魔女と悪魔の綺麗な笑顔







ルークが最初に見たティアの笑顔は、あなたに危害を加えるつもりがないのは確かよと笑った顔だった。
ヴァンを暗殺するために、つまりはファブレ公爵家でなければならない理由もなく襲撃して、 屋敷を、ルークを護るための警備を昏倒させて無防備にし、ルークにも譜歌で攻撃した後のことだった。

軍人で譜術士で音律士のティアは、譜歌の威力や特性、危険性は熟知しているはずだった。
けれどティアは、下級譜術に匹敵する威力を持つ、転倒などの危険のある眠りと痺れの譜歌を、ルークに使った。
事故でも間違いでもなく、れっきとした危害になる攻撃を、何重にもルークに対して行った。

その直後に、ティアはあなたに危害を加えるつもりがないのは確かよと笑った。

ルークが最初にみたティアの笑顔は、そういう顔だった。
笑ってはいても善意や好意は感じられない、信頼や安心は沸きださない。

ティアの生真面目そうな綺麗な笑顔の中には、絵本にでてくる魔女のかき混ぜる鍋のように黒々とした忌まわしい何かが、 他人を傷付け汚し苦しめる害毒が詰まっているような気がした。

常識を知り、譜歌を知り、戦いの厳しさを知り、無知ではなくなるごとにその嫌悪は増していき、 あの時のルークは安心して背中を預けられる相手ではないと思ったというティアの、自身の醜悪さへの無自覚さが拍車をかけ、 ティアが笑うたびに、ルークに笑いかける度に、その端の上がった唇から紡がれる言葉が好意的でも優しそうでも、 腐った汚水の詰まった袋の上に描かれた下手な絵のようにしか思えなかった。

“好き……”

恋する乙女のように、愛する人を失う悲劇のヒロインのように、 切なそうに小さく呟いたティアの告白は、ルークには届いていたけれど届かなかった。

綺麗な顔で、綺麗な表情で、綺麗な声で紡がれた綺麗な愛の言の葉は、 もうルークにはティアの上辺の美しさは、つつけばどろどろと醜悪な中身が溢れだしそうな張りぼてにしか映らなかったから。

初めてティアがルークに見せた、そして省みることのなかったあの時の綺麗な笑顔や優しそうな言葉のように。

ルークが最初にみたティアの笑顔はそういう顔で、変わることなくそのままで、だから最期の愛の告白もそういうものに成り果てた。





ルークがずっと見てきたガイの笑顔は、復讐心と殺意を隠し、共犯者と傍観者として危害を加えながら浮かべていた笑顔だった。
ファブレ公爵に復讐するために、つまりはルーク自身の行いにではなくまたルークを殺す以外の方法もあるのにルークを殺す方法を選び、 そしてずっと選び続け、そのためにヴァンへの承諾と協力という作為と、見捨てると言う不作為を続け、何年も何重にもルークを傷付け続けていた。

殺意と悪意の元にルークを騙し、また少なくともヴァンが殺意と悪意の元にルークを騙すことは知っていた上で承諾し協力し、また騙されているルークを見捨て続けていた。
そして何も知らずとも結果的には、それはルークをアクゼリュス崩落に利用することへの協力になり、 ガイはそのアクゼリュス崩落の時、何も知らずとも逃げることは許されないのだとルークに突きつけて置いて行った。

その直後にも、ガイは友達だろうと笑った。

ルークがずっと見てきたガイの笑顔も、アクゼリュス崩落の直後に見た笑顔も、そういう顔だった。
笑ってはいても友情や優しさは感じられない、信頼や安心は沸きださない。

ガイの明るく綺麗な顔の中には、絵本にでてくる人を騙す悪魔が隠し持つ尻尾のように黒々とした忌まわしい何かが、 他人を傷付け汚し苦しめる害毒が詰まっているような気がした。

常識を知り、真実を知り、虚構を知り、幻想が滅ぶごとにその嫌悪は増していき、 あの頃のルークの面倒をよく見た兄であり父でありかけがえなのない友という称賛を受け入れたガイの、自身の醜悪さへの無自覚さが拍車をかけ、 ガイが笑うたびに、ルークに笑いかける度に、その端の上がった唇から紡がれる言葉が友人のようでも優しそうでも、 腐った汚水の詰まった袋の上に描かれた下手な絵のようにしか思えなかった。

“お前の心の友兼使用人でいてやってもいいんだぜ。 だから、さくっと戻って来いよ。このまま消えるなんて許さないからな”

情に厚い友人のように、弟を失う悲劇の主人公のように、 切々と語ったガイの言葉は、ルークには届いていたけれど届かなかった。

綺麗な顔で、綺麗な表情で、綺麗な声で紡がれた綺麗な友の言の葉は、 もうルークにはガイの上辺の美しさは、つつけばどろどろと醜悪な中身が溢れだしそうな張りぼてにしか映らなかったから。

ずっとガイがルークに見せてきた、アクゼリュス崩落の直後に見せた、そして省みることのなかったあの明るい笑顔や優しそうな言葉のように。

ルークがずっと見てきたガイの笑顔はそういう顔で、変わることなくそのままで、だから最期の友の言葉もそういうものに成り果てた。















                        
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