※ジェイドだけではなくピオニーへの厳しめも入ります。







見通して、見捨てる人







「大佐ってほんとに凄いですよねぇ。どんなに取り繕っても、な〜んでもお見通しなんですから!」

「そうね。大佐は軍事も政治も博識で、世の中のことを何でも良く知っているものね」

「いやいやそれほどでも、まあありますけどねぇ」

「そうだよなあ。 何か起きた時分かった時には旦那がやはりそうでしたかって見通してたし、流石は皇帝陛下の懐刀・・・・・・ あれ、ルークもナタリアもどうしたんだよ?そんな所に突っ立ってないで入れよ」

宿の部屋で休息を取りながらの談話の時、過去の会話でも何度かあったように、マルクト皇帝の懐刀で、優秀で経験の長い軍人で、 皇帝名代として立派に和平の使者を努めていたと認識しているジェイドを称賛していたティア、アニス、ガイは、 奇妙なことでも聞いたように、疑わしいことでもあるかのように、扉を開けたまま体勢のまま中に入りもせず眉を寄せて考え込んでいるルークとナタリアに首を傾げた。

ガイは自分たちの話にその原因があるとは思ってもいないためか、 また自身の内面と謀と真意が分かった後にそうだったように二人の悩みというものにひどく無頓着なためか、すぐに明るい顔と声に戻ってルークを叱り付ける。

「ルークも見習えよ?お前は考えなしに他人の取り繕った上辺に騙される、世界のことを何も知らないおぼっちゃまだったからなぁ。 旦那ほどには無理だろうけど、少しは成長しないと・・・・・・」

「どんなに取り繕ってもなんでもお見通し、何か起きた時分かった時にはやはりそうでしたかって見通してた・・・・・・ジェイドが?」

「大佐が軍事も政治も博識で、世の中のことを何でも良く知っている・・・・・・?」

奇妙なことでも聞いた様に、疑わしいことでもあるかのように、先程の三人の会話の仲のジェイドへの称賛を繰り返されて、 ルークとナタリアが何に考え込んでいるのかは分かったが、その称賛の何処に奇妙や疑問を抱く所があるのかは三人とも分からなかった。

「ええ、そう言ったわね。二人ともどうしてそんな訝しそうな顔をするの?今までの大佐はその通りだったのをあなたたちも見てきたじゃない?」

「いや、俺にはそうは思えなかったっつーか、ジェイドが見通してたなんて、軍事も政治も博識で世の中のことを何でも良く知っているなんて、思いたくないんだけど・・・・・・」

部屋に入りながら尚も考え込むようなそぶりで言うルークは言い、ナタリアも同意見らしくルークと目を見交わして何処か悲しそうに頷いた。

「何失礼なこと言ってるんだよ? 旦那は無知でヴァンを盲信してたお前とは違って、ちゃんと知識もあるし他人のことも見通しているじゃないか。 ・・・・・・ああ、思いたくないなんてジェイドがお前と違って優秀だからってやっかんでるのか?みっともないぞ」

ルークが肯定もしないうちからそうと決めつけて兄貴顔で叱り始めたガイに、 ルークは妙に冷めた表情になってそうじゃねーけどと否定したが、 ガイはルークの答えにもその様子にも頓着しないように、明るい口調のまま語り続けた。

「現に俺の素性のことも、俺は隠してたのに旦那には見通されちまってたもんな」

「ああ、そういえばグランコクマで言ってましたよね〜。 ガイの剣術がホド独特の盾を持たないアルバート流と調べて素性知ってたって」

「まさに“どんなに取り繕っても、なんでもお見通し”ね。本当に凄いわ」

再び明るい口調で和やかにジェイドを称賛する仲間たちとは対照的に、ナタリアとルークはどんどん顔色を曇らせて、暗い声音でジェイドに尋ねる。

「・・・・・・なあ、ジェイドは、本当に、ガイの素性を前から知ってたのか?」

「ええ。アニスが言ったようにガイの剣術などから見通せましたから」

「本当に、本当に前から知っていましたの?本当に見通していたと言うんですの?」

まるでジェイドがガイの素性を見通していたと否定したいように、苦しそうに何度も尋ねるルークとナタリアに、 ジェイドは子供の駄々だとでも思ったのかガイが言ったようにやっかみだとでも思ったのか、苦笑するような表情を浮かべて 「ええ。確かに前からガイの素性を見通して、知っていましたよ。これでいいですか?」と軽い口調で言った。

「・・・・・・なら、ジェイドは見通して、見捨てていたのか?」

「何言ってるのよルーク。見捨てていたって一体誰を?」

「俺とナタリアだよ」

「え?」

ティアは何を馬鹿なことを、と笑おうとして、ルークに同意するように頷いたナタリアと、 その闊達な彼女には珍しく暗い眼差しとに驚き、笑いを引っ込めて目を瞬かせる。

「ホドを攻めたのは俺の父親のファブレ公爵で、命令したのはナタリアの父親のインゴベルト王。 ジェイドは、ガイのキムラスカ人の使用人って取りつくった上辺に騙されずに、 ガイが“ガルディオス伯爵家ガイラルディア・ガラン”だと見通していたなら・・・・・・ ジェイドはガイが、俺とナタリアの父親に恨みを抱いている可能性がある素性だって知っていたのに、 狙われる可能性のあった俺たちに相談したりせずに、隠し続けたまま、俺たちと一緒に居続けたってことだろ?」

「待って頂戴。ガイはルークとナタリアの幼馴染で使用人で、危害なんて加えなかったじゃない。 大佐はそれも見通していたから何も言わなかったのかもしれないでしょう?」

自身の復讐の話を持ち出されて居心地の悪そうに眉を顰めたガイは、ティアに庇われて明るい顔になりもう復讐は止めたと言おうとしたが、 その前にルークが発した言葉にそれは留められ、そして言葉が続くにつれて段々と青くなっていった。

「加えたじゃないか、危害。そして加えようとするのも止めてなかった」

「ルーク?ガイはあなたたちに危害なんて・・・・・・」

尚もガイを庇い、ガイとルークとナタリアの幼馴染で友人という美しい関係を、ガイが取り繕っていた上辺を強調しようとするティアをナタリアが押しとどめる。

「ティア。グランコクマでガイの素性が分かった時のことと、ベルケンドでヴァンからガイが同志だと明かされた時のことを、思い返して下さいませ」

ティアはしばし記憶を探り、先程自分が口にしたガイを庇う言葉、ルークとナタリアとガイの関係とに違和感を感じ、そして気付く。

「ガイは、復讐しようとして、兄さんと同志で、あなたたちを騙していた・・・・・・ルークを、殺すため、に」

震えるティアの声が紡いだガイの行動、ルークとナタリアの関係、美しい上辺のものではなく残酷で醜悪な内面のそれにルークとナタリアは頷き、 ガイに幻滅というよりは既に幻を含まない冷めた悲しみを浮かべた視線を一瞬送り、目を逸らした。

「・・・・・・ああ。ガイは父上への復讐のために俺の、俺とアッシュの命を狙ってたし、 そのためにファブレ家に潜入して俺とアッシュに近付いて、幼馴染や友人や使用人という上辺を取り繕ってたんだ。 そしてヴァン師匠が俺たちを騙すのも、ガイは主人として承諾して、同志として協力していたし、騙されている俺たちのことを見捨て続けていた。 幼馴染や使用人のふりをしていたけど、本当は俺たちを殺そうとして、そして殺すためにヴァン師匠が騙すことを承諾して協力して見捨ててた。 殺すのは迷ってたみたいだけど手段を続行してたなら止めてはなかったし、ずっと続けてた手段だって充分危害になってる。 ナタリアだって屋敷でヴァン師匠に会って、従弟の婚約者の師匠という上辺を信用して騙されてたし、 ナタリアを殺す気はなくても、従弟で婚約者の俺やアッシュを殺されたらナタリアも傷付くだろ」

「大佐がガイの心や行動まで、ガイが私たちをどう思っていたのか何をするつもりだったのかまで見通していたと仮定しても、 どちらにしろ見捨てていたことは変わりませんわ。 だってガイの心根は、行動は、ずっと私たちに危害を加え続けて見捨て続けていたんですもの・・・・・・」

ガイは何度か言い訳をしようとするように口を開いたが、その度にルークとナタリアが突きつけるガイの悪意と危害と欺瞞、 それに伴って悲哀や幻滅を深くするティアとアニスの視線に気押されたように口を閉ざし、 二人が言い終わる頃にはもう口を開こうともせず、視線を合わせようともせず、ただ気まずそうに視線を逸らして沈黙するだけになっていた。

ティアとアニスはガイのそんな態度に何度か責める言葉を口にし、黙りこくるガイに幻滅したように溜息を吐き、 ルークとナタリアはやはり、というように目を見交わして幻滅すら籠らない溜息を吐き、ジェイドへと視線を戻す。

「だからジェイドは、ガイが俺とナタリアの父に復讐するほどの恨みを抱いている可能性のある素性だと知っていたのに、 狙われる可能性のあった俺たちに相談したりせずに、隠し続けたまま、俺たちと一緒に居続けたってことだろう?」

アニスも、先程は“ガイは危害なんて加えなかった”と庇ったティアも、今度はジェイドのこともガイのことも庇おうとはせず、 称賛を浮かべていた眼差しに疑惑を浮かべてジェイドを睨むように見つめた。

「・・・・・・ジェイドが見通せていなかったなら、俺たちと同じようにガイの“取り繕った上辺に騙されて”いたなら、 俺たちのように“取り繕った上辺に騙される、見通せない人”ってことにはなるけど、俺たちを見捨てていたことにはならない。 知らなかったんだから、知らないことは相談も防ぐこともできないから。でも・・・・・・」

「大佐が見通せていたならば、私たちとは違いガイの“取り繕った上辺に騙されずに”いたなら、 私たちとは違う“どんなに取り繕っても、なんでも見通す人”にはなりますけれど、 ・・・・・・同時に、私たちを見捨てていたことになりますわ。 知っていたのですから、知っていたことは相談も防ぐこともできたのですから・・・・・・」

ジェイドが“見通す人”であったことは、ガイの取り繕った上辺に騙されず素性を見抜いた洞察力は、裏を返せばルークとナタリアの危害への洞察と傍観になり、 そうされていたルークとナタリアがジェイドに不信を抱くには充分な理由だった。

「た、大佐、なんで言わなかったんですか!? 殺されるかもしれないほど危ない状況にいるって知ってて言わなかったなんて、そんなのないですよ!」

アニスはジェイドの軍服の裾を引っ張りながら問うが、ジェイドは眉を寄せて黙り込み、ティアから「大佐!」と促されてようやく口を開く。

「確信がないことは言うべきではないと・・・・・・、それに知らない方がいいこともあると思いまして」

弁解というよりは悪戯を咎められた子供が不機嫌に口答えする時のようにいうジェイドに、ナタリア即座に語気を強めて否定を返す。

「あなたはガイが話す前にガイの出身を調べ上げ、ガイが名乗る前にその本名まで言い当てたのに、 そのガイが素性を隠してファブレ公爵家に使用人として潜入し、ルークや私と幼馴染として親しくしていたのを、つまりは私たちを騙していたのを見ていたのに、 それでもまだガイが良からぬことを考えしようとしていると、確信しなかったというんですの? 危害が起こらぬ物事ならばともかく、ガイの素性と悪意と謀は、知っていなければガイに騙され続け、何時どんな危害を加えられるか分からぬではありませんか。 警告に充分なほどの可能性があったのに100%の確信ではないから何も言わず、 何も知らずに騙され続けて自分や従弟が害され殺される方が良かったと思ったと言うことですの!? ふざけないで下さいまし!私たちを見捨てていたことに変わりないではありませんか!!」

最後は怒鳴るように言い、荒くなった息を整えるためか少し間を置くと、ナタリアはティアの方を見て先程ティアがジェイドに向けた称賛を繰り返す。

「思えば軍事も政治も博識で、世の中のことを何でも良く知っているというのもそうですわ。 大佐が皇帝名代としてお父様に謁見した後、キムラスカでは大佐も、マルクトとピオニー陛下も嘲笑や侮蔑や、不信や敵意を抱かれておりましたのよ」

「な、なんで!? 大佐は立派に和平の使者してたじゃない! そりゃ、ガイのこと黙ってたのはどうかと思うけど・・・・・・でもあの時は誰もそれを知らなかったでしょ?」

「大佐だけじゃなくマルクトとピオニー陛下までって、どういうことなの!?」

アニスとティアは、ジェイドがガイの素性とルークやナタリアへの危害の可能性を見捨てていたことへは幻滅したものの、 それが知られていなかった頃の和平の使者としてのジェイドが、マルクトやピオニーまでが悪く思われ、博識さを疑われる理由が分からず、非難するような口調になって問い質す。

「みんなが屋敷から帰った後、俺はもう一度王城に呼ばれて、伯父上や父上や、沢山の大臣や貴族や議員たちの前で話す様に言われたんだよ。 旅の間のこと、特にイオンとジェイドの言動、俺にとった態度なんかを事細かに」

「キムラスカに対して和平と、マルクト領アクゼリュスの救援を求めてきたのに、 ましてアクゼリュス救援はキムラスカ側にも多大な負担と危険があるというのに、 キムラスカの第三王位継承者、次期国王のルークに対して、詰り、嘲笑し、脅迫し、戦わせていたとはどういうことなのか。 和平と救援の助力を求める使者の態度には到底思えない。 本当に和平と救援要請が真意なのかと疑われ、マルクトはキムラスカを侮っていると敵意を持たれ、 本気なら自分の行動の結果が和平と救援に、ひいては救援を待つ一万人にどう影響するのかも分からないほどの何も知らない馬鹿なのだろうと侮蔑され、 そんな大佐に使者が務まると思って送り出したピオニー陛下も、幼馴染だという友誼だけで無能を重用するのか、 長年の付き合いなのに能力や人格を見抜けもしなかったのかと嘲笑されていたのです。 ・・・・・・もしも預言を抜いて判断したなら、このような使者を送ってきて和平と救援要請とは片腹痛いと一顧だにされなかったほどに」

和平の使者としてのジェイドの振舞いに疑問を持たず、皇帝の懐刀だというジェイドが行くのだからキムラスカも信用するだろうと安易に考え、 あの旅の道中もそこまで困難な任務だと思わずに軽く考えていたアニスやティアは、今になってその危うさを知り冷や汗を流す。

「それじゃ、和平やアクゼリュス救援は・・・・・・」

「和平は結ばれず、アクゼリュスに救援は送られなかったでしょう。 ただでさえ積年の敵国なのに皇帝名代がこのような振舞いを繰り返しながら救援を要請されては、 キムラスカ側の街道への立ち入りや、貴重な軍人や医者などの人員、医薬品や医療用譜業や食糧などの物資を用いることなどできませんわ。 しかも障気に包まれたアクゼリュスに送るということは、送った人員も 障気障害インテルナルオーガンを発症する可能性が高く、一時ではなく長期的な損失にもなりますし、 土地が痩せているキムラスカでは糧食補給は土地の豊かなマルクト以上に貴重で深刻な問題なのです。 一万人の住民に必要なほどの軍人や医者などの人員、医薬品や医療用譜業や食糧などの物資をアクゼリュス救援に回すということは、 多数の軍人や医者などの人員の長期的な損失、戦時に軍を運用したりキムラスカ国民を救護するのに必要な貴重な食糧などの物資の損失ということなのですから、 マルクトへの信用が置けなければ到底受け入れられるものではありません。 罠であれば侵攻に悪用されたり、人員や物資を救援に用いて不足した時を狙われる可能性だってありましたもの。 言わば当時のジェイドの一挙一動には、特に次期国王たるルークへの扱い方や態度には、困難な和平と一万人の命がかかっていたのです。 ・・・・・・もっとも信用の保証になるものもないのでは、使者の失態がなくとも失敗していた可能性もありましたけれど」

ナタリアから詳しく説明され、アニスとティアは当時のアクゼリュスの様子を思い出す。

アクゼリュスの住民の多くは障気障害にかかり、歩くことすらできず座り込んだり横たわったままの重症者もいた。
自力で避難するのも難しく、魔物や盗賊から身を護ることもできず、長期間外からの物資が届かない状況にあった街は食糧や医薬品などの物資も不足していた。
ティアやアニスも軍歴は浅く戦場に出た経験こそないが、軍人として戦時における補給物資の重要さ、それが不足した時の悲惨さは耳にしたことがあった。

一万人の病人が多くを占める住民を救護しながら、食糧や医薬品などを与えながら、避難させるだけの人員と物資の提供。
つまりはキムラスカが自国の戦時などに用いるそれらの損失の、大きさと重さと、そして悪用された時の危うさ。
タルタロスを失い、積んでいた物資も乗っていた兵士も失った身での救援要請とは、それほどのものをキムラスカに負担し、危険を冒すことを請うということでもあった。

それをジェイドは、犯罪に巻き込まれて飛ばされたルークを捕縛し脅迫し、詰り、嘲笑し、戦わせていた身で、 そのルークの伯父インゴベルト国王に、ルークの父ファブレ公爵やその縁者が強い影響力を持つキムラスカに要請した。

当時のジェイドはただのジェイドという個人ではなく、皇帝名代としての勅命を受け、和平とアクゼリュス救援要請の成否がかかった使者だった。
それを申し入れるキムラスカの次期国王で大貴族の子息であるルークを詰り、嘲笑し、脅迫し、戦わせていたジェイドの振舞いは、 ジェイド個人だけではなく、皇帝名代としてのキムラスカの次期国王への振舞いになり、和平とアクゼリュス救援要請の成否へと波及する。

そう認識してあの頃のジェイドの言動、特にルークへのものを思い返せば。

「なんてことを・・・・・・大佐は、」

ティアはジェイドの無知と無思慮に呆れる言葉を漏らしかけたが、すぐに別のことに気付いて呆れも引っ込むほどにぞっとする。

ジェイドはホド戦争の頃からの長い軍歴を持ち、皇帝の幼馴染で懐刀で、軍の名家カーティス家の養子で、 軍事や政治を、王族皇族への扱いや態度がどう思われるのかを、救援要請の重さ困難さを、充分に知る経歴と環境にあった。

ティアたちが称賛していたジェイドの知識や洞察が買いかぶりではなく、 本当にジェイドが“博識で世の中を良く知っている”“見通す人”だったなら、 ジェイドはルークへの扱いや態度がどう思われるのかを、自分にかかっている救援要請の重さ困難さを知っていたのに、 皇帝名代であり和平とアクゼリュス救援要請の使者である自分と、皇帝と母国とが、 キムラスカから嘲笑や侮蔑や、不信や敵意を受けるような、和平も救援要請も失敗するような振舞いをわざと続けていたということになる。

そう気付いてしまうとティアの中には馬鹿だと呆れるよりも深い嫌悪と軽蔑と、そして恐怖の念が沸き起こり、 怪談に怯えていた時よりももっと顔を歪め青褪めさせて、恐ろしい化物から距離をとろうとするように後ずさり始めた。

「私も最初は大佐をどういうつもりなのかと不信を抱いておりましたが、 旅をしている間に“世の中のことに疎く無知な幼稚な人間”という印象を受けましたから、 大佐には自分の行動の影響を見通せなかった、知識や能力が足らないとしても和平とアクゼリュス救援に懸命なのだと思っておりましたが・・・・・・ 大佐が“博識で世の中を良く知っている人”だったなら、自分の行動の影響を“見通す人”だったなら、 大佐は自分の行動が皇帝名代として和平の使者としての行動になり、マルクトとピオニー陛下まで巻き込んで嘲笑や侮蔑や、不信や敵意を抱かれることを、 引いては和平の締結やアクゼリュス救援の成否にまで、一万人の自国民の命にまで影響することを、“見通していて” そのような振舞いを取り続けていたことになりますわ。 アクゼリュスの住民たちを見捨てた、あるいは自分の嫌味や横柄な振舞いの方が重く、それをアクゼリュス救援よりも優先できた、と」

「さっきティアたちが言った“どんなに取り繕っても、なんでもお見通し”とか “軍事も政治も博識で、世の中のことを何でも良く知っている”って、ジェイドを称賛したつもりなんだろうけど、逆にもなるんだよ。 ジェイドの能力が高くなったら、その高い能力で見通せたものが沢山あったことになって、 何も相談や行動しなかったジェイドはそれらを、被害に遭う人々を見捨ててたりわざと被害を与えていたことになる」

何時の間にかルークとナタリアのジェイドとの距離も先程よりも離れていて、 ジェイドの軍服の裾から手を離したアニスはそんなルークたちとジェイドに視線を彷徨わせていたが庇う言葉を口にしようとはせず、 ガイは仲間だと思っていたジェイドの本性の衝撃にか自分がルークやナタリアからどう見られていたのか知った衝撃にか、がっくりと肩を落として俯いていた。

「だから俺は、ジェイドが“見通す人”や“博識で世の中を良く知ってる”だなんて思えなかったし・・・・・・思いたくもなかった。 だってそう思ったら、被害を分かってて俺たちを見捨てたり、幼馴染で主君のピオニー陛下や母国まで侮られて笑われるような振舞いをしたり、 和平の締結やアクゼリュス救援なんてどうでも良くてアクゼリュスの住民が救援のないまま死滅しても構わなかった、 そんな人間だって思えてしまうから・・・・・・だから、ジェイドは見通せず知らなかったんだと、思いたかったよ」

「でも大佐は先程、ガイの素性を知っていたとはっきり言いましたわ。 私たちが騙されていると知っていたのに、危害を受ける可能性に気付けたのに、相談も何もしなかった、と。 見通して、見捨てていたのだと・・・・・・大佐は肯定してしまいましたのよ」

他人から称賛され、ジェイド自身も自惚れていた“見通す人”

それは見通していながら見捨てていたことと同義で、そんな冷酷さ、自分の言動が及ぼす悪影響への傲慢な無頓着さ、 “仲間”や“親友”や救援を待つ自国民への無情と一体で、称賛されればされるほど、知っていたと思わせぶりに語れば語るほどに、 ジェイドの人格と“仲間”や“親友”との関係を冷たいものに貶め、醜さを曝け出すものになっていた。

「見通していたなんて、見捨てていたなんて、思いたくなかったよ」

ルークの悲しそうな声と幻滅したようなナタリアの視線に、見限るような仲間たちの様子に、 ジェイドは先程まで自分を包み身を委ねていた甘い何かを砕かれていくような感覚になり、 何処かに逃げ出したいと思うと同時に、もう何処にも逃げ場がないことを悟ってしまった。

キムラスカの貴族や議員の間に広まった笑い話はきっと遠からずマルクト宮廷にも伝わり、両国の貴族の縁者も多いダアトにも、噂に鋭敏なケセドニアにも伝わるだろう。
今までジェイドを庇い持ちあげていたマクガヴァンにも、ピオニーへの忠義厚くこの事態に怒り心頭になるだろうフリングスやグレンにも、多くの貴族や臣下にも。
そして窮地に陥った時に庇ってくれるかもしれなかった仲間たちには、今この場で見限ったような冷たい視線を向けられている。

散々に愚かな行動をとり続け、他国から自分も母国も主君も嘲笑され、ただの馬鹿ではなく知識があり見通していた上での行動だったと肯定し、 自分の愚かさと無情さを晒し続けてきたその先には、もはや仲間も帰る場所も逃げる場所も、何もなかった。











“見通す人”はゲーム中のジェイドの称号より。




                        
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