壁打ちの恋







「ルークってばなんでお見合いなんかするのよ?ちゃんとルークを好きな子がいるのに!」

突然ファブレ家公爵家に訪れたアニスに、部屋に通して椅子に着くと同時に急くように責めるようにそう言われ、 ルークは責められる理由も、アニスの言う相手のことも、何ひとつ見当がつかず首を捻った。
アニスの隣に座るティアは、やはり何かを責めるように、また何かを期待するように、 珍しく頬を染めて無言でルークの方を、圧力すら感じるほどに強く見つめていて、それがまたルークの困惑を深くする。

「なんでって結婚するためだよ。つかなんでアニスやティアが知ってるんだ?まだ内々の話なのに」

「この間ダアトに来てたナタリアから聞いたんだよ。それよりも結婚ならルークのことちゃんと好きな子がいるでしょ。 他の女とお見合いするなんてすっごく傷付くことしてるのに気付かないの?ほんと恋愛事に鈍ちんなんだから〜」

アニスはちらちらとティアの方を見ながら何かを促す様に言い、ティアもルークへの眼差しを更に熱く強くしていったが、 恋愛事と結婚を別事として教えられ育ってきた、またずっと好意とは不一致な言動を危害をそれを省みない態度を受け続けてきたルークは、 相変わらずアニスの意図もティアの期待も察することはなかった。

「誰のこと言ってるのか知らないけど、俺は誰かの好意に応えた覚えはないし、恋愛で結婚を決めるつもりないぜ?」

「ルークってば何言ってるの?結婚って好きな人とするものじゃない!」

「恋愛で結婚決めないって・・・・・・それじゃどうやって決めるっていうの!?」

ティアとアニスは机に身を乗り出し怒鳴るように語気を荒くするが、ルークは特に嫌なことやおかしなことを語る風でもな淡々と答える。

「まだ候補を叔父上と父上たちが選んでる段階だけど、お互いの政治的利点、人柄や家柄や教養、そういうので決めると思う」

「・・・・・・呆れた。あなた自分の結婚相手も自分で決められないって言うの!?」

「もう、どうしようもないお坊ちゃんなんだから!」

「政略結婚は王族や貴族としては“常識”なんだよ。 自分で決められないから人に決めてもらってる訳じゃないし、そうする理由も必要もちゃんとあるから政略結婚を選ぶんだ」

それでも好きでもない人と結婚するなんてティアとアニスには分からなかった。
アニスはかつて借金のこともあり金目当てにルークに媚びを売ったこともあったが、 裕福ならアニスとて好きな人と結婚したかったし、裕福な貴族ならそうできるのだろうと考えていた。
ルークに好かれればルークと結婚できるだろうと、ナタリアという王女の婚約者がいると知った後も、変わらず考えて媚びていた。
だからティアがルークを好きなら──ルークがティアを好きかどうかもティアがルークに何をしてきたのかも忖度せず──ティアの恋は叶うはずで、ティアと結婚するべきで、 ティアの気持ちに気付かないのも気遣わないのも応えないのも、ルークが鈍くて悪いことで、叱って矯正させてやらなければならない。
そう思ってガイと一緒になって何かとルークを変えようと、成長させてやろうとしてきた。

ルークはそんな、自分たちの恋愛観がルークに通じてルークが応えるのが当たり前のような変わらぬ態度に、世間知らずな子供の駄々に困る大人のように眉を顰め、 「ティアとアニスにとってはそうでも、俺たちにとっては違うんだ」と、恋愛結婚を想定しないことが珍しくもない、自分と二人の住む世界の価値観の違いを説明する。

「俺たち王族や貴族は違うんだよ。 恋愛感情より政治的にどうか、妻に相応しい女性か、そういうことがまず優先される。 恋愛感情は重要じゃないし、別になくたってかまわない。 王位をアッシュが、公爵位を俺が継ぐことに決まったから、選ぶなら“公爵の妻”で“次の公爵の母親”に相応しい女性じゃなきゃならないからな。 アッシュの弟の俺が娶る女性は将来の国王の義妹にもなるから、王家にだって深く関わってくるし、 家や国や親族や、多くの人に影響するから俺個人の問題じゃないんだ。 俺がファブレ家の子息で次の公爵である以上、俺の結婚は公爵家の問題になるし、 キムラスカの有力な貴族で王弟の結婚はキムラスカの問題にもなるから俺の恋愛感情だけで決められないよ」

「好きでもない人と夫婦になるっていうの!?」

予想もしなかった話とはっきりとした口調に、鈍さでも無知でもない自分とルークの間の固い壁を感じたティアは 期待を裏切られた様な気分になり、傷付いた様な表情でわずかに目を潤ませてルークを見つめる。

ティアはずっと、口には出さなかったがルークも自分を好きなのだとと思っていた。
恋愛以外にもそうしていたように自分の気持ちに望みに要求にルークが応えるのは当たり前のことで、そうしないのはルークの傲慢や無知や子供っぽさだと考えていた。
アニスもガイも、ティアの恋を応援し、ルークに応えさせようと何かと促してくれたから、 何時しかルークが自分の気持ちに気付いて、告白とプロポーズをして、自分は憧れていた純白の花嫁姿でルークに寄り添い、 アニスを気遣った時のような他の女への気遣いなどしなくなったルークとの幸せな結婚生活を送るものと、確信に近いほどの期待を抱くようになっていた。

だからティアの恋に気付かないどこか、恋愛では結婚を決めないと言い切られることは、 ティアの恋だけではなく想定していた幸せな未来像の否定で、到底認められるものではなかった。

アニスはそんなティアをまた同情の眼差しで見るが、ティアが傷付いた様な表情になる理由か分からないルークは不思議そうに繰り返す。

「だから、それが俺たちの“普通”なんだよ。アッシュとナタリアだって別に婚約した時好きあってなかったぜ?」

「何言ってるのよ。ナタリアはあんなにアッシュに恋をしてるじゃない」

ティアとアニスが知っているナタリアはアッシュに恋する乙女そのもので、アッシュと交わした約束のこともナタリアから何度も何度も聞いていた。
だからアッシュとナタリアが愛し合って結婚の約束を交わしたのだろうと思い、ティアのルークへの恋にもまたそれが通用するものと思い込んでいた。
しかしそれもあっさりとルークの言葉に否定され、恋愛ではなく結婚するというルークのいう価値観の存在を肯定するものに変わり果てる。

「今はそうみたいだけど、婚約はアッシュが生まれた時、ナタリアは幼児の時に、 もちろん二人の意思じゃなく定められてのことだし、父上と母上だって、叔父上と叔母上だってそうだった。 ナタリアだって、アッシュがファブレ家に戻ってくるかどうか分からなかった頃は、俺か新しい婚約者と結婚する可能性も考えてたぜ? 会った時は好きじゃなくても婚約者や夫婦になってから歩み寄っていけばいいじゃないか。政略で結婚しても好き合ってる夫婦も沢山いるぜ」

ルークとの愛──と彼女が一方的に思い込むもの──を実らせて結婚することこそが幸せだと思っていたティアは、 愛のない結婚から愛を芽生えさせこともできるというルークと、ルークに愛されるかもしれないまだ決まってもいない女に、 浮気宣言をされたような怒りと嫉妬心が湧きおこり、乗り出していた身体を掴みかからんばかりにルークに近付け、ガラスをひっかくような耳障りな声で叫ぶように言う。

「ぜ、ぜんぜん愛せなかったら?その人もルークのこと愛してくれなかったら?」

「その時は仕方ないから、最低限の夫婦の義務を果たしたら距離を置くしかないかもな。 嫌い合うようなら流石に困るけど、恋愛感情じゃなくたって友情や親愛で仲良くすることもできるし、そういう夫婦も良くいるからな」

恋愛が芽生えない結婚すらも受け入れるというルークに、ティアとアニスはルークが酷く遠のいてしまったような感覚を覚える。
それをまるで引き寄せようとするようにティアはでも好きな人が、好きな人と、と繰り返し、 アニスはそんなティアを鈍い想い人を持ったことへの同情ではなく、叶わぬ恋をしていることを哀れむような目で見ながらも、もう何も言えなくなっていた。

「好きな人好きな人って、そりゃ好きな人じゃないと結婚したくない人も政略結婚より恋愛結婚の方がいい人もいるんだろうけど、 俺は別に好きな相手と結婚するなんて考えたことねーし、そうしたいって願望も特にないから、政略結婚するのに不満はないぜ?」

そう言われてティアとアニスは、ルークがレプリカだと分かる前のナタリアへの態度を思い出す。
ルークはナタリアに恋愛感情を持っているようには見えなかった。
好きではあっただろうけれど、幼馴染の従姉に対する友情や家族愛のように映っていた。
ルークにとっては、恋愛感情を持たない相手を、自分が決めたものではなく周りに定められた相手を、 婚約者として持つことは既に物心ついた時から経験し受け入れてきたことだった。

ティアとアニスの“常識”がルークにとっての“非常識”になることにも気付かずに、 ティアの気持ちに望みに要求にルークが応えるのは当たり前だと考え、応えようとさせ、しないことを責めていた。
けれどルークはティアに応えるとか以前に、ティアを恋愛対象として見もせず、恋愛をするつもりすらなかったのだと、 自分たちとルークの“常識”の大きな差を、住む世界の違いを、ふたりはやっと認識する。

「俺のことを散々“無知”や“非常識”だって責めてたじゃないか。なのに、なんで貴族としての“常識”で行動することをそんなに責めるんだ? ティアやアニスの“常識”とは違うとしても、俺は、俺やナタリアやアッシュにとってはこっちが“常識”だぞ?」

ティアとアニスは、ずっとルークに通じて当たり前だと思っていた自分の常識や価値観が、 自分とは遠い身分と環境と価値観の中で育ち、自分とは違う思考を持ち、これからもその中で生きていくルークには通じないこともあるのだと、 それは責められることでも悪いことでも矯正すべきものでもなく、期待も蔑みも説教も過去の自分も、 今こうしてルークが応えてくれると思いこんで会いに来た自分も、 滑稽に空回りしていたとようやく気付いて、乗り出していた身体をがっくりとソファーに沈めた。












同行者はルークがティアの気持ちに気付かないことやアニスを気遣ったりすることを呆れていましたが、 アッシュのファブレ帰還が未知数な段階ではルークはナタリアと結婚する可能性も、 そうならなくても公爵子息で国王からも甥として認められていたルークは政略結婚の可能性もありました。
アッシュ国王ルーク公爵の場合は公爵位はアッシュの子供が継ぐ手もありますが。
昔の王族でも「勝手に決められた相手と結婚したくない!」という人もいましたしルークはここまで割り切った考え方してないかもですが、 実感が薄かったとは言え物心ついた時からナタリアという婚約者がいたり、 知っていたか分かりませんがファブレ公爵の愛人かもしれないセシル将軍への反感がなかった所をみると、恋愛や恋愛結婚への願望が薄そうにも見えて、 成長してないとか気付かないという以前にそもそもの恋愛観や結婚観自体がティア・アニスとルークに差があるというのもありそうに思えました。
ティアの場合身分等が問題にならなくても人柄とかティア自身の問題で猛反対されて無理そうですが。

未だにネフリーさんを想ってるのか独身のピオニーは後継ぎどうするつもりだったんでしょう。
マルクト皇室か継承に問題のない貴族とかに弟や甥でもいれば皇帝自身が子供がいなくてもいいのかもしれませんが、 ピオニーは兄や姉も世継ぎ争いに興じたとかで亡くなっています。
近世のヨーロッパに「王国は常に世継ぎを見つけ出す。王の座が空白のままでいることはない」と言った国王・貴族がおり、 その通りに妃との間に子のなかった彼の玉座と爵位は甥が継ぎましたが、 歴史を遡ると適当な世継ぎがいないことで他家や他国から世継ぎが選ばれたり争ったりすることもあり、国内ですんなり継承できるとはとは限りませんから、 何代も前のマルクト皇帝の子孫とかから選んでたら候補が多過ぎて、それならうちも先々帝の孫が、いやうちも曾孫が、うちもうちも、 国際結婚でキムラスカ貴族にも何代か前のマルクト皇帝の子孫がいたらキムラスカからも野心家が、とか揉めまくり紛争フラグの予感が。




                        
戻る