ティアはずっと、出会った頃のルークを軽蔑していた。
世間知らずでティアを苛立たせ、ティアを気遣わず、そしてルークの行動にティアがどれだけ苛立っているのか気にしようともしない、 無知で傲慢で無神経だった、ティアと出会った頃のルーク。

そして同時に、出会った頃の自分を内心称賛していた。
そんなルークに苛立ちながらも姉のように教師のようにお説教をし、誰よりもルークを心配し叱り見守ってきた自分。
今のルークがティアの顔色を窺い、ティアが叱れば謝るようになったのは自分のお説教のおかげ、 自分が愚かで子供だったルークを導いて成長させてやった、そう自画自賛しては陶酔していた。

だからティアは、まるで自分の功績を見せつけるようにして出会った頃の自分たちのことをノエルに語った。
自分とルークの結びつきがどれほど深く、自分がどれほどルークにとって有益で必要な人間なのかを突きつけるように。
そうすればノエルもティアがルークにしてきたことに感銘し、ルークへの恋を諦めてむしろティアを応援するようになるだろうと、確信していた。







人形遊びの陶酔と称賛







「・・・・・・大変、だったんですね・・・・・・。 そんな状況で旅をしていたなんて、さぞや苛立ち、辛い思いをされていたことでしょう」

宿でガイとアニスと共にティアの部屋に呼ばれたノエルは、ティアの回想を聞いてしばらく眼を見開いて絶句していたが、やがて痛ましそうに眼を伏せてそう言った。
その反応にティアは満足げに眼を細め、ノエルへの優越感とルークの教師や姉のような自分自身への陶酔にうっとりと身を委ねる。

「ええ、本当に大変だったわ。出会った頃は本当に無知で、傲慢で、無神経極まりなかったんですもの。 安全な場所で何不自由なく護られて育つとああなるのかしらね」

ノエルはティアの話し方と表情に首を傾げ、ティアへの視線を険しくしていったが、 ティアはそれをルークを姉のように叱ってきた自分への嫉妬や、ノエルが入り込めない自分とルークの絆への焦りだととらえ、また優越感を深くする。
アニスは未だ呆然としているが、すぐに何時ものように、そして自分が意図したようにガイと共に自分を持ちあげルークと自分の仲を取り持ってくれるだろうと気にならなかった。

「でも、今は当時のことを反省して、謝ったんですよね?」

「ええ。 あの時は安心して背中を預けられる相手ではないと思ったと言った時にも謝ってきたし、ちゃんと反省できているようね。 あの時とは違ってそうやって悪いことを叱られたら反省して謝るように、顔色を窺うようになったのは良い成長ね」

「本当に、あのわがまま坊ちゃんが変わったのはティアのおかげだよなぁ。 姉や教師みたいに厳しく優しく導いてくれたティアがいたからこそ」

そうガイに称賛され、ティアはますます強くなった甘美な陶酔に心地よく浸ろうとしたその時、 ノエルとアニスが異口同音に、ティアの陶酔に膨らみ切った風船に指す針のように鋭く叫ぶ。

「二人とも、何言ってるの!?」

「ガイさんもティアさんも、一体何を言ってるんですか!?」

「何って、私とルークのことでしょう?出会った頃はわがままで傲慢な子供だったのが成長したって・・・・・・」

ガイの自分への称賛を邪魔されたことで不機嫌になったティアが繰り返すと、 ガイも再びルークを貶めながらティアに同意し、まるで親が子供の過ちを自分のせいだと詫びるような、 それでいて何処か歪んだ陶酔を交えたようないびつな笑いを浮かべて謝罪する。

「そうだよ、ノエルも同情してたじゃないか。アニスだってあの頃、ティアをうざいって言ったルークに注意してただろう? 本当に、世間知らずに苛立ちながらも姉や教師みたいに叱ってくれてたティアをうざいなんて、馬鹿な奴だったよなあ・・・・・・。 ごめんなティア、俺が甘やかしちまったからあんな世間知らずなお坊ちゃんにしちまって俺も後悔を」

「違います!!」

「ノ、ノエル?」

非難されるべきはルークで同情されるべきはティア、謝るべきなのも反省すべきなのも変わるべきなのもルーク、 そう思い込んでいた二人はノエルの言葉も当然のように、ルークに苛立ち辛い思いをしていたティアへの同情ととらえていた。

ルークとティアの出会いを、関係を、二人は知りながらそう思い続け、変わることがなくそのままだった。

けれど常にルークを貶めティアを美化し優先し、ティアがルークに何をしてもどれだけ危害を加えても危険に晒しても省みず、 ただルークにだけティアへの気遣いや寛容を要求するティアとガイ以外の人間から、ノエルとアニスから見れば。

「・・・・・・私、“無知、傲慢、無神経”ってティアさんのことだと思ってました。 だからそんなティアさんとそんな出会いで旅をする破目になった、ルークさんが苛立って辛かっただろうって言ったんです」

「私もあの頃はルークがティアをうざいって言ったり、鬱陶しがるような態度とってたのが悪いって思ってた。 ルークとティアの関係を以前からの教師役や姉弟分の友人だろうって思ってたから、ルークのわがままだって思って・・・・・・でも、訂正するよ。 うざかったのはルークの言った通りティアの方で、ルークがそう言ったのはわがままでも悪いことでもなんでもなかった」

「ノエル!アニスまで・・・・・・どうしてそんな酷いことを言うんだ!・・・・・・ああ、」

今まではティアの恋心に好意的で、ルークとティアをくっつけようという画策にも協力してきたアニスまでが、 ルークを庇いティアを非難し、かつて向けた出会った頃のルークへの注意を撤回したのにガイは驚愕して怒鳴ったが、 何かに思い当たったようにノエルを睨むと、子供のわがままを窘める大人の顔を作ってお説教を始める。

「ノエル、君はルークのことが好きだから妬いてるんだな。 君には気の毒だけど、ルークとティアには出会った時からの、時には姉のように時には教師のように、 わがままルークを苛立ちながらもお説教してきた深い絆があるんだよ。 そんなティアにルークが感謝して好意を持つのは当たり前だろ?諦めて身を引いて」

「いい加減にしてよ!どうしてそんな風に言えるの、どうしてそんな出会いと旅で、そんな関係やお説教で、感謝や好意が育まれると思うのよ!? 被害者が加害者と旅する破目になって、しかもそんな傲慢で無神経な態度とられて、鬱陶しがるのは当然じゃない! うざいのはそんなことしてた加害者の、ティアの方だよ!!」

「わがままだったのはティアさんの方でしょう! 被害者と加害者が旅をして、そんな加害者に姉や教師のようにお説教されて、罵られて、戦わされて、護らされて、苛立つのは辛いのは被害者の方で、 無知で、傲慢で、無神経なのも、人を気遣えないのも安心して背中を預けられる相手ではないのも全部、そんな加害者の、ティアさんの方です!!」

叱ったつもりがまるで最低な言葉を聞いたかのように怒りと軽蔑を返され、 今までルークの良い兄貴分、理解ある幼なじみ、ずっと助けてやっていた親友だと抱いていた陶酔を射抜くように強く睨まれ、 奥底の眼を逸らしていた何かを暴かれる予感にガイは黙り込む。
ティアは黙ったガイを不思議そうに、また自分を庇い続けないのを不満そうに見たが、アニスとノエルが言ったことへの不満が先に立ったのか、 無実の罪を問われた聖者ような陶酔混じりに言い返す。

「加害者ってなんのことよ? 私はルークに危害なんて加えていないわ。 巻き込んでしまった形だったけれど、でもあれは事故で巻き込むつもりはなかったし、危害を加えるつもりだってなかったわ」

胸を張って言うティアに、アニスとノエルは醜悪なものに眉を顰めるような表情で、異様な化物を見るような視線を向け、 またも陶酔の邪魔をされたティアは傷付いた様な顔になったが、二人にティアに向ける気遣いなど欠片もなかった。

「ティアさん、ルーク様の御屋敷に、眠りと痺れの譜歌を使って侵入して、ルークさんにも屋敷の方々にも譜歌をかけて攻撃したんでしょう?」

「ええ。だからルークを巻き込んでしまったのはタタル渓谷に飛ばされた事故だけよ?加害者なんて失礼なこと言わないで頂戴」

「・・・・・・軍人なのに、音律士クルーナーなのに、 ユリアの譜歌の伝承知ってたくせに、良くもそんなこと言えるもんだね。 屋敷への襲撃が、眠りと痺れの譜歌が、ユリアの譜歌が、警備の無力化が、危害や巻き込むことにならない訳ないでしょ」

危害を加えるつもりも巻き込むつもりもない、そう繰り返すだけのティアに頭痛がしてきたアニスは、ふとダアトで聞いた噂を思い出す。

「グランツ総長は実力も伴わない問題児の妹を身内贔屓で優遇させているって噂、本当だったんだね。 上官や同僚にまともに叱られもしない安全な場所で護られて、音律士として必要な訓練も勉強もせず自由に、 実力も伴わないのに音律士になれるぐらい甘やかされると、こうなるのかなぁ」

「あ、あの噂は兄さんの妹だから妬まれて流されただけよ、アニスはそんな根も葉もない噂を信じるの!?」

今まで妬みからの中傷、理不尽な苛めだと否定していた噂を仲間のアニスから肯定された衝撃に、 ティアは悲劇のヒロインが浮かべるような傷付いた顔でアニスを睨みつけたが、 アニスは堪えた様子もなく、ティア自身が行動で証明してるじゃん、とティアを指す。

「眠りや痺れの譜歌っていうのはね、攻撃譜術に分類されるんだよ。 そして相手に怪我をさせたり、大怪我や死なせる恐れだってある、危険な術。 立っている時に眠ったり痺れて動けなくなったら転倒するし、 倒れた時に頭や体を打つことも、急所を打って大怪我になることも、亡くなることだってある。 それに倒れた所に割れ物でもあったり、倒れた時に割れ物落としてその上に倒れたら切り傷を負うとか、 怪我の恐れが幾つもある、とっても危険な術で、れっきとした危害なんだよ」

「素人の私だって、突然に眠ったり痺れる時の危険ぐらい想像できますよ。 ティアさん、襲撃の前にルークさんや屋敷の方々がどうなるか、気を遣わなかったんですか?」

「それにユリアの譜歌の譜術と同等の力を持つ。ティアこの伝承知ってたよね? 実際ティアのナイトメアって普通の譜歌より高性能で、大佐のエナジープラストに匹敵する威力で、今までの戦闘でも魔物や盗賊バンバン倒してたよね。 さっき言った眠りと痺れの効果に加えて、攻撃力で二重の危害をルークに加えたことになるよ。 攻撃力のある譜歌をかけた歌った口で危害を加えるつもりなかったって被害者に言うとか、 傲慢すぎて苛立つどころの話じゃないよ」

ルークに危害を加えるつもりはないと笑った時も、ファブレ公爵家に来た時も、シュザンヌに謝罪する時も、 ティアはずっと事故でルークを巻き込んでしまった、でもわざとではない、意図的に加えた巻き込みや危害なんてないと何処かで言い訳して許されると思っていた。

頭や胸を打つように倒れた執事に再会しても、割れた食器の破片の側に倒れたメイドに再会しても、 罪悪感もなく、謝罪する気も起こらず、恥も後ろめたさも何も感じなかった。

「それに“世間知らずなティアお嬢様”はご存じないようですけど〜?公爵家の警備に譜歌かけたり動けなくしたら、 公爵家を護る軍事力を無力化した、つまり暗殺とか誘拐とか、別の襲撃から屋敷を、ルークたち屋敷の人達を護る術を奪ったことになるから、 それもまたルークを危険に晒したってことになるんだよ」

「一般人の私でも、軍事力を無力化することの危険ぐらい想像できますよ。 ティアさん、軍人なのに想像できなかったなんて言いませんよね?」

「わ、私は兄を狙っただけで、兄の暗殺だけが目的で、」

尚も次々に無知を、傲慢を、無神経を暴かれ突きつけられ、それでもルークに加えた危害を、そんな自分への軽蔑を受け入れられないティアは往生際悪く言い訳を繰り返すが、 その度にアニスとノエルはティア自身を証拠に言い訳を否定し、ティアを見る眼に宿る軽蔑を増していく。

「謡将の暗殺という目的のために、ルークさんに何重もの危害を意図的に加えたんでしょう? 目的じゃなく手段だから危害じゃないなんて、訳の分からない言い訳はしませんよね?」

「なんで総長を狙うために、総長の家でもないルークの家で襲うかなぁ。 ルークの剣術の師匠だったらしいけど、なら稽古終われば出てくるってことでしょ?」

「ダアトでは警備が厳重だから、バチカルでならと、思って・・・・・・」

「ファブレ公爵家は王族に連なる大貴族。当然警備の厳重さは考えられますし、騎士の方々が厳重に警備されているのを見れば一目瞭然でしょう? というかさっき警備を無力化して侵入して謡将に襲いかかったと回想していたじゃないですか。 警備を無力化して侵入して襲うなら、他の場所でもダアトでも可能で、バチカルやファブレ公爵家で襲撃する理由になりませんよ。 別にダアトでも他の場所でも警備無力化するから襲えるけど、わざわざ他国の、剣術稽古で僅かな間滞在していたルークさんの御屋敷を選んだ、ということですか」

「バチカルは王城がある首都だから警備が厳重で、兵士いっぱいいたのティアも見たじゃん。 王城とファブレ公爵家は近いし、ルークのお母様はインゴベルト王の妹姫だから、襲撃に気付かれたら王城からも増援来るんじゃない? 公爵家なら人の出入り多くてその時屋敷にいた人間全員眠らせたって後から来た人が気付くだろうし、 門番の所の兵士が倒れてたら通る人も気付くだろうし、超振動で飛ばされなくてもすぐに気付かれて失敗してただろうね。 むしろ暗殺失敗しそうなことばかりなんだけど?」

ティアが自分を正当化しようと持ち出した言い訳は、その度に新たにティアの愚かさを晒すものになり、 ティアへの幻想を滅ぼし、ティアへの気持ちを冷やし、ティア自身も眼を逸らしていた本当の姿を曝け出していく。

「ここまで何重にも危害加えられて、危険に晒されて、その加害者から戦わされて詠唱中は護って!とか言われて、 一緒にされたら盗賊が怒るとか罵られて、加害者なのに姉や教師みたいな顔でお説教されて、 本当に苛立ってたのは、辛かったのは、鬱陶しかったのは、誰なんだろうね」

「出会った頃のティアさんは本当に無知で、傲慢で、無神経極まりなかったんですね。 世間知らずで傲慢な犯罪に巻き込んで、何重にも攻撃された被害者の気持ちも気遣わなくて、自分の言動がどう思われるのかも気にしない。 本当に安心して背中を預けられる相手だと思えなかったのは、誰なんでしょうね」

加害者と被害者として、何重にも危害を加えた前提を持って語られれば、 姉や教師らしさも、陶酔できるような甘さも称えられるような美しさもなく、 冷たく醜悪なものに成り果てて返ってきたそれは、ティアが感じていたものとは何もかもが正反対だった。

「しかも反省もせず、未だにルークさんを背中を預けられる相手ではなかったとか、 ルークさんの態度が傲慢だったとか思い返せるなんて・・・・・・・成長しないんですね、ティアさんは」

「何時までも世間知らずななわがままお嬢様のまま、ルークもあたしたちもティアのこと特別扱いして甘やかしてくれるとでも思ってるの? あたしは、ノエルは、ルークは、他人はティアに都合の良い、何されても怒りも軽蔑もしないお人形でもなんでもないんだよ。 何重にも危害加えても危険に晒しても戦わせても文句言わない人じゃないと苛立つっていうなら、 自分以外の他人をお人形扱いにしたいなら、人間じゃなく譜業人形とオママゴトでもしたら?」

幼稚さに呆れかえったように言われたティアは顔を真っ赤にして俯き、 かつてルークに向けた子供っぽさへの呆れを、何時の間にか鏡に映った自分自身に言っていたような錯覚に更に羞恥を煽られて唇を噛む。
言い返したくとも、出会った頃のルークへの非難を変わらず繰り返していたティア自身の言動がその証明になり、 今までのようにルークの態度を非難しても姉や教師の役を振りかざしても言い訳にはなりようもなかった。

「襲撃で、何重にも危害を加えられて危険に晒されて出会った頃からの、その加害者から戦わされて詠唱中は護って!とか言われて、 一緒にされたら盗賊が怒るとか罵られて、加害者なのに姉や教師みたいな顔でお説教されて、芽生える関係や感情はなんだろうね」

苛立ち、軽蔑、鬱陶しさ、今までティアが出会った頃のルークに向け、変わることなく今まで回想しながら感じていたそれは、 全てティア自身に、そしてルークがティアに向けて当然のものとして返ってくる。

「他国の大貴族のお屋敷を、多くの人々が巻き込まれる場所を、僅かな間滞在していただけの他人の家を、 ダアトでも他の場所でもできたのにわざわざ選んで襲撃して、 警備が厳重な首都の王城近くを公爵家を選んだ理由はダアトでは警備が厳重だからで、 音律士なのに危険な眠りと痺れの譜歌をかけて、軍人なのに屋敷を護る軍事力を無力化させ、 多くの人々を何重にも巻き込み危害を加えながら平然と危害を加えるつもりも巻き込むつもりもなかったと言い張る。 そんな出会いの被害者に苛立ちながら姉のように教師のようにお説教をして、 罵って、戦わせて護らせて、今も安心して背中を預けられる相手ではないと思ったと言う、 そんな出会った頃から変わらないティアさんは、どんな人間なんでしょうね」

世間知らずでわがままで、無知で傲慢で無神経、安心して背中を預けられる相手ではない、 今までティアが出会った頃のルークに向け、変わることなく今まで回想しながら感じていたそれは、 全てティア自身に、そしてルークがティアに向けて当然のものとして返ってくる。

そして、それを知りながらティアを諌めることもルークを庇うこともなく、笑って眺めていた自称“ルークの親友”にも。

「ねぇガイ。 ガイはルークがティアとどういう出会い方したのか、ティアに何されたのか知ってたんだよね? なのになんであの時ティアを咎めもルークを庇いもしなかったの? 会ったばかりでルークにとっては信用できるか未知数だっただろうあたしたちの中で、ガイだけがルークにとって信用の置ける前からの知り合いだったのに、 襲撃されて他国に飛ばされて、加害者にそんな態度取られている時に、友達すら味方にならなかったら、それこそ酷いことなんじゃないの。 それともガイにとっては友達って、友達が何重にも危害加えた加害者から姉や教師みたいな態度でお説教されるのを微笑ましく眺めてられるような人間のことなの」

今までガイが称する通りにルークの親友だと信じ込み、ガイの幻想を心地よくくすぐっていた仲間のアニスの幻滅した視線から逃げるように、 ガイは眼を逸らして何度かティアと、ティアばかりを優先する自分自身を庇うように言い訳を口にしたが、 アニスの視線はますます幻滅を深めては冷たくなり、口だけで愛を語りながら行動が正反対の両親を脳裏に浮かべ、ガイも同じか、と呟いた。

「加害者と行動を共にしたり執拗に罵られ続けることで、被害者は加害者が悪いことや自分は悪くないことが分からなくなり、 加害者が正しい、自分が悪いと思うようになってしまう、それを意図するかのように周りを騙すかのように偽装と罵倒をする加害者がいるという話を聞いたことがあります。 襲撃と他国での旅でただでさえ大変な時に、加害者に弟や生徒のわがままを窘めるような態度で、お説教されたり罵られたりされ続けて、 誰もそれを、どんな出会いだったかどんな関係なのか知っていたはずの友達のまでもが止めなかったら、 混乱して何が悪いのか悪くないのか分からなくなったり、何度も繰り返された加害者からの責めに影響されたりしてしまっても不思議ありません」

「加害者から、犯行後の被害者は安心して背中を預けられる相手ではないと思ったと言われて謝ってるんだもんね・・・・・・。 考えてみれば旅の後休む間もなく即日出発してまたティアと同行だし、気の休まる間もなかったし、 何よりみんなしてティアのことをティアがとる態度に騙されてルークの良いお姉さんみたいに扱って、 ルークがティアをうざがるのを注意したり仲良くして下さいとかなんとか言って、 ティアの傲慢な偽装を補強しちゃってたんだから、混乱しても無理ないか・・・・・・」


ルークにもちゃんと話してくるとルークの部屋に向かったノエルとアニスを、 ティアとガイは追いかけることもできず、夢から醒めたような気分のなか、ぼんやりとルークのことを思った。

アニスとノエルから今までティアがルークにとってきた行動を、関係がどういうものだったのか聞かされて、 あの頃を思い返したルークは次にティアに、そして傍観して笑っていたガイに会った時どうするのか。

想像しかけてティアは頭を振り、いやいやをする幼児のように手で耳を覆って啜り泣く。
ガイは誰にともなく、俺はルークを、ルークに、ルークが、と言い訳を呟いては、 それが言い訳にならないことに気付いて肩を落とし、しばらく考えた後にまた言い訳を繰り返した。

ルークの気持ちを想像したくない、昔からから変わらない自分たちがどう思われるのかを想像したくない、 姉のように兄のように厳しく優しい自分たちとは懸け離れた、冷酷で醜悪な現実の関係を直視したくない。

無知と傲慢と無神経と、他人へのお人形扱いの上に成り立っていた陶酔を破られ、跳ね返った蔑みと苛立ちを受け、 もう幻想に心地よく浸ることのできなくなった二人にできるのは、迫りくる現実から見苦しく逃避することだけだった。

















                        
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