「落ち込んでいる暇はないのよ」

シェリダンでイエモンや、キャシーや、タマラや、ヘンケンや、沢山の人々がヴァンに殺された後。
そう言い放ったティアに掴みかかって怒ったルークに、ガイは言った。

「・・・・・・誰なんだろうな。一番辛いのは」

シェリダンの人々がヴァンに殺されて、一番辛いのは誰か。
ルークの脳裏に、それに当て嵌まる少女の姿が浮かぶ。

家族を思い、同僚や同郷の人々を思い、辛くて泣きたくて、落ち込みたい気持ちでいるだろう少女。
それなのに、彼女は今も懸命に作戦を成功させるために耐えている。
優しくて芯が強い、大切な仲間。

ルークは、彼女を思いながら走り出す。
その背中にガイがまだ何か言葉を続けていたけれど、ルークの耳には入らなかった。







辛いのは誰なのか







「ルークの奴、何処で何やってるんだよ?てっきり気遣いに行ったんだと思ってたのに。まったく、今一番辛いのは誰だと思ってるんだ」

ガイがひとりでいるティアを見かけてそう愚痴ると、イオンはアルビオールのある方角を見て答える。

「ルークなら、彼女を気遣いに行きましたよ」

「え?何言ってるんだ、ティアはひとりだったぞ。本当にルークは、こういうところはガキのまま成長しないよな」

アニスは大きく目を見開いて、信じられないものを見るようにガイを凝視し、イオンは驚愕のあまりやや引き攣った声音でガイに問う。

「・・・・・・ガイ、今、一番辛いのは誰だと思っているんですか?」

「ティアに決まってるだろう。彼女の──兄なんだぜ。じいさんたちを死に追いやったのは・・・・・・」

二人は分かっているだろう、そう聞こうとして、妙に冷たい空気にガイは戸惑う。
イオンも、アニスも、視線を驚愕から非難に、まるで冷血漢を責めるようなものに変えて睨みつける。

「ガイ・・・・・・本当に、本当にそう思うんですか?もう少し、ちゃんと考えてみて下さい」

そう涙声のような哀しい響きを帯びた声で、まるで一番辛い人間が別にいるかのような、 それが分からないガイを責めているかのように問いかけられても、ガイにはそんな人間は思い浮かぶことなく、ただ訝しく思うだけだった。

そこにとことこと歩いてきたミュウが、室内の緊張した雰囲気にキョトンとしてみゅ?と小さく鳴くと、 ガイは二人の視線と非難から逃れるようにミュウに駆け寄り、再び“一番辛い”人間を気遣わせようとルークの行方を尋ねた。

「ル、ルークはどうしたんだ?一番辛いのは誰なんだろうなってちゃんと言ったのに、分かってなかったからもう一度言ってやらないと」

「みゅ?ご主人様なら、ノエルさんの所に行きましたですのー」

「ノエル・・・・・・?」

どうしてティアではなくノエルの所に行くのか分からないと言いたげに、ティアの所に行かないのが不満げに、 眉を寄せてまったくルークは、と呟くガイに、アニスが苛立ちを滲ませた声で早口に言う。

「ルークは、一番辛い人を気遣いに行ったんだよ。辛いのは誰なのか、分かってるんだよ。誰かさんと違って」

「だからティアはひとりで」

「死に追いやられたのは誰の家族だと思ってるの!!」

アニスの怒声に、ガイはようやくアニスたちが誰のことを言っているのか気付き、自分がルークに言った言葉と、その時の自分の思考を反芻する。

“・・・・・・誰なんだろうな。一番辛いのは。彼女の──兄なんだぜ。じいさんたちを死に追いやったのは・・・・・・”

そう言った時のガイの脳裏にあったのは、死に追いやったヴァンの家族のことだけだった。
死に追いやられたイエモンの家族のことなど、ガイは思い浮かべもしなかった。

「あ・・・・・・、お、俺は別に、ノエルを蔑ろにするつもりはなくて、ただ、その、ちょっと忘れてただけで・・・・・・」

「忘れてた!?」

ガイの言い訳はアニスの怒りに油を注ぎ、ガイへの軽蔑と幻滅を深めるだけだった。

「ガイだって一緒に見てたじゃない! シェリダンに着いた時に、ノエルは殺されたシェリダンの人たちを見てるんだよ!? いっぱい人が殺されて、ひとりはノエルの腕の中で亡くなって、その人からイエモンさんたちが追われていることを聞かされて、 ──それでも、ノエルはイエモンさんたちの所へ行きたい気持ちも泣きたい気持ちも抑えて、大佐に言われた通りにタルタロスに向かったんだよ・・・・・・!」

“・・・・・・はい。私はアルビオールの操縦士ですから”

同郷の人々の死体の中で、祖父たちが危機に晒されている中で、それでも震える声に強い決意を込めてそう答えた彼女のことなど、 誰が一番辛いのかを思う時、ガイは思い浮かべもしなかった。

「それをガイは見てたのに、忘れてたっていうの。ノエルの辛い気持ち、考えもしなかったっていうの。 イエモンさんたちが殺されたのも、ガイがルークに一番辛いのは誰なんだろうなって言ったのも、そのすぐ後じゃない!」

「僕とアニスを乗せたアルビオールを操縦している間、ノエルはずっと呟いていました。 イエモンさんに、ギンジさんに、アストンさんたちに、どうか無事でって、泣きそうな声で、ずっと、ずっと・・・・・・」

家族を思い、同僚や同郷の人々を思い、辛くて泣きたくて、落ち込みたい気持ちで、 それでも懸命に作戦成功のために耐えていた、大切な仲間であるはずの少女を、ガイは忘れてしまっていた。

そうして一番辛いのはティアだと、イエモンたちが死に追いやられたことに落ち込む時間を“暇”と言った人間が、一番辛いと言い放った。

「・・・・・・誰なんだろうね。一番辛いのは。誰なんだろうね。辛いのが誰か分からないのは。他人に無神経で、気遣えないガキなのは!」


本当に成長していないのは、誰だったのだろう?












シェリダン虐殺の経緯は漫画の6、7巻設定です。
漫画では、ノエルと共にシェリダンに到着するとシェリダンの人々が殺されていて、 ノエルはそれを目撃し、腕の中で息絶えた男性にイエモンの危機を知らされながらも、アルビオールの操縦士としてタルタロスに向かいました。
ガイが「誰なんだろうな一番辛いのは。彼女の兄なんだぜ。じいさんたちを死に追いやったのは」とルークに言う場面の後に、 アルビオールで泣いているノエルの元に行くルークの場面が続いています。
ノエルが虐殺を目の当たりにしたのを見てすら、直後に一番辛いのはティアって・・・・・・。





                        
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