担ぎ上げていたティアとアニスが、喧伝していた美名とは反対の悪行を暴かれて引き渡しや投獄になり、ティア派は混乱の坩堝にあった。
ティアの祖父であり、今まで散々に孫の美名を喧伝していたテオロードは、責任を追及されてユリアシティ市長の座を辞職し、 更にティアの出世の便宜を図った者や、ティアを担ぎ出そうとした者への責めが相次いだ。
それを受け入れられず反発する者に居直る者、責任転嫁に同士討ち、 果てはティアのご機嫌取りにかけた金が無駄になることへの不満や聖女の再来の婿になる当てが外れたことへの失望、入り乱れる悪意と失意は収拾がつかなかった。

そんな中、その混乱を作りだした張本人のディートリッヒの元に、二人の青年貴族が訪れていた。
ディートリッヒは長く離れていた実兄シェーンベルク侯爵と、知己のマルクト貴族シャガール伯爵との再会を喜び、 そして同じ目的を共有する同志として固く手を握り合った。

「お久しぶりです。兄上、シャガール伯爵。兄上は例の賠償の件でこちらに?」

「ああ。ティア・グランツの件でパダミヤ大陸西部の南半分がキムラスカに割譲されることになったので、私が処理を任された。 暫らくはインゴベルト陛下の直轄領になるが、時が来ればお前が統治する地だな」

「かの地も教団の悪い噂や行く末への不安と財政悪化による増税に苦しみ、 隣接する皇帝陛下の直轄領を羨んでおりますからな。キムラスカ領となるのを受け入れやすい心情になっておりましょう」

国王の直轄地をディートリッヒが統治するというシェーンベルク侯爵の言葉に、 ディートリッヒも、そしてマルクト貴族のシャガール伯爵も驚くどころか予定調和のように話し続ける。

「スパイとしての任務ももうすぐ終わる。そうなれば、次は監視者としての任に就いてもらうことになるが・・・・・・」

「分かっております。これもキムラスカ、マルクト、そして世界の安定を保つため。 故郷から遠く離れた地に骨を埋め、子々孫々お役目を継いでいくこと誉れに感じております」

弟の言葉に満足げに微笑んだシェーンベルク侯爵に、ディートリッヒも微笑み返して、次いでやや苦笑を浮かべた。

「しかし、最初にインゴベルト陛下とピオニー陛下から伺った時には驚きましたよ。“あの”神託の盾騎士団の総長とは」

「まあ、落ち目の教団の、危険視されている騎士団の総長だからな。 普通なら、キムラスカ貴族やマルクト皇室の縁者から総長を出した所で、国にも我がシェーンベルク家にもお前にもメリットは薄い」

シャガール伯爵は二人の言葉に頷き、土産に持参したエンゲーブ産のワインをグラスに注ぎながら言葉を続ける。

「いきなり神託の盾騎士団の解散を要求すれば反発も大きいですからな。 ヴァン・グランツとその部下が抜けたとはいえ、高い戦闘力を誇った神託の盾騎士団を擁するローレライ教団と全面戦争になれば、 勝利は疑いないとしてもこちらの損失は少なくないですし、このパダミヤ大陸を戦争で荒廃させるのも望ましくありませぬ。 それにパダミヤ大陸の統治や教団の監視には、統治に関わっていた者や教団の内情を良く知る者の協力も必要ですし、 戦禍で統治に必要な資料まで散逸してしまっても後の統治に差し支えまする。 騎士団の解散後に職を失った元騎士団員が盗賊に変わる懸念もあり、強力な戦闘力を持つ元軍人の盗賊集団などに跋扈されても堪ったものではない。 戦争を避けた上で、人材確保と再就職先の斡旋はしておきたい所でした」

「まずは関係回復を匂わせてマルクト皇室と縁を持つキムラスカ貴族の新総長を送り込み、少しずつ教団や騎士団の人間を懐柔し、 将来の監視者配下の官吏や騎士に向く人材、新設した警備隊に入れても問題のない者達を選別し、懐柔できない者や改革の邪魔者、 危険人物はティア・グランツ、アニス・タトリンを担いだ反対派として纏める・・・・・・。 後は、この隙に乗じて混乱するティア・グランツ派を潰すだけですな。元々が脛に傷を持つ者が多く、 過激派や狂信的な預言やユリアの信奉者も集めているし、特に預言への盲信が強いユリアシティの復権もこれで水泡に帰した。 懐柔すべきものは既にし尽くしてディートリッヒやトリトハイム導師の元に纏めてあるし、一気に叩くには充分に機は熟しましたな」

「長く中立派の皮を被っていたトリトハイム導師の労も報われますね。これでようやく教団の膿を絞り出して、本格的な改革に乗り出すことができるのですから」

受け取ったグラスを持ち上げると、三人は共犯者の笑みを交わしながら、異口同音にかつて彼らの主君の前で唱えた誓いを繰り返した。

「「「世界の安定のために」」」












※新総長はキムラスカとマルクトのスパイ、そして将来は監視者でした。
監視者についての詳細は次話で。





                        
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