「劣化劣化と言いますが、ずっと一緒にいる私の見た所ルークの頭脳や身体能力に劣化は見られませんよ。 超振動はアッシュとは威力が違うようですが、あなたはそれ以外にも劣化を罵っていますよね? 一体あなたはルークの何を指し、そして何を知って調べて劣化と決めつけているのですか?」

何かと執拗にルークを劣化呼ばわりするアッシュの罵倒を、ジェイドはそう冷静に否定し跳ね返した。







幻想の劣化と美化







「剣の腕も・・・頭の出来も・・・劣化コピーのお前が俺にかなう訳がねえだろうが!出来損ないが!」

執拗なほどに劣化、劣化と繰り返し、ルークに劣等感を植えつけようとするかのような、 ルークよりも優れた自分を誇るかのように罵倒するアッシュに、ジェイドはルークを庇うように間に入り否定する。

「劣化劣化と言いますが、ずっと一緒にいる私の見た所ルークの頭脳や身体能力に劣化は見られませんよ。 超振動はアッシュとは威力が違うようですが、あなたはそれ以外にも劣化を罵っていますよね? 一体あなたはルークの何を指し、そして何を知って調べて劣化と決めつけているのですか?」

ジェイドの口調は冷静で理知的なものだったが、アッシュはジェイドの否定をろくに聞こうとも考えようとも、 そして自分が何故、何を知って何を指してルークを劣化と呼ぶのかを自問しようともせず、半ば反射的に言い返す。

「何言ってやがる眼鏡!レプリカはオリジナルより劣化するんだろうが!!」

「別に全てにおいて劣化するという訳ではありませんよ。何処にどんな劣化が現れるかも個体に寄って違いますし」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!! こいつは俺より何もかも劣ってやがる、劣化レプリカなんだよ!!」

「例えばイオン様には虚弱体質がありますが、ルークにも、イオン様と同じイオンレプリカのシンクにもそれはなかったでしょう。 イオン様のそれもオリジナルがレプリカ情報を抜いた頃に病に倒れ12歳で亡くなったそうですから、劣化ではなく被験者の病や体質が遺伝したとも考えられます。 刷り込みがなければ言葉も話せず歩けもしませんが、これは被験者と記憶を共有できないためですから、 被験者が赤子の時に話せず歩けないのと同じようなもので劣化ではありません。 これもルークを見て分かる通り、被験者の赤子が言葉を覚え歩きだすように、学習による習得と成長はできますしね。 被験者だって言葉を教えられなければ話すことはできませんし、もしも生まれた時から意識不明ででもあってそのまま10歳になって目覚めたなら、 10歳の肉体を持っていてもその知識や記憶は赤子のように話せず歩けず、一から学ぶことになるでしょう? 超振動とてローレライの完全同位体特有の能力ですから威力が違っていたとしても私たち、というよりは世界の殆どの人間より劣るという訳ではありませんし、 あなたとの差異にしても詳しい計測はしていませんから、音素を操る術への経験や訓練の違いからということも考えられます。 譜術でも年を経て訓練や経験を積めば威力が上がることは良くありますし、超振動自体が未知数なものですしね」

瞬間湯沸かし譜業、などという言葉を脳裏に過らせながら、ジェイドはやはり淡々とした否定し説明する。

「そもそも、レプリカが必ず劣化するものなのか何処が劣化するのかの確証は私にもあなたにもないと思いますがねぇ? フォミクリーの発案者といっても15年前に研究を止め、音素学や譜業からも離れて軍務に専念していた私には日進月歩する技術の進歩が把握できていない。 マルクトのものなら多少分かりますが、キムラスカのベルケンドや、 ましてダアトでこっそりと行われていた人体フォミクリーの技術進歩など、残された資料から一部が推測できる程度です。 ルークが作られた七年前の、キムラスカやダアトの人体フォミクリー技術ではレプリカの劣化がどうなのかなんて私には分かりませんし、 ダアトにいたとはいえディストのようにフォミクリー研究者をやっていた訳でもないだろう特務師団長のあなたにも把握はできないのでは? 大体あなたは、当のルークのことを劣化か否かを分かるほどに知る機会も調べる機会もなかったでしょうに」

むしろルークは驚くほど上達が早く、アッシュとの戦闘も負けはしたが僅差で年数と経験の違いがあるのを考えれば、 劣化どころかむしろ稀有な才能を備えている可能性もある。
刷り込みがされているとはいえ生まれて二年であそこまで上達したシンクといい、 最近のジェイドはレプリカが高い素質を持つ可能性を考え始めていた。

しかしアッシュにとっては年数と経験の違いも関係なく負けた、叶わない=劣化なのか、ルークを指して能力の差を、僅差で勝利したことを持ちだして得意顔で叫ぶ。

「・・・・・・っそこのレプリカが証拠だ! 現にそいつは頭の出来も剣の腕も、俺より劣化してるじゃねぇか! ユリアシティでもあっさり俺に負けやがって、情けねぇ劣化レプリカ野郎が!」

敗北の記憶が蘇ったのかルークは悔しそうに唇を噛み、アッシュは優越感に鼻を鳴らしたが、 ジェイドはルークの肩に手を置き、落ち込む前にこれから私がする話を良く聞いて下さいね、と声をかけてからアッシュに同じ論法での罵りを返す。

「では私にフォミクリーなどの知識や頭脳、戦闘で叶わないあなたも“劣化”野郎ですか」

アッシュは当惑したように一瞬言葉に詰まり、次の瞬間“劣化”という今まで他人に向けていた罵倒を返された恥辱に首や耳まで赤くなり、掴みかからんばかりの勢いで激昂した。

「何言ってやがる!俺はてめぇのレプリカじゃねえだろうが!」

「先程あなたは頭脳、身体、戦闘能力を根拠にルークの劣化を主張したでしょう?」

脳裏に茹で蛸とトマトを踊らせながら、ジェイドはやはり淡々とした口調で否定し説明する。

「・・・・・・それは、お前は俺より年上で経験や職業が違うからだろうが! 俺は17歳で軍歴も数年程度だってのに、30代で長い軍歴のある元フォミクリー学者のてめぇに叶わないのは当たり前だ!」

「ルークの人生経験は7年、あなたの人生経験は17年。 ルークは屋敷での剣術稽古をしていたとはいえ実戦で戦うようになったのは1年にも満たず、あなたの軍歴はそれ以上でしょう? そもそもあなたは軍人、ルークは軍人ではありませんし、年齢や経験ならあなたとルークにも何倍のも開きがありますから、叶わないとしてもそれらに寄ると考えるのが自然では? ましてナタリアによれば勉強も、言葉も字も分からないのに厚い本を何冊も読ませるなど無理な方法で強いていたそうですから、ルークには学ぶ方法や環境にも問題がありました。 あなたはそんな無理な方法ではなく、まず言葉から、字からと順当な環境で学んでいたのでしょう?被験者でも学ぶ方法や環境が異なれば結果に差は出ますよ」

ジェイドが平静なままにアッシュの“劣化”への否定の論法でルークの“劣化”を否定すると、ルークは噛んでいた唇を話して俯き掛けた顔を上げ、 アッシュはわなわなと口を開閉させながらも、年齢や経験や職業の違う人間の差を劣化だと強弁すれば自分自身に跳ね返ってくるため言えなくなる。

「こ、こいつは、ヴァンに騙されて、ヴァンに利用されて!」

それでもアッシュは尚もルークの“劣化”を撤回しようとはせず、また別の違いを持ちだして劣化を主張しようとしたが、 それも即座にジェイドに否定され、アッシュ自身に跳ね返される。

「それはあなたにも、私たちにも言えることです。 私もヴァンについて何も見通せずバチカルを旅立つ時にヴァンを信用しましたし、 モースにアクゼリュスにヴァンを同行させたいと言われた時も反対などはしませんでした。 ヴァンをアクゼリュスにいさせたことに、送ったダアトはもちろん、それを承諾したキムラスカと、皇帝名代である私にも責任はあるのですよ。 更にティアは兄の計画を立ち聞いていながらも疑いきれずに騙されて言い包められ、 祖父のテオロード市長もヴァンの過去を知り幼い頃からヴァンを養育したのに何も気付かず信頼し、 ガイは13年間ヴァンに騙されてルークとあなたを騙すのを承諾し協力し、またそれをルークにもナタリアにも私たちにも隠し続け、 アニスやナタリアとてヴァンを疑ってはいませんでした。 ましてあなたは、誘拐される7年前まではヴァンを信用して騙されていたのでしょう? それに主席総長のヴァンは教団でも人望があると聞きますから、ルークより人生経験も軍歴も豊富なのにヴァンに騙されている人間は山ほどいるのでしょうね。 ファブレ公爵夫妻もヴァンを信用してルークやあなたの剣術師匠を任せましたし、それが子供の信用の下地になったのでしょうから、 ルークのヴァンへの信用も親の信頼と言う下地あってのこと。 信頼してもおかしくない環境を親が周りが整え、その環境で優しく頼りがいのある態度をとられればルークでなくても、恐らくは多くの子供が信頼してしまいますよ。 ・・・・・・ヴァンにはルークだけではなく、ルークよりも年上のあなたも私もティアたちも、ルークよりも付き合いの長い者も深い者も、多くが騙されていたのです。 それを愚かだとするなら、ルークだけではなく私にもあなたにもティアたちにも多くの人間に共通した愚かさですから、到底劣化などとはいえませんね」

生まれて10年の被験者、生まれて7年のレプリカ、両方が同じ相手を信用して騙されたことはレプリカが劣化している根拠になどできず、 まして多くの人間、大人、世間を良く知る公爵や、ルークよりもヴァンとの付き合いの長く深いガイまでもが騙されたことを、 軟禁の中育った生まれて7年の、表面的なヴァンしか見ていない子供も騙されたからといって格別に劣っているとは言えなかった。

「とにかくずっと一緒にいる私の見た所、ルークの頭脳や精神、身体能力に何ら劣化など見られませんよ」

「っ剣を持っているくせに人を殺すことを怖がっているじゃねーか!!」

もはや苦し紛れといった風にアッシュが持ち出した違いは、ジェイドからも、ナタリアとティアとアニスからも生温かな視線と共に反論される。

「・・・・・・アッシュ、あなたはその“剣”が何か良く見ましたの?」

「屋敷での兄さんや譜業人形との稽古に使っていた木刀よ。あれが対人戦闘用の、実戦や殺人を想定して持つ剣に見えたの?」

「というか突然飛ばされたんだから、 例えあの時のルークが真剣を持っていたとしても、不測の事態のために盗賊や魔物と戦うために真剣を持つことと、 人を殺すことを恐れることとは別に矛盾せず成り立つでしょ〜」

「第一人を殺すことを恐れるのは人間の本能的なもので、レプリカ特有の劣化などではありません。 あなたも軍人なら、戦闘や敵兵の殺害を避けようとする兵士の行動や、恐怖からのパニックなどの精神の混乱を見聞きしているでしょう? 戦時の軍人ですら珍しくはないのですから、民間人や戦うことを想定していない者なら自然でしょう。 私の専門外ですが、動物や魔物でも、同種の生き物に対しては過度の攻撃を避け、 また過度の攻撃をされないと知っているかのように降伏や逃走を選ぶ傾向があるそうですから、人間のというより生物に共通した特徴なのかもしれませんね。 私も今まで数多の新兵や巻き込まれて剣を持った人々を見てきましたが、 不測の事態で巻き込まれた戦いでの初めての殺しから恐れもしてなかった者など、私は私自身以外にこれまで見たことがありませんよ」

なんだか突っ込み所があった気がして全員のジェイドを見る視線も生温かくなったが、突っ込んだら怖い答えが返ってきそうで誰も突っ込めずに目を逸らした。

「それともルークのそれらを指して劣化というなら・・・・・・あなたは生まれた時から教えられることもなく話し、歩き、訓練もなく高い威力の超振動を操り、 幼い頃から既にヴァンを、親の信用という下地があったにも関わらず信じず騙されずに疑っていて、 稽古用の木刀を振っていた頃から人を殺すことを恐れず、初めての不測の事態に巻き込まれての殺しでも恐怖せずにいられたのですか?」

ジェイドは答えに詰まって口を開閉させるアッシュをしばらく眺めた後、ナタリアを問うように見る。
ナタリアはアッシュにすっかり幻滅した視線を向けたままに溜息を吐き、首を振った。

「思い出は美化されるものだといいますが・・・・・・ ルークにもあなたにも当て嵌まること、多くの人に当てはまること、人として当たり前のことまでもを劣っていると詰り、 自分はそれとは違って優れていたと思い込めるとは、アッシュ、あなたは一体、過去の自分をどれだけ美化しているのですか?」

あなたはあなた自身に幻想を持ち過ぎですわよ。
そう呆れたように疲れたように眉根を指で押しながら従姉に告げられ、 アッシュは涙目で声にならない呻きを発し、見えない何かに押し潰されたように地面に崩れ落ちたのだった。











最初のアッシュの台詞は漫画「鮮血のアッシュ」より。






                        
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