「だって、あなたの父親が元凶のひとりなんですもの。復讐するのは当たり前でしょう?」

そう言って、血を吐きながら苦しむ兄の様に懐いていた男に、もっとも憎むべき仇の息子に、少女は一片の同情も浮かべずに微笑みかけた。







復讐者に似合いの末路は







リーゼ・グランツはティアの双子の妹だった。

生まれつき病弱なため、リーゼはティアのように軍人になることもユリアシティから出ることもできなかったが、 穏やかで気の優しい少女で、再会した同郷で主家のガイにも兄のように様に懐き、ガイが会いに行った時には何時も笑顔で歓迎してくれた。

そんな彼女に悪意を受けることなんて、まして危害を加えられることなんてガイは想像もしていなかった。
リーゼに呼び出されるままに会いに行き、出された茶を疑いもせず飲み干し、急に襲った痺れに倒れた時も、リーゼが犯人だなどと微塵も考えはしなかった。

それなのに、妹のように思っていたその少女は今、兄のように懐いていたはずのガイの胸に、剣を突き刺し嘲笑っている。

「リーゼ・・・・・・なん、で・・・」

「だって、あなたの父親が元凶のひとりなんですもの。復讐するのは当たり前でしょう?」

何が当たり前なのか、何の元凶なのか何故父が責められるのか、ガイには何も分からなかった。

だって自分の父は、ガルディオス伯爵シグムントは彼女にとって主従の家の当主なのに。
フェンデ家は騎士としてガルディオス家に仕え、その実ガルディオス家はユリアの子孫たるフェンデ家を主家として護る。
創世暦から二千年もの間ガルディオス家とフェンデ家はそうしてきたし、自分の父もホド戦争で敗北し護りきれはしなかったが、 それでも懸命にその使命を果たそうとしてきた、立派なフェンデの主従で守護者だったはずなのに。
どうしてこんな、仇のことでも語るかのように憎々しそうに顔を歪め、嘲笑に唇を歪め、父のことを罵られなければならないのか、何も分からなかった。

こんなのは悪夢だ、何かの間違いだと脳裏に渦巻かせて首を振るガイの願いとは反対に、 リーゼの、ユリアの末裔の少女の唇からは再びガルディオス伯への憎悪が紡がれ、その理由をガイに突きつけていく。

「兄さんが殺されてから、私ずっとずっと考えていたわ。 どうしてこんなことになったのか。誰が悪かったのか。誰があの優しかった兄さんをあそこまで追い詰めたのか」

それはガイも知っていたけれど、どうしてそれが父への責めや自分への危害に繋がるのかは分からなかった。
ヴァンを追い詰めたのは、預言に詠まれたホド崩落に利用されたことだから、 彼女が責めるとすれば当時のマルクト皇帝カール5世と、その息子の現皇帝ピオニーだろうと思っていた。

そう思い、責められるべきは自分ではないのにどうして、と思い続けるガイに、リーゼは一冊の本を出して嘲笑う。

「兄さんの日記のうちの一冊よ。 ユリアシティの奥に、昔の事故で壁や建物が崩れて放置された一角があってね。 外郭大地育ちで孤立していた兄さんは、周りの白い眼が辛い時に人気のない其処を隠れ家にしていたの。 幼い私に辛いことがあったら此処に隠れればいいと教えてくれたことがあったのを思い出して、 遺品になるものを捜しに行った時に、兄さんの日記を見つけたの」

昔の優しい記憶を懐かしむように慈しむように、リーゼは暖かな口調で悲しそうに語っていたが、 やがて日記をガイに突きつけるように見せると、豹変して冷たい口調で悲しそうに語りだす。

「日記にはね、兄さんの過去が、思いが、苦しみが書かれていたわ。 兄さんが子供の頃に受けていた超振動とフォミクリーの実験は、肉体よりも精神が侵されるような苛酷なものだったこと、 無理矢理発動させられた超振動がホドを滅ぼしたことが兄さんを苛んでいたこと」

幼いヴァンが実験を受けていたことはガイも知っていたけれど、 その苦痛の詳細に胸が痛みはしたけれど、どうしてそれが父への責めや自分への危害に繋がるのかは分からなかった。
その実験もまた先帝カール5世の命令で行われたことで、その息子のピオニーならともかく自分には関係がないのにと、そう思っていた。

「兄さんが被験者を滅ぼそうとするほどに世界を憎み、心を病んでしまったのはあの実験と崩落のせいなら、 実験を行った人、指令を出した人、そして承諾した人が兄さんを病ませ、 ひいては優しかった兄さんを、被験者の滅亡を企むほどに追い詰めた元凶」

実験を行った人、指令を出した人、そして承諾した人、何も自分には関係が──そう思って首を振り続けるガイに、 リーゼは逃がさないというように吐いた血が手に着くのも構わず、ガイの顔を鷲掴みにし、眼を覗き込み、はっきりと告げる。

「ガルディオス伯爵の、あなたの父親のせいよ」

ガイは首を振ろうとしたがしっかりと掴まれている頭は動かせず、リーゼの力は爪が食い込んで頬が切れるほど強くなっていた。

「島に研究所を建て、軍人と研究者が多数島を出入りし、住民からレプリカ情報を採取するほどの大規模な実験を領主が知らないはずもなく、 また主従にして守護者たるガルディオス家が、騎士の子にして護るべき主人たるフェンデの子が実験体にされているのを知らぬはずもないでしょう。 何も知らなかったとしても、騙されていたとしても、ガルディオス伯爵は島での実験も、兄さんが被験者になることも承諾した。 兄さんが危険な、精神まで侵されるような、狂うほど過酷な実験に使われることを。 そして何も知らなかったとしても、そうやって兄さんが超振動研究の実験体にされたから、ホド崩落に利用されることにもなった。 だからあなたの父親が元凶のひとり。あなたはその元凶の息子。もっとも憎むべき仇の息子。復讐するのは当たり前でしょう?」

聞きたくないと耳を塞ごうとしても、傷の苦痛と痺れ薬のために上手く動かない手はすぐにリーゼに振り払われ、 逃げようともがく上手く動かない足はすぐにリーゼに蹴飛ばされ、 心身の苦痛にもがくガイを、その血に塗れたリーゼは復讐の快感に酔った笑顔で楽しそうに眺めた。

ガイは苦痛と、裏切られた悲しみに涙を浮かべ、自分自身は関与していない事で復讐される理不尽さへの怒りとに顔を歪めてリーゼを睨んだが、 その顔はとても近しい誰かのものと似通っている気がして、心の奥底に疑問と共に恐れが蠢く。

それはまるで何時か見た、襲ってきた醜悪な怪物と戦っていたら何時の間にかその姿が自分自身になっていた悪夢のような恐ろしさで、 考えるな、気付いてはいけないともう一人の自分が叫ぶ声が聞こえた気がした。

「あなたの仲間のジェイド・カーティスもすぐに送ってあげる。 兄さんへの苛酷な人体実験を、ホドを崩落させた超振動の研究を指示し、兄さんの心を病ませたあの男は許せない」

上がった名前に、ガイはリーゼを睨むのも忘れて眼を見開き、嘘だ、と掠れた声で繰り返した。
ガイの仲間で友人で、旅の間もマルクトでも親密にして信頼していたジェイドが、 罪を自覚している言い放ち、それをガイも鵜呑みにして庇ってきたジェイドが、 ガイの幼馴染や姉や領民への危険な人体実験を、ガイの故郷を崩落させた超振動の研究を指示し、ガイの幼馴染の心を病ませたことも、 それをずっと隠して仲間の様に振舞っていたことも、認めるには耐えがたいほどの幻滅と裏切りだった。

「あら、あなたは何も知らなかったの?てっきり“仲間”のあなたには話していると思っていたのだけれど……。 ましてあなたの姉のマリィベルも危険なレプリカ情報の採取をされていたから、その意味でもあなたにとっては仇になるのに、 まさか何も教えてもらえずに、騙されてずっと仲間だと思って旅をしていたなんて」

リーゼはガイに向ける視線に僅かに哀れむような色を混ぜ、不思議そうに首を傾げる。

「兄さんへの人体実験も、ホド住民へのレプリカ情報の採取も指示していたのはジェイド・カーティスよ。 本人はホドを訪れることはなかったそうだけれど、指令は全て彼が出していたわ。 兄さんも当時から彼のことを恨んでいたようね。 憎しみの言葉と共に何度も“カーティス博士”の名前が出ていたもの。 レプリカ情報の採取は被験者が死んだり障害が残る恐れがある危険なものだったのに、 彼はホドの民や、あなたの姉マリィベルへのレプリカ情報の抜き知りを指示した。 だからあなたにとってはあの男は、姉に危険な人体実験を行い殺しかけた仇になる訳ね。 そして兄さんを被験者にした苛酷な実験の成果が、ホドを崩落させたあの疑似超振動。 いわばホドを崩落させた兵器はあの男が作り、そして考えなしにか考えてもどうでも良かったのか皇帝に委ねて悪用された。 あの男は何重にも、あなたに、わたしに、ホドの民にとって仇になる訳ね」

ガイの脳裏に、ホドの崩落の真相と実験を知った和平会談での会話が蘇る。

“ひどい・・・被験者の人が可哀相・・・”

“そうですね。被験者は当時11歳の少年だったと記録に残っています”


あの時ジェイドは、自分がその実験を指示したとも言わず、他人事のように、自分は何も悪くないかのように語っていた。
そしてヴァンの幼馴染で友人のガイにも、ヴァンの妹のティアにも、ずっと何も言わず何も悪くないかのように付き合ってきた。
罪を自覚していると言ったのに、その罪の被害者に遺族に、何も言わずに仲間で居続けた。

「何も知らないあなたやティアには分からなくてもあの男には分かっていたはずなのに、どうして何も言わなかったのかしら。 それとも自分の罪を自覚せずに、ホドの領民やあなたの姉からのレプリカ情報採取にも、 研究していた疑似超振動を使ったホドの崩落にも何の責任もないとでも思っていたのかしら。 仇の分際で被害者の弟妹と平然と仲間のように振舞えるなんて、大した厚顔だこと」

ガイにとって大切で大切で、奪われたことが辛くて許せなかった姉のマリィベル。
その姉を死ぬかもしれない人体実験の実験体モルモットにした張本人が、 まさか自分が一年近く仲間として旅をして、そして今でも友人のように接していたジェイドだったなんて。
そして分かっていたくせに何も打ち明けず、何も謝罪せずに、ずっと自分を騙していたなんて。

仲間が仇でずっと自分を騙していた絶望、姉やヴァンへの危険な実験を承諾した父への幻滅、その子でも当時幼く何も関与していない自分自身が復讐される理不尽への怒り。
様々な感情が混ざり合って混乱したまま抵抗も忘れて呆然としているガイを、リーゼはもう一度僅かな哀れみを込めた眼で一瞥したが、 すぐに再び復讐の快感にうっとりと笑い、剣先を首元に突きつける。

「ああ、でもあなたたちの間では騙される方にも責任があるんだったわね……。 あからさまなものしか分からず、人の心の奥まで察せられないのはアホでガキ、あなたはそうも言っていたものね。 ずっと心の奥に復讐心を殺意を悪意を隠して騙し続けていた、仇の子に向かって。 じゃあジェイド・カーティスがあなたを騙したのも、騙されたあなたの愚かさにも責任がある。 ジェイド・カーティスや先帝がガルディオス伯爵に何も知らせず騙したとしても、騙されたガルディオス伯爵にも責任がある、 あからさまなものしか分からなかったあなたたち親子が、アホでガキだった故のこと。 そうなるから同情する必要なんてないわよね?」

そう言われてようやく、ガイは眼の前の復讐者の顔が誰に似ているのかに思い至る。

ホドを攻めたファブレ公爵の子だとしても、当時幼児で何も関与していないアッシュとルークを狙っていた頃の、 そのためにヴァンが二人に加えていた危害を承諾し、協力し、二人を見捨てていた頃の、ガイ自身の復讐の快感に陶酔した顔に、 目の前の復讐者の顔はそっくりだった。

そしてガイがリーゼに向けていた理不尽への怒り、子への危険を承諾した父への幻滅はルークがガイに向ける錯覚として蘇り、 ガイの心を何本もの無形の剣が貫き切り裂き苛んで行く。
現実と幻想と二重の痛みにもがき苦しむガイが助けを求めるように、命乞いをするように、 妹分だったはずの少女に伸ばした手は取られることなく地に落ち、数回痙攣した後、動かなくなった。

「ましてずっと仇の子供を、復讐するために命を狙い騙し、騙すのを承諾し協力し、見捨て裏切り続けていたあなたには、仇の子として復讐されるのは相応しい死に方よねぇ?」

それがガイが最期に聞いた現実の声で、ガイがずっと現実に冒し続けて省みることのなかった、甘い幻想とは反対の危害と傍観と裏切りへの、報いの様な末路だった。

















                        
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