「生体フォミクリーの平和利用、ね・・・・・・随分と身勝手な、そして胡散臭い話だな」
男はそう呟いてジェイドを見ると、罪から逃げ続ける罪人を見るような色を浮かべて睨みつけた。
罪から逃げ続ける罪人の言葉
ND2020年、ルークとアッシュの成人の儀の日の朝。
その祝いの前にと生体フォミクリーの平和利用を国防委員会にかけたジェイドに返ってきた反応は、 ガイを除いては全て猜疑、侮蔑、嫌悪、敵意、否定的な負の反応ばかりだった。
それをジェイドは予想していたが、その理由がジェイド自身の自覚しない過去の罪にあったことを、 ジェイドは予想せず、自分の罪への自覚もなく、隣で自分を弁護する“仲間”への罪悪感も未だになかった。
「何故あなたが、よりにもよってあなたがそれを言う?ジェイド・カーティス。 フォミクリー研究のために犯した罪から、今までずっと、今この時も目を背けているようにしか見えないのだがね」
片眼鏡をかけた委員にそう言われ、ジェイドはベルケンドでスピノザに責められた時と同じように、まるで罪を自覚して悔いている罪人のようなそぶりで罪を認めて見せる。
「・・・・・・確かに私は、今まで多くのレプリカを作り、 死んだ人間を生き返らせようと、不可能な目的のために多くの死者を、安らかに眠らせることなく何度もレプリカを作り何度も殺してきました。 しかし今は、今の私は自分の罪を自覚しています。ずっと目を逸らしていた罪を自覚させてくれたルークとネビリム先生のためにも」
ジェイドの言葉にガイは感心しているように頷いたが、それはガイだけで他の誰もが、逆にジェイドへの負の反応を増していくだけだった。
「他には?」
「は?」
「あなたには、まだ自覚していない罪があるだろう?」
問われてもジェイドは訝しく思うだけで、ずっと目を逸らしていた罪を自覚することはなかった。
委員たちはそんなジェイドと、ジェイドの隣に座るガイを見て溜息をつく。
何故彼と共にいながら、彼の家族に何をしたのか自覚しないでいられるのだろう?
「ガルディオス伯爵、あなたはカーティス大佐と“お友達”のつもりのようですから肩入れして庇うのかもしれませんが、 ことはあなたのご家族や幼馴染や、故郷や領民にも関わる罪でもあるのですぞ」
「その罪の遺族であるガルディオス伯爵に、全て隠蔽して、自分は関係ないかのような顔で、“お仲間”ごっこをしながら自覚していると言われてもね。 この会議の前に彼に聞いてみましたが、彼はあなたの罪を何も知らない。 あなたがフォミクリー研究のために犯した罪の、被害者の家族でもありながら」
あきれ果てたと言った風で首を振る初老の委員の言葉に、会議前にその委員に何やら17年前のホドの実験や姉マリィベルのレプリカについて聞かれたことを思い出すが、 それがジェイドとどう関わるのかは分からず、その時の返答を繰り返す。
「俺が被害者の家族・・・・・・? そりゃフォミクリーを発案したのはジェイドだけど、ホドでフォミクリーの研究させてたのも崩落させたのも先帝カール5世で、 その情報を使って姉上のレプリカを作ったのはモースでしょう」
「ホドの研究を指示したのも、情報を抜くよう指示したのも彼なのですよ」
そう言われても分かっていない様子のガイに、別の長髪の議員が僅かに哀れみの混じった視線を向けながら噛み砕くように説明する。
「レプリカ作成は情報採取にも危険を伴い、情報を抜かれた
“今のはフォミクリーでレプリカ情報を抜かれたのかも知れませんね。”
“どうしてそうだと分かる?”
“実験では情報を抜かれた被験者が、一週間後に死亡、もしくは障害を残すという事例もありました。 先程の方とフォミクリー被害者の亡くなり方は、よく似ています”
2年前ベルケンドで突然死した男性を見たこと、そしてジェイドから同じ説明を聞いたこと。
動揺も罪悪感もないジェイドの表情と声を伴って蘇った記憶は急速にガイがジェイドに持つ幻想を剥ぎ取り、更に続く説明が冷水を浴びせて凍てつかせる。
「17年前、ホド島で行われた住民のレプリカ情報採取は、カーティス大佐が採取させたものです。 彼はホドの住民に、死んだり障害が残る恐れのある危険な人体実験をさせていたのです。 子供であろうと構うことなく、そうまだ14歳だったあなたの姉上マリィベル・ラダン・ガルディオス嬢のようにね」
「カーティス大佐。島にいなくてもあなたは研究を指示する立場にあり、研究のデータも送られていたでしょう。 領主の娘、伯爵令嬢を実験体にするという大事を、指示する立場の人間が知らなかったはずもない。 仮に知らなかったとしても、あなたは2年前の旅で彼女のレプリカと会っていますから、 レプリカ情報が残っているということはあの実験の被験者だったと気付けるはず」
「フォミクリーの技術を利用した疑似超振動発生器も、研究は全てカーティス大佐が指示していました。 被験者のヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデはまだ11歳の少年で、その実験は苛酷なものだったそうですね。 そしてホドの崩落は、その疑似超振動発生器と被験者の少年を使ったものだった」
委員たちの口から次々に暴かれる、目を背けて隠して続けて、何時しか忘れたように思考にも上らなくなっていた過去の罪をジェイドはやっと思い出し、 隣に座るガイの方を見ることができず、議員たちからも目を逸らして俯く。
しかしジェイドが咄嗟に口にしたのは他人事のような、自分の否を認めずに逃げようとする言葉だった。
「私は、崩落には関わってはいません。 確かにフォミクリーや疑似超振動の研究は全て私が指示していましたが、私自身は島を訪れたことはなく・・・・・・ あれは先帝陛下の指示で、現地の研究者たちが私に無断で」
「何も知らなかったから、騙されたから、悪くないとでもいうのか!?それをアクゼリュスで否定したのは、お前自身じゃないか!」
ガイは俯くジェイドの胸倉を掴み上げ、逃げることを許さないと言うように視線を合わせて睨みつけて怒鳴る。
「何も知らなくても騙されても、結果的に起きたことの責任から逃げるなって生まれて七年のルークを責めたのに、 あんたはホドの、俺の故郷の崩落の一端を担った責任から17年経っても、37年も生きてるのに逃げ続けててたってのか!?ふざけるなよ!! 大体研究を指示する立場にあったあんたが知らなかったはずがない、姉上たちへの情報採取に障害が残ったり死ぬ恐れがあったことも、 ヴァンデスデルカへの実験が苛酷だったことも、疑似超振動兵器を作ればそれで誰かが、民間人だって殺されるかもしれないことはどうなんだ! あんたは知ってて分かってて指示してたんじゃないのかよ!?」
「っ!」
知らなかったことも騙されたことも言い訳にはならない。
そうルークに突きつけて認めさせてから、何年立ってもジェイドは自分自身の過去には認めていなかった。
仮に知らなかったこと、騙されたことが言い訳になるとしても、それは疑似超振動をホドの崩落に使われたことのみであり、 フォミクリーの軍事転用、障害が残ったり死ぬかもしれない危険な実験、 疑似超振動兵器の開発とヴァンへの苛酷な実験は全て知っていた自分の意思でやったのに、 それにすら姉を実験体にされた弟にも、兄を実験体にされた妹にも、罪悪感を持ってはいなかった。
例えガイやティアがそうと知らずとも、ジェイド自身は二人の素性を知った時点で、自分が実験体にと指示した少女の弟、少年の妹と気付けたはずなのに。
ベルケンドでレプリカ情報を抜かれた時の死に方と似た死亡者を見つけ、レプリカ情報採取の危険性を説明する時も、 ガイとティアの前なのにジェイドは罪悪感も躊躇いも感じていなかった。
「なんで、なんで今まで俺ともティアとも普通の仲間みたいな顔して・・・・・・自分が実験体にした被害者の家族、自分が崩落の一端を担った島の住人と旅していられたんだ!?」
ガイにとってジェイドは今まで共に旅をしてきた仲間、共に皇帝の臣下として仕える同僚、かけがえのない友人だった。
信頼し、友情を抱き、かつて過ちを犯したとしても今は自覚しているのだと認めていた。
しかし死体を弄んだ死霊使いとしての悪名や譜術を暴走させてネビリムを死なせたことは知っていたが、 生きた人間、それも自分の家族や領民や幼馴染を危険に晒し弄んだことや自分の復讐の理由のひとつでもあったホドの崩落の一端を担っていたとは知らず、 それらの罪を自覚しないままだなどとも知らなかった。
所詮ガイのジェイドへの好意も肩入れも、ジェイドの抱える闇の一部しか知らず、それが自分に関わるものとも知らず、幻想を抱いていたから持てたものに過ぎない。
それを知り幻滅した今となってはガイの目に映るのは仲間でも同僚でも友人でもなく、家族、幼馴染、領民を実験台にした悪魔のような狂科学者でしかなくなっていた。
ジェイドとガイだけではなくあの時共に旅をした“仲間”とは、互いの罪や欠点を覆い隠し、あるいは見ぬふりをして、 空疎な誉め言葉をかけ合い、行動と反対の理想を言い合い、騙し騙され合っていた上っ面だけの関係だった。
一人に生贄のように常に罪を背負わせ蔑んで、仲間が一端を担った罪や仲間に跳ね返る欠点をも一人のもののように背負わせて、 一人が騙されていたことを見下しながら、互いを罪を隠し騙し騙され続ける関係を素晴らしいもののように思い込む歪な鏡像たち。
それに気付いてガイが皇帝の側近でいることを危険視している委員たちは、皮肉げな視線でガイを一瞥し僅かに唇を歪める。
間もなくガイがジェイドに言ったことはガイ自身に返ってくるだろう。
その時彼はジェイドのように言い訳せずにいられるのだろうか?
皇帝の信頼をいいことに増長しているが、仇の子を殺すために騙し、騙されることを承諾し協力し、騙されるのを見捨てていたことを、 間違っていたとも思わず悔いることもなく、結果に責任を負うこともなかったガイは、 何時“ホドを崩落させた仇の子”に同じことをするか知れない危険人物でしかない。
自分の行動を他人がどう思っているのか気にもしないガイの知らない所で、着々と排除の準備は整っていた。
ガイの責める言葉に返答することも、憎悪の籠った視線を受け止めることもできず、 沈黙して視線を逸らすだけのジェイドに、委員たちは罪から逃げ続ける罪人を見るような目で睨み、冷たく言い放つ。
「フォミクリー研究のために自国の民間人を障害が残ったり死ぬ恐れがある実験の被験者にして殺傷したこと、 僅か11歳の少年を苛酷な実験の被験体にしたこと、そして疑似超振動発生という危険極まりない兵器を作り、 それを悪用されホドが崩落したこと・・・・・・あなたは、ずっと目を逸らしている。 フォミクリーのために多くの人々を犠牲にし殺傷したことから目を逸らしその被害者の弟や妹にそれを隠して笑って“お友達”ごっこをしながら、 フォミクリーの平和利用?何の冗談です?今度は何を企んでいるんです?今度は、誰を騙し利用し、実験体にし傷付け殺し、何処の街を滅ぼすんですか? ・・・・・・いつもフォミクリーのために犯した罪から目を逸らしているあなたが言っても、胡散臭くしか感じられませんよ」
平和を口にするなら、民間人や子供を実験体にして殺傷した罪や領土の崩落の一端を担った罪を、いい加減に自覚してからにしたら如何ですか?
ジェイドが生体フォミクリー平和利用を国防委員会にかけたのは漫画「追憶のジェイド」より。
ジェイド中心の漫画「追憶のジェイド」では、ジェイドがホド崩落の時にヴァンが繋がれたものと同じ音機関に自分を繋ぎ、ネビリムレプリカを作ろうとして失敗、 音素の逆流で衝撃波のようなものを出しているので、疑似超振動は被験者の音素と逆流した音素を接触させて起こしたか、 ヴァンとそのレプリカを使って起こしたかどちらかで、この疑似超振動にもフォミクリー技術が使われているのではないかと。
「追憶のジェイド」には過去の罪が後悔、贖罪、向き合う、目を背けるなと何度も出てくるのですが、 自国の民間人への危険な生体実験、ガイの姉やティアの兄が被験者、ホド崩落への関与については、 ホドの話が出た時ですら出てこないので、読んでいていつも妙な違和感がありました。
ガイがフォミクリーについてジェイドを庇うシーンもありますが、ジェイドがフォミクリーのために 自分の姉を危険な実験体にしたことを知らず、またジェイドから知らされていないことを思うと、このシーンも寒々とした印象しか受けません。
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