※寄生虫が原因の病や、少しですが感染時の症状について扱っています。







水をナメるな、自然をナメるな、旅をナメるな







「川の中を歩いたら靴もスポンもずぶ濡れじゃねーか。どっかに橋か渡し舟がないか探してみようぜ」

「ルーク様〜、イオン様〜、アニスちゃん村を発見しましたよ!」

「あ、本当ですね。地元の人に聞けば、橋や川の様子が分かりますね」

「ルーク!!いちいち汚れや濡れを気にしないで頂戴!足手まといになるって言ったでしょう?」

マルクトでの旅の途中で橋のない川に行き当たり、中を渡って濡れることを嫌うルークが橋や渡し舟を探そうとするのは何時ものことで、その度にティアが呆れ、叱り、知識や育ちへの詰りを付け加えるのもまた何時のもことだった。

「旅というのは厳しいものなのよ。普通の旅人はみんな、子供だってその厳しさの中で旅をしているの。汚れたり濡れたりなんて誰も気にしないし、そんなことを気にする人間は足手まといでしかないわ」

これだから世間知らずは、とティアは溜息をついてルークを睨む。

こういう時一番の最年長者のジェイドは喧嘩を楽しんでいるのかどうでも良いのか笑って眺めていることが多く、ルークの親友を称する護衛剣士のはずのガイが同意するのは何時もティアの方だった。
イオンが和解を促したり、アニスが泣き真似などの演技を交えながらティアを止めたり、ミュウがご主人様と懐くルークを庇うことはあるが、三人の意見は馬鹿にされこそしないものの、優し過ぎるからルークを甘やかしているととられて聞き入れられないのが殆どだった。
特にアニスは階級が上なのに敬語を使わず呼び捨てにするほどにティアから子供扱いを受けていることに加えて、ルークが貴族のお坊ちゃんだから媚びているとしか思われていなかった。

ティアはなんだと!と気色ばむルークを無視して川を渡ろうとしたが、「その川に入ってはいけません!」と叫ぶ知らない声に驚いて足を止める。

後方から走り寄ってきた男女の二人組に、ジェイドは一瞬槍を出現させようとしたが、どちらも普通の旅商人らしいと見て術を中止し、ルークやイオンと彼らの間に入って誰何するに留めた。

「あなた方は?」

「私はラルフ・ナッシュ、彼女はアリシア・ニューエルと申します。ケセドニアの商人で、薬草や香草を中心に商っております」

軍服でマルクト軍人と分かるジェイドの誰何に、男性がやや緊張した表情になって旅券を取り出し、ジェイドに提示する。

「確かに、旅券に不審はありませんね。しかし、どうして川を渡るのを止めるのですか?」

「この辺りの川の水は危ないので、濡れるのは避けた方が良いんです。私たちも今から行くところなのですが、少し遠回りになりますが、あちらに行くと橋があるので、そこから濡れずに渡れますよ」

「マジかよ?なら俺たちも行こうぜ。すぶ濡れになって渡るのは嫌だし、橋があるなら無理して川の中を渡ることないだろ」

「そ〜ですねよねえ。浅いといっても幅は結構ありますし、服も靴もびしょびしょになっちゃいますよ〜」

喜色を浮かべて歩き出そうとしたルークに、濡れに加えてイオンの身体を冷やしたくなかったアニスもイオンと共に続こうとしたが、走ってきたティアは五人の前を遮るように立ち、ラルフとアリシアを害虫でも見るかのように眉を顰めて睨みつける。

「ちょっと!ルークを甘やかさないで頂戴」

「甘やかす・・・・・・とは?」

ティアの言葉の意味を理解できず、困惑した様子でアリシアが聞き返す。

「彼は世間に疎くてわがままだから、すぐに楽をしようとしたり、つまらないことを気にしたりするのよ。貴族のお坊ちゃんだからってそうやって甘やかしていたら、ルークは何時まで経っても何も知らない人間のまま成長できないわ」

しかし世の中の厳しさを何も知らないルークに旅の厳しさを教えてやっているつもりのティアの反論も、またルークが貴族と言いながら平然と面罵しているティアの様子も、ますますラルフとアリシアを困惑させた。

キムラスカでの旅や取引も多い二人には、赤い髪に緑の眼という特徴的な容姿からルークがキムラスカの王族に連なる貴族ではないかと見当はつくし、王侯貴族にとって面と向かっての罵倒がどれほどの無礼になるのかも良く知っているので、激怒したルークやその従者がティアを切り捨てるのではないかという恐れも混じっていたのだが、そんなことは露ほども気にしていないティアには二人の困惑の理由は見当もつかず、この二人もルークと同じように世間知らずだから私の言うことが理解出来ないのかしらとすら思い始めていた。

「えっと・・・・・・ちょっと何を言ってるか分からないのですが、危険な川や、危険かどうかも分からない旅先の川の水に濡れるのを避けるのは、甘えや楽の問題ではないと思うのですが・・・・・・?」

「そんなはずがないでしょう!旅というのは厳しいものなのよ。普通の旅人はみんな、子供でもその厳しさの中で旅をしているの。汚れたり濡れたりなんて誰も気にしないし、そんなことを気にする人間は足手まといでしかないわ!」

先程ルークに言ったことをラルフとアリシアに向けて繰り返し、旅慣れているならこんなこと常識でしょう、そんなこともさせないなんて貴族だから甘やかさないでと続けるティアに、ガイがまあまあと仲裁に入った。

「ティアは一人前の軍人だから、ルークにイラつくのも仕方ないけど、ルークは俺が甘やかして育てちまったから、厳しく叱られるのに慣れてないんだよ。ほらルーク、せっかくティアがお説教してくれてるのに、そういう態度は良くないぞ?ちゃんと言うことを聞いていれば、ティアだってこんなに怒らなくて済むんだからな?」

「お前までそんなこと言うのかよ!水をナメてたら大変なことになる、自然をナメるなよって良く言ってたのはお前じゃね〜か!」

「そりゃ言ってたけど・・・・・・海や深い川ってわけでもないし、こんな浅くて流れも速くない川くらいで気にすることもないだろう?ティアだって気にしてないんだしな」

ルークを叱るというよりも貶めながらティアの肩を持つガイに、ラルフとアリシアは困惑を通り越して、胡乱な目付きになっていた。

貴族の子息を“俺が育てた”と言い、ルークの方もガイが教えたことをちゃんと覚えているからには、この青年は教育係か何かなのだろうか?
それにしてはルークに対する態度は不公平というか理不尽に貶めが過ぎるし、神託の盾騎士団の衣服を纏っているなら部外者だろうティアへの肩入れも度が過ぎている。

神託の盾騎士団へはダアトだけではなくキムラスカ、マルクトの両国からも入団者が集まっているし、貴族が家督を継げない子供や庶子を入団させることもあるので、対等に話したりある程度の無礼が許される身内や親族なのかもしれないし、もしかすると年頃の男女と言うことで恋中か懸想している女に肩入れをしたいのかもしれないが、それを考慮してもティアのルークへの態度も、ガイのティアへの態度も逸脱しているし、そもそもの旅先の川の水に濡れるのを避けることを甘え扱いにすること自体が旅慣れた二人には不審だった。

「この辺りの川の水は、濡れると病にかかることがあるんですよ。だから別に貴族の方でなくても、例えば私たちのような旅商人でも、多少遠回りになっても橋を使いますよ。どうしても水の中に入らないといけない時には、水を通さないゴム製の長靴をはいて濡れないように気をつけています」

「私たちも以前に通った時にそうしていますし、他の商人にもそう教えたり教えられたりしてきましたよ?」

貴族だからとか甘やかしているとか意味が分かりません、そもそも声をかけた時には身分を知りませんでしたし・・・・・・と説明しても、ティアは納得するどころかありえないとでもいうように、ルークに向けているのと同じようにあからさまに見下した態度になってラルフとアリシアを叱りつけてきた。

「水に濡れたくらいで病気になるはずないでしょう!馬鹿なこと言わないで!」

「実際に、以前私たちがここを通った時に、連れていた馬がうっかり川に入ってしまった後に、この辺りで水に濡れるとかかると言われる流行り病と同じ症状になったことがありましたよ」

ラルフに実体験を出して反論されたティアは一瞬口籠るが、それでも自分が知らないことはありえないことだと思っているのか、すぐに口を開いて言い返そうとする。
ガイも再び仲裁に入ろうとまあまあと言いかけたが、その前にアニスが上げた悲鳴に思わず振り向き、絶句して悲鳴の原因を凝視する。

「アニス?どうし・・・・・・ひっ!?」

「な、なに、あの馬・・・・・・?」

飼い主から逸れたのか、それとも魔物や盗賊に襲われでもして亡くしたのか、手綱が付いているのに人を乗せていない馬が木立の間から歩いてくる。
それだけなら珍しい光景ではないが、その馬の様子はティアが今までに見たことも聞いたこともないものだった。

馬は歩けているのが不思議なほどに痩せ細り、それでいて腹部だけが孕んだように膨張し、ふらふらと今にも倒れそうな足取りになっていた。

「・・・・・・あんな風になるんですよ。馬だけじゃなく人間もなりますし、重症になると死亡することもあります」

頑として川を渡ると聞かなかったティアも流石に後退りながら川から離れ、恐怖なのか羞恥なのか、何かを紛らわそうとするかのように頭を振りながら言い返すが、その声は大きいだけで弱々しいものになっていた。

「そんなこと私は知らなかったもの!!私の故郷には川なんてなかったし、故郷から出たこともなかった私には、川の水でなる病気なんて関係なかったわ!!」

「ああ、都会育ちの方でしたか・・・・・それでも旅に出るなら、事前に旅の注意を調べるとか誰かに聞くとかされた方が良いですよ。それまでは関係なかったとしても、旅に出れば無関係ではいられませんし、自然は初心者だとか都会出身者だからって甘くはないのですから」

「・・・・・もっとも都会の近くの河川でも、色々な物で汚れていることは多いですよ。屠殺場が川の近くに作られて家畜の汚物が川に流されたり、公共下水道の下水が未処理のままに垂れ流されていたりしますから」

この旅でも、ダアトを出発してからキムラスカに入りバチカルに着くまでの旅でも、濡れも汚れも気にせずに、また地元の人間から情報を集めることもせずに、水に金をかけるなんて贅沢だと思って川の水をそのまま飲んだり顔を洗ったりしていたティアは、アリシアが呟くように続けた言葉にざっと青褪める。

「旅というのは厳しいもの、普通の旅人はみんな、子供でもその厳しさの中で旅をしているとあなたも言ってましたよね。旅は、自然の中で過ごすというのは厳しいものなんですよ。厳しいからこそ、良く知らない川には入らないとか、濡れるとか、汚れるとか、細かいようなことでも気にする必要があるんです」

特に声を荒げている訳でもなく、ティアの声よりもずっと小さいのに、胸に沁み渡るように響いてくるラルフの言葉に、雪国のケテルブルク出身のジェイドは思う所があったのか、珍しく笑顔を消して元監察医や軍人としての防疫の知識と経験を交えてティアを諭し始める。

しかしティアは耳に痛い叱責や忠言は事実だとしても受け入れられないのか、未だに自分の知る常識に固執しているのか、まるで教師に叱られた生徒が不貞腐れた様な態度で拒むばかりで、ますます周りの幻滅と呆れを招いていった。

そしてガイは、ティアへの幻滅以上に、自分自身への幻滅と、疑念と、得体のしれない感覚に苛まれていた。

ガイの故郷は四方を海と諸島に囲まれた島で、豊富な海の幸や釣りなどの海のレジャーを求めてわざわざ大陸や首都からやってくる観光客も多かったが、一部の観光客には地元民の注意を聞かず、時には気にし過ぎだと笑い飛ばしすらして、危険地帯に入り込んだり危険行為に及んでは遭難などの事故に遭い、最悪行方不明や死亡するということがあり、領主である父や、伯爵令嬢として時に領地の管理に関わっていた姉の悩みの種だった。
だからガイはセントビナーやバチカルといった都会での暮らしに慣れていても、自然の厳しさを口癖のように話していたし、海難救助の資格までとって何か起きた時に備えていた。

自然の厳しさは実際に見聞きして良く知っていたはずなのに、ティアの姉か教師のような態度と、愚かな弟や生徒のようにルークを馬鹿にする様子に影響されるうちに、何時の間にか常にティアが正しく、ティアの意に副わないルークの行動は無知や甘えからと思うようになってしまっていた。

良く考えてみれば、ティアが姉や教師のような態度をルークにとることも、ルークがティアを嫌ったり反発するのを責めることも、それ自体が異様だった。
ガイとは違い、ルークはティアに好意を持つ理由も、教えを受ける経緯も、姉弟や幼馴染のように共に過ごした時間もない。
ティアはルークにとっては初対面の赤の他人に過ぎず、それどころかティアの起こした犯罪で出会い、 ティアから何重にも危害を加えられ、危険に晒され、加害者と被害者という嫌ったり反発する方が当然の関係にあった。
それなのに、ルークがティアの譜歌を受けて倒れかける様をすぐ側で目にしていたはずのガイは、 ティアの姉か教師のような態度と、愚かな弟や生徒のようにルークを馬鹿にするのを怒りどころか疑念すらなく受け入れ、厳しさや面倒見が良いように美化していた。

同郷やヴァンの妹だからでは説明できないほどのティアへの肩入れと、そのために本来が持っている知識や価値観と矛盾した言動をしてしまっている自分の行動への疑惑に思い至り、体内ではなく精神内に何かが侵入して寄生しているような感覚に、堪らない恐怖感と嫌悪感が止め処なく沸き起こる。

今までのように自分を庇ってくれることを期待しているのか、ティアが何かを期待するように潤んだ眼差しでガイを見つめてきたが、ガイはその眼にすら怖気が走り、涙だろう潤みすら毒液のような錯覚を覚え、女性恐怖症とは別の理由で後退ると、踵を返してルークの元に走って行った。

つい先程のルークにとった貶めるような態度への謝罪と、ティアに過剰に迎合していた自身の反省と、そしてティアの言動の異様さへの警鐘を伝えるために。











昔から旅の注意には良くあったように、川の水は時に病気の元になることがあります。
飲用だけではなく、皮膚を溶かして体内に侵入してくる寄生虫など、身体を水に浸すことで感染することもあります。

詳しい原因が分かったのは医学が発達してからのことですが、水の中の何が原因とまでは分からずとも水に触れることが危険だと経験的に分かったのか、川の水が原因の風土病が流行っていた地域には、川の水に触れることへの警鐘が言い伝えられていたりします。
またヨーロッパの屠殺場は川の側に作られて家畜の汚物を川に流していたり、都市の下水が垂れ流しになっていることがあったので、それで川の水が汚染されることもありました。
ベルケンドの「医者ジェイド」で、血液検査と超音波検査をしたり、血中酵素を分解とか言っているので、オールドラントは医学に関してはかなり進んでいるようにも見えます。

チーグルの森でルークが異国の川の中を歩いて渡って濡れるのを嫌い、木を倒して橋を作って渡ったというのは、意図的ではなくてもちゃんと旅の危険を避ける方法をとっていることになります。
「水をナメルなよ」のスキットで、ルークはガイが良く言っていた水への注意をちゃんと覚えていますし、もしかしたらそのせいもあったのかもしれませんね。
なので足手まといだと言ってルークを馬鹿にしているようなティアの様子は疑問でした。
ユリアシティには川はありませんし、ティアの過去や設定上外郭大地の旅の経験が豊富とも思えないので、ルークの「屋敷から出たことがないため世間知らず」という設定のように、ティアも「川がない街からろくに出たことがないため、自然の驚異を良く知らない」とすれば、ある意味ティアの過去や設定に合っている言動なのかもしれませんが・・・・・・。

ガイは島の出身だから海や自然の厳しさを知っているのは「水をナメるなよ」で分かりますし、魚介類の寄生虫や危険な海中生物についても知っていそうですが、シェリダンのガイ自身の経験や普段の言動と反したティアへの肩入れと、見ようによってはノエルへの無視にとれる発言などがあったので、ティアと一緒だとそういう知識や経験を忘れたようにティアの方に味方しそうな気がしました。

漆黒の翼がマルクト軍に追われて大陸間のローテルロー橋を壊して逃げていましたが、普段からあんな逃げ方をしていたとすると、渡るのが危険な河川に建てられた橋を壊して周辺住民が大迷惑なんてことも起きていそうですね。

丁度旅行とレジャーの時期ですが、現代でも旅の注意情報などで寄生虫などの危険がある川の中を歩いて渡ったりしないようにというのはよく見かけることです。
寄生虫に感染した動物の糞便内には寄生虫の卵が排泄されるので、川の水をそのまま飲むと、周辺の動物から排泄された寄生虫の卵を摂取してしまう可能性もあります。
また川は水深が歩いて渡れるほど低くても、その時は簡単に渡れるように見えても、増水するとあっという間に渡れなくなって立ち往生し流されていくということも起きるので、川の近くでの行動には気にしないといけないことが沢山あります。
良く知っている近所の川での川遊びと、良く知らない、また異郷の人間には思いもしない危険があるかもしれない川とでは全く違うので、危険の有無も分からない旅先の川の水に濡れたり、飲んだり、入ったりするのは避けた方が無難です。







                        
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