甘えに慣れた幼稚な大人







「今のはフォミクリーでレプリカ情報を抜かれたのかも知れませんね」

障気の情報を求めてベルケンドへと訪れたルーク一行は、街の入り口で不可解な事件に遭遇していた。

一行の前を横切った男性が突然に蹲り、ぶるぶると震え出したかと思うとパタリと倒れ、介抱する間もなく亡くなってしまい、 治癒術の使い手のティアやナタリアにも死因も、異変の原因も分からなかった。
兵士からこの男性で今日三人目の死者で、ここ数日突然死が増えていることと、 治癒士ヒーラーでは助けられないので怪我ではなく病気かもしれないと聞いたものの、 全く見当がつかずに困惑しているルークや仲間たちの中で、ジェイドだけが死因の推察を口にした。

「どうしてそうだとわかる?」

発明した当人のジェイドがフォミクリーについて博識なのは知っているが、 倒れて死んだ男性を見ただけでフォミクリーが死因だというのは俄かには信じ難かったガイが根拠を尋ねると、 ジェイドは何時も説明する時と変わらない冷静な口調で、ガイに対しても、またティアに対しても特に感情を動かす様子もなく説明を続ける。

「実験では情報を抜かれた被験者が一週間後に死亡、もしくは障害を残すという事例もありました」

「・・・・・・ああ、スターの時に言っていましたわね」

「スター?星がどうかしたのか?」

ナタリアが言ったチーグルの名前をそのままの意味にとって空を見上げたガイと、 同じく不思議そうに空を見上げ出して真剣に星とフォミクリーの関連について悩み始めたティアに、 そういえばあの時ガイと、ティア、ルークはいなかったのだと思い出したナタリアが慌てて説明をする。

「いいえ、スターというのは私たちがアッシュと行動を共にしていた時に、ワイヨン鏡窟で見付けたレプリカの実験体にされていたチーグルの名前ですの。 あの時ガイはルークを迎えに行っていましたし、ティアとルークはユリアシティに残っていましたから、三人は知らないんでしたわね」

「あ、俺はアッシュの中から聞いてたぜ。フォミクリー研究施設の檻の中にいたチーグルだろ?」

「確か、レプリカ情報採取の時、被験体に悪影響が出ることも皆無ではないし、最悪の場合は死ぬ・・・・・・って大佐言ってましたよね」

そう言われて後にワイヨン鏡窟に行った際の記憶と符合したガイとティアは納得し、 ジェイドは当時ワイヨン鏡窟でした説明を、ガイとティアにも繰り返す。 ナタリアたちに説明した時と同じように冷静なまま、ガイにも、ティアにも感情を動かず。

「ああ、そっか。ティアがヴァンに会いに行った時の場所だな。 そういや、なんかでかい音機関が沢山あったなぁ。 あの時はそれどころじゃなかったから聞き忘れてたけど、あれもフォミクリー関係のものだったのか?」

「ええ、採取保存したレプリカ作製情報の一覧もありました。 マルクト軍で廃棄したはずのデータですが、ディストが持ち出していたようですね・・・・・・」

「採取保存したレプリカ作製情報・・・・・・って、一体誰の・・・・・・」

まるで臓器でも見たように顔を顰めたガイの問いに、また何かに気付いたように目を見開いたり、眉を寄せて考え込んでいるティアやルークたちの様子にも、 ジェイドは何もきにすることなく、変わらず落ち着いた説明口調で答える。

「今は消滅したホドの住民の情報です。昔、私が採取させたものですから間違いないでしょう」

「ホ、ド・・・?ホド!?ホドだって!?・・・ホド、を・・・ホドに・・・・・・」

「ホド!?そん、な・・・・・・まさか、ホドの住民を、ホドの・・・・ホドで・・・・・・」

音声を録音再生する音機関が故障した時のようにホド、ホドの住民と引き攣った声音で繰り返すガイとティアにも、 それを見てはっとしたかと思うとジェイドを凝視し、次いでガイとティアを見つめて胸を痛めるように眉を下げたルークたちにも、 彼らの動揺の理由が全く分からなかったジェイドは、ただ不審げに眉を寄せて問うだけだった。

「何をそんなに動揺しているのですか? 平和条約を結んだ時にピオニー陛下から聞いたでしょう、ホドではフォミクリーの研究が行われていたと」

「ああ、確かに聞いたさ。 でもな、俺はホドの住民からレプリカ情報を採取してたなんて聞いてなかった! レプリカ情報の採取に被験体に悪影響が出ることも、最悪の場合死ぬことも・・・・・・ さっき倒れて亡くなった人みたいになるだなんて聞いてなかったぜ!? まして、採取させたのがあんただなんて!! あんたからもピオニー陛下からも、何も聞いてなかった!!俺も、ティアも!!」

“ホド住民のレプリカ情報は昔、私が採取させた”

“レプリカ情報採取の時、被験体に悪影響が出ることもあり、最悪の場合は死ぬ。”

“実験では情報を抜かれた被験者が一週間後に死亡、もしくは障害を残すという事例もあった”

過去にワイヨン鏡窟のフォミクリー研究施設で、そしてつい先程このベルケンドで、ジェイド自身がした説明は、 それだけを聞けば分かり難くとも、総合すればジェイドの意図とは別の真実を、ジェイドの罪を暴きだすものだった。

「“私はホドの住民から、被験体に死亡、もしくは障害を残すという悪影響が出ることもあるレプリカ情報採取をさせた” ・・・・・・あなたが言ったのは、そういうことになりますのよ」

「もし今起きている突然死が同じレプリカ情報採取が原因だとすれば、ベルケンドで今日だけでも三人も死んじゃうほど多発しているくらいだから、 大規模な採取だったら、もっとずっと沢山の人が・・・・・・」

そう言ったナタリアとアニスが、ティアとガイの方を見たのに合わせて、ついジェイドも二人の方に視線を向けるが、 二人の今までジェイドに向けたこともない憤怒の形相に、直ぐに目を逸らした。

打ち明ける意図などなかった。
ルークたちにも、ましてティアやガイにも、誰にも明かすつもりなどなかったし、普段は殆ど忘れてさえいたことだった。
いや、忘れていたからこそ、ワイヨン鏡窟でもたった二度の説明が総合すれば明確に自分の罪を暴き出すことにも気付かずに、 フォミクリー施設を発見した時にはレプリカ情報採取の指示を、その直後の実験体チーグルを発見した時にはレプリカ情報採取の被験者への危険性を、 剣術からホドの出身だろうと見当をつけていたガイに伝わる可能性など考えもせずに、ぽろりと口に出していたのだろう。

想定していなかった、また今までに想定したこともなかった事態への動揺と、認めるか白を切るかの迷いに、 今までは平静だったジェイドの顔にも焦りが浮かび、誤魔化す様に何時もの眼鏡を直す仕草をした。

それが余計に怒りを煽ったのか、ガイは眼鏡を抑えるジェイドの腕を折れんばかりの強さで叩き、よろけたジェイドの首を掴んで締め上げた。

「ガっ・・・ガ、イ・・・・・・」

「あんた、平和条約の時にこうも言ってたよな。 当時のフォミクリー被験者を、ヴァンデスデルカを装置に繋いで、被験者と装置の間で人為的に超振動を起こしてホドは消滅したって。 ヴァンデスデルカはフォミクリー被験者だった。 なら、あんたがホドの住民からのレプリカ情報採取を指示していたほど研究を指揮る立場だったなら、 ヴァンデスデルカへの実験もあんたがやらせてたのか? もしかしたら、あの疑似超振動も・・・・・・? どうなんだ?答えろ!隠すなよ!全部正直に白状しろ!!」

地面に投げつけるように放り出されたジェイドは、打った身体と締めあげられた咽喉を押さえて咳き込むが、 回復の譜術を使えるナタリアも、仲間たちの誰もジェイドを助け起こそうとも回復しようともしなかった。
ナタリアと同じく回復の譜術を使えるティアは、手が白くなるほどの強さで杖を握り締め、 ジェイドに振り下ろそうとしているのかと思うほどの気迫を浮かべて睨みつけていた。

ジェイドはガイの詰問に唇を噛み、何度か目線を彷徨わせていたが、 隠し事をして後からばれればそれこそ火に油を注ぎかねない、 当時の実験へ加わっていた研究者はジェイドだけではないし、ジャスパーのようにまだマルクトにいる者も何人もいるし、 ピオニーのように書類や聞き取り調査で詳細を知っている者も上層部には何人もいるから、 ジェイドが隠しても何れ他の者からばれる可能性があると判断し、観念しように口を開いた。

「・・・・・・ヴァンは、フォミクリーと、疑似超振動発生器の、研究の・・・・・・被験者でした」

「疑似超振動も?ホド消滅の時だけじゃなく、以前から島で疑似超振動を研究していたの・・・・・・?兄さんを、被験者に・・・・・・」

「・・・・・・ええ。というよりはホドは最初から疑似超振動研究の地として選ばれたんです。 グランコクマから遠いですから、仮に実験が失敗しても影響は避けられると」

ぎりっ、ガイが歯を噛み締める音が響き、ジェイドはガイが自分に噛み付くのではないかとすら感じ、やや後退ってガイから距離をとる。

「あんたは、何処まで関与してたんだ」

「私は・・・・・・ヴァンへの数々の実験は全て、私の指令で行われて、いました・・・・・・」

「つまり、ホドを崩落させた疑似超振動は大佐が作ったということになるのね」

「いえ、それは・・・・・指令はしていましたが、しかし私は島を訪れたことがありませんでしたし、 直接の実験を行っていたのは現地にいた研究者たちで・・・・・・ ホド崩落については私は何も知らず、ヴァンを疑似超振動発生器に繋いで疑似超振動を起させたことも、そのためにホドが崩落したことも、 先帝陛下と現地の研究者が勝手に行い、私は後から知りましたから、ホドに使ったことは私は何の関係もな・・・・・・」

ガイとティアの矢継ぎ早の質問に答えながらも、ジェイドの内心には楽観があった。

ピオニーは昔から、ジェイドの研究を止めようとはしていた。
ジェイドがグランコクマに、ピオニーがケテルブルクに軟禁されて直接会うのが困難になった頃も、頻繁に手紙を送ってレプリカ製作を止めていた。
ホド消滅の次の年に軟禁を解かれてグランコクマに呼び戻されたピオニーに、 ホドの時のように指令ではなくジェイドが直接フォミクリー実験を行っている所や、製作したレプリカが死ぬ所まで目撃された時も、 何度ネビリムを殺せば気が済むのかと、ネビリムの死を認めろとジェイドを責めてきた。
だからようやくジェイドも、レプリカ製作と、ネビリムの死からの逃避は止めて、フォミクリーを禁忌とした。

──それが、ジェイドがスピノザに言った“罪の自覚”の限界だった。

4年前に即位して先帝の行状や資料を精査していたピオニーに、 ホド住民への危険なレプリカ情報採取や、疑似超振動発生器の研究までがジェイドの指令で行われ、 そしてその研究成果の疑似超振動がホド消滅の原因だったと罪の全てを知られ、呼び出され詰問された時、 指令はしたが直接行ったのは現地にいた研究者たちだと、ホド消滅は先帝の命令で何も知らなかったと、そう言い訳したジェイドをピオニーは責めなかった。
自国民を実験体にした危険なフォミクリー研究や疑似超振動研究に関与していた人間を、皇帝陛下が側近や友人にすべきではないと重臣たちから何度諫言されても、 何時もは臣下の意見に耳を傾けるピオニーが決して首を縦に振ることなく、ジェイドを重用し友誼を保ち続けてきた。
ホド崩落がマルクトの仕業だと明かした平和条約の時にも、ジェイドの関与を公にはせず、素知らぬ顔で説明したジェイドを黙認した。

だから何時の間にか、ピオニーに責められた罪は自覚してはいても、ピオニーに知られても責められなかった罪は忘却の淵に沈めてしまった。

仲間に全てを知られ詰問されている今ですら、きっと同じように言えばガイも、ティアも、ルークたちも、みんなピオニーと同じようにしてくれると思っていた。
また何事もなかったように忘れられると、友誼を続けられると、再びの逃避と忘却を期待していた。
それはジェイドに甘いピオニーが例外だということにすら、他人の気持ちや立場や物事の前提というものに無頓着なジェイドは気付きもせずに、甘えていた。

「ふざけるなよ!! 実行していたのが誰だろうが現地に行ったことがなかろうが、あんたの指令で行われた実験の責任があんたにない訳がないだろう!? 疑似超振動発生器だって、ホドに使ったのが先帝や現地の研究者だろうと、 あんたの研究の成果なのも、ホドに使われると見通せずに先帝が利用できる状態にしていたのも、 その結果ホドが崩落したのも、あんたの責任でもあるんだよ!!」

「大体首都への影響を考えて遠く離れた島を選んだということは、 そんな大規模な影響が出るような事態もありうる危険な実験だと、始める前から分かっていたということだわ・・・・・・。 事前に形は違えどホドが、ホドの住民が危険に晒される実験だと分かっていて、ホドを選び研究を指令して、 その実験の成果で起きた事態に、口を拭っていられると思っているの!?」

ジェイドがとった距離を一気に詰め、再びジェイドの首根を掴んで締め上げ、噛みつかんばかりの勢いで怒鳴るガイとティアに、 ジェイドは尚も言い訳がましく、しかしあれは、先帝陛下が、私は知らなかった、そんなつもりではなかったと言いながら目線をうろうろと彷徨わせていたが、 ふとルークに視線があった所で言葉に詰まり、次いで体温が急激に冷えていくような感覚に陥った。

「・・・・・・何も知らなくても、そんなつもりじゃなくても、他人に利用されたとしても、 それでも責任があるって、逃げちゃいけないって俺に教えたのは、ジェイドもじゃないか」

冷えるような感覚は熱くなっているガイに首を掴まれていてすら納まらずジェイドの全身に広がり、 ルークが言葉を紡ぐ度に、指が氷に触れた時のような感覚が胸の内で沸き起こっていった。

「だからジェイドも、あの時悪くないっていう俺を責めたんじゃないのか。 ここにいると馬鹿な発言に苛々させられるって置き去りにして、再会してからも俺のこと馬鹿にした態度をとってたんじゃないのか。 俺はずっと、何も知らなくても、そんなつもりじゃなくても、他人に利用されたとしても責任があるのに、 俺は悪くないって言ったから、ジェイドに責められたのも、その後に見下されるのも俺が馬鹿だったから仕方ないんだって、そう思ってた。 なのに、そのジェイドが、何も知らなかったから、そんなつもりじゃないから、他人に利用されたから悪くないって言い訳して逃げるのか? 今まで、ガイとティアに何食わぬ顔で接していたのも、そう思っていたからなのか? ・・・・・・今までずっと、ホド消滅から15年以上も、逃げ続けていたっていうのか。 アクゼリュス消滅に利用された俺に責任を認めさせた、知らなくても言い訳にならないって教えた、あの時も」

ガイとティアとは違い、ルークの声は大きくもなく、荒っぽくもなかった。
むしろ普段より小さい声で、何処か虚ろな声音で話していたが、その声は直接ジェイドの頭に響かせているかのように強く、深く刻み込まれ、心を軋ませていった。

「・・・・・・いいえ。 大佐とルークでは、大佐の方がずっと知識や推測材料が多く、責が重くなりますわ。 ルークは障気を中和して人を救おうとした結果ですが、人を殺傷する意図などありませんでしたが、 大佐は開発した兵器が殺人に使われることや、何か起きれば首都から遠く離れた地を選ぶほどの大規模な被害が出ることは、最初から分かっていたんですもの。 そもそものフォミクリー技術の軍事転用自体にも、もしや大佐は関与していたのではないのですか。 発明したのみではなく、発明した技術の軍事転用や兵器開発自体に、そしてその研究の指令にまで・・・・・・。 生まれて7年のルークに責を認めさせたあなたが19歳の時のことを、 自分の方が知識や推測材料があり関与が深く責が重いというのに認めないなんて、到底通りませんわ。 そしてフォミクリー実験のレプリカ情報採取は、被験体に死亡、もしくは障害を残すという悪影響が出るとことがあると分かっていて、 ホドの住民や幼かったヴァンの身を人体実験の指令を出していたのですから、 殺傷する結果になるかもしれないけど構わない、というつもりはあったことになりましてよ。 フォミクリー実験は知っていて、つもりがあって、もっと重く深く責が、そしてより長い逃避がありますわ」

ルークと同じように普段より小さい声で、けれど厳しさを込めた強い口調で続けたナタリアの言葉に、 ますますジェイドの心は軋み、震える手で抑えた胸の鼓動は煩いほどに大きく速くなっていた。

アクゼリュスが崩落した時、自分の知らないことに、そんなつもりではなかったことに超振動を利用されたルークの立場は、15年前のジェイドと共通点が多々あった。
しかしジェイドは、その共通点を考えることも、過去の罪を振りかえることもなく、 15年前の超振動実験とホド崩落からも、知っていてつもりがあったフォミクリー実験とレプリカ情報採取からすらも逃避し殆ど忘却したままで、 15年前の自分よりずっと年下で、自分以上に知らず、結果を推測する材料が少なかったルークに、 何も知らなくても、そんなつもりではなくとも、他人に利用されたとしても責任があるのだと認めさせた。

ルークの態度を馬鹿だと断じて苛々し、責任を認めたルークとの再開後ですらも、何かとあからさま無視したり馬鹿にしては嘲笑っていた。
過去の己の責任は振り返ることなく、ホドの出身のティアとガイと共にいてすら、何食わぬ顔で平然としていた。
ティアもガイもいた平和条約締結の席でヴァンを実験体にした件を説明する時も、自分の関与など億尾にも出さなかった。
ルークがそこから変わっていこうとするのを見ても、上から見下す様に認める立場のままで、自分にそうする必要があるとも思わなかった。

ルークの二倍以上生きてきた19歳の時のことを15年後の今になっても、 ルークよりずっと知識や推測材料があり関与が深く責が重いことや、知っていてつもりがあったことですら認めずに逃避し続けている振舞いが、 どれほど馬鹿に思われるのか、苛々させられるものなのか、卑小で醜悪なのか。
ましてホド出身でヴァンと近しいティアとガイからはどれほどの怒りを向けられるものなのか。

何も見通せなかった。見通そうともしなかった。


直面した他人の、それも長く旅をして情を抱くようになっていた仲間の気持ちから、逃れようとするように再び後退ろうとしたジェイドの背は、 何時の間にか路地の壁にぶつかっていて、ガイやティア、ルークたちが囲むような形になり、何処にも逃げられなくなっていた。

まるで自分の責任から、罪から逃げる道はもうないと。
“私は知らなかった、そんなつもりじゃなかった、利用されただけなんです”などという言い訳で、 “私は悪くない”と逃れることはできはしないと、ジェイドに知らしめるように。

「ピオニー、ピオニー・・・・・・ピオ、ニー・・・・・・」

まるで幼い子供が親に助けを求めるように、ジェイドは消え入りそうな弱々しい声音で、ピオニーの名前を繰り返し呟いた。

自分が今まで罪を問われず、責任を追及されず、全てを知る人間の嫌悪も警戒も、責任逃れも他人の気持ちへの無頓着も許されていたのは、 幼い子供が家の中では親に護られて安泰に過ごせるように、ピオニーの権限で護られる場所にいたからに過ぎないと気付き始めながら。

それでも甘やかされることに、そして甘えることに慣れきったジェイドには、現実を受け入れることとも、責任を認めることも、変わることもできず、 ただ迂闊にばらしてしまったことを悔い、甘やかしてもらえるマルクト宮廷への回帰を願い、 嫌なことがあった子供が布団に包まるような仕草で頭を抱え、自分を甘やかしてくれる庇護者の名を呟くことしかできなかった。












ゲーム中の崩落編のワイヨン鏡窟のフォミクリー研究施設でのジェイドの説明二つだけでも、 総合すると「私はホドの住民に対して被験体に悪影響が出ることもある、最悪の場合、死ぬようなレプリカ情報採取をさせました」 とジェイドが自分でぶっちゃけちゃっていることになります。
幾らあのガイとティアはいなかったとはいえ、聞いていたナタリアたちやルークが二人に話す可能性もありますし、 誰も二つを繋ぎ合わせた時の意味に気付いてないなら尚更に、何の気なしにポロッと話しそうですし、 ゲーム中にはガイとティアが知ることもジェイドが責められることもなくても、既にガイもティアにばれる種は撒かれていると思います。
レプリカ編のベルケンド入口でのレプリカ情報採取の危険性の説明の時はガイもティアも一緒にいて聞いていましたから、 「ホドの住民のレプリカ情報はジェイドが採取させた」ってだけでも、 「えっ。確かレプリカ情報って・・・・・・抜かれると死亡や障害を残す事例あったって、 ベルケンドで大佐自身が言って・・・・・・えええぇぇぇ!?」ってなりますし。

マリィベルレプリカにはガイも会いましたから、15年前に死亡した姉のレプリカ情報がある、 姉も生前に実験体にされてレプリカ情報採取されていたというのは分かっていたでしょうし、 レプリカ編で大量発生したレプリカにも15年前に死亡したホドの住民がその頃の外見年齢で多数混ざっていれば、 ホドの生き残りやホド住民と面識のあった親族や知人もホド戦争以前に島民のレプリカ情報が多数採取されていたと気付き、 レプリカの大量発生でレプリカ情報採取の危険性や多発していた突然死の原因がそれだったことなどのフォミクリー知識が広がれば、 15年前のホド島の事例とも結びつけて考える人も出たりして、 フォミクリー実験の方もガイもティアにばれる種も、オールドラント中にばれる種も既に幾つも撒かれていると思います。

ヴァンへの実験もジェイドからの指令で行われていたことや、その研究成果がホド消滅の原因になった疑似超振動ということは、 「CHARACTER EPISODE BIBLE」に載っているSSのヴァン編の中のヴァンの回想にでてくる話なので、 ルークもティアたちもゲーム中には知らないままだと思いますが、 関連する上記の秘密がばれる種が幾つも撒かれているので、それらがばれた時には芋づる式にこちらもばれる可能性があると思います。
ホドの生存者にも実験や研究所の存在を覚えていたり、レプリカ情報採取で障害が残った人もいるかもしれませんし、 ヴァンの回想には「カーティス博士(ジェイド)の名を記憶していたからこそ、レプリカ大地計画を発案することができた」ともあったので、 もし超振動実験の被験者がヴァンの他にもいて生存していれば、同じようにジェイドの名を心に深く刻み込んでいそうです。

ピオニー陛下がジェイドの関与についてどこまで知っていたのか、仮に知っていたとすればジェイドにどうしたのかが非常に気になります。
ジェイド漫画「追憶のジェイド」ではホド消滅の次の年にケテルブルクからグランコクマに呼び戻されたピオニーが、 ジェイドのフォミクリー研究風景を目撃する所とジェイドを諌める所があるのですが、 ピオニーが責めているのは、また止めているのはレプリカ製作とネビリムの死からの逃避に関してのみなんですよね。
ピオニーはジェイドが士官学校に入った後も、ホドでの研究中やホド消滅の頃も、ずっとケテルブルクに軟禁され続けていましたから、 恐らくケテルブルクで起きたネビリムの死やジェイドが単独で行っていた頃のレプリカ製作はともかく、 本土に渡った後のジェイドの行動や研究については、本土から遠く離れたシルバーナ大陸から出るのも難しいピオニーには直接知るのが難しく、 上記のジェイドを諌めた時も呼び戻されたばかりなので、また詳しい情報を入手するのも難しかったのかも知れません。
「TALES OF THE ABYSS Another Story 公式外伝集」の方では、ジェイドの不穏な噂に兄を案じるネフリーのために、 こっそりグランコクマに戻ってジェイドとサフィールの安否を確かめたり、家来に何処の任務かなどを調べさせて報告していたようですが、 そう頻繁に軟禁からの抜け出しができるとも思えませんし、中でもグランコクマから更に離れたホド島での研究内容まで調べさせるのは困難ですし。
ピオニーは先帝の子供の中では最も身分の低い側室の子供ですし、秘預言を知らなければ本土から遠く離れたケテルブルクに十年以上も軟禁されているなんて、 皇位継承の芽がほぼない、成人後も軟禁されているなんて中央での出世も望めないと思われてそうですから、本土や遠方でそこまで協力してくれる味方にも乏しそうですし。
でも少なくとも平和条約の時には、ホドでの研究やホド消滅の真実を知っていたので、ジェイドがそれにどう関与していたかも知っていそうなんですが。
例えジェイドが黙秘や誤魔化した所で、他の研究者にも聞けるので隠し通すのは無理がありますし。
もし全て知っていて親友可愛さに意図的に隠蔽したり、平和条約の時もジェイドが素知らぬ顔で話すのに合わせて何も言わずにいたなら、 ピオニーにまでホドの生存者や、ティアやガイの怒りが向いたり、 特にヴァン暗殺未遂や平和条約の時の抜刀のように暴走傾向が強いティアやガイは、 ピオニーにまで刃を向けるとか、王宮で騒動を起こすとか、 隠蔽したことでピオニーにまで火の粉が飛ぶ破目になりそうな気もします。

ワイヨン鏡窟やベルケンドでレプリカ情報採取について話した時のジェイドの態度は、ただ説明をしているだけといった感じでしたし、 「ホドの住民の情報は私が採取させたもの」、「レプリカ情報採取の時、被験体に悪影響が出ることがあり、最悪死にます」と 採取の指示と、採取の後遺症は別々に説明した台詞ばかりで、同じ台詞で総合して告白したことはなかったので、 恐らくジェイド自身は自分が言っていることが、何をばらしているのか自覚していなかったんだと思います。
ワイヨン鏡窟での二つの台詞はそんなに間もなかったにも関わらず、実験への関与や実験の悪影響について他人に話す時に、それも被害者遺族の友人相手に、 深く考えもせずにポロッポロッとばらしているようでは、案外ジェイド自身が、ティアやガイとの会話でポロッとばらしてしまうなんてことも起こりそうです。

『見通す人』という称号を持っているのに、また雰囲気は頭脳派、軍師的な立ち位置のようなのに、 ジェイドはこの件といいキムラスカへ和平に向かう時のキムラスカ王族のルークの扱いといい、 案外間が抜けているというか、言動の意味にも状況や先の結果についても、見通す以前にろくに考えてもいない気が。

こんなのが皇帝の側近や友人で大丈夫なんでしょうかマルクト帝国。
国家機密とか皇帝の秘密とか安否に関わる情報とか、ポロポロとばらしまくっていたりして・・・・・・。
グレン・マクガヴァン将軍の設定にピオニーに目をかけられているジェイドに劣等感を抱いているというものがありますが、 ここまで過去も現在も問題行動が多く、自国民やピオニーまで危うくするようなものが幾つもあるのでは、 本人の行動のせいで嫌悪や軽蔑を抱かれたり、危険視されているんじゃないかと思ってしまいます。
グレンの場合は、「追憶のジェイド」によれば、父親のマクガヴァン元帥が譜術士連続死傷事件で重傷を負っていますが、 その事件の犯人のレプリカネビリムを作ったのがジェイドなので、彼もジェイドの起こした問題の被害者家族ということになり、 もしそれを知ったなら、尚更にジェイドを嫌いそうですし。
ピオニーがジェイドにその辺りの責任の追及を殆どせず、側近として重用していることは、 ジェイドの性格に幼稚や甘えや見える所が多々あることもあって、どうにも甘やかしすぎに見えてしまいます。





                        
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