ルークは仲間たちから、数え切れないほど無知や甘えを責められてきた。
それは現在の髪の短くなったルークだけではなく、まだ髪が長かった頃のルーク、更にはティアたちと出会う前のルークにも及び、屋敷に閉じこもっていたことを責められた。

最初の頃のルークは、それでも反論したのだ。
好きで閉じこもってた訳じゃない、俺だって外に出たかったし不満は両親に訴えていた。
でも伯父上に命令されて、その命令で両親に閉じ込められていたんだ。
屋敷は白光騎士団に警備されていたし、それを破っての脱走なんてしようにもできなかった。
二十歳になったら終わると言われていたし、それまでの我慢だと思っていた。

けれど彼らは、ルークの反論を──“言い訳”を全て相手にしなかった。

そして何度も不可能だと思っていたことが可能だったかのように、悪いと思わなかったことが悪いかのように、言われ続け、ようやくルークは彼らが納得する答えをだした。

閉じ込められていたことは言い訳にならない。
ティアの襲撃がなくても出ようと思えば何時だって出ることができた、屋敷の護衛はたいしたことがなくその気になれば抜け出すことはたあいもなかった、 それをしなかったのは自分の意思で、衣食住が保証された生活が楽だったから、それを捨てなかったのは自分の意思だったと。

それを聞いて、彼らはようやくルークを認めてくれた。

そうよルーク。
変わったわねルーク、昔のあなたとは別人のよう。
昔のあなたなら分からなかったでしょうけれど、今は、今のあなたならそれが分かるのね、成長したのねルーク、と。







知識と成長の優先順位







上司の命令で、両親を人質に、監禁されて、罪を犯した可哀相なアニス。
140人のタルタロスの兵士を殺す手伝いをし、それによってアクゼリュス救援を邪魔して一万人を死なせかけ、ついには導師の殺害すらも手伝わされ、 けれど責められることのない、可哀相でどうしようもなかったアニス。

ルークは同情され庇われるアニスを見ていて、首を捻った。
自分とアニスはどう違うのだろう?
どうしてかつてのルークのように、他人に強いられた状況から抜け出さなかったことが、自分の意思でそれを捨てなかったことにはならないのだろう。


両親が人質にされていたから?
けれど、人質にされたのはイオンの時だけで、その前には人質になどされていなかった。監禁はもちろん軟禁ですらなかった。
ルークも仲間達も、何度も普通に自由に出歩いている彼らをみているし、パメラがイオンを庇って怪我をした時のように、そのまま連れ出せそうな時もあった。
それにモースは一度、査問会に連れていかれる途中に脱走している。
でもアニスは、両親を逃がそうとも自分たちに逃がす相談をすることもないままだった。

ルークは屋敷に軟禁されていた。
ルークの軟禁はインゴベルトの王命で、両親はそれに従って息子を軟禁のままにしなくてはならなかった。
屋敷を警備するファブレ公爵旗下の私兵白光騎士団は、その命令に従いルークの外出を阻んでいた。
白光騎士団を、父の部下を、屋敷の警備を、攻撃して倒さなければ出られはしなかった。
だからルークの脱走は、ルークも両親も王命を果たせなかったことになり、責任を問われるのは免れまい。
もちろん警備をしていた白光騎士団だって、警備を破られ脱走を防げなかった責任を問われるだろう。
ある意味でルークも、両親と騎士たちと、自分自身とを人質にとられているようなものだった。


借金があったから?
確かに両親の借金が戻ってきてしまったら、アニスはまた貧民街に逆戻りだろう。
衣食住が保証された生活をダアトにいれば、スパイを続けていれば保証される。

けれど、無理に脱走した時のルークはどんな生活になるだろう?
屋敷を脱走できたとしてもすぐさま捜索の手が伸び、陽のあたる所に定住などできはしないだろう。
国王や公爵家の捜索に追われながら転々としての生活など、単に貴族らしい生活を捨てるに止まらず衣食住の確保ができるかも怪しいものだ。
それどころか、今までは安全の屋敷の中で守られているからと手を出せなかったけれど 脱走中なら容易だと、暗殺や誘拐に狙うものも数知れず出ただろうから、命すらも護れたか分からない。
ルークは軟禁されて他人と関わることは少なかったけれど、“ルーク・フォン・ファブレ”の死や誘拐によって利益を得られる人間は数知れない。
第三王位継承者だったルークが死ねば他の王位継承者の継承順位は上がり、国王の愛娘の婚約者のルークが死ねばその座は他の相応しい貴族へと巡ってくる。
また王族、公爵子息を誘拐して人質にとれば莫大な身代金が手に入るし、国王や公爵への取引材料にも使える。
そうやって皇子皇女が帝位継承を巡って争い殺し合い、ひとりを除いて死に絶えた例がつい十数年前のマルクトだ。

親に逆らってでもひとり家を出るなんて、公爵を父とし王妹を母として家と国に縛られ生まれた時から“ルーク・フォン・ファブレ”には選べない。
それは暗殺や誘拐や幾多の身の危険に身を晒すことと同じで、国王と公爵家と幾多の王族や貴族に阻まれ命すら危うくなるのだから。

けれど軟禁状態にあり抜け出すことがほぼ不可能で、両親や周囲の人間が人質に等しかったルークが抜け出さなかったことは自分の意思になるのに、 両親を軟禁もされておらず、抜け出すことが可能な状況があって、 モースが脱走中にすら両親を逃がす努力をせずダアトに止まっていたアニスは自分の意思にならない。
かつてルークに適用された論法は、アニスには適用されない。

人質をとられていても、衣食住の保証と安全があっても、ルークは言い訳にならず、アニスは言い訳になる。


自分とアニスの違いはなんだろう。
ルークは考え続けて、その不利益を比較してみた。
自分が屋敷から抜け出さなかった場合とアニスがスパイから抜け出さなかった場合では、前者の方が不利益が大きいのだろうか?

アニスがスパイを続けた結果の不利益は、多くの人々の命だった。
そしてルークが軟禁を続けた結果の不利益は、ルークが実際に外の世界を見て知れないことだった。
20歳になれば解放されると言われていたから正確に言えば数年早くということになるが、ルークは軟禁に甘んじることで外を知ること、成長することが遅れてしまう。

今までは人の命は重いものだと思っていた。
外の世界を知れない、多くの人々の命が失われる、比較すれば後者の方が重い罪だと考えていた。
そして自分のためなら他人を犠牲にして構わないような傲慢は、責められるべきなのだと彼らは何度も言った。

けれど、知識と成長のためなら別なのだろうか?
数年早く外の世界を知れない不利益は、他人を犠牲にすることが許され、多くの人々の命が失われるよりももっと重い罪なのだろうか。

彼らを見ていると、今までのことを思い出すと、ルークにはそう思えてきた。
そして幾つもの、それを納得させる彼らの行動を思い出す。


イオンもそうだった。
彼らが何時も称賛していたイオン。

イオンはアクゼリュスの救援を「自分が直接救援を見て知る」ために親善大使一行についてきた。
皇帝に伝えるためとは言っていたが、あの時一行にはマルクト軍大佐で、皇帝の臣下で名代で、そして皇帝から信頼と友情を向けられているジェイドがいたのだ。
イオンが直接見なくても、皇帝にはジェイドが見て知って報告するだろう。
身体の弱いイオンは救助への参加など不可能で、実際彼は救助に参加せずそれを怒られもしなかった。
救助は、王女も親善大使も、そして導師や親善大使の護衛も、どんな身分や立場のものであっても本来の職務や主人の安全を放棄してでもすべきものだったはずなのに。

救助に参加しないイオンがアクゼリュスに直接行かないことに不利益は存在しない。
それでもイオンは、どうしても自分の目で直接にアクゼリュスの救援を見たがった。
病弱でもっとも遅いイオンの足に合わせ、体調を気遣って休息をとりながら進めば救援が遅れるのは自明の理なのに、 イオンにとっては救援の速度よりも、自分が直接救援を見て知ることの方が大事だったのだ。

けれど誰もイオンを責めなかった。
救援の親善大使の遅延は、イオンがアクゼリュスの救援を直接を見て知るためなら許される。
イオンが見聞を広め、知識を高めるためなら、アクゼリュスの人々は犠牲にされても構わない。


だから、ルークの軟禁も同じなのだ。

ルークの軟禁は国王の命令だったけれど、 警備を破っての脱走が成功したとしても防げなかった白光騎士団の責任になるけれど、 国王から息子の軟禁を命じられた両親の責任にもなり、ルーク自身も何らかの罰が下されたり、廃嫡などを受けたかもしれないけれど。

それでも軟禁から脱走しなかったことは、甘えなのだ。
そして軟禁から脱走するためならば、何を犠牲にしても許されたのだ。
数年早く、知識を高め世間を知り、自分が成長するためならば、家族も他人も自分自身も犠牲にし危険に晒してでも脱走するべきだったのだ。


そうか、だからティアはあれほどに自分を責めたんだな、とルークは出会った頃のティアの不可解な態度にも納得がいった。
ティアはルークの屋敷を襲撃し、譜歌で攻撃し、目の前で暗殺未遂を起こした犯人で、危険人物だった。
ルークの世間知らずに苛立ちを抑えられなくてついお説教したそうだが、それは被害者を責めて詰って、 襲撃犯の危険人物からそうされる恐怖やストレスを全く気遣わずにするほどのものなのだろうか?
他人の心を察したり気遣うことは、仲間たちの中では上位に位置する行動のはずなのに、ティアは自分が襲撃した被害者の心を気遣わなかった。

けれど、それも分かってみれば当たり前だった。

知識と成長は全てに優先する価値を持つ。
だから世間知らずのルークは、ティアの襲撃の被害者であろうと、王位継承者であろうと、公爵子息であろうと、 世間知らずというただ一点で、多くの人々が利用する重要な橋を破壊する盗賊でも一緒にされたら怒るぐらい価値が低い存在なのだ。

そしてティアの襲撃も、譜術攻撃も何もかも、結果的に世間知らずなルークを外の世界に出し成長させるきっかけになったのだから許される。
屋敷への襲撃、譜歌の攻撃、犯人との旅、初めての戦闘、苛酷な旅で疲弊し傷付き、襲撃犯の危険人物のティアへの恐怖や不信を抱えたルークが、 その加害者から高圧的にお説教という名の罵倒を繰り返されてどんな気持ちになろうと、世間知らずを成長させるためなら許される。

だからルークや公爵夫人や、ガイやペールやラムダスや、白光騎士たちやメイドたちを犠牲にしても、 侵入を防げなかったことで白光騎士団が責任を問われても、攻撃力のある譜歌で危害を加えても、眠れば転倒などで怪我をする恐れがあっても、 警備の白光騎士団を、屋敷を護るための軍事力を失わせて暗殺者や復讐者など狙われる恐れが常にあった屋敷を無防備にしても、 民間人を護るという軍人の義務に反しても、結果的に世間知らずなルークを外の世界に出し成長させてやったのだから許されるのだ。

国王の命令に逆らい、白光騎士を攻撃して警備を破り、誘拐や暗殺の危険に身を晒しても、知識と成長のためなら許されるし、そうすべきだった。
どれほどの犠牲や不利益があろうと、そうしないのは甘えでどんな言い訳も許されない。
自分のために、知識と成長のために自分も他人も犠牲にした行動をすべきだった。

そうルークは今までの彼らの行動に納得できる真理を見つけ、子供のようににっこりと微笑んで言った。


良くわかったよ、伯父上・・・・・・国王陛下に逆らうことも、父上や母上や白光騎士団を犠牲にすることも、 自分の身を暗殺や誘拐の危険に晒すこともしなかった俺は、本当に駄目な奴だよな。
王命や、他人や親の身なんて、暗殺や誘拐の恐れなんて、数年早く外の世界を知るためなら構うことなんてなかったはずなのに、本当に俺は馬鹿な奴だった。
知識と成長のためなら、どんな犠牲だって払うべきだし他人にだって払わせるべきだったのに。

でも今は、今ならそれが分かるから大丈夫だよ。

俺はまだ成長してない世間知らず奴だから、これから俺が成長するために沢山の人々が責任を問われたり王命に逆らったり俺自身も死んだりするかもしれないけど仕方ないよな。
だって知識と成長のためならそうすべきだし、きっとみんな許してくれるよな?








ルークの軟禁への自虐は小説6巻より。
自虐に至った経緯は不明ですが、屋敷にいた頃は叔父上に閉じ込められていると不満がってましたし、 これも悪くないことを悪いと責め、不可能を可能にできないことを責める仲間たちの影響ではないかと思い、仲間から責められて捻じ曲げられた形にしてみました。

あの頃のルークが軟禁から脱走しなかったことを後悔するのは、「自分の身を危険に晒し他人を犠牲にしなかったことへの後悔」とも言えるので、 ただの甘えのように自虐しているのは相当違和感がありました。




                        
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