ヴァンとの決戦を前にして、ガイとナタリアは海辺に佇み夕陽を見つめながら、それぞれの思いを話し合っていた。
話はルークとアッシュの関係からナタリアと二人の関係、さらにガイとアッシュの関係へと移り、ガイは過去との決別を語り出す。
「・・・・・・俺は俺なりに過去にケリをつけたつもりだ。アッシュも過去と決別しようとしているんだと思う。
そうなれば、あいつと俺は仇の息子とその使用人じゃない。人間アッシュと人間ガイラルディアとして一から始めることになる。
全てのしがらみを取り去ったら、あいつはあいつで面白い奴だと思うよ」
そう微笑んで言うガイとは対照的に、聞いたナタリアは顔を強張らせてしばらく二の句が継げなかった。
やがてナタリアは悲しみを浮かべた目でガイを睨みつけ、怒りを滲ませた声を発する。
「・・・・・・虫が良すぎますわ、ガイ」
「え?・・・・・・なんのことだ?」
「勝手に全てのしがらみを取り去るなどと、アッシュに対してあまりな言い様ではありませんか」
「だからなんのことだ?俺はちゃんと、もう仇の息子じゃなく人間アッシュとしてのあいつを見てやってるじゃないか!」
せっかくアッシュへの憎しみから決別してやろうというのに否定されてガイは苛立ちながら問い質す。
その様子にガイが自分で気付くことはできそうにないとみて、ナタリアは溜息をひとつ吐くと、痛みを耐えるような声音で話し始めた。
「ガイは、アッシュのことを“もっとも憎むべき仇の息子”と思ってきたのでしょう?」
「ああ。だが俺は俺なりに過去にケリをつけたから、もう俺にとってのアッシュは仇の息子じゃなくただの人間アッシュで、人間ガイラルディアとしての俺と・・・・・・」
「なのにガイは、過去の自分は“何の罪もない子供”を狙ってたとは思いませんの?」
騙して、見捨てて、裏切った過去との決別
当惑したガイの様子に、ナタリアはまたひとつ溜息を、先ほどのものよりも深く吐いて、噛んで含める様なゆっくりとした口調で説明する。
「アッシュを“仇の息子”ではない“人間アッシュ”として見たならば、
過去にガイがアッシュを狙ったことは、“何の罪もない子供”なアッシュを狙っていたということになりますわ。
その時のガイが“仇の息子”を理由に正当化していて、そうは思ってなかったとしても。
・・・・・・あの頃のあなたを、私もアッシュも信頼できる幼馴染だと思っておりました。
でもあなたは、ヴァンの同志で、アッシュを殺すために騙すことに協力し、そして見捨てていたのでしょう?
七年間ルークにそうしていたように、その前はアッシュを、“もっとも憎むべき仇の息子”を復讐に利用していたのでしょう?」
ガイはずっと、アッシュを、ルークを、“もっとも憎むべき仇の息子”だからと裏切り傷つけることを正当化してきた。
ファブレ公爵に同じ苦しみを味あわせるための道具として、殺すため、ずっと騙し、ヴァンが騙すことも承諾し、協力し、
騙されているアッシュを、ルークを、幼馴染として使用人として笑いながら、見捨て続けていた。
アッシュが“仇の息子”ではなくなったなら、アッシュとガイを“人間アッシュと人間ガイラルディア”として見たなら、残るものは。
ガイはもう一度過去の自分とアッシュとの関係に思いを馳せ、先程の自分が何を見過ごしたのか気付いて青くなる。
「ガイとアッシュが人間アッシュと人間ガイラルディアになっても、全てのしがらみを取り去って一からは始められませんわ。
だって二人を対等な人間としてみれば、命を狙っていた人間と狙われていた人間、
騙していた人間と騙されていた人間、幼馴染を見捨てていた人間と幼馴染から見捨てられた人間、になるのですから。
・・・・・・それなのに、ガイはもうその関係も一新して、容易く何も悪くない自分に変えてしまうんですのね」
アクゼリュスの時もそうだった。
俺は悪くないと言ったルークに幻滅すると言って置いていき、何も悪くないかのようにナタリア達と共に平然と過ごしていた。
ヴァンのスパイとして結果的にはアクゼリュス崩落に協力した共犯者のしがらみを、容易く取り去って忘れ去ってしまったかのように。
「俺は俺なりに過去にケリをつけたつもりだ、とも言いましたわね。
それはアッシュの命を狙い、騙し、見捨てていたことともケリをつけた、という意味でしたの?
そしてアッシュもガイに命を狙われ騙され見捨てられていた過去と決別しようとしていると思っていますの?」
アクゼリュスの時もそうだった。
俺の親友はルークの方だと言い、迎えに行ったルークに友人だと称し、何も悪くないかのようにルークと共に平然と過ごしていた。
ヴァンのスパイとして意図的に、騙して、騙すことに協力し、そして見捨てていた共犯者のしがらみを、容易く取り去って忘れ去ってしまったかのように。
「お、俺はそんな意味は、そんなつもりで言った訳じゃ、」
ガイはしどろもどろな口調で首を振りながら否定するが、ナタリアの態度は和らぐことはなく更に冷たさを増すばかりだった。
「ならば何故、どういうつもりで“人間アッシュと人間ガイラルディアとして一から始めることになる”“全てのしがらみを取り去ったら”などと言いましたの?
ルークや私に対しても、アッシュにしたのと同じことしていましたけれど、あなたはそれに対しても、ずっと罪悪感のない態度ばかりをとってきたではありませんか!
親友とか助けてやってたとか口だけは雄弁で御立派ですが、それとてずっと裏切っていたことを考えれば、罪悪感なく過去を忘却した卑怯な心根の現われにしか思えませんわ。
今も昔も、幾度も誰にも彼にも、加えた危害や裏切りのしがらみからも決別した気になってるようなことばかりを果てしなく繰り返して・・・・・!!」
そう叫ぶように悲痛な声で否定され、濡れた眼で厳しく睨み据えられ、
ナタリアの幻滅が先程のガイの言葉のみならず、今までの己の言動に根差した深いものだと、
それほどまでに自分が繰り返してきたことに気付き、ガイは言い訳を途切れさせる。
もう今までガイがしていたように、その場限りの言い訳と行動の伴わない言葉や自称で誤魔化すことは不可能だった。
「・・・・・・私、ベルケンドであなたがヴァンの同志であったと知った時から、正直怒りも哀しみもありました。
私のこともルークのことも、アッシュのことも長年裏切って傷つけてきたのだと。
それでも、あなたにも後悔や罪悪感があるのだと思って、これからの態度を見てあなたを信じようと思って今まで共にいましたが
・・・・・・とんだ見込み違いをしていたようですわね。
もう叶わぬ期待をするのも、自分は悪くないかのような矛盾した態度に耐えるのも、あなたの何もかもに疲れましたわ。
あなたにとっては私たちにしたことは、私たちが受けた苦痛は、一方的に取りさって一新できる程度の過去、だったんですもの・・・・・・」
人間アッシュと人間ガイラルディアとして、そう言うガイは
アッシュにも、ルークにもナタリアにも、ずっと裏切り見捨て傷付けることに罪悪感も後悔もなかった。
ベルケンドでヴァンやヴァンの同志であった過去と決別すれば、それまでヴァンの同志としてとってきた行動や結果からも決別したかのように、
ルークに背負わせる一端を担った罪を共に背負うこともなく、父親役なら子供を、兄貴分なら弟分を、親友なら親友を見捨てたことなど自覚せず、
ルークのアクゼリュス崩落への苦悩や自己否定を他人事に見下していられたように。
ガイはずっと彼らを裏切られ見捨てられ傷付ければ痛む心がある“人間”だということを、理解してはいなかった。
あなたに幻想を持ち過ぎていたようですわ、と幻滅の籠った声で言いナタリアが立ち去る背中に、
追い縋ろうとしたガイは先程のナタリアと同じ表情をした仲間たちを見て立ちすくむ。
そして彼らが立ち去った後も、ガイは追うこともできず、何処に行けばいいのかも分からず、何時までもひとり海辺に立ちつくしていた。
──次の日、ケセドニアからアルビオールに乗り込むメンバーは一人欠けていたが、
仲間たちも親しい幼馴染や友人だったはずの二人も気にかける様子もなく、アルビオールはそのままエルドラントへと飛び立っていった。
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