栗色の長い髪、青玉色の眼、ローレライ教団の黒い軍服。
この邸内で見かけるのは不自然な、ありえないほどに異様なその姿を見て、私は目を疑った。

どうして、どうして。
どうしてあの女がここにいるの。
どうしてあの女が公爵様と奥方様の寝室に、奥方様とルーク様がおられる部屋に入ろうとしているの。

あまりの驚愕と恐怖に足が止まり、強い怒りと敵意が沸き上がり、私は初めて人に向けて譜術を放った。







向けられる敵意と跳ね返った危害







私がメイドとしてお仕えしているこのファブレ公爵家のお屋敷が襲撃に遭ったのは、二カ月以上も前のことだった。

あの襲撃で警備の白光騎士団、メイドの私たちやラムダス様のような使用人たち、ご子息のルーク様まで多くの人々が攻撃され、 その上にルーク様は襲撃犯との超振動で飛ばされ、ショックで奥方様も寝付いてしまわれた。
以来屋敷の雰囲気はすっかり暗くなっていたけれど、今日はルーク様のご帰還で、久しくなかった明るい雰囲気に変わっていた。

ルーク様は貴族らしくない、子供っぽいと言われることもあるけれど、 私たちにも気安く声をかけて下さり、また表に出すことが恥ずかしいらしく隠そうとなさるけれど本当はとてもお優しい方だから、 私もルーク様が無事に帰って来られたことが嬉しくて、つい廊下を歩む足取りも弾んでしまうほどだった。

けれど奥方様の部屋の前の廊下に入った時、私は目を疑った。
あまりの驚愕と恐怖に足が止まり、持っていたトレイを取り落としそうになってしまい、 あの襲撃の時かけられた譜歌の痺れと眠気から落した食器の破片で怪我をしかけたのを思い出して慌てて持ち直す。

私の視線の先にいたのは、忘れもしないあの襲撃犯。
見た目は真面目な少女のように見えるけれど、罪を犯したり敵でもない人を傷つけたりするようには見えないけれど、 でもあの襲撃の時、私たちに危険な攻撃譜歌をかけて、危害を加えて、倒れる私たちに何の動揺もせずに、 歌い続けて攻撃し続けていた様子を間近で見た私は、 その冷血さや残酷さは身に染みて知っている。


どうして、どうして。

呆然と立ち尽くす私に気付くことなく、女は扉の前に立った。
それを見て、私は先ほどよりも驚き恐怖し、それよりも強い怒りと敵意が沸き上がってくる。

その部屋は公爵様と奥方様の寝室で、扉の向こうには寝付いてしまわれた奥方様と、帰って来られたルーク様がおられるはずだった。
その部屋の扉の前に、あの女がいる、入ろうとしている。

どうしてあの女がここにいるの。
どうしてあの女が公爵様と奥方様の寝室に、奥方様とルーク様がおられる部屋に入ろうとしているの。

あの襲撃はヴァン謡将が狙われたものと聞いていたけれど、奥方様かルーク様、あるいはお二人ともを狙ったものだったのか。
失敗したからまた、今度は誰にも気付かれないようにこっそり侵入して、そしてまたお二人を狙おうとしているのか。
警備の白光騎士は、ここに来るまでの廊下にいたはずの使用人たちは何をしていたのだろう。
気付かれないようにこっそり入ってきた?また眠らされた?
・・・・・・まさか殺されてしまったのだろうか。

誰か呼ばなければ、そう思って口を開いたけれど、叫んでも騎士が駆けつける前に部屋に入られて、 奥方様やルーク様が襲われるのに間に合わないかもしれないと気付いた私は、 そっとトレイを床に置くと、悲鳴でも騎士を呼ぶ声でもなく、譜術の詠唱を紡ぎ始める。

譜術士の母から護身用にと教えられたこの譜術は、下級譜術とはいえ攻撃譜術で、身体にダメージを与えるし、 倒れた時に怪我をする恐れも、後ろのガラス窓に倒れて破片で切ったり頭などの急所を打てば大怪我をする恐れも、死んでしまう可能性だってある。
母からも危険だから、人を傷付ける術だから、けして敵でもない相手に使ったり悪用してはいけないときつく教えられていた。
もちろん私も、相手が普通の人なら譜術で攻撃なんて非常識で危険なことは決してしない。

でも、あの女は襲撃犯で、奥方様に、ルーク様に、私にみんなに、譜歌で攻撃なんて非常識で危険なことをして、 そして今またルーク様と奥様を傷付けるかもしれない、殺すかもしれない。
私たちに危害を加えた“敵”で、“危険人物”で、“普通の人”じゃない。


“殺らなければ殺られるんだ”


軍人の兄が言っていたことを心の中で繰り返し、私は扉に手をかけた女に向かって、一気に譜術を放った。












ゲーム、漫画はルークと同行ですが、アニメ五話ではルークが先に行きティアはルークがシュザンヌと話している所に入ってくるので、 メイドとかが見たらまた襲ってきたと思われて攻撃されそうな気がしました。
しかもノックもせずに勝手に入っていたので、夫人の部屋にノックもせずに入る無礼さが疑いに拍車をかけそうですし。
ちなみにルークはノックをして、シュザンヌが答えてから入っていました。




                        
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