歪んだ力が滅ぼすものは







それを聞いた時、俺は自分の耳と、そして同僚の正気とを疑った。

「何を考えているんだジェイド!あの音機関を使うなんて、本気なのか!?」

“あの音機関”──去年のホド戦争で、フォミクリーと疑似超振動の研究資料隠蔽とキムラスカ軍を葬るために使われ、疑似超振動を発生させてホド島を崩落させた音機関。

俺が研究に関わる前のことだから直接には知らないが、資料でも、本土に逃げ延びた人々の話からも、ホド島とフェレス島がどれほど惨いことになったのかは知っていた。
被験者の子供が苛酷な実験を受けていたことも、ホド島の住民に、子供にまで行われたレプリカ情報の採取が危険な実験だったことも。
そんな研究に参加している自分自身への自己嫌悪とその再現を引き起こす恐れに、ずっとずっと苦しみ悩み続けてきた。

ジェイドだって知っているはずなのに、直接関わったジェイドにとっては尚更の罪悪感と共に思い出すもののはずなのに、 またあの音機関を危険性を無視して使おうなどと、本気ならば正気とは思えなかった。
まじまじとジェイドの顔を見つめても、そこには何の動揺も罪悪感も見つけられず、続いた声も何時もと変わりない淡々としたものにしか聞こえなかった。

「本気だとも。理論的には可能なはずなんだ。ホド島は実験の被験者だった子供とあの音機関を連結し、疑似超振動を発生させ消滅した。 それと同じ音機関を使えば、僕の中に記憶されているネビリム先生のレプリカ情報を取り出してレプリカを作れるはずだ。理論上は記憶粒子の複製も──」

「レプリカ製作が可能かどうかを聞いてるんじゃない! あの音機関は危険なんだ、それは当時から研究を指示していたジェイドだって知っているはずじゃないか!! たった一年前のホドを忘れたのか? 今だってあの音機関の力は制御できないし、音素が逆流すれば疑似超振動の発動の恐れだってある! 下手をすれば今回も、歪んだ力を暴走させて、ホドのように──そうなったらどうするんだ!?」

“ホドは酷いことになってしまったな”

脳裏にホドの資料を受け取りに行った時のマクガヴァン元帥の言葉と、資料で見たホド崩落の惨劇が脳裏に浮かび、ホドの民の苦境を思って身を震わせる。
しかしジェイドは──ホド崩落の一端を担ったはずのその男は、何の罪悪感も震えもなく、微笑みすら浮かべて言い放った。



「それで滅ぶなら、滅べばいい」



滅べば、いい?

ホドのように、滅べばいい、そう言うのか。

自分が指示した研究の成果であるあの機械で、疑似超振動で、崩落し、滅亡し、何万人もの人々が死んだあのホドのように。

このグランコクマで、同じ惨劇が起きて崩落し、滅亡し、何万人もの人々が滅べばいいと、そう言うのか。
自分が一端を担った惨劇のようになることを思い浮かべて、微笑むのか。


この男は、ゲルダ・ネビリムのレプリカを作るためなら幾つもの街も幾万の命も、滅べばいいと思い、罪悪感も責任も感じないのか。
歪んだ力で滅んだら巻き込まれるのは自分だけではないことを、ネビリムの死で、ホドで、フェレスで、人体実験で、崩落で、レプリカの崩壊で、何度も何人も見てきたはずなのに。


この男は惨劇を繰り返すのか。
責任も罪悪感も感じないから反省も後悔もせず、何度でも同じ過ちを繰り返し惨劇を引き起こし続ける。
ホドが滅べばグランコクマで、もしグランコクマが滅べばまた別の街で、その街が滅べばまた別の街で、


“滅ぶなら、滅べばいい”と、微笑んで。



「わかったらさっさと準備にかかってくれジャスパー。まずは音機関の──」

がっ、と籠った声とともに、その譜眼のような色の液体がジェイドの口から吐き出される。
同色の眼は信じられないものを見るような目で自分の胸に空いた穴と、穴を開けた俺を見ていたが、すぐに光を失い、床に崩れ落ちると動かなくなった。

俺に対して全く警戒をしていなかったジェイドは、背後から向けられた護身用の譜銃を避けられなかった。
それが単に俺を侮っていたからなのか、それとも少しは俺に対して友情や信頼があったからなのか、今となっては聞くこともできない。

俺は頭を振ってその思いを振り切ると、ジェイドの死が発覚して騒ぎになる前にあの音機関と研究資料を破棄するために走りだした。

皇帝陛下が目をかけている研究者を殺し、陛下の命令で開発された兵器を壊し資料を消せば、自分の命はないだろう。
それでも俺は、自国の領土を崩落させた音機関を何度でも使い何度でも歪んだ力で滅ぼし続かねないあの男に、危険があると分かっていて使わせることはできなかった。
例え皇帝陛下と国に背いてでも、同僚をこの手にかけてでも。


歪んだ力が滅ぼすものは、かつて滅ぼしたものは、国土と多くの罪なき民なのだから。












ジャスパーは漫画「追憶のジェイド」に登場するジェイドの士官学校の同期で、ホド崩落後のジェイドの補佐をしていた軍人です。
原作ジャスパーはホドの惨劇へのジェイドの責任等に気付かずジェイドに好意的に心配だけしていたのでかなり捏造。





                        
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