※恋愛色や描写はないものの黒アッシュ×真正ナタリアがありますが、真正ナタリアは幼女です。
※見ようによってはアシュ→ルクにとれるかもしれません。







アッシュは突然に髪振り乱し悪鬼の如き形相で部屋に乱入してきたナタリアに縋りつかれ、 アッシュとナタリアの婚約の解消と、アッシュと幼い“本物のナタリア”の婚約への悲哀と嫉妬を涙ながらに訴えられながら、 ナタリアの熱意とは正反対に冷めていく心地の中で、これまでのことを思い返していた。







跳ね返る行いと言葉







アッシュはキムラスカに戻っても、自分が王族として受け入れられるか王位につけるか危ういことを分かっていた。

いくら数少ない王家の証を持ちもっとも国王に近い男の王族とはいえ、過去の行状はそれで許されるようなものではない。
インゴベルトととも預言の生贄にする予定だったからかそれほど親交も可愛がられた覚えもなく、 甥だというだけで目を瞑って世継ぎにしてくれると楽観できるような過去でも記憶でも関係でもなかった。

まして婚約者のナタリアも王家の血を引かず、王家の血統に拘る貴族たちからは反発を受け、その性格と行状にもアッシュ同様眉を顰める者は多い。
ナタリアを妻にしても、アッシュの地位と王位継承を補強するものになるとは思えなかった。

だからアッシュは、帰還の時のローレライからの礼に、“本物のナタリア”の蘇生を望んだ。
真実王家の血を引く、真実インゴベルトと亡き王妃の娘の、“ナタリア”が欲しかった。

死んだはずの実娘の蘇生という手土産を持って帰ればインゴベルトの恩人となり、その感謝と好意を得ることができるし、 首尾よく“ナタリア”を婚約者にできれば、インゴベルトの後ろ盾と王家の血統に拘る貴族たちからの支持を受けられ、 アッシュの地位と王位継承を補強する妻を得ることができる。
まだ赤ん坊だから性格と行状は未知数だが、その辺りはナタリアを反面教師にして上手く育てていくしかないだろう。

アッシュが思っていた以上に早く、驚くほどの変わり様でインゴベルトの愛情は“本物のナタリア”へと移り、 煽るまでもなく将来のキムラスカ王妃の座を“ナタリア”に、そして王統を本物の娘の子孫に受け継がせることを望むようになっていった。
アッシュが帰還するまでの2年間にも、王族の印をもたないナタリアの身分を補強していた婚約者の不在による立場の不安定さや 王家の血統に拘る貴族たちからの反発への焦燥でナタリアの行状は前以上に悪化していたためか、 それとも“ナタリア”がキムラスカ王族の印の色をふたつとも備え、インゴベルトが熱愛した亡き王妃の面影がある顔立ちをしているためか。

そしてアッシュに対しても感謝と好意に加えて、ローレライからアッシュへの礼だから、アッシュ次第で取り消されてしまうのではと不安を抱いているらしく、 “本物のナタリア”を支えたい、側にいたいというアッシュの言葉にもむしろ安心したように、アッシュと“ナタリア”との親交を深くしようと働きかけてきた。


それでも、アッシュがナタリアへの愛情や親愛を保っていたなら、ナタリアを切り捨てることはしなかっただろう。
音譜帯でローレライに誰の蘇生を望むか問われた時、打算も保身も全て投げだしてルークの名を応えた時のように。

けれどルークの記憶を見てナタリアにもナタリアが自分に向ける愛にも幻滅しきった今のアッシュの中には、もうナタリアへの愛情も親愛もなくなっていた。
例えナタリアを妻にすることに利があったとしても娶りたくないほどに、飾り物としてでも側に置きたくないほどに、 かつての暖かな陽だまりは冷え切り、想いは凍り付き、冷たく黒々としたものばかりが渦巻いていた。


アッシュは自分の胸に縋りつくナタリアとその涙で濡れた絹地を見て、母上が下さった服が汚れてしまったなと眉を寄せると、 ナタリアの身体を鬱陶しいものにするように引きはがし、投げるように床に向けて乱暴に放った。

痛みかショックにか悲鳴が上がったのを無視して、殆ど面識もないナタリアの乱心に 怯えて震えている幼い“ナタリア”の頭を撫でると、そのまま小さな耳を覆ってから口を開いた。

「俺は“ナタリア”の従弟で婚約者だ。“本物のナタリア”はここにいる。 ・・・・・・お前自身がルークを、何年もの過ごした時間が思い出があるはずの幼馴染の従弟を捨てた時に言っただろう?」

わなわなと唇を震わせ、目に見えぬ悪魔に怯えるかのように、手を振り乱しながら啜り泣くナタリアを捨て置いたまま、 アッシュは“本物のナタリア”を連れ、過去の幻想を、萎えた想いを、冷え切った陽だまりを振り切るように足早に去っていった。

















                        
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