「ルーク、あなたももうガイを甘やかさないでくださいませ」
ベルケンドで再会したヴァンの口からヴァンとガイの関係が明かされた後、ナタリアは強張った声でルークを諌め、ガイを非難した。
狂役者の芝居の終焉<
「ルーク、あなたももうガイを甘やかさないでくださいませ。
少なくとも皆、もうガイの無責任な発言には呆れていますのよ」
ガイは突然の非難、それも幼馴染のナタリアからのものに戸惑って“みんな”を見るが、目が合ったジェイドとアニスはナタリアに同意するようにガイを睨みつけた。
「せめてガイには、事前に相談して欲しかったですね・・・・・・」
「ガイ、自分が何やってきたか分かってるの?」
急に悪くなった、今まで感じたことのない居心地にますますガイは戸惑う。
ただ戸惑うだけで、自分の何が彼らをそうさせているのかは気付かなかった。
非難されても仕方のない行いを数え切れないほど重ねながら、ガイは非難される覚悟などなく、許され誉められ甘やかされることに慣れ切っていた。
誉められていた長所や関係など、全て演技、偽りの自分でしかなかったことを忘れ去って。
「グランコクマでも失望しましたしが、それでも一度は、一度だけは信じようと思いました。
ですが貴方はあの時でさえ、自分がヴァンの同志だったことを隠し、わたくしたちを騙していたのではありませんか」
「騙すなんて、そこまで言わなくてもいいじゃない。ただ兄さんの同志だったと隠していただけでしょう?」
ティアに庇われてほっとしたようにガイは笑い、同意を期待するようにナタリアを見る。
けれどガイの期待とは逆に、その態度はナタリアを更に失望させ、そんなガイを信じていた過去の思い出を痛みを齎す傷に変えるだけだった。
「ティア、わたくしたちは誰と戦っておりますの?」
ナタリアの質問の意図を読めないまま、ティアは眼をしばたたかせながら答える。
「誰って、兄さん・・・・・・ヴァン、でしょう?」
「ええ、そうですわ。わたくしたちの敵はヴァン。ガイの同志もヴァン。
ガイは、“わたくしたちが今戦っている当の敵の同志”だったことを隠して、いたのです」
あっ、とティアは、悲鳴のように叫んでガイを凝視する。
驚愕から裏切り者を見るような怒りへ、嫌悪へと変わって行く視線に耐えられず、ガイはティアから目を逸らして俯く。
けれどティアの視線と同じ感情を滲ませたナタリアの声が耳に入り、ガイを逃げ場を塞がれたような心地にさせた。
「これが今のわたくしたちの戦いとは無関係な物事ならであったならまだしも、
今現在わたくしたちが戦っている相手の同志だったことを隠すなど騙していたとしか言いようがありません。
しかも幼馴染で主従で同志だったというならば、ガイはヴァンを良く知っているのでしょう?
神託の盾の謡将や剣術師匠としての表面的なヴァンしか知らないわたくしたちよりもずっと多くのことを。
どうしてヴァンがアクゼリュスを崩落させて本性が白日の元に晒され、更にこれからも恐ろしい計画を進行させているという時に、そのヴァンに関する情報を隠匿していましたの?
ガイが幼馴染として、主人として、同志として知っているヴァンの過去や裏は、ヴァンのこれから先の行動や目的を推測するためにも重要なことでしたのに。
ガイは犯人を止める助けになるかもしれない犯人の情報を、自分が犯人の幼馴染や主従や同志だと知られないために隠匿したのです。
・・・・・・ガイにとっては、ヴァンがこれから起こす惨禍を防ぎ、アクゼリュスの人々のように殺されるかもしれない数多の人々を助けることよりも、
自らの後ろめたい過去を隠し、自分が責められるのを防ぐことの方が、大切だったのです。我が身かわいさに見捨てたのです。
そうしておきながら、懸命にヴァンを止めようとしヴァンの目的を探っているわたくしたちの中で平然としているなんて、騙していたとしか言いようがありません」
「お、俺は・・・・・・そんなつもりじゃ・・・・・・」
「ではどういうつもりでしたの。
どういうつもりで、“わたくしたちが今戦っている当の敵の同志”だったことを隠し、“わたくしたちが今戦っている当の敵の情報”を、
“これから多くの惨禍を起こそうとしている犯人を止める助けになるかもしれない犯人の情報”を隠していましたの?」
問われても口をもごもごとさせたり視線をうろうろと彷徨わせるだけで答えないガイに、ナタリアは見限ったように首を振り、次の糾弾に移る。
「今までずっと、あなたは自分をルークの親友だと自称してきましたわね。
アクゼリュス崩落の後も、迎えに行く時に自分の親友はルークの方だからと。
どうして──どうしてそんなことを言えましたの?」
「どうして、って・・・・・・親友なんだから、当たり前じゃないか。
俺は、ルークの親友だから、あいつの側にいてやらないといけないと思って、迎えにいってやったんだ、
ルークは馬鹿かもしれないけど、今までルークを助けて護ってやっていたように、信じて見捨てずにいてやろうって・・・・・・!」
先程までは言葉に詰まっていたのに、ルークとの友情の話になると途端にガイは饒舌になる。
その言葉も態度も全て、ガイの欺瞞と無情さを語るものでしかなくなっていることにも気付かずに。
「そういうのを自惚れっていうんですのよ。
いてやらないとも何も、あなたはこれまで側にいる間、ずっとルークを騙し、ヴァンの同志として主人としてルークを騙すのを承諾し、
ルークが騙されるのに協力し、そして騙されるルークを見捨ててきたというのに、
それを打ち明けることも悔いることもなく自分がルークを助けていたように、
そんな自分をルークとって必要で有益な人間であるかのように自惚れるなんて、どれだけ傲慢な人間ですの?
七年間ルークを見捨てて、アクゼリュスでも共に背負うべき罪をルークだけに背負わせて見捨てて、
最初から最後まで、何度も何重にもルークを見捨てていましたのに、良く親友なんて名乗れましたわね。
あなたは、親友を助けてやっていた親友などではなく、親友に危害を加えて見捨てた偽物の親友だというのに、
どうして自分が本当の、親友を助けたり護ったりする親友であるかのように思いこめますの?」
本気で、自分をルークの親友だと、助けて護ってやっていたと思い込んでいるならば、ガイは狂っているとしか言いようがなかった。
自分がずっと騙して、騙されることを承諾して協力して、騙されているのを助けず護らずに見捨ててきた、
そんな危害を加えてきた相手を躊躇いも罪悪感もなく親友と呼び、助けてやっていたと思い込むのが、そんな自分自身を親友だと肯定するのが、狂気でなければなんだろう?
その協力が、アクゼリュス崩落への協力になり、ルークをアクゼリュス崩落に利用する協力になった、その直後にすらも、ガイはそれを罪悪感も躊躇いもなく繰り返していた。
真実を知った今になって思い返せば、ガイの行動は何もかもが狂気と欺瞞に満ちていた。
知ってしまった尚も彼の側にいて、その狂気と欺瞞に付き合えば、自分たちもきっと狂うか壊れるか、どちらにしろ正気ではいられなくなる。
ずっと常識人で優しい幼馴染だと思ってきた相手がそんな欺瞞に満ちた狂人だったと思うと、
ナタリアは過去の暖かかった思い出に冷えた毒液を浴びせられたような気分になり、今こうして話していることも嘔吐感すら湧いてくるほどに苦痛だった。
それでもはっきり言わなければ、何時までもガイは自分をナタリアの良い幼馴染で、ルークの良い親友で、
彼らに自分が必要な存在だと自惚れたままに付き纏い、彼らを苦しめ続けるだろう。
「──あの時のガイは、ルークが悪かったから責めた訳でも、犯した過ちを認めないルークを叱った訳でもありません。
ルークが悪いから、過ちを認めないからなら、そして結果的に引き起こした事態にも責任を負わなければならないからから叱ったならば、
ガイは自分の否を打ち明けて認め、共に罪を背負ったでしょう。
だってガイ自身も──ヴァンを信じて騙されて、ルークを騙す協力と承諾をし見捨てたことで、結果的にはアクゼリュス崩落に使う兵器を手に入れる協力をしたことになり、
アクゼリュス崩落に利用されてしまったガイ自身も悪くないはずはないのですから。
そしてルークがヴァンに背負わされたアクゼリュス崩落の罪は、同時にヴァンに利用されて協力したガイが背負わせたものでも、あったのですから・・・・・・。
結果的にであっても悪くないはずがないというならば、復讐のためだと思っていたとしてもそうなりますわ。
障気中和のためだと思っていたとしても悪くないはずはないと、ルークに認めさせたように」
けれど実際にガイがしたことは、自分の否は隠して認めず、全てルークだけのせいにして立ち去っただけだった。
その後もずっと、ルークもナタリアも仲間も、誰もガイの共犯に気付いていないのを良いことに臭いものに蓋をするように覆い隠した。
ヴァンに騙されてアクゼリュス崩落に利用されたルークは悪くないはずはない、
けれどヴァンに騙されてアクゼリュス崩落に利用されたガイは悪くない。
ガイが承諾し、協力して騙し、そして騙されるのを見捨てたルークがヴァンにさせられたことは、
ルークだけが悪く、ルークだけが背負い、ルークだけが償うこと。
ガイは罪を認めさせ、変わろうとしているルークを上から見下して認めてやる側にあり、
罪を認めることも、明かすこともしなくても良いし、変わろうとする必要もない。
ガイの行動は言葉よりも雄弁に、ガイの矛盾と逃避を証明していた。
そしてガイにとってのルークとは、そんな風に自己保身の犠牲にしてしまえる、都合の良い道具のような存在だということも。
「ガイが本当にしようとしたのは、自分の否を認めずに全てルークだけのせいにすることですわ。
結果的にアクゼリュス崩落に協力したとしても“俺は悪くない、ルークだけが悪い”。
結果的にルークに罪を背負わせる協力をしたとしても“俺は悪くない、ルークだけが罪を背負うべきだ”。
そうやって全てを“ルークだけ”のせいにしてしまえば、自分の罪から逃れられると。
“ルークだけが悪い、俺は悪くない”──あの時のガイの心にあったのは、それだけです」
ガイはもうしどろもどろな反論さえできず、口を開閉させる。
言い逃れる言葉など持たないのに、言い逃れたくて口を開け、何も言えずに口を閉じる。
例え何を言ったとしても、今までのガイの行動がどんな言い訳も否定してしまう。
ナタリアはルークに向き直り、あなたももうガイを甘やかさないでくださいませ、と繰り返す。
「現実を直視するのは辛いことですが、あなたやわたくしが信じていた親友や保護者としてのガイなんて、爽やかさや優しさなんて全て幻想だったのです。
辛いからと逃げても、ガイに騙されて見捨てられたという現実は変わりませんわ。
現実のガイはあなたをずっと騙し続け、騙されるのを承諾して協力して、騙されているのを見捨てていたヴァンの共犯者。
そしてそれが多くの人間の命を奪う手助けになっても、あなたが利用される手助けになっても、罪を背負うことはなく全てあなただけに押し付けようとした卑怯者だったのです。
わたくしももう、ずっとわたくしを騙しわたくしの従姉弟を騙していた相手を幼馴染だなんて思えませんわ。
ガイが復讐を止めようと、ヴァンの回し者を止めようと、過去と決別しようと、裏切られていた私たちの時間や痛みは、消えるわけではありませんのよ!」
ナタリアは震える声で、最後は叫ぶように言い終えると手で口を覆う。
覆っても抑えきれずに漏れる泣くのを堪えた呻き声はガイの頭に殴るよりも強い衝撃を与えたが、それでもガイはルークに縋り付こうとする。
幼馴染から突きつけられた別離と、もうひとりの幼馴染にも同じように見えているだろう自分の真実の姿から逃げるように。
しかしルークは後ろに下がって縋ろうとするガイを拒み、ガイの狂気に巻き込まれるのを、ガイを甘やかす逃げ道になるのを拒んだ。
「・・・・・・俺も、もうお前を信じられない。
七年間ずっと裏切られて、その後も、お前は俺にもナタリアにも裏切っていたことを隠し続けて、それでも罪悪感なんてなさそうなお前に、信じる所なんて見つけられない。
今までは立派な兄貴分みたいな親友で、優しい幼馴染で、爽やかな常識人、そんなお前を額面通りに見ていたけど、
お前が本当にやっていたことはヴァン師匠の同志として俺たちを騙して、騙されることを承諾して協力して、騙される俺たちを見捨てて、その結果の責任から逃げて、
これから起きる惨禍を防ぐよりも自己保身を選ぶ・・・・・・そんなことばかりだった。
お前はただ、親友や、兄貴分や、優しい幼馴染や、爽やかな常識人を芝居の中の役者のように演じていただけで、お前の本物の姿じゃなかったし、
俺たちに隠し続けていたんだから、演技を続けて俺たちを騙し続けるつもりで、本物にする気なんてなかったんだろう?
復讐の道具から自己保身の道具に変わっただけで、どちらにしてもガイにとっての俺たちは、自分のために犠牲にできる道具で、
親友でも幼馴染でもなく、“人間”ですらなかった・・・・・・お前の行動からは、もうそんな風にしか、思えない」
自分の都合で騙しても見捨てても利用しても犠牲にしても、痛みを感じる心などなく、罪悪感を持つ必要もないお人形。
過去のガイの行動も、現在のガイの態度も、真実を知った今となってはそんな心根の証明になってルークを苛むばかりだった。
「せめて、お前の口から聞きたかったよ・・・・・・。
お前が隠し続けて俺たちを騙し続けたことを、師匠の口から明かされるんじゃなく、
お前自身の口から後悔と罪悪感と共に聞かされていたなら・・・・・・相談、してくれたなら」
ルークはふと、遠くを見るような目をしたが、直ぐに目を閉じて首を振った。
「・・・・・・今更、言っても仕方ないけどな」
現実には、ガイの口からは明かされることはなかったのだから。
ガイはずっとわが身可愛さにルークもナタリアも仲間たちも騙し続けるつもりだったのだから。
あったかもしれないもう一つの現在など、哀しく虚しい幻想でしかなかった。
「俺やナタリアが知っていたガイは、幼馴染や、親友や、爽やかさや優しさは、芝居の中にだけ存在する登場人物や演技と変わらなかったんだ。
もう、メッキが剥がれた後のお前には、信じられない所ばかりで信じられる所なんて、ないんだ・・・・・・」
親友を失ったのではない。
元から親友などいなかった、ただ親友のふりをした役者がいただけだ。
ルークはガイに背を向け、ナタリアの肩を抱いて支えながら歩きだす。
その後に気遣う言葉をかけながらジェイドたちも続き、ガイの側には幼馴染も親友も仲間も、誰もいなくなった。
芝居が終われば役者は登場人物から素の姿に戻るように、どんなに立派な登場人物を演じても、役者が立派な人間になれる訳ではない。
ルークの親友や兄貴分や保護者は、ルークを騙し、騙されるのに協力して見捨てていたヴァンの同志に、
ナタリアの幼馴染は、ナタリアやナタリアの従弟を騙し、騙されるのに協力して見捨てていたヴァンの同志に、
ティア達の仲間は、仲間が懸命に止めようとしている敵の情報を隠匿する卑怯者に。
爽やかさは騙し見捨てていた相手に親友や幼馴染のように振舞える陰湿さに、
常識は敵の同志だったことを隠してついてくる非常識に、優しさは自己保身のために多くの惨禍を見過ごす冷酷さに。
芝居は終わり役者は素の姿に戻り、ガイが演じていた綺麗な役は全て暴かれ剥がれ落ち、残ったのは醜悪で卑小な真実の姿で、側には誰ひとり残らなかった。
演技をしているうちにその演技が本物だと思い込んだ狂人役者。ガイはそんな印象です。
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