ガイがヴァンの同志だったと聞かされた時、ルークの脳裏にはふと、火をつけるガイの姿が浮かんだ。
脳裏のガイはマッチを擦るとルークの服の裾に火をつけ、火が燃え広がるのを笑顔で傍観し、 ルークが火傷をしてのたうち回ってから消火ポンプで火を消すと、笑顔で言った。

“なんだよ、せっかく助けてやったんだから、もうちょっと嬉しそうにしろって。 辛かったな・・・・・・俺はお前の親友なんだから、何時だって側にいて助けてやるからな!”







マッチポンプの友情







「おやめなさい!私たちの誰もがルークを見捨てた時、ガイだけはルークを迎えに行きましたわ。そのことまで否定なさいますの!?」

ベルケンドでガイがヴァンの同志だったと分かり、ガイを疑うそぶりを見せたティア、ジェイド、アニスに、 ナタリアはアクゼリュス崩落の後のガイのルークへの態度を挙げて庇う。
しかしそれを否定したのはティアたちではなく、“ガイが迎えに行った”ルークだった。

「・・・・・・そんなの、マッチポンプじゃないか」

「え?マッチと、ポンプ?」

「自作自演の一種ですよ」

ルークの言葉の意味が分からず否定とも気付かず首を傾げたナタリアと、同様らしく訝しそうな顔をしているガイに、ジェイドが説明をする。

「以前ルークに求められて、いくつか謀略の手口を教えたことがありましてね。 手口を知っていれば、対策を講じたり仕掛けられた時に気付いたりできますから。 マッチポンプとは自らマッチで火をつけて起こした火事を、ポンプで消して消火の功労者になるように、 自分で作りだした問題や被害を、潔白な第三者を装い解決や救済して、何も知らない他人から誉められたり儲けたりすることです」

「そういう事件は私も耳にしたことがありますわ。・・・・・・でもそれがなんですの?」

ジェイドの説明にはナタリアは、数年前バチカルで起きた火事を消し止めて称賛されていた兵士が実は放火した犯人だったという事件を思い出すが、 どうしてこの場で、ガイの信頼について話している時にそんな話がでてくるのかは分からないままで再び首を傾げる。

「自分で騙されるように協力して、騙されて利用された後に潔白な友人を装って迎えに行って、感謝や信用を得ようとした ・・・・・・今になって考えると、そういうことだったんだな」

ルークの言うことと、先程自分がガイを庇った時に言ったこと、そしてヴァンから聞いたガイの正体と行動を照らし合わせてガイの欺瞞に気付いた瞬間、 ナタリアは毒虫が全身を這いまわったような怖気に襲われ、ガイから逃げるように後ずさる。

「ち、違う!ルークもナタリアもなにか誤解してるんだ、俺は、俺は・・・・・・」

「・・・・・・何処が違うんだよ。 ついさっきガイがヴァン師匠の同志で、主従で、かねてから協力の約束をしてたことを認めたじゃないか。 屋敷で二人きりで話してたのも、剣の教授なんて嘘でその密談だったんだな。 俺が騙されるのに協力してきたけど、騙されてるの見捨ててきたけど、騙されたこともその結果も他人事なのか?」

「“やっぱりまだあいつには俺がいてやらないと”。私たちととユリアシティを出た時にそうルークのことを思っていましたわね。 あの時はルークには支えが必要だという意味にとっていました。けれどあなたの正体とそれまでルークにしたことを知った今になって思い返せば・・・・・・ 騙すのに協力した人間が騙された人間の側にいてやらないといけなくて、騙されているのを見捨てた人間が見捨てられた人間の側にいてやらないといけない、 あなたはそう言っていましたのね・・・・・・例え私たちの誰も、ルークも、あなたの正体も本当の行動も知らなくとも、知っていたはずのあなた自身が言ったことなのですから!!」

「何も知らない俺を迎えに行ってやって、側にいてやって、“辛かっただろ”って気遣ってやって、感謝や信頼を受けて気持ち良かったか? 何も知らない俺を騙して、七年間も騙し続けていたのにまた形を変えて騙し続けて、俺を騙すのはそんなに楽しかったのか? ヴァン師匠に騙されて利用されて辛かった気持ちは、お前が協力して一端を担ったものでもあったのに、 まるで普通の親友みたいな顔をして優しくして、師匠に裏切られた俺に師匠とは違って裏切らない親友だと思い込ませて、それでお前は満足だったのか!? それで俺がお前に感謝や信頼したって周りに俺の親友のように称賛されたって、お前に騙された結果でしかないのに、そんなものでお前は・・・・・・」

聞いていたティアとアニスは、込み上げてきた吐き気に小さく呻き、手で口を抑えてガイから目を逸らした。

今までティアたちが、ルークが、ナタリアが認めていた“ガイ”は幻想だった。
ガイが陰湿で巧妙な、ルークの親友で兄貴分の演技、優しく常識人な好青年の演技で作りあげた幻想。
ヴァンの暴露でその幻想が滅んでしまえば、残るのは何年も親友や幼馴染を裏切り騙し続け、その結果に親友が傷付いた所に 潔白な優しい親友の皮を被ってやってきて、自分がつけるのに協力した傷を気遣うふりをする。
そんな非常識さと、冷酷さと、欺瞞に満ちた歪な“親友にとっての英雄”願望が本質だった。

その落差はまるで今まで共にいた仲間の頭が突然割れて、中からどろりと得体のしれない化物が出てきたかのようで、 ガイのしたことを聞いているだけで、ガイを見ているだけで、恐ろしさと気持ちの悪さに息が詰まるような気さえした。
ティアもアニスもガイへの怒りはあったが、それよりも一刻も早くガイから離れ、この気持ちの悪さから逃れたかった。

「昔のガイは・・・・・・わたくしが信じていたあのガイは・・・・・・ ガイ、あなたではありませんのね。いえ、何処にもいなかったのですね・・・・・・ わたくしたちの友人のガイなんて、何処にも、最初から・・・・・・。信じてしまったわたくしたちは、わたくしたちの友情は、なんだったのでしょう・・・・・・」

涙声になり嗚咽を漏らし始めるナタリアは、ティアとアニスに慰められながらベルケンドの入口へと歩き始め、ガイが何度声をかけても後ろを振り向きもしなかった。

「ま、待ってくれナタリア!ティア!アニス!待ってくれってば!」

「行きましょうルーク」

「・・・・・・うん」

「おい!ルーク、ルーク!お前まで・・・・・・!? 俺はもう、お前への恨みなんてないんだ、復讐はもう止めたんだ!本当にお前のこと、親友だって思ってるんだ!!」

ジェイドに促されたルークが続こうとするのに、ガイは必死に“友情”に縋りついて止めようとする。
もうルークを傷付けガイの幻想を切り裂くだけの、刃に成り果てた“友情”を振りかざして。

立ち止り振り向いたルークに、ガイは喜色を浮かべて駆け寄ろうとしたが、向けられる表情の“親友”を迎えるものとは思えない暗さに戸惑う。
ルークは痛みを堪えるように強く目を閉じ、震える自分の身体を自分で抱きしめるようにして、ガイの歪な“友情”を否定した。

「例えもうお前に俺への恨みがないとしても、復讐を止めたとしても、俺を“親友”だと思っているつもりだとしても── お前の中の親友や友情は、自分で親友に火をつけて、火が燃え広がるのを笑顔で傍観して、 親友が火傷をしてのたうち回ってから消火して、笑いかけて火傷を気遣って、何も知らない親友の感謝や信頼を得ようとする、そういうものなんだろ。 もう俺にとってお前から親友だって言われるのは、俺の側にいてやるって言われるのは、またそういうことされることなんだよ。 例えされなくたって──お前がいたらきっとお前がやったこと思い出して辛くて、お前に同じことされるのが怖くて・・・・・・そんなの、耐えらんねぇよ」

お前の復讐心だけじゃなく、“友情”が俺には辛くて怖いんだ。

そう言い置いて去って行くルークと、後に続くジェイドの後ろ姿を、ガイは声をかけることも追いかけることもできなかった。

豹変した彼らの態度と自分像を、自分の行動への周囲の反応と幻が滅んだ後に残された真実の姿を受け入れられず、ただ呆然と立ちつくしていたが、 しばらくするとルークには自分が必要なはずで、自分はルークを助けてやって、こう言えばルークだってナタリアだってティアたちだって思い直してくれるはずと、 怪しむ人の目も気にせずぶつぶつと独り言を繰り返し、やがて酔ったような表情で俺はルークの親友なんだからと笑い、ふらふらと歩き始めた。




────その後、ガイがルークたちの前に姿を現したことはなかった。
再興が噂されたガルディオス伯爵家は二度と再興されることはなく、ただキムラスカからマルクトに移送され、 皇帝の御前で見苦しく暴れ処刑された罪人が、ガルディオス家の縁者だったという噂がグランコクマに流れたが、 それもすぐに人々に忘れられ消えていった。












放火魔と火を消した人が同じ人間だったという事件は実際にあるそうです。




                        
戻る