ゼロは俺たちを利用していたんだ、ギアスを持っていたんだ、悪逆皇帝だ、たからシュナイゼルと手を組んだのは正しかったんだ。
そう自分を正当化し、ルルーシュを否定し、ルルーシュの味方になった咲世子を哀れみすらする扇に、咲世子は哀れみを込めた微笑みを向け、
机の上の写真立ての中の、赤ん坊を抱いているヴィレッタを指差した。
「ルルーシュ様が悪であり、シュナイゼルと共に戦うことが正しかったと言われるのならば、
お二人が、あなたの奥様とお子様が生きる未来を否定し、死んでいたはずの未来を肯定されるのですか?」
自己正当化と未来の否定
「俺は千草も子供も愛してるから、千草を守ろうとして蓬莱島に残してきたし、新しい命のためにもルルーシュを討とうとしたんだぞ!
シュナイゼルと手を組んだのもそのためだ!俺が二人を否定するなんてあるはずがないだろう!!」
咲世子の言葉に、その意味を理解出来ず心当たりも感じない扇は激怒して否定する。
けれど咲世子は微笑んだまま、眼だけが少しも笑わず冷たく見据える暖かさなど微塵も感じられない微笑を浮かべたまま、
扇が語った自己正当化とルルーシュの否定を、扇の妻子への存在否定に繋げて返す。
「あら、『ゼロ様』からお聞きになったでしょう?
シュナイゼルの本当の目的は、平和などではなくフレイヤによる恐怖支配──ダモクレス計画にあったと。
帝都ペンドラゴンと同じように、戦争を行う全ての国々にフレイヤを打ち込み、恐怖で人を従える計画を進めていたことを」
数か月前に『ゼロ』からそれを聞かされた時、星刻や神楽耶は自分たちの行動と結果に説明されるまでもまでもなく気付いたが、
扇の方は余程愚かなのか、それとも余程に自分の過ちを認めたくはないのか、未だに自覚してはいなかった。
シュナイゼルの本当の目的と、シュナイゼルに協力していた自分たちの行動の結果を、結びつけて考えることはなかった。
「シュナイゼルがフレイヤを撃ち込もうとしていた場所には、蓬莱島も含まれていたのですよ?
即ち、もしもあなたたちがルルーシュ様に勝利していたなら、
あなたたちの協力のおかげでシュナイゼルが勝利していたなら、
あるいはルルーシュ様がシュナイゼルを止めようとされなかったならば・・・・・・フレイヤは蓬莱島に撃ち込まれていたのですから」
ルルーシュがシュナイゼルと黒の騎士団を倒さなければ、フレイヤは蓬莱島にも投下されていた。
蓬莱島もペンドラゴンのように、街も人も全てが消滅したあの巨大な穴のようになっていた。
蓬莱島に避難していたヴィレッタも、胎の子も、ペンドラゴンの人々ように消滅していた。
「ルルーシュ様がシュナイゼルに勝たなければ、戦わなければ、蓬莱島もヴィレッタ様もフレイヤで消えてしまっていたのですから」
あのお子様も、この世に生まれることなく母体共々消えていたのでしょうね。
そう言って咲世子はもう一度、机の上の写真立ての中のヴィレッタと腕に抱かれている赤ん坊を指差した。
「お、俺はそんな、そんなつもりで戦ってた訳じゃない!!シュナイゼルに協力を申し込んだのは、ルルーシュを倒すためだけで・・・・・・」
「あら、第二次東京決戦で3500万人もの被害を出したフレイヤは、シュナイゼルが開発させ使用させたもので、
ペンドラゴンを消滅させてその何倍の被害を出したフレイヤも、シュナイゼルが落としたのものなのに、
この先シュナイゼルが同じようなことをすると思われなかったのですか?
中華連邦でもシュナイゼルとは敵として戦いその脅威を目の当たりにされたはずですのに、その直前にはEUの半分を奪っていたのに。
超合衆国連合にも分裂したEUの一部が加盟していたのに、まさか事務総長であった扇様がシュナイゼルの脅威を知らずに、想像もしなかったと言われるのですか?」
シュナイゼルによるダモクレス計画とフレイヤ投下には、ユーフェミアの特区虐殺のような落差はない。
ユフィのようにそれまで自身が侵略や虐殺に関わったことがなく、優しそうな振舞いをしていた少女が突然別人のように
──真実はギアスに操られていたのだからそれまでのユフィと違うのは当然だが──変貌し特区虐殺を起した訳ではなく、
元々侵略を進めるシャルル皇帝の元で宰相を務め、EUを奪い中華を奪おうとし、自身が開発させたフレイヤを日本に持ち込んで使わせ、
そして自国ブリタニアの帝都にすらもフレイヤを投下し、自国民すらも大量虐殺した後のシュナイゼルの更なる支配と虐殺は、予想ができる未来像だった。
ユフィもブリタニアの皇女であり、同母姉のコーネリアがブリタニアの魔女と呼ばれた虐殺皇女で、
またユフィはその力に庇護され副総督にもなっていたのだから憎悪も猜疑も数多受けてはいたが、
それでも自ら虐殺を行ったことはないユフィとは違い、シュナイゼルは疾うに何重にも自身が虐殺皇子だった。
幾ら表面的には穏やかな立ち振舞いで、世界や平和のためと口にしていようと、自国の帝都を消滅させ自国民を大量に虐殺した後の態度と言葉はあまりにも空疎で、
シュナイゼルの言葉だけを信用し、不信を持たず、再度の惨禍を想像しなかったと言えば、自分の愚かさを語るようなものだった。
まして黒の騎士団がシュナイゼルに協力を申し込んだのは、ペンドラゴンにフレイヤが投下された直後だったのだから尚更に。
シュナイゼルの部下であり、彼に手を差し伸べられたことに恩を感じ、その元でフレイヤを開発していたニーナが、
トウキョウ租界へのフレイヤ投下の惨禍に衝撃を受け、再びシュナイゼルに利用されることを恐れて離反して身を隠し、
女神のように崇拝していたユフィの仇のルルーシュに協力してでも、フレイヤへの対抗策を完成させシュナイゼルを倒そうとしたように。
元々シュナイゼルを信じていた、一年前まで学生だった10代の少女から見ても、シュナイゼルとフレイヤの危険性と脅威は明らかだった。
それなのに扇は、黒の騎士団はシュナイゼルに協力し、その力をみんなの力だと、ルルーシュを倒せば全て終わると言いながら戦ってきた。
「ルルーシュ様は悪なのでしょう?間違っておられたのでしょう?あなたたちに倒されるべき悪逆皇帝だったのでしょう?
そして正しいのは・・・・・・シュナイゼルに利用されるままに彼の走狗となり、フレイヤを日本にもブリタニアにも投下したシュナイゼルを信用して、
世界各国各地を、蓬莱島を、ヴィレッタ様やその胎にいたお子様をフレイヤで消してしまうのに協力していた扇様たち、なのでしょう?」
哀れですわね。シュナイゼルに操られたあなたは。
愛する女と、まだ産まれてもいない我が子を殺すのに協力していたなんて。
またそう哀れまれても、過去の自分の哀れなほどの滑稽さをようやく悟った扇は怒りも否定もできなかった。
ルルーシュを倒せば全て終わっていた。
ルルーシュを倒しシュナイゼルが勝利すれば、蓬莱島にフレイヤが投下され、妻の生は終わり、胎の子の生も始まることなく終わっていた。
それを何も知らず、知ろうとも考えようともせず、自分の妻子を殺そうとしているシュナイゼルとフレイヤの力を借り、みんなの力と称して戦っていた。
ルルーシュを倒せば、シュナイゼルが勝利すれば、ヴィレッタにも、子供にも、世界中の人々にも、“明日”はなかったのに。
「ルルーシュ様はあなたたちたちを利用していた、ギアスを持っていた、悪逆皇帝だった、だからシュナイゼルと手を組んだのは正しかった。
・・・・・・そう言われるのならば、シュナイゼルがフレイヤを落すはずだった蓬莱島におられた、
あなたの奥様とお子様が生きる未来を否定し、死んでいたはずの未来を肯定されるのですか?」
咲世子が繰り返すと問いに扇は否定も肯定も返すことができず、ただ呆然と写真立ての中の妻と子を、
自分が殺していたかもしれない妻、生まれることすらなかったかもしれない子を見つめる。
かつて嗅いだ血と煙の臭いがその写真から漂ってくるような気がして、見ていられなくなり目を閉じた扇の瞼の裏に浮かんだのは、
かつて見た幼子を抱いた母親の死体が、愛する妻子の顔をしている幻だった。
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