦闘や撃ち込まれたフレイヤへの突撃、 突然の避難の混乱による事故、強制避難の際に使われた非致死性兵器による負傷などで死傷者も出ていますが、住民の9割以上は生存している模様です」

「そう、か・・・・・・」

一瞬ルルーシュの胸に浮かんだ安堵は、直ぐに蘇ってきた記憶に塗り潰される。

避難先から帰還し、空襲で焦土と化した故郷に呆然とする沢山の日本人。
命は助かったが、職場も家も焼けてしまったと嘆く声。
お腹が空いたと泣く子供を必死で宥めていた女性は、数日後に見かけた時には夜の町に立ち、引き攣った作り笑いでブリタニア人の袖を引いていた。
また別の空腹に泣いていた子供は、毒草の根を食べて腹痛に呻きながら蹲っていた。

生きている人には明日がある。
明日を生き続けるための金が、物が、家が、仕事が要る。
それが得られなければどうなるのかは、既に見てきた。この身で味わってもきた。

あの時は、その惨禍を作りだし、支援策などとらなかった父を憎んだ。
弱者を虐げ、搾取し、その命も苦痛も頓着しないのだと、父への反逆を決意した。

──今は?
この惨禍を作りだし、支援策などとらなかった皇帝は、誰だ?
弱者を虐げ、搾取し、その命も苦痛も頓着しないのだと、そう見捨てた人々から憎まれる対象になっているのは──







硝子の幸福は砕け散った







「即刻、住民の保護と救援に当たる。 食糧、衣服の配布、仮設住宅の設置、医療チームの派遣を急がねばならない。 死亡したオデュッセウスを始めとする皇族から没収予定だった財産のうち、帝都外にあってまだ没収し終えていないものが多かったのが幸いしたな。 それも財源にして、各国からも物資を買い付けて・・・・・・離宮や別荘も被災者の受け入れ先に使えるな。 ああ、被災者には就職支援や養護施設など各種支援を継続することをしっかり伝達するように。 早まって自殺したり、麻薬に走る者などが出ないように気を配れ」

フレイヤ投下報告から間もなく、仮帝都に定めた都市に到着する間も惜しいとばかりに、 艦内の会議室でテキパキと避難させられていた被災者への支援を打ち出すルルーシュと、 帝都消滅の衝撃は残っているがだからこそ早急に支援をと張り切って命令に応じている官吏たちの後ろで、 スザクだけが帝都消滅の衝撃とは違う理由で焦燥を浮かべていた。

「ルルーシュ!どういうつもりなんだ!?あんなことをしたらゼロレクイエムが・・・・・・」

「なら、一億人もの人間を見捨てろというのか!?」

官吏たちが出て行った途端に噛みつくように問い詰めたスザクに、ルルーシュも即座に刃のように鋭い声音で問い返す。

「っ・・・・・・!」

「俺は、もう悪逆皇帝にはなれない・・・・・・悪逆皇帝は、もういるんだ・・・・・・」

「じゃあ、君は名実ともに正義の皇帝になるとでも言うつもりか!?君の罪は、償いは!?」

「ああ、そうだ」

きっぱりとした口調で肯定したルルーシュに、スザクは言葉を失い、怒りを浮かべて詰りかけたが、 それもルルーシュが告げた決意に、恐らくは自分が死ぬよりも辛いだろう選択に、ルルーシュにぶつける前に霧散した。

「俺は、誰を犠牲にしてでも正義を為さなければならない。 悪逆皇帝をナナリーに先を越されてしまった以上、俺の役所はそれを討つ正義の皇帝だ。 もしもこの状況で俺が悪逆皇帝になろうと思えば、ナナリーがした以上の悪を為さねばならない。 ・・・・・・例えば、この一億人の被災者を見捨てる」

「っ!!」

できるはずがなかった。
既に避難地域の近隣都市の報道機関が放映し、世界中に知られている被災者の様子を思い出す。

誰もがろくな荷物もなく着の身着のまま、食事を買うお金もないと不安な様子だった。
強制的に避難させるためにシュナイゼル軍が使用した非致死性兵器による転倒などで怪我をしたらしく、身体に包帯を巻いたり足を引きずっていた人もいた。
避難の混乱の中で親と逸れたと泣いている子供も、親を亡くした衝撃で呆然としたままの子供もいた。

画面に映っていた人々だけではなく、一億人がそんな状況に置かれている。

「あるいはお荷物として虐殺するか、何処かの町にナナリー以上の規模でフレイヤを落とすか? 超大国ブリタニアの帝都だけあって、ペンドラゴンの人口は世界の都市圏人口第一位だ。 それを塗り替えて霞ませるほどの規模の破壊となれば、一体幾つの都市をクレーターにすることになるだろうな。いや幾つの国を、か? 予定していた書類上の捏造や反乱貴族の討伐の誇張では到底追いつかないぞ。 いくら捏造や誇張しても、規模を大きくすればそれだけ現実との齟齬を大きくし、人々が真実に気付き易くなるんだからな」

「でも、でも、ナナリーはペンドラゴンの人たちを皆殺しにはしなかった。 犠牲もあったけど、事前に通告して、避難させて、一億人が生きて・・・」

「故郷を焦土とされた人々が放って置けばどうなるのか、お前だって見てきただろう!」

息を飲んだスザクの脳裏に、少し前にルルーシュの脳裏に蘇ったものと同様の記憶が蘇る。

親しくしていた小学校の友達や教師、枢木神社の周りに住んでいたご近所さん、藤堂道場の剣道仲間。

空襲と虐殺による訃報の後々も、飢えて死んだ、毒草を食べて死んだ、 家族を養うために身を売った、あるいは売られた、親の死後に一人では生きられぬ幼児も死んだ、そんな話は枚挙に暇がないほどに聞いていた。

着の身着のままで避難させられ、財産も仕事も故郷すらも失い、家族を亡くした人や怪我人もいるあの人たちも、放って置けば。
画面に映っていた人々だけではなく、一億人がそんな未来を前にしている。

「ナナリーは確かに彼らを皆殺しにはしていないさ。一億人が“直接には”殺されずに生き延びてはいる。 しかし、彼らから生きるための術を奪ったんだ。 財産、家屋、家族、仕事、彼らが生きるために必要だったものは失われ、故郷の大地すらも人の住めないクレーターだ。 帝都の外の親族や知人を頼れるものや、新しい仕事や養い親を見付けられる者もいるとしても、一億人のうちどれほどだ? ただでさえ長く弱肉強食政策をとってきたブリタニアは、弱者保護の面では思想的にも体制的にも大幅に他国より遅れているんだぞ。 放って置けば、彼らの多くは餓死するか、生きるために身を売るか売られるか、盗みなどの不法行為に手を染めるか、絶望して麻薬に走るか自殺するか・・・・・・。 それは間接的にはナナリーが殺したのと、身売りや犯罪に走らないと生きられないほどの苦境に追いやったのと同じなんだ」

「そうならないように、君が助けようとしているじゃないか!」

「ああ。結果的に俺が彼らを助ける。ナナリーと敵対関係にある俺が、この俺がだ!」

ルルーシュが被災者を助ければナナリーの罪は帳消しになると言わんばかりで、 ルルーシュが“俺が”と繰り返した意味を理解できていないスザクの様子に、 ルルーシュは苛立ちを露わに、手の平が痺れるほどの強さで机を叩いた。

「分からないのか?ナナリーは俺のことをフレイヤで対抗するほどの悪だと認識しているんだぞ。 つまり彼女の認識なら、俺は被災者支援などするはずがない悪逆皇帝。 そして被災者はただ避難させられただけで、補給物資などの支援は受けていなかった。 ナナリーの認識と行動の先の予想では、被災者は俺にもナナリーにも放置され、 さっき言ったように多くが餓死や身売りをするほどの苦境に置かれたままになるはずなんだ。 結果はそうならない。しかしナナリーの手段の先にありえた未来は、そういうことになってしまうんだよ。 仮にナナリーがそう思っていなくても、他人はこの状況とナナリーの行動からそう推察するだろう。 一億人のブリタニア人は、ナナリーを許すと思うのか? 俺がゼロレクイエムを強行した所で、ナナリーを忘れると思うのか? 結果的に俺が彼らを助けたとしても、彼らがナナリーには死ぬか身売りかの瀬戸際に立たされた挙句に放置されたことに変わりはないんだぞ」

「でも、首謀者はシュナイゼルだ・・・・・・ナナリーは利用された、だけで・・・・・・」

「シュナイゼルは宰相だ。ナナリーが称しているのは皇帝、シュナイゼルの主君だ。 中華の天子のように、幼児の頃に本人の意思と無関係に登極させられたのとは訳が違う。 ただ玉座に座らされるのみで何も知らされず、臣下が皇帝を無視したり騙して強行したのとも違う。 通信でもはっきりと言っていただろう。“帝都ペンドラゴンにフレイヤ弾頭を打ち込んだ”と。 例えシュナイゼルがナナリーを傀儡の皇帝と見做していようと、ナナリーは自分の意思で皇帝を称している。 そして宰相シュナイゼルの、臣下の行動を、フレイヤが兵器だとも打ち込む先が帝都だとも知らされた上で、承認した。 フレイヤ投下の最終責任は、ナナリーにあるんだよ・・・・・・。 今までブリタニアが行ってきた日本や各地への侵略、虐殺、破壊、征服、ナンバーズ化、弾圧が、 例え目的ではなく手段であっても、発案者や実行者が別にいても、皇帝として承諾したあの男に最終責任があったように」

ルルーシュはずっと、ナナリーに嘘を吐いてきた。

戦火の中をスザクと三人で逃げる時も、虐殺された日本人の死体が焦げる匂いを不審がればごみ捨て場の近くだからだと誤魔化した。
二人で暮らしていた頃も、眼に映る苛酷な現実をナナリーには教えなかった。
食糧が充分に手に入らなくても、どんな方法で手に入れたのか、自分は何を食べているのか、 ナナリーには億尾にも出さず、飢えなど味あわせまいとしてきた。

しかし、もしもルルーシュがナナリーに真実を話していたなら。
生きる術を失えば、飢えれば、人は死に、草を食い、身を売り、売られるのだと、ナナリーに教えていたなら。
ナナリーがその身で飢えという感覚を実感していたなら。

「・・・・・・無駄だ。今更過去を悔いた所で、未来は何も変わらないんだ・・・・・・」

「え?・・・・・・ルルーシュ?」

「いや、なんでもない。・・・・・・それでどうするスザク。俺の剣の騎士よ。 あくまでゼロレクイエムに拘って、俺を悪逆皇帝として殺すことに拘って、 一億人の人間を見捨てることを、それ以上の規模のフレイヤ投下を望むのか?」

スザクは震える手で顔を覆い、できない、もうできないよと弱々しく呟いていたが、 間もなく決心がついたのか、手を離した時には動揺も情も排した表情と声音になっていた。

「・・・・・・君がナナリーを助けることを、僕は決して許さない。僕自身にも許さない。 僕の剣が彼女の心臓を刺し貫こうと、悪逆の女帝として討ち果たそうと、君はそれを見ていなければならない。 そして君が皇帝、僕が君の騎士である以上・・・・・・僕が彼女を殺した時の最終責任は、君が負うんだ。最愛の妹の血に君は塗れる。 それでも情を排して正義の皇帝という役を演じ続けることが、君の贖罪だ」

「ああ。誓おう。それが俺とお前との新たな、絶対の約束、互いへのギアスだ」

──ギアスという名の王の力は、人を孤独にする。

共犯者の騎士の手を取った瞬間、ルルーシュの脳裏に、何時だったかもう一人の共犯者の魔女が言った言葉が過った。

次いでガラスの角度を変えた時のように、妹と過ごした幾つもの思い出が浮かび上がり、そして妹への想いともに、心の深くに封じ込められるように沈んでいった。


──幸せに形があるとしたら、それはどんなものなのでしょうか、お兄様?

──この鶴を千羽折ると、願いが叶うんですって。・・・・・・優しい世界でありますように!












シュナイゼルがナナリーに言った通りにペンドラゴンの人たちを避難させていたとしても、ペンドラゴンの人たちは全く大丈夫じゃなかったと思います。
シュナイゼルは「避難誘導を済ませた」としか言ってませんし、ナナリーが保護や支援について案じている様子もありませんでしたし。
ルルーシュ統治下の、しかもルルーシュが正義の皇帝と称えられている時の帝都の住民避難を、 オデュッセウスたちとは違ってルルーシュに従わないと見做されていただろうナナリーやシュナイゼルが短時間で行おうとすれば、 多数の住民を睡眠や麻痺状態にする非致死性兵器で抵抗力を奪うとか、避難自体で死傷する人も出るような危険で強制的にという形になりそうですし。
「避難誘導を済ませた」「被害が皆無とはいかないけれど、最小限に留めた」で納得するナナリーって・・・・・・。

生きてはいても、生きる術がないと、生き続けて明日を迎えるのは困難なんですが、 被災者はナナリーの生活を支えていた納税者でもあったというのに、彼らの生活について無頓着で、本編終了後に一体どういう政治家になっているんでしょう。
スザクゼロはナナリーに付きっきりという訳ではないでしょうし、この辺りのナナリーの認識や思考を見ると、 例えシュナイゼルが嘘を吐かなくても、同じ状況への認識や未来予想がシュナイゼルとナナリーでは違い、 というかナナリーが甘えまくった認識や予想をしていて、その齟齬が施策までに影響してとんでもない破綻を招きそうな気がしてしまいます。

※スザクにも厳しめではというご意見を頂いたので、厳しめ注意書き追加しました。
私は基本ゼロレクメンバー贔屓なのですが、スザクに対してはアンチ気味でもあり、 スザクのフレイヤ被害への反応も、優先順位がゼロレクの方が上と言う厳しめなものになっていました。失礼いたしました。






                        
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