無情を語ってきたのは彼ら自身







「──俺が死んでも、きっとティアは悲しまないよ」

必ず戻ってこい、待ってるからな、ティアを悲しませるんじゃないぞ。
そうルークに帰還を求めるガイの言葉を、ルークは突き放すように否定した。

たまたま通りがかってそれを聞いたアニスはルークに呆れ、ティアに同情し、ルークにティアの気持ちを理解するように促そうと思ったが、 その前にルークの様子に戸惑って躊躇し、立ちつくしたままルークの顔をじっと見つめる。
ルークが浮かべた表情は、ルークの心身双方の年齢にも会話の内容にも似つかわしくないもので、 幼い子供がこんな顔をするのを、アニスは何時か何処かで見た気がした。

「悲しむに決まってるだろ。ティアはお前のことが好きなんだぞ?」

ティアの気持ちが分からないことを子供っぽいと責めながらガイが言うと、ルークの表情はますます子供らしさを失っていく。
アニスは数日前にティアがルークに好きと言った時もルークはこんな表情で、好きな子に告白をされたにしては妙な反応だと感じたのを思い出した。

「きっと、ガイも悲しまないんだろうな」

「俺はお前の親友だぞ!?悲しむに決まってるだろ!!」

激昂したガイに首元を掴まれ殴られかけても、ルークは避けるでも逃げるでもなく、ただ静かにガイを見ているだけだった。
それにガイは怯んだように手を離して拳を引っ込めたが、そんな態度をとられる心当たりがないらしくただルークを卑屈になるなと責めて去っていった。





去って行くガイが声が届かないほど遠ざかると、その背中に向けてルークは呟くように言う。

「・・・・・・二人にとって、俺の命なんて、俺が死ぬことなんてきっと悲しむほどのことじゃないぐらいどうでもいいことじゃないか」

淡々としたルークの声もアニスの記憶の中の誰かと重なり、同時に感じた痛みと息苦しいような感覚を覚えたアニスは胸を抑える。

「未だに家を襲撃したことも、俺たちに危険な譜歌をかけたことも、 ヴァン師匠の共犯者として俺を殺すために騙していたことも、騙されるのを承諾して協力して見捨てていたことも、 何度も何重にも俺を攻撃して、危害を加えて、命すら危うくしたことから目を逸らしたまま、 悔いることのないままで好きだって、俺が死ぬと悲しい、生きて帰ってこいって言うのかよ。 復讐を止めた、手を切った、それで過去にしたことからも決別したかのようなお前が・・・・・・・・」

ルークが浮かべている子供らしくない諦めたような表情、疲れきったような声。

その中にアニスは、幼い頃から見聞きしてきた自分自身の両親への諦念と疲労を見出した。
両親の借金のために自分がどんな目に遭い、どんな目に遭う恐れがあっても、相変わらず借金を続けながら口だけは愛しているという両親に絶望していた自分。
何時しか子供らしく無邪気に親に甘えることも信じることも愛することも、言いたいことを言うことも何もできなくなってしまっていた。
両親にとって自分は、両親の借金のせいでどんな目に遭わされても構わない、どうでもいい存在のように思えてしまい、 口で愛していると言われても、上辺だけは優しくされても気遣われても、虚ろなものにしか感じられなくて苦しいだけだった。

同じようにルークももう、二人に何もかも諦めていた。
自分が死んで悲しむだろうとも思えないほどに、ルークは彼らを見限っていた。
直接言わなかったのも、今までの二人の罪悪感のない態度に言っても無駄だと思っているからだろう。
あるいは今まで二人がそうしてきたように、全てをルークのせいにしてルークだけを責めることで、否を全てルークに背負わせて逃避するのを、恐れているのかもしれない。

きっとルークにティアの、ガイの気持ちを理解するように促しても変わらない。
ルークは彼らの行動から彼らの気持ちを推察することで絶望したのだから、気持ちを理解しようとすればするほど、絶望を深くするだけだろう。





「出会った頃のルークったら、本当に傲慢で子供っぽかったわ。 髪を切ってからは他人を気にかけたり顔色を窺うようになってはいたけれど、まだまだ未熟だったわね。 帰ってきたら他人の気持ちを察するところまで変われるように、また私が叱ってあげないと」

「・・・・・・ルークは変わったよ。他人の行動から気持ちを察するように変わって、ティアの行動から気持ちを察してたよ」

まるで恋人のことを語るように頬を赤く染め、出会った頃の自分を、ルークに加えた危害を自覚しないままのティアに、 アニスは小さく嘆息し、二年前に垣間見たルークの本音を思い出しながら答える。

「え?アニス、もしかしてルークから何か聞いてるの?」

何か勘違いしたのか期待するように尋ねてくるティアに、アニスはあの時のルークのような表情と声音で告げる。

「ルークはきっとティアの、ガイの、私たちの所に帰っては来ないよ」

「アニス!?」

「例えオールドランドに帰ってきたって、私たちの所に帰ってはこない。 何度も何重にもルークを攻撃して、危害を加えて、命すら危うくしたことを向き合いも悔いもしないままだった、 そうされたルークの気持ちにもずっと無頓着だった私たちは、ルークが帰るような仲間でも友人でもなかったんだもの。 ティアの、ガイの、私たちの行動から気持ちを推察すれば、そういうことだよ」

私はそんなことしてない、私たちは仲間で私はルークを叱ってあげたのに、見限らないであげたのに、と罪悪感も後悔もなく怒るだけのティアに、 アニスはもっとちゃんと考えなよ、と言い置いてティアの部屋を出ると、今も借金を続けている両親から逃れるように移り住んだ自宅へと歩き出す。
道行く幸せそうな恋人同士を見るともなく見ているうちに、アニスの脳裏に シェリダンで見かけた子供のような素直な笑顔の青年と、それに暖かな笑顔を返していた少女が浮かぶ。

どうかあのまま幸せに、諦念と疲労を浮かべることなどもうないように、とシェリダンの方角に向けて願うと、 アニスは過去の旅で浮かべていたものとも両親へ向けていたのものとも違う、大人びた表情で微笑んだ。
















                        
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