「まったく、ルークは後ろ向きすぎるんだよ。自分はレプリカだ、偽物だなんて卑屈なこと考えるから、いらないって言われることを考えるんだ。そんなこと意味のないことなのにな」

そうガイは自己の存在に悩みファブレ公爵夫妻からの否定を恐れるルークを落とす。
ルークがそこまで自己の存在に不安を抱く原因に、己は含まれていないかのように他人事に。

「心の友兼使用人で、父親役のこの俺が、自分も生き抜いた上であいつも助けてやるってのに」

そうガイはルークを助けてやる自分自身を持ちあげる。
ルークの友として使用人として、そして“父親役”としての側にいた七年間の行動が、何の原因になったのか忘れてしまったかのように自惚れて。

しかしアニスはそんなガイに怒っているような、それでいて何処か哀しみの混じった目で睨み、呟くように疑問を口にした。

「・・・・・・本当に、それだけかな?」







親の否定と子供の不信







「ガイはさ、ルークがいらないって言われることを考えてしまうのをレプリカだ、偽物だって考えるからだけだと思うの?“親”にいらないって言われることを考えるのを、ルークの卑屈な考え過ぎみたいに思ってるの?確かにレプリカやすり替えも一因だろうけど、他に心当たりはない?」

「・・・・・・他に何があるんだよ?偽物とかレプリカなんて後ろ向きに悩むから、あんな風に考えちまうんだ」

声は小さいがアニスの声に込められた真剣さは怒鳴るよりもガイをたじろがせ、妙に不安な心持ちにさせていった。
けれどアニスの言葉に思い当たることなど、こんな目で見られる覚えなどガイには思い当らなくて繰り返すと、アニスは溜息と共に「ずっとすっごく傷つけてきたことに、まだ気付いてないんだね」と呟いた後、責めるような声で尚も問いかける。

「本当に、本当にそう思うの?・・・・・・もう少し、ちゃんと考えてみてよ」

「だからそう思うって言ってるだろ!?何が言いたいんだよさっきから、はっきり言えよ!」

アニスはなおも問いかけてガイに自分自身を見つめ直すことを促すが、心当たりのないガイは苛立つばかりだった。
それにいくら大人びていても6歳も年下の少女に人の気持ちが分からない子供にするように言われるのも酷く不快で、荒っぽく打ち切って逆に理由を問い詰める。
するとアニスの視線に込められた非難と哀しみの色は一層強くなり、また小さく溜息をついた。

アニスには“子供をいらないと言った親”が、“親にいらないと言われることに怯える子供”の態度をそんな風に軽視し侮蔑することはあまりにも惨く映り、 またアニスをずっと傷付けてきた同種の“親”を彷彿とさせ、非難と哀しみを抑えられなかった。

「親からいらないって言われたりそういう行動をとられた子供が親を信じられなくなるのは、子供に信用されない行動をとってきた親が原因じゃない。なのにどうして子供を卑屈のように落とすの?信じられない人間を信用しないことは、卑屈なの?」

もしもファブレ公爵の方は本当ルークを受け入れているのに、ルークは信じられずにいらないと言われることを考えていたとしても、それは本当に、ルークが卑屈だから、レプリカや偽物だと考えているからだけなのだろうか。
三人の“父親”にいらないと言われ、ずっと言われていたと認識してまだ数カ月なのに、いらないと言った親のひとりに疑心暗鬼になることが。

一見ルークを可愛がっているような態度の公爵夫人にしても、外郭大地降下後の一カ月後に無気力なルークを、自分がルークにさせたこととの関係もルークをレプリカと白眼視する屋敷の者たちの態度も考えもしないようにただ叱責する公爵に、何も言わなかったという。

ルークをレプリカだと知らなかったと頃には、公爵の厳しい叱責に誘拐された時の心の傷を思いやって庇ったのに。
ルークが17歳だと思っていた時には7年前の心の傷を思いやって庇うのに、ルークが生まれて7年だと分かった今は、数カ月前の心の傷を思いやって庇うことはしない。
しかも誘拐の傷は他人が負わせたものだったが、今の傷は公爵も負わせた人間のひとりなのに。

父親と信頼していた師匠に、騙されて、殺されかけて、いらないと言われて、アクゼリュス崩落の罪を背負わせされた心の傷を考えない。
レプリカだと分かる前と分かった後の態度がこんなにも違う母親を、ただでさえ不安を持つ子供が信じられるだろうか?

そもそもルークの不安が考え過ぎなのかどうかさえ、アニスにもガイにも分かりはしないのだ。
7年間ルークから目を逸らして逃げ続け、挙句に預言のために殺そうとした公爵が本当に後悔し、そしてルークを受け入れているのか、いらないと言わないかなんて、他人のアニスにすら相当に疑わしい。
もしも再び公爵がルークを切り捨てる日が来ても、アニスは怒りや嫌悪は感じても驚きはしないだろうと思うほどに。

他人からみても疑わしいそれを、捨てられた当事者が信用できないのはむしろ自然な反応だった。
不自然なのは、それを簡単に切り捨ててしまえる“親”の反応の方だ。

「ルークはさ、もう三人もの“父親”にいらないって言われてるんだよ。言葉でなく行動でも、ね」

「父親?ファブレ公爵と・・・・・・フォミクリーで製作した、ヴァンのことか?なら二人じゃないか」

ガイは言われて初めてもうひとつの理由に思い当たるが、その残りのひとりが誰かは思い浮かばないようで罪悪感を浮かべることない。
子供にとってかけがえのない父親と呼ばれることは受け入れられても、子供をいらないといった父親と言われることには心当たりを感じない。
アニスは、心の中に気付いてしまってから何度も感じた幻滅と、“仲間”に幻滅する哀しみが沸き上がっていくのを感じて唇を噛んだ。

──どうして、どうしてこんなにもガイは何もかもに気付かないでいられるのだろう。

このまま言葉を続ければ、はっきり告げてさえガイに罪悪感や後悔が見られなかったらもっと“仲間”に幻滅してしまうのだろうと思うと、アニスは次の言葉を口に出すのに躊躇いを感じたが、それでも気付いてしまった今のアニスには、もう目を逸らしてガイの幻想に合わせることはできずゆっくりと口を開いた。

「ガイはさ、ルークの“父親役”なんでしょ?だったらルークは、ファブレ公爵とヴァンと、そしてガイの三人の“父親”にいらないって言われてるんだよ」

「何時俺が、ルークをいらないなんて言ったんだ!?俺はちゃんと何時もルークの側にいて、ちゃんと心の友兼使用人で、父親役として」

「ベルケンドで認めたじゃん・・・・・・ヴァン総長の同志だったって」

予想通りに罪悪感も後悔もなく、正反対の虚像を称するばかりのガイの態度に、アニスは疲労の籠った声で現実のガイの行動を返す。

アニスはガイの解離に気付いてから、ガイがルークの関係を肯定的に話す度に疲労を感じるようになっていた。
遠い所にいて声が届かない人と話しているような、目の前に立っているはずのガイが地に足をつけずに遠い空中を浮遊しているかのような、奇妙な錯覚。
ガイが父親役や友人としての自分を語る度に、実際のガイとの解離に誰のことを話しているのかと、まるで他人のことを自分のことのように語る虚言癖の人間を見るような違和感はどんどん増していった。

ガイが認識している幻想と現実の解離には他人のアニスですら、混乱して頭がどうにかなりそうだった。

「ルークの父親役とか親友とか、それよりも復讐とヴァン総長のこと選んだんでしょ。ヴァン総長がルークを騙すのを承諾して協力してたし、騙されているルークを見捨ててもいた。それは、殺すための手段だったんでしょ。ガイの七年間の行動は、口で言わなくたってずっとルークをいらないって言ってたのと同じなんだよ。だからルークは・・・・・・ファブレ公爵と、総長と、ガイと、三人の“父親”に殺すために騙されて、見捨てられて、ルークのことをいらないって言われてる」

アニスが言い終えてもガイは意味を理解するのに時間がかかったようでしばらくは無言で困惑したような表情のままだったが、やがて腑に落ちたように徐々に顔は青ざめ、握りこぶしを作った手が小刻みに震え始めた。

アニスもベルケンドでガイがヴァンの同志だと知ってもすぐには気付かなかった。
あれからガイがルークの良い父親や友人のように称する度に、アクゼリュスのことが話題になりルークが苦悩することを鬱陶しがったり過去のルークを貶めているのを見る度に、奇妙な違和感と既視感を感じるうちに少しずつ気付いていった。

けれど他人のアニスたちとは違い、ガイは当事者であり加害者だ。
他人からみて分かりにくいことであっても、騙した張本人が何も分かっていないなどということがあるのだろうか?

自分が“子供”のような親友を騙されるのに協力して見捨てていたことをなかったかのように、“かけがえのない父であり友”だと信じられる。
あまつさえ“子供”に結果的に犯した罪を背負わせながらも、その罪は結果的に自分が背負わせる一端を担ったものだと分からない。
そしてルークの自己否定のもうひとつの原因でもあるのだろうその罪を、共に背負うことも、苦悩に罪悪感を持つこともない。

そうした自覚のない過ちと、相反した自惚れを何度も何度も、何カ月もの間ガイは繰り返している。
今思えばヴァンの同志であった頃でさえ、ガイにはそういう振舞いがあった。
気付かなかった訳でも知らなかった訳でもなく、自分の行動にも結果にも無頓着で考えていないだけではないのか。

ここまで長期間繰り返しているのをみると、いっそ作為や嗜虐すら疑いたくなる。
ガイの今までの言動から心の中を察しようとすればそうした歪みばかりが感じとれ、父親役や親友など幻想だったかのように薄れていくばかりだった。

「三人の“父親”に見捨てられた“子供が、それでも“親”に必要されていると信じられると思う?一度失った信用は簡単には取り戻せないって、ティアも言ってたでしょ・・・・・・親に信頼できるものがないのにどうして信頼できるの?いらないって言われることを実際に経験したのに、どうすればその疑いを拭い去れるの?・・・・・・何処にそんな“親”を信じる根拠が存在するの。」

一度失った信用は簡単には取り戻せない。
かつてルークに向けられたそれを、ルークが誰かに向けることもあるのだと、言ったティアも目の前の友人を称するガイも理解してはいなかった。

親が子供を必要としてくれるか否かに絶対の保証などない。
親が行動でそれを保証しない限りは、子供に信じられる根拠などありはしない。
まして既に親からいらないと言われた子供が、親だから子供を必要としてくれるだろうなんて思うことはできない。
一度されたことは、二度されるかもしれないのだから。

それなのに、どうやって正反対の行動をとってきた親を信じられるだろう。
まして罪悪感や後悔すら感じられない言動を、何度も何度も繰り返されているのに。

「どこって・・・・・・だって俺は、今までルークを、助けてやってた・・・・・・」

ガイがしどろもどろにを口にした“根拠”はアニスには逆にしかとれず、声に滲んだ非難が一層強くなる。

「そういう認識が、ルークを助けずに傷付けてきた自覚のなさの現われにしか見えないよ!言ったでしょ、ガイはルークの側にいた七年間ずっとヴァン総長の同志で、ずっと殺すための手段にルークを騙して、ヴァン総長がルークを騙すのを承諾して、協力して、騙されているルークを見捨てていた。ガイはルークを“助けてやってた”んじゃない、“助けなかった”んだよ!!“助けてやってた”なんて、ガイが実際にしてきたことと全然違うじゃない・・・・・・なんで、なんでそんなこと言えちゃうの。ルークを助けなかったのに、子供を見捨てた“親”なのに、助けてやってたつもりになんてどうしてなれちゃうの?」

七年間と、あの旅の間。
ガイがヴァンの同志だったなら、ルークがガイといた時間の全ては、同時にガイがルークを見捨てていた時間になり、ガイが父親役だというなら、“父親”が“子供”を見捨てていた時間になる。
それなのに“俺が助けてやってた”なんて、酷い自惚れだ。

「ガイはそうやってルークをいらないって行動で語ってきてたじゃない。子供をいらないって語ってきた“親”が、その自覚も後悔もしてないのに“いらないって言われることを考えるな、生きることを考えろ”って言っても・・・・・・薄っぺらいんだよ。“生きろ”って言葉ですら、ガイが言うと薄っぺらくなる。そう思うならどうして、過去に正反対の行動をとってきたことを見つめ直そうとはしないの?」


常に爽やかに笑い耳当たりの良い言葉を連ねるガイは、表面的には常識人の好青年に映るし立派な“父親役”に見える。
けれどガイを、また同種の親をずっと見てきたアニスの目には、もう言葉と行動、表面と裏面の解離がまざまざと見えてしまい、何も知らなかった頃のようにガイを優しい、常識人と誉めることも、ルークとの関係を肯定的に見ることもできなくなっていた。

ガイは所詮、上辺だけの爽やかな笑顔を浮かべ、チャラチャラと実行する気も実績もない言葉を並べているだけに過ぎない。
そして嘘で塗り固めた幻想の自分自身をガイ自身も本物だと思い込み、真実自分がしたことを、たとえ“子供”を騙したり見捨てるものであっても忘れてしまう。
その結果何が起ころうと、自分の否を認めず全て“子供”だけのせいにして、“子供”だけに背負わせてしまえるほどに。

実行する気がなければ、現実の自分がどんな酷いことをしても他人にどんな傷を負わせても無頓着でいられるのならば、そして結果を他人だけに背負わせて自分は簡単に逃げる気でいるのならばどんな耳当たりの良い言葉でも、立派な親友や“父親役”のようなことでも言えるだろう。
言うだけならばどんなことだって簡単に言えるし、ガイは言うだけで自惚れて気持ち良くなれるのだから。

そうした態度はアニスが知っている、子供の気持にも親のせいで子供が傷付くことにも無頓着で、親の借金のせいで子供が“怖いおじさんたちに酷いことをされ”るかもしれないことを分かっていても、子供を見捨てるかのように借金を重ね、それなのに子供に笑いかけ、表面的には可愛がっているよう振舞う“親”たちを彷彿とさせた。

「“親”からいらないって行動で言われた“子供”の気持ちを、傷を、甘く見過ぎてるよ・・・・・・ガイは、“子供”の悩みにそんな風に浮薄でいちゃいけない“親”のはずなのにね。“子供をいらないって語ってきた親”が、“子供”が親からいらないって言われるかもしれないって悩むことをどうして卑屈のせいにできるの、“子供”が自分の存在に悩んで、ややもすれば自己否定にさえ走りがちなことを、どうして何も関係ないみたいに、他人事みたいな顔して見下せるの?ガイのそういう態度はね、ルークをいらないって語ってきた過去の行動から目を逸らして逃げているのと、同じなんだよ」

繰り返される問いかけに、ガイは何一つ答えず拒むかのように後ずさりながら首を振る。
問いかけの意味を考えることすらガイの甘い幻想と綺麗な自分を壊して、目を逸らしてきた辛い現実と卑怯な自分を見せつけられるかのようで、そんな疑問は頭から追い出したかった。
ずっと現実と解離した幻想に浸っていたかった、例えそのために誰を、親友や幼馴染や“子供”を傷付けてでも。

傷つけた相手が忘れても、傷つけられた相手は忘れられないのに。
親が子供を傷つけたことを忘れ、子供の傷などないもののように見なくても、親に傷つけられた子供は忘れられない。
血を流して痛む傷を、不安を沸きあがらせる傷を見ずにいられないのに。

ガイのルークの傷や不安への軽視や侮蔑は、“子供”を傷付けたことを容易く忘れ去ってしまえる“親”の軽視や侮蔑と同一で、それは、ルークへガイにとっての自分が、“親”のひとりにとって“子供”がどんなに軽い存在なのかを突きつける行為でもあった。

皮肉なことに、レプリカでも親友なのはルークだと言ったガイのルークに対する認識は、レプリカをまるで自分と同じように命や心がある人間だとみていないかのように、軽視し侮蔑し傷付けてもその傷にすら無頓着でいられる、レプリカを差別する人々のそれと似通っていた。

そして子供をまるで親と同じように命や心がある人間だとはみていないかのように、軽視し侮蔑し傷付けてもその傷にすら無頓着でいられる、そのくせ自分が悪い親だとは自覚せずに良い親のように自惚れる、無責任で傲慢な一部の“親”たちにも。

そういう意味では、血の繋がりが無くとも確かにガイには一種の、歪な“父親らしさ”があった。

「“子供をいらないって言った親”のくせに、どうして“子供”が“親”にいらないって言われることを不安がるのをそんな風に言えるの、どうして子供が悪いみたいに言えるの・・・・・・・七年間ずっとルークを否定する行動をとってきたのは、ガイも同じじゃない。なのに“親”に、自分を育てた近しい存在に否定されてきた子供が自己否定に走ることに、子供を否定した親には何の関係もないっていうの?どうして・・・・・・自分がルークに、“子供”にしてきた行動にもその結果負わせた傷にも、そんなにも無頓着でいられるの?」

まるで、自分が“子供”をいらないと語ってきた行動を何も悪くないとでもいうように。
その結果“子供”が傷付いたとしても、“親”に疑心を持つようになったとしても自分は関係ないとでもいうように。
そんな態度をとることで、その上で自分自身を“かけがえのない父”と肯定することで、ガイは自分の心の中の“親”の傲慢と“子供”への軽視を表してきた。

そして子供は更に追い詰められ、ますます親を信じられなくなる悪循環。


「“父親役”だっていうなら、ガイは“サイテーな父親役”だよ。 “かけがえのない父”とか自惚れてないで、いい加減に自分がどんな“父親役”だったのか、ルークに何してきたのか自覚しなよ・・・・・・」



アニスが立ち去った後もガイはしばらく彫像のように立ちつくしていたが、突然糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
両手で頭を抱え、親にいやいやと駄駄を捏ねる子供じみた仕草で首を振りながら呻くように泣く。

今まで自分が信じていた自分自身の姿も、ルークや周囲の人間が自分に持っていると考えていた姿も、全てが幻想だったと突きつけられて。

今までの自分はただ、現実と懸け離れた幻想の中でひとり遊びをしていたようなものなのだと、それがどれほど現実の周囲を傷付け軽蔑されていたのかと気付いても、辛い現実を直視することも、壊れた幻想にもう一度逃げ込むこともできず、大人になれない子供はただ何時までも蹲って泣き続けた。















                        
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