裏切りの果ての明日







「信じた仲間を裏切るんだ、せめて日本ぐらい取り返さなくては、俺は自分を許せなかった!」

ルルーシュ暗殺未遂が失敗に終わった後、怒るカレンと呆れるラクシャータ、 そして二人の連絡で通信を繋いだ九州の神楽耶や星刻からゼロ死亡発表の真相を追及された扇は、 全てを話し終えた後そう言い放ち、手柄を立てたような得意顔になってこれで日本が返ってくると続けた。
しかし扇の予想とはあべこべに、カレンの怒りもラクシャータの呆れも、神楽耶や星刻の冷厳な視線も緩むどころか更に強くなり、 誰も扇を誉めることも同意することもなく、向けられる非難を追いこまれる孤立を深めていくばかりだった。

「ふざけないで!」

「カ、カレン!?」

殴りかからんばかりのカレンの怒りに、当然誰より賛同と称賛をしてくれるものと信じていた親友の妹の非難に、 扇は逃げるように殴られるのを避けようとするように後ずさるが、カレンは扇の襟首を掴んで乱暴に元の位置まで引き寄せると、 戦場で敵にイレブンと蔑まれた時よりも強い怒りを込めて、涙声を張り上げて責め立てる。

「信じた仲間を裏切るから、日本を取り戻さないと自分を許せない? 逆に言えば、扇さんは日本さえ取り戻せれば、ゼロを裏切ることを自分に許せるって言うの!?」

「か、カレン!?何をそんなに怒ってるんだ、日本が戻ってくるんだぞ?」

この場の全員から向けられる非難と殺意と錯覚しそうなほどの敵意に委縮しながらも、 幼い頃からの付き合いのカレンなら許してくれるという甘えか、まだ17歳のカレンへの侮りか、 しどろもどろになりながらも言い返し、日本を、“ゼロを売って戻ってくる日本”を持ちだして正当化しようとした。
けれどカレンは吐き捨てるように「ゼロへのみんなへの裏切りと引き換えにね!」と言うと手で顔を覆い、しゃくり上げるような声を漏らして首を振る。

「それで戻ってくる日本に、何の保証が、何処に希望が、どんな未来がありましょう」

「神楽耶さままで!? それは、綺麗な方法では、ありませんが・・・・・・今は、綺麗事を言っている場合では・・・・・・」

京都六家の皇家当主として、解放戦争を支援してきた立役者のひとりとして、 日本人の信望と解放への希望を集めている神楽耶から“自分が取り戻した日本”を、自分の功績を正当化を否定され、 扇は衝撃と居心地の悪さを覚えつつも、幼い姫君の綺麗事だととらえてカレンの時より更に弱い口調でつっかえながらも反論したが、 神楽耶は即座に、お綺麗な幼い姫ではなく、既に汚れも悪も知り背負う覚悟を負った顔で扇の侮りを跳ね返す。

「わたくしとて、綺麗事のみで日本を取り戻せるとは思ってはおりません。 桐原の御爺様たちもそうでしたし、ゼロ様とてあなたたちの前で言われていたでしょう。 正義で倒せない悪がいる時には、悪を成して巨悪を討つ、と」

“質問しよう、ギルフォード卿。正義で倒せない悪がいる時、君はどうする?悪に手を染めてでも悪を倒すか、それとも己が正義を貫き、悪に屈するを良しとするか”

“我が正義は、姫様の下に!”

“なるほど。私なら、悪を成して巨悪を討つ!”


人質に捕られていた黒の騎士団の、扇たちの前でゼロが宣言した主義。
ゼロは公然と正義には拘らず、時には悪をも成すと言っていたことに気付いて、 扇が抱いていた正義を成すゼロのイメージを砕かれた被害者気分は水を差され、自己正当化に罅を入れられたことに不安と恐怖が沸き上がる。

「ゼロを信じているのは君たちだけではない。 私も黒の騎士団というよりは彼の才覚と行動、そしてブリタニア打倒という奇跡を起こす希望を信じたからこそ、手を組んだ。 お前たちは全てをギアスとかいう力が種だと思っているようだが、人を操る力が本当にゼロに備わっているとしても、 今までゼロが見せた戦術、戦略、構想、超合衆国の結集、そして戦う覚悟はギアスの力ではなく、ゼロの力だろう。 奇跡に種があるのは当然、大事なのはその種を撒き芽吹かせた能力と行動だ。 ギアスはそのひとつであり、どう使うかによって効果を左右される道具に過ぎない。 ゼロと話す必要やギアスについて聞く必要はあるが、彼の功績を全否定して敵の口車に乗って暗殺などと愚の骨頂だ」

星刻は神楽耶やカレンには同情するような眼差しを向けた後、既に同盟者へ向けるものではない冷たい視線で扇を見据えると溜息をひとつ吐き、 更に扇の被害者気分への水を、自己正当化への罅を増やしていった。

「でもゼロは俺たちを操って!」

「ゼロと私たちの目的は打倒ブリタニアという同一のものであり、私たちは今までずっと、 また君たちはゼロと出会う前からそのために行動してきたのに、何処に洗脳の入る余地があった? 不可解な裏切りを行ったというギルフォードの行動には確かに洗脳を思わせるものはあるが、 少なくとも今のブリタニアと戦い、母国の防衛なり解放なりのために戦ってきた行動は、ゼロと出会う前の君たちの望みそのままだろう。 それとも君は本当はブリタニアと戦いたくも日本解放を望んでもいなかったのに、 ゼロのギアスで無理矢理対ブリタニア戦争に、望みもしない日本解放のために戦わされてでもいたというのか?」

もっとも今の君の言動では、別の意味で対ブリタニアや日本解放の意思が怪しいが、と 星刻はヴィレッタを捕縛した時の扇の醜態を思い出しながら呟いた。

千草だとか恋人だとかなんとか訳の分からないことを喚いていたが、 ブリタニア軍の軍人と誰も知らぬうちに結ばれてその女の言うことを鵜呑みにするなど、 それこそ誘惑による洗脳でもされて裏切っていたのかと疑うには充分なものだった。

「騎士団の団員たち、超合衆国に参加した国々、ブリタニアに支配されたエリアの人々にとってもゼロは希望だ。 ・・・・・・それを君は、超合衆国の議員たちにも、騎士団の総司令官たる私にも、裏切りの時斑鳩にいたラクシャータにも無断で、裏切り売り払おうとした。 日本だけを対価に。その結果はどうなると思う?」

「結果は、だから日本が戻ってくるじゃないか。ゼロを裏切っても、ゼロがいなくなっても代わりに日本が戻ってくるなら!」

「いい加減にしてよ!日本が、日本が、って、戻ってくるのは日本だけ、じゃない!」

日本が戻ってくる。日本“だけ”が戻ってくる。
超合衆国議員に幹部に無断で、日本人幹部のみの独断で、超合衆国設立の立役者であり日本のみならず多くの国々の希望でもあるゼロをブリタニアに売り払って。
それに扇は何の疑問も罪悪感も、そして他国人の同盟者である星刻やラクシャータへの後ろめたさも、何も感じてはいなかった。

「どうして中華連邦の星刻総指令たちや、インドのラクシャータさんたちの前でそんなこと言えるの、 戻ってくるのは日本だけで、他のエリアは相変わらずブリタニアに支配されたまま、中華連邦や超合衆国の他の国もまたブリタニアに侵略されるかもしれないまま、 他国は元の黙阿弥・・・・・・ううんゼロがいないんだからもっと悪い状況にして、 日本だけ取り戻してのうのうとそれを甘受するなんてできる訳ないじゃない!」

「他国にはこう言われるでしょう。 日本人は、日本だけではなく多くの国々にとって、日本人だけではなく世界中の人々にとっての希望であったゼロを裏切り、 日本だけではなく多くの国々の命運を解放と防衛をかけ、他国人も九州で参戦した戦争中に無断で敵と取引し、日本だけを取り戻した。 日本人は己のみの安泰のために、他国を、他国人を利用するだけ利用して裏切った。と。 ・・・・・・そしてブリタニアが約定を破り日本を返さなかったとしても、あるいは戻った日本にまた攻めてきたとしても、そのような日本は見捨てられるでしょう」

またブリタニアに侵略される、カレンや星刻や神楽耶が即座に思い浮かべたその未来は、 扇には考えもせず、言われても実感も想像もできず、一笑に付そうとして失敗した歪んだ口で言い訳をする。

「またって、そんなことないでしょう?ちゃんとシュナイゼルに日本を返せって言って・・・・・・」

「先程の話ではシュナイゼルから確実な答えもなければ証になるものを取り交わしてもいないようですが、 仮に返せという要求が受け入れられたとしても、それはあくまで“返す”ことだけ。 返した後にまた攻めてこないという保証が何処にありますの」

「そ、そうしたらまた 戦えばいいじゃないですか。日本を護るために、みんなの力で!」

そう扇は“みんな”を見回すが、即座にその場の誰もが、同国人も他国人も揃って一言の下に否定する。

「お前のいうみんなとは、誰のことだ?」

「まさかとは思うけどぉ〜私たち外国人のことも含んでいる訳じゃないでしょうねぇ?」

「今更黒の騎士団が、日本を護る力になると思っていますの?」

「ゼロを売って日本を返せと言ったその口で、日本を護るため、みんなの力なんて言わないでよ!」

“みんなの力”と、星刻やラクシャータたちを含めた黒の騎士団の力を日本奪還に共闘して当然のものだと思っていた扇は、 全員からの即座全否定に震えあがり、自分の思い込みが幻想だったことをおぼろげに察するが、 それでも何故なのか、そして誰のせいなのかは未だに理解してはいなかった。

「だ、だって黒の騎士団は、日本を護るために戦ってくれる・・・・・・だろう?」

「あなたって、本っ当にお馬鹿さんだったのねぇ〜? 今の黒の騎士団は、何処の国にも属さない戦闘集団で、超合衆国と契約を結んでるのよぉ? “全ての”合衆国を護る剣となり盾となる、その代わりに資金や人員を提供して貰う。 あなたも神楽耶様とゼロがそう言ったの聞いていたし事務総長として事前に資料渡してもいたのに、もう忘れちゃったのかしらぁ?」

「そう、黒の騎士団は“全ての”合衆国を護る剣であり盾。 しかし今回お前と日本人幹部の多くは、“日本だけ”を取り戻すために、“全ての”合衆国の希望たるゼロを売り払った。 “日本だけ”のために“全ての”合衆国を裏切ったのだ! そうやって取り戻された日本を護るために、他の合衆国が戦うと思うのか? まして他の合衆国へのブリタニアの侵攻の恐れも、加盟している亡命政府のエリアの奪還もまた終わってはいない。 継続する侵攻と奪還戦争の中、“裏切っていない”加盟国を護るためだけでも大変だというのに“裏切った”国まで手が回らんし回す気も萎えよう」

扇の理解の遅さと己が犯したことのま意味も重さも分からぬ愚かさに、呆れたようにラクシャータと星刻が言うのに、 呆れるよりも嘆きが濃くなった声で神楽耶とカレンが続ける。

「幹部には今でも日本人が多いとはいえ、もう他の合衆国出身の人員も、その資金で作られたKMFとかも多くなってるのよ。 それなのに、扇さんは彼らに言えるの? “あなたたちの希望だったゼロを裏切ってブリタニアに売り払って取り戻した日本を、ブリタニアから護るためにあなたたちも力を貸して下さい”って? 自分が希望を売り払った他国の人達の力を、みんなの力だなんて、どうして美化できるのよ!?」

「黒の騎士団のCEOであり超合衆国全ての希望たるゼロを裏切って取り戻された日本は、 もはや共にブリタニアと戦う信など置けぬ、同盟を組む価値などない国に成り果てるのです。 言わば日本は、超合衆国にとっての裏切り者に堕すのですから」

「もう日本が超合衆国にいられるかどうかも怪しいわねぇ。 ブリタニアを共通の敵とする超合衆国連合に、ブリタニアと通じてCEOを裏切って売るような国が入ってるなんて、スパイを置くようなものじゃなぁい?」

他国から、同胞から、そして自分以外の他人から次々に突きつけられる“みんなの力”への否定と、裏切り者として憎まれ恨まれ孤立する日本の未来に、 戻ってきた日本でヴィレッタと結婚し、今のまま事務総長として、または日本を取り戻した功績で高官にでもなって裕福に安穏と暮らす甘い未来像を、 都合の良い幻想を粉々に打ち砕かれてようやく扇は、自分がしたことが何を失わせ何を招くのかを認識し、冷や汗に濡れた身体を震わせ始めた。

「今の日本の強固な立場とてゼロ様のお力あってのものです。 ゼロ様が後ろ盾のようなものだったからこそ、本土をブリタニアに支配されたままの日本が中心国の如く多大な発言力を持ち、 若輩の私が議長になれたというのに・・・・・・そのゼロ様を失い、まして日本人幹部の殆どの裏切りに因るとなれば、全てが失われますわ。 例え超合衆国に残れたとて、そのような日本は、もう・・・・・・」

「扇さんは日本さえ取り戻せれば、ゼロもゼロを信じている人達も裏切ることを自分で許せたってね、他人は、他国はそうじゃないのよ。 怒るし、恨むし、憎むし、猜疑心や復讐心を向けてくる。 日本人幹部の多くが行ったとなれば扇さんたち直接に裏切った日本人だけじゃなく、日本に、日本人にだってきっと向けられる。 それを恥じたり耐えかねて騎士団を離れる人もでるだろうし、残るとしても身の置き所のない気持ちをずっと抱えていかなきゃならないんだよ!?」

ゼロも、黒の騎士団も、超合衆国の地位も、同盟国も、他国の信義も失い、 裏切り者として憎まれ恨まれ、他国との同盟もできず孤立して、ブリタニアの再侵略に晒される“戻ってきた日本”。

蔑む相手がブリタニア人から中華人やインド人などの他国に同盟国に変わり、 蔑まれる理由が植民地人への蔑みから裏切り者を出した国への蔑みに変わり、 現在のブリタニアによる占領が、何時ブリタニアによる再占領が起きてもおかしくなく抵抗する力も喪失した“日本”と“日本人”。

それが幻想ではなく現実で、“日本を返せ”と、“せめて日本ぐらい取り返さなくては自分を許せない”と言った扇の、選択の、行動の、結果だった。

「扇さんが自分で自分を許したって、あたしは許さないから! ゼロを裏切ったことも、あたしたち日本人を裏切ったことも、絶対に許さない!! ・・・・・・扇さんは、一緒にお兄ちゃんの夢を追っていく人だと思ってた・・・・・・信じてた・・・・・・でも、違ったんだね・・・・・・」

お兄ちゃんも、永田さんたちも、きっとあの世で泣いてるよ。
そう言うカレンの泣き顔に亡き親友や亡き仲間の顔が重なり、彼らから責め詰られている錯覚を覚えた扇は目を逸らすが、 尚も扇への、扇が成した愚行と消え失せた希望への嘆きが、星刻やラクシャータの溜息が耳に入り、 ようやく思い至った自身に待ちうける暗い未来のように、逃げる手も言い訳も失くして崩れ落ちた。

「ゼロ様を、超合衆国の世界の希望を裏切り、ブリタニアに売り払い取り戻した日本に、何の保証が、何処に希望が、どんな未来がありましょう。 共にブリタニアと戦う信など置けぬ、同盟を組む価値などなく、再びブリタニアが攻めては来ない保証も共に戦う同盟国を持てる保証もなく、 打倒ブリタニアの希望であったゼロ様を失った日本に・・・・・・どんな明日が・・・・・・」

暗い予想ばかりに塗り潰された『明日』を思い、神楽耶は失った希望の重さに打ちのめされたように抑えきれぬ涙を流し、 その原因を作った愚かな同胞を眼に映すのも耐えられないと言うように手で顔を覆った。












ゼロ売り払って日本だけを奪還しても、ブリタニアと同盟組んだ訳でもなく、同盟できる見込みもなく、超合衆国からも見放された孤立状態で シュナイゼルやシャルルに再侵攻されたら、超合衆国参加して他国の協力が得られた前より悪いと思うんですけどね。

ヴィレッタとの関係やフレイヤ後のシュナイゼルへの協力、戦後の首相就任をみると、扇はブリタニアの奴隷の平和で他国侵略の協力でもしながら、 自分ひとりヴィレッタと良い暮らしができれば他国も日本も他人もどうでも良かったようにすら思えてしまいます。
こんなのが首相になったED後の日本の未来って……。





                        
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