「俺はあいつに、名前も、親も婚約者も友人も、ルークとしての未来も全てを奪われたんだ!」

彼女の親も婚約者も友人も、彼らの未来も彼らと共に生きるはずだった未来も奪い取った男は叫ぶ。
その姿が彼女の、民の眼にどう映っているのかなど気付きもせずに。

「劣化レプリカが!頭の出来も剣の腕も俺には叶わねぇ、剣を持ってるくせに人を、それも敵を殺すことに怯えやがって!」

未来を、愛する人を奪ったことを責め、自分の頭脳はお前よりも優れているのだと誇って他者を蔑み、殺人に怯えるのを罵倒する。
その姿が男の愛する婚約者の眼にどう映っているのかなど気付きもせずに。

「あんな情けねぇ出来損ないに俺は全てを奪わ──」

「──返して下さい!!」







奪ったことを責めるなら







アクゼリュスが崩落した後、正体を明かしたアッシュはルークが気を失った後も尚も言い足りないとばかりに、 自分に同調し同情してくれると思っていた幼馴染の婚約者に向かって、ルークへの責めと罵倒を繰り返していた。

ナタリアは呆然と声を失ってアッシュを見つめるばかりでアッシュが望んでいた言葉は返ってこなかったが、 まだ自分が本物のルークと知った驚きから冷めていないだけだろうと気にせず、 また途中でナタリアに会いにきて、呆然とアッシュの叫びに聞き入っているルークの同行者の少女の様子も気にせず、 被害者意識と優越感のままに責めと罵倒を続けていた。
自分は一方的に奪われた被害者の気分で、奪ったと叫ぶ名を貶め尽くしたのは誰なのかも気付かぬままに。

「あんな情けねぇ出来損ないに俺は全てを奪わ──」

「返して下さい!!・・・・・・みんなを、未来を、私の全てを返して下さい、あなたが奪った全てを返して下さい!!」

少女は突然にアッシュに向けて叫び、幾度も未来を、愛する人を奪ったことを悲痛な声で責め立て、 ナタリアはそんな少女の態度をを咎めようともアッシュを庇おうともせず、むしろ少女に同調するように、 非難と、呆れと、何かを失ったような悲哀を込めた眼差しでアッシュを見つめていた。

「な、何言ってやがるこの屑が!俺がお前から何を奪ったって言うんだ!?大体てめぇはなんなんだ!」

ルークへの罵倒を邪魔された怒りと、身に覚えのないことを責められる苛立ちに、アッシュが少女を睨みつけながら剣を向けると、 ナタリアが庇うようにその間に入り、強張った声音で話し始めた。

「・・・・・・アッシュ。三年前からですからあなたは知らないでしょうけれど、彼女はルークの使用人のゼルマですわ」

「“ルーク”の使用人・・・・・・?だったらお前が仕えるべき“ルーク”は俺だろうが、何考えてやがるこの屑が! 奪われたとか返せとか訳の分かんねぇこと言いやがって──」

「ゼルマは父親と、幼馴染の親友と、婚約者を亡くしているのです。・・・・・・あのカイツール軍港の襲撃で」

「な・・・・・・」

カイツール軍港の襲撃。
それが誰の指示で引き起こされたのか、誰が傷付き死んだのか。
自分は何をして、誰から何を奪ってたのか。

「あなたがアリエッタに命令して起きたあの襲撃で、ゼルマは親も友人も婚約者も奪われたのです。 あなたに・・・・・・本物のルークだと、“わたくしとあの約束をしたルーク”だと名乗るあなたに、ゼルマは親も婚約者も友人も奪われたのです」

考えたくない、認めたくないというように首を振って後ずさったアッシュに、逃避を許さないというようにナタリアは罪を突きつけた。
「返して下さい」

そしてゼルマも、アッシュが後ずさった距離以上に足を進めて詰め寄り、涙声に恨みを込めて罪を突きつける。

「私のお父さん、恋人、友達、全部あなたが奪ったんです。みんなの命も未来も、みんなあなたが全てを奪ったんです! あなたが指示した襲撃で、生きながら魔物に食われた、あなたがそうしたんです。みんなと一緒にいたはずの私の未来も、居場所も全部全部あなたが奪ったんです! どうしてあなたは、自国の民を、敵でもなければ憎くもない相手を襲わせることができたんですか!? オリジナルルーク様の優れた頭は、自国民の虐殺にも動じないぐらい出来が良くていらっしゃるとでもいうんですか!!」

違う、自分はキムラスカの民のために国を変えようとナタリアと約束をして、 でも自分はそのキムラスカの軍港への、民への襲撃を引き起こして、目の前のキムラスカの民から家族を友人を婚約者を奪って苦しめて。

アッシュの脳裏には自分が持っていたはずの幻想と化した理想と、現実に犯した罪とが矢継ぎ早に浮かび、 そのどちらもがアッシュを責め苛み、逃げ場などもう心の中にすら残ってはいなかった。

「流石はルーク様を生まれて7年だと知りながら、人を殺すのが怖いのを馬鹿にしたというだけはありますね、 敵どころか自国民の虐殺すら恐れも恥もしないなんて、本当に殺人鬼の如く御立派ですこと!」

カイツール軍港を襲撃の後も、民を護ると約束を交わしたナタリアの前に現われた時も、自分が本物のルークだと名乗った時ですら、 アッシュには何の恐怖も罪悪感も後悔も、自分にはそう名乗る資格がないという躊躇いもなかった。
自国の軍港への襲撃に関与し、その結果多くの自国民が死傷し、ナタリアとの約束を最悪な形で破ったというのに、 本物の次期国王の名を、ナタリアの婚約者の名を名乗ることに恥じる気持ちなどなく、自分が本物という高いプライドと優越感だけがあった。

「俺はアリエッタに、ただレプリカを誘き寄せるために、整備士長を連れて来いとしか言ってなかったんだ!! 襲撃しろなんて、軍港の兵士を殺せなんて、言って、な・・・・・・」

震える声で言い訳をしても、その稚拙さと矛盾はかえってゼルマの怒りとナタリアの幻滅に油を注ぐばかりだった。

「多くの兵士がいるカイツール軍港で、連絡船の修理が可能な数少ない技術者の拉致なんて、軍港の兵士を無力化せずに行えるはずがありませんでしょう。 まして妖獣のアリエッタは多数の魔物を操る軍人。 アリエッタにカイツール軍港で整備士を連れて来いなどと命じれば、 魔物による襲撃、多くの兵士を虐殺して抵抗する力を奪っての拉致以外に、どんな方法があるというのです? しかもあなたは何年もダアトで軍務に就き、アリエッタが多数の魔物を操る所を実際に見ていたはず・・・・・・知らなかったはずもありませんわ」

「オリジナルルーク様の御立派な頭には、新しい御名前通りに燃えカスでも詰まっているようですね。 軍人がアリエッタの力を知っていて命じたなら襲撃と虐殺が起きることを分かっていたはずですし、 分からなかったというなら、そんな少し考えれば分かるはずのことですら考えようともしないぐらい、 自分がした命令の結果カイツールが、自国の軍港が、キムラスカの民がどうなろうがどうでもよかったということ。 どちらにしても、あなたの愚かさとの民への無情さが、みんなの命を、私の全てを奪ったことには変わりません!!」

アッシュに、キムラスカの民への情が残っていれば。
自分の命令の結果、キムラスカの民が、キムラスカの軍港を守る兵士がどうなるのかを案じていれば。

間者でもないアリエッタに密かに整備士を連れ去るなどできないことも、 船の整備が可能な数少ない技術者の整備士長を連れ去ろうとすれば軍港の兵士たちが抵抗することも、 アリエッタの力と思考でアッシュの命令を遂行しようと思えば、魔物による襲撃と抵抗できなくなるほどの虐殺になることも、 考えていれば分かったはずのものばかりだった。

それを知らなかった、分からなかったと言い訳しても、考えようともしなかったと、 考えようともしないほどに自分の命令の結果、キムラスカの民が、キムラスカの軍港を守る兵士がどうなるのかなど、 アッシュにとってどうでも良いことだったというキムラスカの民への無情を露わにするだけだった。

アッシュを睨むナタリアの眼には、もうあの頃のような暖かさも愛情も期待もなく、それらと反対のものばかりで満たされていた。
彼女の中の昔のルークも、交わした約束も、暖かな陽だまりのような思い出も、灰と成り果てたことを言葉にせずともアッシュ悟らせるほどに冷え切っていた。

「返して下さいよ! 赤子のようだったルーク様が自分から何をした訳でもなく他人の手ですり替えられたことを、“奪った”とを責めたじゃないですか。 大地が崩落するなんて想像しようもないことで、知らなかったし知りようもなかったルーク様を馬鹿にしたじゃないですか。 自分から指示した17歳のオリジナルルーク様、 自分の指示の結果が想像できたはずなのに、知らなかったとしても考えれば分かったはずなのに、考えようともしなかったご立派な次期国王様! あなたが“奪った”ものを返して下さい! 本物の次期国王だというあなたが、奪った民の命を、友人を恋人を家族を、未来を、居場所を返して下さい!!」

返して下さい、返して下さいと繰り返して啜り泣く少女から、自国の民から、そして自分が殺した人々と遺族から、 奪ったものの重さと罪の重さに押し潰されるようにアッシュは膝をつき、 続くナタリアの別離の言葉に、その声音の冷たさに、打ちのめされて手も床につく。
斬首前の罪人のような姿勢で首を垂れ、剣を向けることも言い訳もできずゼルマの非難を受け続けるアッシュの脳裏に、かつて交わした約束が脳裏に過る。


“貴族以外の人間も貧しい思いをしないように、戦争が起こらないように、死ぬまで一緒にいて国を変えよう“


キムラスカの軍港への襲撃を引き起こし、キムラスカの民から命を奪い、愛する人を奪い、愛する人と過ごすはずだった未来を奪い、 それを自覚したアッシュの中には、かつて自分がナタリアと交わした約束は虚ろに響くばかりだった。

キムラスカの民のためにとナタリアを約束を交わした“ルーク”。
そんな“ルーク”へ向けたナタリアの暖かな想いと、彼女と一緒に国を変えるはずだった未来。

それを奪ったのは、凍らせたのは、自国民の血と涙に濡れた鮮血の灰へと変えたのは、 自分の行動が民へ引き起こす結果を考えようともしない無情、その果ての罪と略奪、それを恥じることのないアッシュ自身の振舞いだった。












奪ったの奪われたの失ったのといいますが、アッシュに親や婚約者や友人も、未来も奪われたキムラスカの民が沢山いるはず。




                        
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