「国民を守る義務を怠って、ダアトにへいこらしてやがる馬鹿な奴らの富を、苦しめられてる平民に分け与えてやった方がマシ、そう思ってこの街を作ったのさ」

「君は優しいんだな」

ノワールの身の上話と、孤島で戦災孤児や家族を失った者を保護しているという話を聞き、ガイは感動したように目を潤ませてそう称賛した。
しかしルーク、ティア、アニスは酷く奇妙なことを聞いたかのように首を傾げたり、 眉を寄せてノワールを睨むように見たりと、三人とも感動や好意とは程遠い雰囲気を漂わせていた。

「・・・・・・?みんなどうしたんだ?貧しい人々に盗んだ富を分け与えるなんて素晴らしいじゃないか」

「でもその分け与える富は、平民を苦しめたり貧しくしながら奪ってたものじゃない」

「何を言ってるんだ?失礼じゃないか。彼らは義賊だぞ。 無辜の民衆から奪ったりしないだろうし、今も国民を守る義務を怠って、ダアトにへいこらしてやがる馬鹿な奴らの富をって言ってただろう」

それほど漆黒の翼の行状を知っている訳ではないが、彼らの名乗る義賊のイメージとノワールが美しい女性ということから美化しているガイは、 平民を苦しめながら奪っているというアニスの言葉の意味が分からず、また自分よりずっと若い子供の言うことという侮りもあり、誤解と考えて窘めにかかる。
しかしその義賊という名乗りもまた、三人のノワールへの視線を更に冷たく、疑問を深くしていくだけだった。

「例え直接奪う対象にはしていないとしても、逃走のために平民が商売に支障をきたしたり破産するようなことしていたら、 平民の資産や生活に損害を与えて、苦しめたり貧しくしながら奪ってることになるでしょ?」

「ちょっと!聞き捨てならないね、あたしたちが何時そんなことしたって言うんだい!」

「だから先程の俺の名乗りを聞いていなかったのか!?漆黒の翼は義賊、俺たちは俺たちの誇りと共に生きている。子供と言えどそれを貶めるのは許さんぞ!」

「ノワール様を侮辱すると俺たちが許さないでゲス!!」

「す、すいません!子供の言うことですから・・・・・・おいアニス、早く謝った方が良いぞ」

冤罪を受けたように激昂するノワールたちに、ガイは慌てて謝りながらアニスにも謝らせようとするが、 ルークとティアはノワールを訝しむように見つめたまま止めに入り、アニスの見方に同意をする。

「本当に何も思い当たらないのか? 俺たちも平民を困らせるような方法で逃げてる所を見たり、そうなった人達の話をエンゲーブとかで聞いたりしてるぜ」

「ええ、アニスの言ってることは事実よ。それに私はダアトに戻った時にも、ケセドニアからの巡礼者の噂で同じように聞いているわ」

「エンゲーブで・・・・・・?なんのことだ?俺もエンゲーブには何度もみんなと一緒に行ったけど、そんな話は・・・・・・」

エンゲーブでの記憶に思い当たる所のなかったガイが聞き返すと、「ああ、あの時はまだガイと合流してなかったんだっけ」とルークが呟き、 ティアと共に見聞きしたことを語りはじめた。

「私たちが初めてエンゲーブを訪れた時のことよ。 街に着く前に、私たちはルグニカ大陸とアベリア大陸を結ぶローテルロー橋を通って・・・・・・」







壊したもの、失わせたもの、苦しめた人







それはルークたちがタルタロスでガイと合流するより前。
食料の村と呼ばれ、その名の通り盛んな農業や牧畜により、マルクト帝国のみならず世界中に食料を出荷するエンゲーブに到着した夜のことだった。
宿屋の主人に紹介された酒場では、近隣の村人から旅人や商人らしい風体の者まで様々な人々が噂話に花を咲かせており、 ルークとティアもそれを聞くともなく聞きながら、雑談を交えて食事をとっていた。

「ったく・・・・・・参ったよ。ローテルロー橋の復旧の目処は立たない、他の輸送路の目処も立たない、保管料や冷蔵代はかさむ! うちはもう出荷直前だったってのに、どうすれば良いんだか・・・・・・」

名物だと勧められたミソ和えパスタをつついていたルークは、聞き覚えのある橋の名に手を止め、その橋と衝撃的な光景を共に目撃したティアに問いかける。

「ローテルロー橋って、俺たちがここに来る途中に通った?」

「ええ。このエンゲーブのあるルグニカ大陸と、タタル渓谷やケセドニアがあるアベリア大陸とを結ぶ橋、だったのだけれど・・・・・・」

エンゲーブに来る途中、間近で目撃した橋の爆破を思い出したティアが溜息を吐きながら答えると、 それに給仕をしていた酒場の女将がやはり溜息を吐きながら、暗い表情を浮かべて言葉を続けた。

「このエンゲーブから流通拠点のケセドニアへの輸送路でもあったんだがね・・・・・・橋がなくなっちまったから、商品を届けることができなくなって、みんな困ってるんだよ」

「商品?」

「このエンゲーブ産の野菜や肉、酪農品や葡萄酒なんかさ。 ケセドニアからの注文品をたんと用意して、さあ運びに行くかって時だったのに、輸送路の橋が落ちちまうなんて・・・・・・ ローテルロー橋を経由しての輸送計画が軒並みパアだよ」

そう聞いて、ルークはローテルロー橋破壊の後、向こう岸の方に商人らしき荷を積んだ馬車が集まっていたのを思い出す。
あるいは頭を抱えてその場に蹲り、あるいは放心状態で空を見上げ、あるいは恐ろしい形相で漆黒の翼が逃げて言った方向を指して何事かを喚き、 誰もが尋常ではない様子だったのが気にかかっていたが、あれはケセドニアへ商品を届ける途中にその手段を失ったためだったのか。

「今から輸送用の船を用意したり修理するにも金も手間も時間もかかるし、商品の保管料や、保存に使う氷や冷蔵譜業だってタダじゃないんだ。 下手すりゃ腐って売りものにならなくなっちまう」

「ギルドの助けだってここまで大規模な影響が出たら行き渡らないだろうし、損害が大きい所は持ち堪えられなくなるかもしれないぞ」

「橋の管理団の方はどう言ってるんだ?橋のための費用や寄進があっただろう」

「そういうのは橋の維持や修繕なんかの通常の経費に使われてるから、あんな爆破による大きな破壊の分まですぐに賄うのは難しいってさ。 余った分は周辺の貧民や流民への援助にも使ってたし、俺たちもこんな状況じゃ新たに寄進する余裕もないしな。 管理団は皇帝陛下への陳情と、貴族様からの寄進を募るための人員をグランコクマに送ったそうだが、 再建するにしても、費用を寄進で賄えなければ課税があるだろうから、それも懐の痛い話だな」

「ケセドニアやキムラスカの方も大変だろうな。 しばらくうちからの食べ物が入らなくなる上に、入ったとしてもかかる金が増えればその分値段を上げねぇと割にあわなくなる。 ここだけじゃなくセントビナーからの薬草なんかもローテルロー橋を通ってケセドニア経由で流通してるから、医薬品の方でも影響は大きいだろう。 ただでさえ直接輸入できない食糧や薬は、キムラスカじゃこっちより高値になっちまうそうなのに、更に高騰しちまったら・・・・・・」

「全く、何処の馬鹿だ!?軍から逃げてた盗賊らしいが、 自分らが逃げるためなら他の人間が損しようが破産しようが、食料や医薬品の不足や高騰に苦しもうが構わないってのかよ!!」

不安と苦渋と漆黒の翼への非難を交えて口々に語られるローテルロー橋爆破の影響に、ルークは驚愕し、噂と現実の落差に疑問を呈する。

「マジかよ・・・・・・こんなにたくさんの人が商売できなくなったり、ケセドニアやキムラスカまで食べ物や薬が手に入り難くなるってのか!? あいつら、分かっててあの橋を壊したのか?馭者の噂じゃ義賊って話だったのに」

「義賊を“演じる”盗賊だったのかもしれないわ。 義賊として民衆を味方につけていれば目撃されても見逃してもらえたりして犯罪がやり易くなるとか、 そんな打算で演技をしていただけで、追い詰められて余裕を失ったら本性を露わした、という所かしら。 元々漆黒の翼は金次第で依頼を受けるらしくて窃盗以外の犯罪の共犯に名前が挙がることもあったし、噂のような義賊にしては疑わしい所の多い輩よ」

ティアは情報部の同僚から聞いた話を付け加えてそう推測し、この輸出路の破壊が世界中に波及するのを思い、もう一度深く溜息を吐いた。





「後でエンゲーブへ行った時にもローズさんたちに聞いてみたら、ローテルロー橋の爆破による流通支障の影響で損害を受けた人は数え切れない、 中には破産した人や、その所為で自殺した人や一家離散した家庭だってあるって、一様にその原因になった漆黒の翼を罵りながら話してたぜ」

「ケセドニアの方でもマルクト産の輸入品の高騰で食糧事情が悪化して、貧民層には餓死する人も出たと、巡礼者が嘆いていたわ」

「餓死!?ちょっと待っておくれよ、どうしてそんな、そんなことあるはずが」

「俺らは民衆を困らせようとなんてしてないでゲスよ!?」

「あれは、橋の爆破はただタルタロスを止めようと・・・・・・軍の追跡を逃れようとしただけで、商人や食糧の流通を邪魔するつもりなど」

自分たちはただ橋を壊しただけで、誰かを、まして平民を傷付けたり苦しめた訳じゃない。
そう思っていたノワールは、自分たちの逃走のための行為が多くの人々を苦しめたというアニスやティアの話を、 あまつさえ死者が出るような事態まで引き起こしたことを受け入れられず、震える声で否定する。

「不足によって価格が高騰すれば、当然貧しい人には手に入りにくくなるでしょ。 しかもマルクトからローテルロー橋を通る輸出品の主要品目は、食糧と薬草。不足が生活や生き死に直結する品ばっかりなんだよ。 キムラスカでも、マルクトからキムラスカへの輸出品は必ず流通拠点のケセドニアの領事館で監査を受けるのに、 マルクトからケセドニアへの流通路が破壊されたことで、同じようにマルクト産の品々が不足し、特に貧しい人々の生活を圧迫したって聞いてるよ」

ぶっちゃけあたしたちみたいな貧民からすれば、 そんなことする奴らは義賊以外の犯罪者や極悪人と変わりない迷惑っぷりだよ、とアニスは冷たい声音でノワールの戸惑いを切り捨てる。

十歳までダアトの貧民街で育ったアニスは、食糧や医薬品の不足と高騰が、平民の、特に貧民層をどれほど困窮させるものなのかを身をもって知っていた。
そんな事態を引き起こす流通路の破壊を軍からの逃走のためなどという理由で行った漆黒の翼が、“民衆に優しい”とも“平民の苦しみを思いやっている”とも到底思えなかった。

それは彼らが奪った金で救われた四百九十五人もの人々が住まう街を目の当たりにしても同じだった。
奪った金で多くの人々が救われたことは、金を奪うために多くの人々が困窮したことを帳消しにする訳ではなく、 救われた人々がノワールに向ける感謝と称賛は、他の人々がノワールに向ける反対の感情と評価を打ち消す訳ではないのだから。

「壊された橋を必要としていた人や、橋を通ってくる品々を必要としていた人たちにだって、家族や子供もいただろうにね。 生活が困窮したり、家財や親を失った後に、その家族や子供はどうなったんだろうね」

「あ、ああっ・・・・・・・・」

自分たちや保護しているこの街の人々のかつての境遇と、ローテルロー橋の破壊により困窮した人々やその家族と重ね合わせ、 ノワールは小さく呻いて顔を伏せると、そんなつもりはなかったんだよと涙声で呟いた。

確かにノワールたちは、稼いだ金を平民に分け与え、孤島で戦災孤児や家族を失った人々を保護してきた。
しかしその金は平民を苦しめる方法で奪っていたものであり、その結果孤児や家族を失った人々を作ってきた。

流通路の破壊で輸出に支障をきたした商人。
食糧や医薬品の不足と高騰に苦しむ民衆。
困窮や破産によって家族を失った人々、孤児となった子供たち。

そうした人々から見れば、漆黒の翼の盗みは、ノワールたちは、奪った金で作られたこの街は。

「たとえ盗んだ富を貧しい人々や苦しめられている平民に分け与えていても、無辜の民衆を直接奪う対象にはしていないとしても、 逃走のために平民が商売に支障をきたしたり破産するようなことをして、 命と生活に直結する食糧や医薬品の流通路を破壊して不足や高騰を引き起こしたら、 平民を苦しめながら、平民の資産や生活に損害を与えながら盗んでることになるでしょ? それって“優しい”“義賊”って額面通りに思えるようなことなの? ・・・・・・少なくとも、苦しめられた平民や、そのために家族を失った人から見れば、別だと思うけど」

疑問、非難、名乗ってきた“義賊”への否定。先程までとは違い幻滅したようなガイの視線。
そのどれにもノワールたちは答えることなく、もう言い訳や否定もできず、たた呆然と街を眺める。

漆黒の翼として奪ってきた金で作りあげた彼女の誇りだった街は、何時の間にか夕日で染まっていた。
まるで誰かの血で染まったかのように赤く、朱く、色鮮やかに。











「マルクトからキムラスカへの農作物や薬草は必ずケセドニアの領事館で監査を受ける」 「バチカルは食材や薬を直接輸入できず普通はケセドニアを経由する」 「(エンゲーブの)食材はケセドニアを中心に世界各地に出荷」などの説明とその辺りの地図を見ると、 ローテルロー橋はエンゲーブからケセドニア辺りまでの輸送路で、セントビナーの薬草も含めた マルクト→ケセドニア(ダアト後盾)→キムラスカの流通の重要地点だったように思えるのですが、 それがあれだけ盛大に爆破されたら、輸出するエンゲーブの人達も輸入するケセドニアやキムラスカの人達も大層困ったんじゃないかと。
しかもマルクトからの輸出品は食糧と薬草と、不足や高騰が民衆の生活と生死に直結する品々。

イオンがチーグルの森で、エンゲーブの食糧はマルクトだけではなく世界中に輸出されているから村の危機を見過ごせないというようなことを言っていましたが、 それはエンゲーブから他方への輸送路を破壊されて、流通に支障をきたすのも同様です。
他のルートを使うにしても、戻るに戻れないという馬車の馭者の台詞を見るとあの辺りに他の橋もなさそうですし、 橋の修理や船舶や他の輸送路で代用するにしても時間と手間はかかるでしょうから、 既に商品を用意していて輸出前だったりすると、商品の損失や保管料などが嵩みそうです。
エンゲーブの輸出品って生物が多そうですし、冷蔵・冷凍庫っぽい譜業もあるかもしれませんが生活レベルを見ると普及度は低そうですし。
また修理費用が課税や臨時税で充当されたら、それも民衆の生活に負担をかけたことになります。

もし以前から盗みの後や軍に発見された時に同じような手口で逃げていたなら他にも似たような被害がありそうですし、 バチカル到着後に神託の盾の依頼でイオンを誘拐したのも漆黒の翼だったので、報酬さえ貰えばダアトの悪事の片棒かもしれないような怪しい依頼を受けるということなので、 どうにも漆黒の翼が言われているほどの義賊にも、平民を思いやっているようにも思えません。
ジェイドは見逃してしまいましたが、放置してまた同じような方法で逃走されたらどうする気なのやら。
イオン誘拐の目的がイオンにセフィロトのダアト式封咒を開けさせることにあったのを思うと、 漆黒の翼も外郭大地崩落などヴァン一味の企みの共犯になる所でしたし、 何も知らなくても利用されても責任があるとするなら、彼らもまた問われる責任が多々あることにもなりますね。

ナム孤島の住人のためなら何をしてでも住人以外の世界中の人々を苦しめてでも金を奪う!という訳でもなく彼ら自ら義賊を名乗っていますし、 要所に多く登場する割に、いまいち彼らの性格や立ち位置が掴めません。




                        
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