※同行者だけではなくイオン、ピオニーにも厳しめです。







最悪の名代







その日、マルクト帝国カイツールで大事件が起こった。

国境の砦でもあるこのカイツールには様々な人が訪れるため、門番の兵士は少々の変わった者を見ても驚かないようになっていたが、 その一行は、目撃した兵士が漏れなく注目するほどに奇異な組み合わせだった。

マルクト軍大佐・ジェイド・カーティス、ダアトの導師イオン、そして赤い髪、緑の眼、キムラスカ王族の印の色を持ち“ルーク”と呼ばれていた青年 ──恐らくは次期キムラスカ王と目されるファブレ公爵子息ルーク・フォン・ファブレ──、それに導師の護衛なのか神託の盾騎士団の女兵士が二人と、剣士風の青年。

一体どういう経緯でこんな組み合わせで旅をしているのか、不思議に思って失礼だと思いつつもつい凝視してしまっていた兵士たちの前で、 自分の目を疑う、目に異常がないなら上官の頭を疑うその大事件は起きた。

国境の前で旅券について話していた彼らを、突然ダアトの六神将・鮮血のアッシュが襲撃し、切りかかられたルークは門の方に飛ばされた。
鮮血のアッシュは主席総長のヴァン揺将に防がれて撤退したため未遂には終わったが、 犯人はダアトの六神将だから暗殺未遂事件自体はダアトとキムラスカの国際問題だが、 これがマルクトにも無関係では済まされないことは、まだ若い一兵卒の彼にも分かってしまっていた。

その時、ジェイド・カーティスは、一歩も動かなかったのだ。
譜術士や元学者としての名声の方が知られているが、高名な槍使いでもある彼が、目前で殺されかけるルークを前に、まさに一歩も、だ。
一行の最後列に金髪の剣士風の青年と共にいた彼は、襲撃が終わるまでそのまま青年と共に最後列のままだった。

更に一緒にいたダアトの導師イオンも、自分の部下でもあるアッシュが、ルークを殺そうとしているのを、止めなかった。
導師は数年前から病を患い虚弱な身体になっていると聞くし、軍人ではないのだから実力で止められないのは分かる。
しかし、彼は言葉でも止めなかった。
ダアトの六神将である彼に、ダアトの導師として止めなさいと命令することもなく、ただ黙って立っていた。

二人は目に見えてルークを傷付ける行動をとった訳ではない。
しかし二人とも、止めるようと思えば止められる行動をとれる立場にあったのに、 ジェイドは槍で、導師はその地位と命令で、ルークに危害を加えようとするアッシュを止める力を持ちながら、何もしなかった。

──まるで、ファブレ公爵子息を見殺しにしようとするかのようでした。
兵士は、事態を報告する手紙にそう書き綴った。





手紙に皺が寄るのも構わず、セントビナー駐屯軍将軍グレン・マクガヴァンは手に籠る力を抑えきれなかった。
押し潰されそうな絶望感と疲労に苛まれ、貧血を起こした時のように目の前が暗くなり崩れ落ちる。

ジェイド・カーティスがキムラスカ王家の印の色を持つ青年と導師イオンを連れて訪れた後、 彼の様子や同行者の顔ぶれに不審を感じ、皇帝に“極秘の任務”がキムラスカへの平和条約締結の提案と、 障気が発生し孤立したアクゼリュスへの救援要請の使者だと聞いたのがつい先日のことだ。
どうしてあの時もっとジェイドを問いたださなかったのかと、床にめり込みかけているグレンの頭に重い後悔の念が過る。

キムラスカとマルクトは、15年前のホド戦争以来全面戦争こそ起きてはいないが、 各地で小競り合いが続き、敵対感情は両国に根深くまさに一種即発の情勢だ。
三年前に好戦的だった先帝カール五世が崩御し、穏健派の現皇帝ピオニー九世が即位してからは改善の兆しが見え始めたものの、 それでもこの停戦は、脆く危うい均衡の上に成り立っているのは周知の事実だった。

どういう理由でルーク・フォン・ファブレと同行しているのかは知らないが、国王の甥にして次期国王たる彼の身に万が一のことがあれば、 ましてそれにマルクトの人間が、皇帝の名代が関われば、その均衡は一気に傾き、戦争すら起こりかねない。

例え能動的に危害を加えなくとも、助けられる力がありながら何もしなかったのでは見捨てた、見殺しにしたととられても仕方ない。

自国の次期国王を、殺されそうな時に、止められる戦闘力がありながら何もしなかった皇帝の名代を、 犯人を止められる地位にありながら何もしなかった平和の象徴の導師を、キムラスカが信用できるだろうか?

目撃者は全てマルクト兵士とはいえ、緘口令を敷いて目撃者の口を塞いだ所で、当のルーク自身の口は塞ぎようもない。
その時の態度を聞くとルークはジェイドが動かずイオンが何も言わなかったことを気に止めていなかったようだが、 彼の口から国王や公爵夫妻などの耳に入ることが止められなければ何れ誰かが気付くだろうし、 ルークとてその時は気付かなくとも、後になって思い返して不信を持つことだって充分にあり得るだろう。

更にジェイドが訪れた後に不審を感じて集めさせていた情報によれば、この一件だけではなく、 道中に何度も何度も、数え切れないほどにジェイドはルークに非礼非常識、そして危険に晒す様な振舞いを繰り返していたことも分かった。
罪人にするかのようにタルタロスへ連行し、道中では人目もルークの反応も構わず馬鹿にし、あの嫌味な笑顔で嘲笑し、 挙句に実戦経験も浅そうな未熟な腕の彼を戦わせていたという。
これだけ無礼と危害が繰り返されれば、もはやキムラスカにジェイドの、マルクト皇帝名代の振舞いを隠蔽するのは不可能に近い。

とにかく、ジェイドを止めなければ。
このまま奴がルークと一緒にいれば必ず際限なく失態を繰り返し、ルークの身を危険に晒し危機を見捨て、 マルクトへの不信と敵意を増し、皇帝陛下の和平の意思への疑惑を深めていく。
そう思い立ち皇帝に鳩を飛ばした後、不眠不休で馬を急がせてカイツール軍港についたグレンが聞いたのは、 和平の使者一行が誘拐された整備士を助けにコーラル城に行ったという話だった。
カイツール軍港を襲撃した妖獣のアリエッタと、国境で襲撃した鮮血のアッシュ、そして彼らが連れているだろう多くの魔物や神託の盾兵の元に、 ろくな護衛もなくたった六人で、軍港の責任者アルマンダイン伯爵への相談もなく独断で、チーグルの仔以外誰もルークの、身柄を要求されている張本人の意見など聞かず、 イオンは拒否したルークを責めるように“アリエッタはあなたにも来るように言っていましたよ”と促して、ジェイドは“私はどちらでもいいんです”と言い放って。

それを聞いた瞬間、グレンはカイツールからの報告を受けた時以上の絶望感に苛まれて再び崩れ落ちた。

一度ならず二度までも、和平の使者と平和の象徴の導師はキムラスカ王族を見殺しようとにした。
しかも今回はカイツールの時とは違い、導師は能動的にルークを狙う自分の部下の元に行かせようとし、 ジェイドはそれを、ルークの命の危機をどうでもいいと公言した。

もう駄目だ、これでキムラスカに信用されるはずがない。
一度失った信用を取り戻すどころか不信を増し敵対感情を煽る言動ばかりではないか。
一体奴は何をしにキムラスカに向かった、戦争を起こすためか?
主君であり友人でもあるはずの皇帝陛下の意に背き、和平とアクゼリュス救援要請の使者としての任に背き、一体何を考えている。
ただの愚か者なのか、戦争を起こし殺人や死体集めを楽しみたい狂人なのか、戦争になれば軍功を立てて出世する機会が増えるとでも思ったのか。
ホドでの民間人への人体実験、殺傷、ホド崩落の原因になった兵器開発への関与などの黒い過去から元々良くは思っていなかったが、まさかここまでとは思わなかった。
何故皇帝陛下は、よりにもよってこの男を、こんな最悪な名代を選んでしまわれたのだ!

蹲ったまま地面に拳を叩きつけていたグレンは、後方から聞こえるざわめきに門の方を振り向き、戻ってきた一行の姿に慌てて立ち上がった。
無事なルークと導師を見てほっと胸を撫で下ろしたが、よく見るとルークの方はあちこちに小さな傷や、鬱血ができている。
あの様子ではやはりコーラル城では彼を守り切れなかったのだろう。
それに例え無傷だとしても、危険な場所に行くのをどちらでもいいと公言した事実が変わるわけではない。

ルークの隣で平然と笑っているジェイドの顔を見ながら、グレンの胸には暗い殺意が灯る。
いっそここで奴を切り捨てその首差し出せば、少しは失った信用を取り戻せるだろうか。

和平への意気込みを語る皇帝の顔と、ジェイドを甘やかして庇っていた父の顔、 そして戦争が起きれば巻き込まれるであろうセントビナーの人々や、障気に包まれた街で救援を待っているだろうアクゼリュスの人々を思い浮かべた後、 グレンは愛用の剣の柄に手をかけ、ゆっくりと一行に歩み寄っていった。












カイツール砦のアッシュ襲撃の時の同行者の位置は、襲撃前ルーク、アニス、ティア・イオン、ガイ・ジェイド。
襲撃後にアニスがイオンの方に駆け寄りますが他のキャラは動かず何も言わず、位置はルーク、ティア、アニス・イオン、ガイ・ジェイド。
つまり軍人で和平の使者ジェイドと、護衛剣士のガイが最後列のまま動いていません・・・・・・。
またイオンからの制止の台詞などもなく、ティアもアッシュが去った後にヴァンにナイフを構えますがアッシュ襲撃の時はそのままです。
この話では兵士がガイをルークの護衛剣士と気付いていないので除きましたが、敵が襲ってきても一歩も動かず一番離れたままの護衛剣士って・・・・・・。




                        
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