慰めようにも感性が異質







ヴァン一味との邂逅を重ね、避けられない決戦が近付いている実感も高まってきたある日のこと。

宿泊した宿の部屋でそれぞれが武器や防具の手入れ、物資の点検、報告書の作成等に当たっていた中、 ルークはヴァンとリグレットとの戦いが近付いているティアを気遣い、「無理してないか?」と声をかけた。

しかしティアからは無理してないとにべもなく返され、アニスとナタリアからは「気が利かない」「言葉の選び方が下手」と駄目出しされ、 ガイとジェイドからは「肩を抱くとか」「無言で抱きしめるとか」と恋人のような振舞いを促されてからかわれたルークは、 にやけている仲間たちの態度とは違い、まるで怯えた子供のような眼差しでティアを見ると、 肩を抱くどころか接触を避けるようにやや後退りながら、仲間たちの意見や想像とは正反対な反応を想定した。

「え、そんなことしたらティアに怒られるだろう。“最低”とか軽蔑される・・・・・・いや、もっときつく、ものすごく嫌がられるに決まってる」

「またお前は卑屈なことを・・・・・・ティアがそんなこと言う訳ないだろう?」

「そうだよ〜全く、人の心も女心も分からないんだから〜だから気が利かないっていうんだよ」

「え、二人もティアがそんなこと言ったの聞いてただろう? 俺が親善大使だった頃の、バチカル廃工場を出る直前で、俺がアニスに抱きつかれてた時に。ガイにアニス、それにみんなの前で、ティアは俺に“最低”って怒ってたぜ? そんなティアが俺に肩を抱かれるとか抱き締められるとか、最低以上に嫌がられるに決まってるじゃないか。 なのに、なんで気を利かせろっていって反対のことを勧めてくるんだ?」

「えっと、それはだなルーク、やき・・・・・・」

やきもちでとティアを庇い、お前が目の前でアニスと仲良くするからだ、女心を分からないなんてガキだなとルークを笑おうとしたようとしたガイは、 続いたルークの言葉と、それによって詳細に思い出した当時の光景に言葉を詰まらせた。

「俺、結構ショックだったんだよな。 アニスに“抱きついた”んじゃなく“抱きつかれてた”のに、俺は自分からアニスに触ってもいないし、 正直恋人でもない女に抱きつかれるとかすっげー嫌で気持ち悪かったから必死に離れようとしてたのに、 思いっきり力入れて離そうとしても、軍人だから俺より力が強いのか離せなくて、それが余計に嫌で・・・・・・ それなのにティアに、“最低だわ”って軽蔑されて、怒られて・・・・・・。 俺は悪くねぇのに、なんで悪いみたいに言われるんだよ、痴漢された方が痴漢扱いされるみたいじゃねぇかって思ってた。 でも、ティアはきっとものすっごく異性の接触に潔癖なんだよな。 俺の意思が全く介在しない行動ですら、俺が嫌がって離れようしていてすら、異性の接触を見るだけで最低って罵りたくなるくらい嫌悪感が沸き出てくる、 触れるのも危ないし触れる所見せられもしないくらいものすっごく繊細なんだよな。 なんであの時のティアが俺を最低って軽蔑して面罵したのか、一生懸命考えて、ティアの気持ちを推察して、ガイが言うようにティアに好意的に考えて、そう思ったんだよ。 だから俺、ティアに気を利かせて、できるだけティアとの身体接触を避けて、緊急事以外は手指も触らないようにしているのに・・・・・・」

”・・・・・・ルーク。あなたって最低だわ”

”何なんだよ! 俺のせいかよ!”

恋人でもない異性に抱きつく。
相手が嫌がっても止めない。
必死に離れようとしても離れずに抱きつき続ける。
抱きついている方は軍人で、抱きつかれている方が力を込めても離せないほど力が強い。

ルークが年上の男性、アニスが年下の女性という先入観で、当時のガイはアニスの行為を見過ごし、 むしろ羨ましいなあ、ナタリアもいるんだしほどほどにしておけよ、くらいにしか考えてはいなかった。

しかし、アニスの行為は痴漢や性犯罪のような振舞いで、女性から男性へのものにも不快や嫌悪は催すもので、 その上にルークは顔を顰めて必死に離れようと態度でも行動でも、嫌だと露わしていたのに止めないという執拗なものだった。

それに対して、アニスではなくルークを、無理矢理抱きついて離れようとしない方ではなく、無理矢理抱きつかれて嫌がって必死に離れようとしている方を、 “ルーク。あなたって最低だわ”と態度にも声にも軽蔑を込めて、面と向かって非難していたティアは、 やきもちと誤魔化せるようなものでもなく、それを不快に思ったルークをガキと蔑めるようなものでもなかった。
ましてティアはルークの恋人でも婚約者でもなく、やきもちをルークにぶつけるような関係でもないのだから。

「あ、ノエル。アルビオールの整備と点検終わったのか?」

「・・・・・・はい。明朝も問題なく出発できますよ」

何時の間にか部屋の扉前にいたノエルは、何処か温度の下がった眼差しでガイたちを見回すと、ルークには何時もの穏やかな表情で頷いた。

「ノエル、無理してないか?アルビオールの操縦から、整備や点検までやってるのに、やっぱりノエルひとりじゃ辛いんじゃないか」

「空きを見て休憩はとっていますから、休んではいるのですが、でも確かに時間が足りなくて、最近は疲労を回復しきれてないと感じるようになってきていたんです。 アルビオールの操縦士は私とはいえ、実はできればもう一人整備士がいてくれたらな、と思うこともありましたし、 今度シェリダンに寄った時に、新しく整備士を加えても宜しいでしょうか?私に腕も人柄も保証できる整備士の心当たりがあるんですが」

「ああ、ノエルが信頼してる人なら俺も信頼できるし、人選は任せるよ。 俺からも事前に伯父上とシェリダンの市長に手紙で伝えておくから・・・・・・ って、さっきみんなから気が利かないって言われたばかりなのに、またやっちまった!悪いノエル、俺本当に気が利かなくて」

つい先程仲間から総出で駄目だしされていた気遣いの言葉をノエルにもかけてしまったことに気付いたルークは、ノエルを不快にさせたのではないかと慌てて謝ったが、 ノエルは自分を気遣ってくれたルークが気が利かないと自己批判していることへ、別の人間に対する不快さを感じていた。

「ルークさんから気が利かないようなことをされた覚えはありませんし、逆に私を気遣って下さったのに、どうして謝られるのですか?」

「いや、さっきみんなに言われたんだよ。 ティアに無理してないか?って聞いたら、どこの世界に無理してないかって言われて、無理してますって言う人がいるのか、 気が利かない、言葉の選び方が下手とか色々言われちまって・・・・・・駄目だな俺は」

ノエルは温厚な彼女には珍しく睨むように眉を上げてガイたちの方を一瞥すると、 ひとつ深呼吸してから、違う人間への怒りが顔や表情に出ないように気を付けながら、ルークの俯いた顔を覗き込んだ。

「そんなことはありません。 ルークさんが無理してないかと聞いて下さったおかげで、私も言おうか迷っていた整備士の増員を言い出すことができましたし、 シェリダンのめ組でも、よくそうやって、自分からは言い出しにくかったり言おうか迷っている要望や相談事を言い易い様に気を利かせてくれていましたよ。 無理してないかって言われて、無理してますって言う人も、無理を軽減する相談ができるようになったことも、私は沢山見てきています。 それに、ルーク様が私を気遣って下さっているのがちゃんと分かりますから、疲れはそういう優しい態度でも癒されますもの。 私はルークさんが無理してないか?て聞いて下さったこと、とても嬉しかったですよ」

ルークが人生経験の未熟さだけではなく、ティアたちが向けてくる妙な論理の叱責のために、度々故のない劣等感を抱いてしまうことがあると気付いているノエルは、 怯えて泣いている子供を優しく諭すような、ゆっくりとした口調と穏やかな声音で、丁寧に説明した。

「そ、そうか?なら俺も、その・・・・・・ノエルが楽になる助けになれたなら、う、嬉しい」

人から感謝を示されたり褒められることに慣れていないルークは、顔を赤くしてしどろもどろになりながらもなんとか返し、 今では浮かべることの少なくなった、髪が長かった頃に浮かべていたような素直な笑い方で微笑み返した。

「あ、でもティアには気が利かないことになるみたいだから、ティアには言わない方が良いのかな」

「・・・・・・そうですね。ティアさんは、他人とは違った、非常に珍しい感性をお持ちのようですから、 普通なら嬉しい対応に怒ったり、逆に普通なら怒るような対応の方を好まれるのかもしれませんね」

ノエルがルークへ向けていたものとは一転した固く強張った顔でティアを見ながら肯定すると、ルークは確かにそういうところあるな、と頷いた。
そしてティアを振り向くと、また失言を怒られるのではないかとやや怯えを浮かべ、「気が利かないこと言っちまって悪かったな、もう二度としないから」と告げると、 呆然と唇を戦慄かせているティアの衝撃に気付くことなく、足早に部屋を出て行った。


「・・・・・・ちょっとノエル、さっきのはどういうつもりなの」

好きな男性から「異性接触にすっごく潔癖」という誤解を受け、「手指も触らない」というほど接触を避けられていることに衝撃を受けていたティアは、 足早に去ったルークを呼び止めるタイミングを逃してしまっていたが、その後に冷たい眼差しでティアを一瞥して立ち去ろうとしたノエルには、 衝撃から立ち直ったのか視線にカチンときたからか、引き攣って震える声で呼び止めて問い詰めた。

「非常に珍しい感性を持ってるとか、怒るような対応が好みとか・・・・・・悪意が籠っているとしか思えなかったわ。どういうつもり?」

「別に、私がティアさんの行動を見ていてティアさんの気持ちや人柄を推測した結果です。 ルークさんも納得されていましたから、心当たりがあったようですし、ルークさんの前でもそう推測される行動があったのでは?」

「あるわけがないでしょう!訳の分からないことを言わないで!? そんな悪意をあなたから受ける覚えなんて私にはないし、そんな疑いを受けるような行動をあなたやルークの前でとった覚えもないわ!」

「まあまあ、ティア、ノエルは君に嫉妬しているんだよ。 ノエルも、君がルークを好きなのは知ってるけど、だからってティアにそんな根拠のない疑惑や悪意を向けるのは良くないぞ?」

ガイは同意を求めるように周りを見回したが、アニスとナタリアはつい先程、一見荒唐無稽でティアの気持ちが分かっていないかに思えたルークの誤解が、 ティア自身のルークに無神経な言動と、無理矢理にティアの行動を好意的に推測させようとしたガイの態度からきていたと分かったことで、 先程までのように安易にティアばかりを庇い、ティアへの非難や疑惑を否定することもできずに押し黙っていた。

「ガイ、そういう言い方は失礼、というよりも気持ちが悪いと思われることは推察した方が良いと思いますよ」

「え?ジェイド?」「大佐、何言って・・・・・・」

思わぬ方向からの非難に驚いたガイと、内心でガイの言葉に納得しかけてノエルから向けられる悪意への反発を嫉妬される優越感に転化しかけていたのに、 膨らんだ風船に針を刺す様にあっさりと萎ませられたティアは、揃って不満を露わにした。

「嫉妬してない相手に嫉妬していると強引に解釈して不都合な態度を封じるのは、 自分に惚れてもいない相手に、俺に惚れているんだろ?と付き纏い、 非難や拒絶の態度をとられても、素直になれないだけなどと自分に都合良く解釈して封じようとする、勘違いした振舞いのようなものです。 私から見てノエルの発言が嫉妬からと窺える所はありませんし、 今のガイの発言は人の気持ちに鈍感な自覚のある私ですら、聞いていてちょっと鳥肌が立ちましたよ。 鈍感でもなく直接言われているノエルはもっと不快でしょう。 ──悪意や疑惑を受ける覚えも、本当にないのかもう少し良く考えた方が良いと思いますよ」

考えてみると私のルークへの先程の言葉も行き過ぎていましたから謝る必要がありますが、と続けて足早に部屋を出て行ったジェイドに、 フェミニストを気取っていたガイは水を差された気分で後ろ姿を恨みがましく睨みつけ、その鬱憤と不満をノエルにぶつけるようにノエルに視線を移した。

「いや、しかしさっきの言葉はティアに・・・・・・そう、ティアや俺たちはルークに厳しかったり説教したりするけれど、 でもそれはルークが何も知らなくて、気を利かせることも言葉を選ぶこともできないからなんだよ。 そんなんじゃ、出会った頃から気遣えもしない無神経な態度でティアを傷付けたり苛々させちまっていたみたいに、また人を傷付けちまうだろう。 前は俺が甘やかしてわがままお坊ちゃんに育てちまったから、その傲慢と無神経を矯正しようしているんだ。 さっきだって、ルークのやつは気が利かないからティアに」

「“無理してないか”と聞くのは、さっき言ったように、悪い言い方だとは思いません。 相手が自分の負担を心配してくれていると分かれば、無理をしていることで相手に心配をかけてしまっていることに気付けたり、 無理を打ち明けて相談や助力を求めやすくもなって、負担を軽減する行動をとり易くする効果がありますし、 何より人から、仲間や友人から気遣われていると分かるだけでも、心は疲労が軽くなったり癒されるものですから。 無理してないかって言われて、無理してますって言う人、無理を軽減する相談ができるようになった人、私は何人も見てきて、いるのを知っていますよ。 そこに言葉の選び方とか、恋人でもないのに言葉より肩を抱くとかなんとか駄目出しするなんて、それこそルークさんに対して気が利かないように思いましたよ」

内心では仲間の詰りと促しに同意で、憧れていた恋物語のように黙って肩を抱くとかできないのかしらと思っていたティアは、 自分に対しても気が利かないと言われたような気になり、ムッと不満を露わにした顔になって、無言でガイを見つめた。
何時もティアが無言で不満顔をしたりルークを睨めばそうするように、ガイは尚もティアを庇う言葉を続け、 他の誰かより優先してでも誰かを傷付けるのを見過ごしてでも、ノエルにティアの気持ちを、ガイが考えるティアの気持ちを分からせようとした。

「でも、ティアは自制心が強くて、辛い時でも泣いたり弱音を吐いたりしないから、普通よりずっと気遣ってやらなきゃならないんだよ。 それができなかったから、ルークは出会った時からティアに辛い思いさせて、背中を預けられる相手だとも思われなかったんじゃないか!」

「本当にそうでしょうか。 タタル渓谷に飛ばされた時から、ルークさんに戦わせた上に、“詠唱中は護って!”とまで要求していたというティアさんが? 弱音を吐くというのは言葉や涙だけではなく、行動や他人への要求によっても表れるものですよ。 本当に自制心が強くて、辛い時でも弱さを表さない人なら、ルークさんに戦わせず、護らせず、背中を預けられる相手などと図らずに、 ルークさんに負担をかけないように戦っていると思いますけど。 というか普通の人でもティアさんと同じ立場に置かれたならそうすると思いますよ。 ああ、でもそもそも普通の人はティアさんと同じ立場になるような問題は起しませんね」

ルークにとっていた戦いの厳しさを教えてやってきた態度をまるで逆の甘えた態度のように皮肉られて、 ティアはまるで自分が今まで見下してきた、か弱くて男に甘える女と同じだと言われたような、 そういう女と自分は違うという優越感を傷付けられたような気になり、 ノエルに自分が知っている戦いの在り方を、戦いの厳しさを教えてやることでノエルを矯正し、傷付けられた優越感を立て直そうとした。

「それはルークが剣士でティアが音律士だから、」

「それはルークが前衛で私が後衛だから、」

「ティアさんは音律士とはいえ、当時から実戦用の柄の長い杖を使っていたと聞きましたし、譜術専門の完全後衛でもないでしょう? しかもルークさんは剣術を使えてはいても軍人ではなく、ティアさんは神託の盾騎士団の軍人。 前衛後衛両方をできる軍人が、剣を使える民間人を前衛になくても、ティアさんが杖の方を使って戦えば良かったのでは? ルークさんが“無理してないか”と聞く前から、もう“武器を持った軍人だけどひとりで戦うのは無理です”と、 “民間人に護って背中を預けさせてもらわないと無理です”と、言葉よりも涙よりも余程に雄弁に、弱音を表していたということではないですか」

「あなたは軍人じゃないから、世間知らずだから知らないでしょうけど、世の中では民間人でも、子供だって戦うことはあるのよ? 現に私もアニスも未成年だけど戦っているでしょう? 同じ環境で戦っている人間がいるのに、いえ私たちの方がもっと厳しい環境で兵士として戦ってきたのに、 ルークがそうやって甘えた態度をとったりあなたみたいに甘やかす人間がいるから、私が苛々させられて、戦いの厳しさを教えることになったのよ!」

戦いの厳しさを知っている軍人、未熟なお坊ちゃんに戦いの厳しさを教えてやる教官、叱ってやる厳しい姉。
ティアは出会った頃からそんな態度でルークに接し、ルークを自分より低く扱い、立派な軍人や教官や姉気分の陶酔に浸っていた。

内心では戦いの厳しさを知らない民間人として、戦う力を持たないか弱い女として、自分よりも低く見ていたノエルも同じように教えてやれば抑えつけられる、 ルークがそうなったように反発なんてしなくなり、怯えて言うことを聞くように矯正できる。
出会った時のルークだって私に反発して憎まれ口ばかりだったけれど、今は怯えて従順になり、 タタル渓谷に飛ばされた時を回想して背中を預けられる相手ではないと思ったと言った時にも、反発も憎まれ口もなく謝ってくる“良い子”に育ったのだもの。

そう思ってルークを叱責していた時のように、軽蔑を込めた声音で高圧的に言うティアに呆れた声音で反論したのは、 ティアと同じ軍人で、年下ながら軍歴も階級も上のアニスだった。

「ちょっとティア? あたしやティアは職業軍人、ルークは職業軍人じゃないでしょ。ティアが言ってるのとは別の意味で環境違うよ? 民間人は軍職にないだけじゃなく、そもそもの戦闘に関する環境や事前の積み重ねに至るまで軍人とは大きく違うってことまで分かってるの? 神託の盾騎士団の正式な団員は、入団前に実戦を想定したものや対人模擬戦を含めて事前の戦闘訓練をしっかり受けているし、 ティアもダアトに来る前から、リグレットにユリアシティへ家庭教師ならぬ家庭教官に来てもらって訓練で受けたって言ったじゃない。 最近はユリアシティから巡礼にくる人やダアトに移住する人もいたから、ユリアシティ出身の知り合いもできたけど、 テオロード市長の特命で半年間の実地訓練に市の共有地を優先的に使われて、市民は普段使っている共有地を不定期に立ち入り禁止にされるのに随分困ってた、 抗議しても市長に押し切られたってこぼしている人が何人もいたよ。 ティアはそういう優遇されまくった環境を、一般の神託の盾騎士団兵や、ルークみたいに軍事訓練受けてない民間人が突然戦う破目になった時と同じ環境だと思っていたの? 厳しいも何も、ティアは一般の神託の盾騎士団兵より優遇されて、事前に軍事訓練を受けていないルークよりもずっと整っていた環境で戦いに臨んでいたんじゃない。 これで戦闘に巻き込まれた民間人や他の神託の盾騎士団兵と同じとか厳しい環境で戦ってきたとか思ってたなら、それこそ他の神託の盾騎士団兵は苛々すると思うよ・・・・・・。 実際、あたしもかなりイラっときたし、普通に泣かれたり弱音を口にされるよりもムカムカするんだけど〜」

「それに軍に正式に入隊する時には、実戦用の武器などの物資が支給されますでしょう? 確か神託の盾騎士団では、士官学校での訓練の時から武器を含めた支給品が与えられるとも聞いたことがありますわ。 屋敷から飛ばされた時のルークは、当然家で着るような普段着で、武器も剣術稽古に使っていた木刀で、実戦用の物資など何も持っていませんでしたのよ。 訓練に加えて、装備や物資の準備の点でも、ティアとルークの環境はティアが言うのとは別の意味で違い、 ルークよりも整っていた環境で戦いに臨んでいたのではないですか。 民間人は軍職にないではなく、そもそもの戦闘に関する装備や物資の準備が軍人とは全く違うってこと分かっておりますの? 戦いの厳しさというものを、あなたは何か根本的に勘違いをしているように見受けられますわ・・・・・・」

軍人はずのティアが、それも今まで戦いの厳しさを熟知しその中で生きてきたかのような雰囲気を漂わせていたティアが、 戦いの厳しさを勘違いしていたという常識外の事実に、ナタリアは頭痛を堪えるように額を押さえ、 アニスも呆れた声音でないない、ないよね〜と呟いて手をひらひらとさせた。

「ティアさんは、他人とは違った、非常に珍しい感性をお持ちのようですね。 自制心が強いのに、涙や言葉よりも雄弁に行動で、悪質に被害者への横暴で、弱さを吐き出していたなんて。 普通なら泣くよりもずっと抵抗と羞恥を感じる表し方ですよ。 お屋敷での剣術稽古はあっても、軍事訓練でなく実戦経験でなく、稽古用の木刀に着の身着のままで実戦用の武器も物資なかった、 ティアさんよりも経験に訓練、装備や物資に至るまで何もかも違うルークさんを、 ティアさんの犯罪に巻き込まれての帰還の旅で、自分がひとりで負うべき戦闘を被害者に負担させていた程度の自制しかない、もしくはルークさんにしていなかったなんて。 自分の犯罪のツケを被害者に払わせているようなものなのに、ティアさんの自制心や羞恥心は普通なら悶絶するような事態にも動じないほど強靭なのでしょうね」

わたくしティアの教えたという“戦いの厳しさ”とやら知識や認識を矯正してまいりますわと足早に部屋を出て行ったナタリアに、 さっきの気が利かないとかも前に抱きついたことも謝らないとね、とアニスが続いて出て行くと、 戦いの厳しさを知る軍人や自制心の強さを気取っていたティアは、罅を入れられた気分で二人の後ろ姿を恨みがましく睨みつけ、 その鬱憤と不満をノエルにぶつけるようにノエルに視線を移した。

「いい加減にして頂戴!ルークに要らないことを吹き込んだ上に、今度は大佐やアニスやナタリアにまで、一体私に何の恨みがあるというのよ。 アニスや、・・・・・・ルークより、は、少し優遇されていたとしても、それでも私はあなたよりはずっと厳しい環境で生きてきたの、戦ってきたのよ。 アルビオールの中で護られているだけで、大した不自由も辛さも味わったことのない甘えた環境でいられたあなたなんかに、私の厳しさについて口出さされる覚えはないわ!!」

「“落ち込んでいる暇はないわ”」

「は?」

突然にノエルが口にした言葉に、ティアは何を言っているのかとより小馬鹿にした態度になったが、 ガイははっとした様子でノエルを凝視し、みるみるうちに青褪めると何かを恐れるように後退りはじめた。

「ティアさん、シェリダンが襲われた時に、お祖父ちゃんたちが殺された後に、そう言っていましたよね。 私もあの時タルタロスの船内にいたのを忘れてしまいましたか? ・・・・・・いえ、あの時も私のことなんか忘れていたか、 それとも私がいても、目の前で泣いていても、同じように平気でそう言えたかのどちらかでしょうね。 ガイさん、あの時は“一番泣きたい”って庇ったくらい、ティアさんの言葉を、言葉の選び方すら問題にしていませんでしたよね。 ・・・・・・ルークさんは、ティアさんに怒ってくれたのに。 ルークさんもみなさんも悲しんでいた中で、ティアさんが一番だって順位をつけて、 それもあんなことを言った人を最高位につけたガイさん自身の発言も、問題になんてしていなかったのでしょうね」

そう言われて、ティアもようやく、あの時船内にノエルがいたことに思い至った。
“落ち込んでいる暇はないわ”という自分の発言が、故郷を襲われ、祖父や親しい人たちを虐殺されたノエルの耳に、何時入ってもおかしくなかったということに。

例え目の前ではなかったとしても同じ船内にいるのに、その前からずっと行動を共にした仲間のひとりだったのに、 存在を忘却して、“落ち込んでいる暇はないわ”などと言ったのは、言葉の選び方や気が利かないどころではない無神経で、 ノエルから悪意を受け、軽蔑されるに足る行動だった。
──その上にティアの方では、“落ち込んでいる暇”があったとなれば尚更だった。

そして、そこまでノエルの存在を軽んじて、気持ちに無神経だったティアなら、 例え目の前にノエルがいて、祖父の死に泣いていたとしても、変わらず“落ち込んでいる暇はないわ”と言っただろうと疑われるに足る行動だった。

ガイも今更に、ティアを“一番泣きたい”と庇ったことが、 今まではティアの気持ちも辛さの順位も分からないルークに教えてやったくらいにしか思っていなかった言葉が、 言葉の選び方や気が利かないどころではなく無神経で、異質な感性を疑われるに足るものだったということに思い至り、居心地が悪そうに身を捩って目を泳がせた。

「その、ティアは軍人だから、時間の使い方には厳しい教育を受けてきたから、それが染み付いていてついあんなことを、ティアだって本当は泣」

「それなのに、ティアさんはヴァンの場所の手がかりを掴んだ時に、 みなさんに黙ってひとりワイヨン鏡窟に行って、説得のためなんかで密会するほどに落ち込みに浸って、 ルークさんやみなさんに迷惑をかけて時間も機会も無駄に浪費していましたよね。 数々の惨禍の主犯のヴァンは到底死刑を免れ得ない身で、死も障気の蓄積も自業自得だったのに。 既に大量虐殺を含めた数多の罪を犯したヴァンを説得できる見込みなんてなかったのに」

ティアさんは、他人とは違った、非常に珍しい感性をお持ちのようですね、 被害者の死は落ち込む暇がなくて、加害者の自業自得の死は落ち込む暇が溢れているなんて。

泣きたい、と続けることもできず、ガイは開いた口を戦慄かせたままでノエルから目を逸らした。
ティアはまた無言でガイを見詰め、何も言わなくても気持ちを察して自分を庇って欲しいと促したが、 ガイはティアと目が合っても直ぐに逸らしたり、ぼそぼそと言いかけては黙ったりするばかりで、ティアを満足させるような反応は返さなかった。

「お二人とも、何かとルークさんを愚か、傲慢、人を気遣えないかのように悪く言いますが、私は同意も共感も信用もできません。 お二人はルークさんの行動に、悪くないことや良いことを悪いと、何度も何度も捻じ曲げてきた人達ですから。 ルークさんの所為ではなく他人が過度の甘えや期待を抱き、それが満たされないことに勝手に傷付いた自業自得を、 ルークさんが傷付けたり気遣いが足りなかったかのように責任転嫁してきた人達ですから。 ティアさんの犯罪の直後のタタル渓谷での態度すら、背中を預けられる相手がどうとか不満を抱く筋ではないことに不満を抱いたり、 盗賊が怒るとか酷い言葉や面罵でその不満をぶつけたり、無理矢理に抱きつかれたことを悪いように責めて見下したり、 気遣われなくても仕方のない時に気遣われないことを無神経のように呆れたり、 他の方を気遣ったことを、勝手に決めた優先順位に沿わないだけなのに、誰かを傷付けているのに気付かないのは成長してないとか、 散々に悪くないことを悪いと捻じ曲げて、良いことをしても叱責や侮りを向けて、愚かや未熟のように決めつける、 それなのにルークさんのティアさんと犯罪による出会い、被害者という立場、加えられた被害や危険、 無神経な態度や負わされた苦労には、忘却しているのかと思うほど無頓着に、判断材料に入れなないのですから。 そんな異質な感性と偏った見方や判断材料で下した評価に、信憑性なんてありません。 ルークさんへの傲慢で無神経な態度で、傷付けたり苛々させている傲慢は誰なんですか、辛いのは誰なんですか。 こんなことをされていたら、それこそ傷付いて、心は苦痛と疲労と混乱でどうにかなってしまいます。 ガイさんはルークを卑屈と言っていましたが、ルークさんを自分たちより卑しいもののように理不尽に扱っているのは、誰なんですか。 自分は他人に許されないことを許し、他人には自分がしない理不尽や過大な要求をしてできなければ蔑んで当然という意識があるのは誰の方なのか、 鏡でも見て良く考えたらいかがですか」

これからはお二人とも暇に溢れることですし、考える時間はたっぷりあるでしょうね、と言ってノエルは足早に部屋を出て行き、後にはティアとガイだけが残された。


それでも二人はノエルが、またジェイドやアニスやナタリアが言ったことを考えることも、考えて理解してしまうのも嫌で、 衝撃から立ち直るとまた傷を舐め合うように慰め合っただけだった。

だからノエルが最後に言った言葉の意味も二人には分からず、ようやく理解したのは翌日に立ち寄った街で、 マルクト皇帝の命令書を持ったグレン・マクガヴァンと、導師代理のトリトハイム詠師の命令書を持ったカンタビレが二人を捕縛させ、 ガイとティアの代わりにグレンとカンタビレが、ジョゼット・セシルとともに仲間に加わるのを、為すすべもなく見ているしかなくなった後だった。

その後は考える暇だけはたっぷりと溢れ、戦うこともなく考える以外の行動が制限された生活がしばらく続いたが、 それも遠くない未来に二人が望まない形の終止符が打たれることを、二人は理解も想像もせず、ただ自分たちの苦境を嘆き合い慰め合い続けていた。












ティアに「無理してないか?」と聞いたルークがガイたちから責められるのはフェイスチャット400『ティアを慰めよう』、 ティアの訓練期間や市の共有地を優先使用しての実地訓練等の経歴は小説『黄金の祈り』より。
フェイスチャット発生時期はもっと後なのですが、その時だとノエルがギンジの介抱で離れているので変えています。

ゲームでも神託の盾兵士は大体みんな神託の盾本部で訓練する、私もそうだったというアニスが、 リグレットがユリアシティに来てくれていたというティアの過去を聞いて、やっぱ総長の妹だからなのかと言っていたので、 ティアはちゃんと事前訓練を受けてから実戦に臨んでいたようです。
つまりは軍職に就いているか否かのみならず、事前訓練など戦闘に臨む環境からして初戦の時点でもティアはルークよりもずっと整っていた、 また一般の神託の盾騎士団兵から見ても特別扱いを受けており、 戦いの厳しさを知るティア、甘やかされたわがままなお坊ちゃんという表面的な雰囲気と裏腹に、 むしろ戦いにおいてティアの方が恵まれ、一般兵よりも甘やかされ、ルークの方が訓練も装備も物資も不足している厳しい状況にあったということになります。

外郭大地編でジェイドに和平協力を(しないと軟禁だと脅迫されて)約束した後、言及されていたインゴベルトへの取り成しのみならず、 カイツール軍港でバチカル到着前に父(国王の義弟)へのイオンとジェイド同行の伝令鳩を頼んだり、 自分を助けてくれたから良いように頼むとカイツール司令官のアルマンダイン伯爵に口添えをして、 インゴベルトの不興や和平失敗を不安がっていたイオンにも自分が両親に頼むし伯父にも話すと励ましていたのを見ると、 ルークは表面的な印象とは違って結構気を回す方で、有力者への事前根回しまで気を配るってむしろ思慮ができていると思います。
断髪後にルークがお礼を言う度に驚かれていましたが、これは感謝を行動で、和平への助力というジェイドの要望に沿う形で表しているので言葉より雄弁に感じます。
そういえばあからさまな優しさしか分からないのはただのガキだと誰かが(ry。






                        
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