彼女の望んだ彼の推察







「助けて下さい!この女が私たちを攻撃したんです!」

弱弱しい少女は啜り泣きながらティアを指差し、ティアから受けた被害を語る。
ティアには全く身に覚えのない、ティアが今まで口にしてきた義務や信念と正反対の非道な暴力を。

「突然、店に入ってきた途端に私たちに攻撃をして、危害を加えてきたんです・・・・・・!!」

痛かった、怖かった、か細い身体を震わせしゃくり上げながら語る少女の姿は、見ているだけでも胸が痛くなるほどに悲痛なもので、 ルークも、ガイも、自分が攻撃されたかのように辛そうに眉を寄せ、ふらつく少女の身体を支える。

「私はそんなことしてないわ!あなたに攻撃なんてしてないのに、妙な嘘を言わないでちょうだい!!」

ティアが必死にそう否定しても、少女からもルークとガイからも同意が返されることはなく、 それどころかティアを見る眼差しは、まるで前科者の再犯を疑うようなものだった。

どうして二人からそんな疑いをかけられるのか、前科など思い当りもしないティアには分からなかった。
そしてかつてと同じように、己の行動が信用に値するものか省みることもなくただ信じて欲しいと繰り返し、再び同じ過ちを繰り返す。

「私は民間人を護る義務を持つ軍人なのよ、民間人を攻撃なんてするはずがないでしょう? それもこんな弱そうな女の子に攻撃なんて、ありえないわ! あなたたちは私を信じてくれるわよね?私がそんなことをしない人間だって、あなたたちなら分かってくれるでしょう!?」

“もちろん俺たちはティアを信じてる。ティアがそんなことするはずがない”

“民間人を護る義務を持つ軍人のティアが、民間人を攻撃なんてしない”

そう返してくれると思っていたのに、自分を分かってくれると思っていたのに、ルークからも、ガイからも、ティアが期待したような反応は何ひとつ返っては来なかった。





その日バチカルを訪れたルークたちは、何時ものように手分けして必要なものを買い出しに行った。
ルークは最初、グミやボトルを買うために何時も訪れている店に行こうとしたが、 ティアはそれを止めて自分が代わりに行くと言い、ルークには別の店に行くように促した。
その店の店員の少女がファブレ家のメイドの妹で、姉の失敗をルークに庇ってもらったことがあるとかで、 ルークが訪れる度に営業用のものではない笑顔を向け、それを見る度にティアは苛立ちを覚えていたから。

さっさと買い物を済ませてルークたちと合流しよう、そう考えながら足早に店に入ったティアは、店内にいる客の中に見知った顔を見つけた。
その男は元神託の盾の兵士でティアの元同僚だったが、教団の金を使い込んだ上に逃亡した横領犯にして脱走兵としてダアトでは指名手配にかけられている犯罪者だった。

「捕まえないと!」

意気込んだティアは、巻き込むつもりも危害を加えるつもりもない店員や他の客に譜歌のナイトメアをかけ、その効果で彼らは次々に倒れていったが、 男には睡眠効果が発動せず、呻き声をあげてふらつきはしたもののもうひとつの入り口の方から逃げてしまった。

必死に追いかけはしたものの混雑した街中で男を見失ってしまったティアが意気消沈して店に戻ると、 同時にティアが最初に入った入口から、ティアを捜しに来たのかルークとガイが入ってくるのが見えた。
そしてティアが二人に声をかけるより早く、店員の、ファブレ公爵家の使用人の妹でルークに好意的に見えた少女は、 ティアを指差して怯えながらルークに縋りつくようにして二人に助けを求めた。

「助けて下さい!この女が私たちを攻撃したんです! 突然、店に入った途端私たちに攻撃をして、危害を加えてきたんです・・・・・・!!」





「いいかげんして!!私は攻撃なんてしてないわ!!その女の言うことは全部言いがかりの出鱈目よ!」

そう言いながらティアが少女に詰め寄ろうとしても、ガイに阻まれて近寄ることもできなかった。
少女は自分で自分の身体を支えることもできないかのようにルークに支えられたままになっていたが、 その原因だという攻撃に身に覚えのないティアからすれば少女に怪我も痛みもあるはずがなく、ルークにいやらしくしな垂れかかっているようにしか見えなかった。

“きっとこの女は、私をルークから引き離したいんだわ。
私がルークと仲が良いから、ルークを手に入れるために、こうやってルークに私を軽蔑させて、ルークの同情を引いて、 ルークに身体を密着させて誘惑するためにこんなことを企んだのよ。なんて卑劣なの!?”

ティアは少女の弱弱しさも痛ましさも、全て誘惑のための演技にしか見えず、きっと少女を睨みつける。

けれど傷付いた少女を恐ろしい形相で睨むティアの様子は周囲の不信をますます煽り、怯えて身体を縮める少女の様子が更にそれに拍車をかけた。
ルークは少女を支えたまま身体をティアと少女の間にずらし、ティアの視線から少女を庇う。

「どうして・・・・・・どうしてルークまで私を疑うの、どうしてそんな民間人に危害を加えるだなんて酷いことを、私がするはずもないことを疑うの? 出会った頃の無神経だったあなたとは違って、他人の顔色を窺って気持ちを察するように変わろうとしているって思ってたのに、どうしてそうなのよ! それじゃまるで、出会った頃の無神経で態度の悪かったあなたと同じじゃない!変わるっていったくせに!! 私は何時でもあなたを見限れるのを忘れたの!?」

ティアは見下していたルークが、自分に見限られぬよう見捨てられぬよう怯えて顔色を窺うべき相手が、 自分の望み通りに動かないことに更に苛立ちを感じて脅かす様に言い募る。
ルークは怯えたように身を竦めたが、それでもティアが期待するようなティアへの信用も同意も、従順さも返っては来ず、 返されたのはかつてティアがルークに向けた、自分に返されることなど予想もしていなかった言葉だった。

「だって、一度失った信用は・・・・・・簡単には取り戻せないから」

「突然何を言うのよ? 私が何時、信用を失うようなことをしたというの? 私は軍人で、軍属である限り民間人を護るのは軍人の義務だって、あなたにも言ったでしょう? その私が民間人を、ましてこんなか弱い少女を攻撃なんてあるはずがないでしょう!?」

ティアは心底そう思っていたし、そう言い張ることに何の躊躇いも後ろめたさも覚えなかったが、 ルークとガイはティアの返答に虚言を聞いた様に呆れをあからさまにして疲れたような溜息を吐く。

「お前は出会った時、俺たちにも同じことしたし、でも危害を加えてないみたいに振舞ってるから。 そんなお前の行動から、態度から、お前の気持ちや性格を察しようとしたら、 お前の言うことは信じられないし“民間人に危害を加えるだなんて酷いことを、するはずもない”とも思えないんだ」

「ファブレ家に行った時だって、ラムダス様にもメイドたちにも攻撃したことを謝りに行ったのかと思ってたのに、 謝るどころか何の後ろめたさも感じないような態度だったしな。 奥様への謝罪も、後で聞いたら攻撃したことは危害だと思ってないような様子だったと聞いて、呆れたよ」

「ガイまで何を言うのよ! 私はあなたやガイに危害を加えたり攻撃したことも、民間人にそうしたことも覚えがないわ。 ルークを連れ出してしまったことならちゃんと謝ったでしょう。 あれは事故で、私はルークにもガイにも屋敷の人々にも、巻き込むつもりも危害を加えるつもりもなかったのよ」

ティアが覚えがないと言い張り信用を求めれば求めるほど、逆にルークとガイの不信は深くなる。
ティア自身が言ったように一度失った信用は簡単には取り戻せず、攻撃された人間が持つのは信用ではなく不信感なのだから。

「ティアは、本当に変わらないな・・・・・・。 民間人に、無関係なのに、必要もないのに攻撃できるぐらい冷血で、無神経で、無知で、それをなかったかのように振舞うままだ。 だから俺たちは一度失った信用を取り戻せなかったし、今もティアを信じることができないんだ」

「だから私には身に覚えが!」

「俺と出会った時に、家を襲った時に譜歌をかけたじゃないか」

「ルークにも、俺にもラムダス様にも、この子と同じようなか弱いメイドたちや、お身体の弱い奥様にも、譜歌をかけたじゃないか」

「・・・・・・それが何なの? 私はルークにも屋敷の人々にも、巻き込むつもりも危害を加えるつもりもなかったって今言ったばかりでしょう? だから譜歌をかけたのに、一体何を怒ってるのよ!!」

ティアは二人に非難される理由が分からず、逆にせっかく巻き込まないように気遣ってあげたのに、と恩を仇で返されたかのように理不尽さを感じて二人を睨む。
けれど攻撃された側のルークとガイにしてみればティアの行動を気遣いや善意だなどとは思えなかったし、 仮にティアがそのつもりで行動していたとしても、気遣いや善意のつもりで攻撃するのも、攻撃した後でも気遣いや善意だと思い込んでいられるのも、 どちらも怒りと嫌悪と、そして常軌を逸した言動への不気味さを覚えるものにしかならなかった。

「ユリアの譜歌には下級譜術にも匹敵する力があることは、ユリアの子孫には伝わってるはずだろう。 しかも君は第七音譜術士で音律士、軍人なのに、眠りや痺れの譜術の危険に無知だなどと信じられないよ。 例えヴァンが教えていなくたって、譜術士、音律士、軍人として学ぶことだろうし、学ばなくたって考えれば想像できるし使っている間に分かるだろう? 襲撃の後にだって、君が戦闘でナイトメアを使い、攻撃力や危険性を再確認する機会は何度も何度もあったんだ。 ──その譜歌を、君は俺たちに対して使い、攻撃したんだ。 眠りや痺れの効果だけでも、あの時ラムダス様は頭を打ちかけたし、メイドには落とした食器の破片の側に倒れかけた者もいたんだぞ。 君は襲撃の時にそんな彼らを見ただろうに、それでも分からなかったって言うのか?」

ティアの譜歌にかけられ、ばたばたと倒れていく人々。
頭を打ちかけた男性、食器の破片の側に倒れかけたか弱そうな少女。

ティアの譜歌にかけられ、ばたばたと倒れていく盗賊や魔物。
頭や体を打つように倒れた者も、そのためか受けたダメージのためか、そのまま動かなくなった者も沢山もいた。

それでもティアは、これまで自分の罪を自覚することも、過去の行動を省みることもなかった。
ティアの中では自分は“民間人を護る軍人”に反することのない厳しく自分を律した一人前の軍人のまま変わることなく、理想のままに美しかった。

けれどそんなものは、ティアの中でだけだった。
現実を見ず、他人の気遣うことなく、学ぼうとも変わろうともしないティアの中の幻想に過ぎなかった。

「ティアは俺たちにも、ラムダスやメイドや母上にも攻撃したのに。 間違いでも事故でもなく、何重にもれっきとした攻撃になる術で意図的に攻撃して危害を加えたのに、 ティアは危害を加えるつもりはなかったとか巻き込むつもりはなかったとか、わけのわからないことぱかり言って、俺たちが受けた被害なんてないもののように扱ってる。 ・・・・・・そんなティアの行動からティアの気持ちを察しようとしたら、ティアは譜歌で他人を、この店の人達のような民間人やか弱い少女にだって攻撃できるし、 それでも危害を加えるつもりはないって言える、冷たくて恐ろしい気持ちしか察せられないんだよ。 今も、ティアが危害を加えるようなことをしていないといっても、本当に何もしてないのか、 俺たちの時のように危害を加えたけど、危害を加えてないみたいに振舞ってるのか、俺には・・・・・・分からない」

ティアは髪を切った後のルークを、自分の行動に他人がどう反応するのかを気にかけるようになったと感じていた。
出会った頃のルークは他人の気持ちに無神経な子どもだったと、他人の気持ちを察するように変わればいいと、ティアはそう過去のルークを貶め、未来のルークに望んでいた。

けれどルークが、ティアの行動からティアの気持ちを推察すればどうなるのかどう思われるのかを、ティアは一度も考えたことがなかった。
ティアはいつも、自分の行動にルークが、周囲がどう反応するのかを、他人の気持ちを気にかけたことがなかったから。

出会った頃の、危害を加えた直後の態度すらも、ただの無神経やわがままさだととっていたように。

傷付けられれば痛みを感じ、傷付けた相手を恨み、不信を持ち、嫌うようになる。
それすらティアは考えようとはせず、ファブレ家を襲った理由を話すこともなく直前に加えた危害を省みもしないままに危害を加えるつもりはないと信用を求め、 横柄で無神経な態度だと呆れ、安心して背中を預けられる相手ではないと見下し、一緒にされれば盗賊でも怒ると貶めた。
そして数カ月後に再びタタル渓谷を訪れた時ですら、あなたがあの時のままなら申し訳ないという気持ちも消えていたかもしれないと、 あの時の自分がルークに何をして、ルークにとっての何者だったのかも省みることなく言い放った。

だからティアは信用を得るための努力もせず、信用を失っているとも気付くこともないまま変わることがなかった。





やがて眠っていた他の店員や客も起きだして次々に少女と同じようにティアに危害を加えられたと怒り出すのに、 ティアは慌てて狙ってない、危害を加えたり巻き込むつもりはない、と先程ルークとガイに、 かつて自分が間違いでも事故でもなくれっきとした攻撃になる術で意図的に攻撃して危害を加えた被害者たちに、 同じ言動がどう見えていたのか言われたのも忘れ、免罪符のように繰り返す。

「わ、私はあなたたちを狙った訳じゃないわ。 あなたたちを巻き込むつも、危害を加えるつもりも本当になかったの。 神託の盾騎士団で横領した犯人がお客の中にいたから、それを捕まえようとしただけなのよ」

そして返されたのは同じように困惑と不信、怒りと軽蔑ばかりだった。

「客に犯罪者がいただけなら、やっぱり私たちは関係ないじゃない!」

「客ならちょっと待てば買い物を終えて店から出てくるだろ、なんでそれを待たなかったんだよ!? 店内で、俺たちを巻き込んで襲う必要はないじゃないか!」

「俺たちは関係も必要もないのに攻撃されたっていうのか!」

「危険な眠りの譜歌で、それもあんなに攻撃力のある術で攻撃して、 巻き込むつもりも危害を加えるつもりもなかっただと!?何言ってるのかさっぱり分からん!俺たちをおちょくってるのか!?」

誰にも自分の言うことを信用されず誰も彼もに自分の理想とは正反対の軽蔑を向けられ、 ティアは助けを求めるようにルークとガイを見るが、二人は眉を寄せて失望を滲ませた視線を返すだけだった。

「・・・・・・また、俺たちの時と同じことしたんだな」

「俺たちにしたことも、母上やメイドたちにしたことも、反省してなかったのか」

再び同じ罪を、危害を、そして自覚のない態度を繰り返した。
あれから数カ月が過ぎ被害者である二人と共に旅をして、それでも変わることがなかった。
二重の失望に、二人はもうティアを庇う気も、ティアが変われると望みを持つこともできなかった。

「メアリ、大丈夫か、立てないのか?」

未だルークに支えられたままの少女に店主の男性が声をかけると、少女は頷き、ティアを睨みつけながら涙声で答える。

「歌が聞こえたと思ったら、身体に痛みが走って力が抜けて、意識も朦朧として立ってもいられなくなって、倒れて身体をあちこち打ったんです」

やっとティアは、少女が本当に痛みを感じ、立てないためにルークに支えられているのだと認識する。

そして、口だけで幾ら立派なことを言い張っても、行動で根拠を示さなければ、他人の信用は得られないことに、胸を抉るような痛みと共にやっと気付き始めた。

幾ら口でそうしないと言っても、口で信じて欲しいと言っても、行動がそれを裏切っていては他人からは信用されない。
過去の行動に無頓着なまま正反対の言葉を口にしても、逆に他人の不信の元でしかない。
そして、何度も何重にも何人にも何カ月にも渡ってそんな振舞いを繰り返し、過去の罪への無自覚と、無知と傲慢を証明し続けてきた結果が、ティアの行動の結果がこの現状だった。

けれど何の関係もない、民間人の、か弱い少女の苦痛を自分のせいだなどと認めたくなくて、自分が民間人に危害を加えた軍人だなんて自覚したくなくて、 少女からもルークとガイからも、そして気付き始めた厳しい現実からも逃避しようと眼を閉じたティアの耳に、 少女と同じようにティアに関係も必要もなく攻撃され、危害を加えられ巻き込まれた被害者の苦痛の声が更に響く。

「私も、頭を庇う力も入らなくて、頭を床で打ちつけんだ」

「薬を運んでいた時だったのに力が抜けて、落として割れた瓶に倒れ込んで顔が切れて・・・・・・」

「痛い、苦しい、どうしてこんな目に・・・・・・酷い・・・・・・」

次々に突きつけられる被害を、自分が加えた被害を、ティアはもう当初少女に思っていたように演技だと考えることもできなかったが、 それでもそんな行動を省みることも自分の本性を直視することも、周囲が推察した自分の姿を受け入れることもできず、 ただ駄々を捏ねる子どものように、引き攣った声で無理な言い分を繰り返し続ける。

今までずっとそうだったように。
ユリアシティ、神託の盾という兄と祖父の贔屓が通る箱庭の世界でそうされていたように、誰かが自分を特別に扱い甘やかしてくれると、 そうすれば自分は何も背負うことも汚れることなく、理想幻想のままにいられると信じて。
自分が傷付けた他人の恨みを受け止めることも、逃げ出さず言い訳せず自分の責任を見つめることも、 かつてティアが戦う覚悟として要求したものをなにひとつ実行できず、しようともせず。


ガイが幻滅しきった視線を向け、ルークが見限るように目を背けたのも気付くことなく、ただ只管に罪の自覚からも被害者の痛みからも、外の世界の現実からも逃避し続けた。

「ティアは、本当に変わらないな・・・・・・。 民間人に、無関係なのに、必要もないのに攻撃できるぐらい冷血で、無神経で、それをなかったかのように振舞う卑怯者のままだ」


ティアが望んでいた、ティアの気持ちを察しようとしたルークが分かったティアの気持ち。
他人から見たティア、ティア自身の行動を根拠に推察したティアの思考と性格。

それはティアが口にする言葉や理想とは正反対の、ティアの幻想と懸け離れた、無神経で卑怯な冷血女そのものだった。
















                        
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