「ルークさんがティアさんの気持ちを察するように変わる?・・・・・・そんなこと、無理に決まってるじゃないですか」

ノエルは普段ルークや他人に向けるのとは別人のような、冷え切った眼差しでティアを射抜くように睨み、ティアの言葉もルークへの望みも否定した。







推察できない加害者の気持ち







タタル渓谷でティアが馬車代に売ったペンダントをルークが買い戻した後、ティアはノエルをお茶に誘ってそのことを話した。
そして出会った頃のルークを貶め、変わった今のルークを誉めた。

私と出会った頃のルークは傲慢で、人の気持ちも、自分の行動を周りにどう思われるかも気にしなかった。
私がペンダントを売るのも当たり前のように見つめていた。
本当にわがままで、無知で、無神経で、それを恥じることもないまるで“子ども”だった。

でも今のルークはそれを無神経だったと反省したのでしょうね、私の顔色を窺うようになった。
その様子は叱られることを恐れる子どもの様で、思わず笑みが浮かぶほど微笑ましく嬉しかった。
良い変化だわ、ルークを見ていると人が変われることを実感できる、と。

その声には何処かノエルに見せつけるようなものがあり、赤く染まった顔は恋する乙女と言うよりは悪酒に酔ったようだった。

ノエルは固く強張った表情で、相槌を打つこともなく沈黙していた──ティアはそれを自分がルークに優しくされて大切にされているのを聞いているからだろうと、密かに優越感を感じていた──が、相手の気持ちを察することまで変化すればいい、と希望を続けた時、ノエルは冷え切った眼差しでティアを射抜くように睨み、ティアの言葉もルークへの望みも否定した。

「ルークさんがティアさんの気持ちを察するように変わる?・・・・・・そんなこと、無理に決まってるじゃないですか」







「ええ、確かに簡単には出来ることではないわ。今のルークにはそこまでできないでしょうけど、でも人は変われるのよ。だからルークもいつかは」

「そういう意味ではありません。ティアさんは、本当に何も自覚しないんですね。自分の行動を周りに、ルークさんに、私に、どう思われるかなんて考えようともしないまま、何も変わらない」

ティアはノエルの口調に籠った敵意を予想していた嫉妬だと解釈し、相変わらず酔ったような上ずった様子で話し続けようとしたが、皮肉るようについ先ほどティアが出会った頃のルークに言ったことを返され、今度は怒りに赤くなる。

「何言ってるのよ!それは私と出会った頃のルークのことでしょう!」

「私からみれば、ティアさんの方がこの言葉にぴったりに見えますよ。今までティアさんがしてきた振舞いも、さっきティアさんがルークさんについて言っていたことも。・・・・・・ティアさんの気持ちをルークさんが察するなんて無理ですよ。言っていることとやっていることが逆な人間の気持ちを、どうやって察しろと言うんですか?ルークさんが無神経だからではなく、あなたが他人が気持ちを推察できないような行動をとっているから、あなたの言うことは何時も矛盾した虚言ばかりで、気持が読み取れるようなものではないから、他人の未熟さではなくあなた自身の言動のせいで、あなたの気持ちは他人に推察も理解もされないんです」

「っノエル、あなた嫉妬してそんな中傷をしているんでしょう!いい加減にして!!」

激昂したティアはカップが倒れるほどの力でテーブルを叩くが、対照的にノエルは微動だにせず冷え切った眼差しをティアに向け続けているだけだった。
それもまたティアの癇に障り、ノエルが嫉妬に醜く動揺するだろうと考えた言葉を言い募る。

「私が羨ましいんでしょう?ルークは私に優しくて、気を遣ってくれるもの。出会った頃の私への態度は無神経だったって反省してくれたし、私の反応を気にして顔色を窺って、ペンダントを渡す時なんて、子供が親に叱られるのを怖がるような顔になっていたのよ。私の言うことを良く聞くようになって、みんな私のことをルークのお姉さんや、母親みたいだって言ってくれるわ。あなたはルークが好きだから羨ましいんでしょうけど、こんな嫌がらせは卑劣だわ!」

ティアはルークが自分にしてくれるようになった、ティアにとって望ましい態度の数々をひけらかすように並べてたが、 ティアの予想とは違いノエルは嫉妬も悔しさも浮かべることはなく静かに、けれどはっきりと敵意を込めて挑むように反論する。

「私はルークさんを好きですが、ティアさんを羨んだり妬む気持ちなんてこれっぽっちもありませんよ。ルークさんは私にも優しくしてくれますし、気を遣ってくれます。そしてルークさんがあなたにはして、私にはしないことを、して欲しいと思ったことなんて一度もありませんから」

ガイたちはティアがルークに向ける感情を恋と呼ぶ。
微笑ましいもののように目を細め、喜ばしいことのように祝福する。
けれどノエルには、ティアがルークに向ける気持ちは恋などではなく、微笑ましいものでも喜ばしいことでもなく、いやらしく忌まわしいものにしか見えなかった。

「私はルークさんに、好きな人に、親に叱られるのを怖がる子供のように私に怯えて欲しいなんて思いません。私とルークさんの出会いがもしルークさんを攻撃するような異常な出会いで、私が言うこともすることも常軌を逸していて、ルークさんがそんな私に気を遣わなかったとしても、それを無神経だって反省して欲しいとも思いませんし、私が理不尽なことを言っても聞いて欲しいとも私の顔色を窺うようになって欲しいとも思いません。私はルークさんに恐れられたくもルークさんを支配したくもありませんから。そんなお姉さんや母親にだってなりたくもないし、弟や子どもをそんな風にしたいとも思いません。私はルークさんを好きでルークさんに好きになって欲しいけど、だからこそそんな風に恐れられるなんて嫌ですから」

ティアはルークの怯えた態度に何の違和感も持たず、むしろ喜ばしいことのように微笑む。
それを良い変化だと受け止めているかのように、ルークが自分に怯えるのを望むかのように。
好きな人でも、母親と子供でも、姉と弟でも、仲間でも、どんな関係に例えても今の二人の互いへの態度は尋常なものではなかった。

「さっきから何言ってるのよ!?攻撃とか虚言とか私にはまったく身に覚えがないわ!無実の罪で私を貶めてルークとの仲を裂こうとでもいうつもり!?」

「ティアさん、出会った頃のルークさんに、こんなこと言ったそうですね。ルークさんに危害を加えることつもりがないのは確かだとか、信じてもらえないかとか 」

「それの何処が虚言だっていうのよ!現に私はルークに危害を加えたことなんてなかったわ!確かにルークを巻き込んでタタル渓谷に飛んでしまったけど、でもそれは事故で巻き込むつもりはなかったし、危害は加えなかったわ。私は兄だけを狙っていたのに関係のないルークに危害を加えるはずがないでしょう?」

あなたがそんな子だなんて思わなかった、見損なった、そうティアはノエルへの失望をあらわにする。
けれどとうにティアを見損ない果てているノエルには何の衝撃もなく、望みなどないから失望することもなかった。

「既に危害を加えた人間に危害を加えるつもりはないのは確かだと言われて、信じられるはずないでしょう」

「だから私は危害なんて──」

「ティアさん、ルークさんにユリアの譜歌の“ナイトメア”をかけたのでしょう?攻撃と眠りや痺れの効果を持つ譜歌をかけることを、どうして危害だったと認識しないんですか?どうしてそんな攻撃をした人間に、危害を加えるつもりはないのは確かだった言えて、どう思うか考えようともしないんですか?」

「ナイトメアは“深淵へと誘う旋律”よ、眠らせる歌なの!攻撃や危害になるはずがないでしょう!!それに大切な聖女ユリアの譜歌なのよ?清らかな譜歌を汚す様なことを言わないで!いくら譜術士フォニマーじゃないから譜歌を良く知らないからって、こんなにも侮辱されたらユリアの子孫で、ユリアの譜歌を受け継ぐ身として許せないわ!!」

ティアはノエルの無知に呆れながら叱り付けるが、返ってきたのは逆にティアの無知を突きつけ、自己弁護を否定する答えだった。

「シェリダンで自警団に所属している譜術士の知人から、こんな話を聞いたことがあります。最近眠りや痺れの譜術や睡眠薬を悪用して、被害者を動けなくする強盗が多発している。中には転倒して頭を打ったり、割れ物を落しながら転倒して破片で切ったりして怪我をした人もいる、と」

そう言われてティアは屋敷にナイトメアを歌いながら入った時、男性が床に倒れたり少女が持っていた陶器の食器を落しながら倒れていたのを思い出し、さっきまでは酔いと怒りに赤く染まっていた顔を青褪めさせて凍りつく。

「突然に意識を失ったり、身体が動かなくなった人間がどうなるかを考えなかったのですか?それとも考えたけど、そんなものは大したことはないから危害や攻撃ではないという認識だったのですか?」

あの男性は頭や胸を打つように床に倒れ込み、頭を庇うこともできなかった。
あの少女は落として割れた陶器の破片の側に倒れ込み、顔を庇うこともできなかった。
彼らを気にもとめなかったティアの目に入らなかった所で、見えない壁や扉の向こうで、同じように倒れている人々はもっといただろう。

「“ユリアが遺した譜歌は譜術と同等の力を持つ”という伝承、ローレライ教団の軍人でユリアの子孫で、ユリアの譜歌を受け継ぐ身のティアさんはご存知ですよね?その通りにナイトメアは下級譜術のエナジープラストにも匹敵する威力を持つと、ジェイドさんが感心していましたよ。直接の攻撃と、眠気と痺れによる攻撃と、二重を攻撃を行う譜歌は、攻撃や危害になるはずがないんですか?」

つい先程までペンダントを渡した時のルークや、出会った頃との違いを思い出して、またそれをノエルに見せつけるように話すことに心地よくざわついていた胸の中が、寒々しく重苦しい別のざわつきへととって変わる。

「ティアさんは譜術士で、音律士クルーナーですから、譜歌を良く知っているはずですよね?“第七音譜術士セブンスフォニマーのくせに譜歌も知らないの、信じられない!”と第七音譜術士でもないルークさんに呆れていた、第七音譜術士で、音律士のティアさん?」

ルークから当時のことを聞いたのか、タタル渓谷でティアがルークに言ったことを交えて問いかけるノエルの言葉に、ティアの中に羞恥を伴って当時の記憶が蘇る。
ルークと出会った頃のティアは、第七音譜術士だと思ったルークが譜歌も知らないことに呆れ、ルークを信じられない無知な人間だと見下していた。
第七音譜術士の中でも、譜歌を操る者として譜歌を知っていなければならないティア自身の信じられない無知は自覚することなく。

「これも自覚してないようですけど、そもそも襲撃したことが屋敷の方々への危害になっているんですよ。襲撃されて、譜歌で二重に攻撃されて、その犯人に危害を加えるつもりがないのは確かだから信じろと言われて、犯人の気持ちを察するなんてできません。だって危害を加えるつもりがなかったなら、最初からお屋敷を選ばないでしょうし、譜歌で攻撃なんてしないでしょう。もう何重にも、危害を加えるつもりがなかったらしないような行動をとった後じゃないですか。でも口では危害を加えるつもりはないから信じて欲しいと、まるで危害がなかったことのようにしてしまう。こんな言動から、どんな気持ちを察しろと言うんですか?・・・・・・ティアさんの言動は、いつもそんな風ですよね。民間人を巻き込んで、危害を加えて襲撃したのに、軍属である限り民間人を護るのは軍人の義務と言ったり、責任をもって送ると言ったのに、守ることはせず当たり前のように魔物と戦わせたり。さっき当たり前のようにペンダントを売るのを見ていたルークさんが無神経だったと言ったティアさん、実戦経験もない、被害者のルークさんが魔物と戦うのを当たり前のように見ていたり、盗賊にも劣るような言い方で貶めたことを、無神経だったと恥じる気持ちはないのですか?」

「それは・・・・・・出会った頃のルークは、世間知ら・・・・・・いえ、横柄な態度をとるから呆れてしまって、つい・・・・・・あなたは知らないけれど、あの頃のルークの横柄な態度では、私の態度が横柄になるのも仕方なかったの。それに戦わせたのは、ルークに戦うことの厳しさを教えるためだったのよ」

ティアは世間知らず、と言いかけてまたそれを自分に返されるのを恐れて言い淀み、ルークの態度を自分の態度の理由にするが、即座にティア自身に跳ね返される。

「ルークさんが横柄な態度をとるから呆れてしまって?じゃあティアさんに襲撃されて譜歌で攻撃されて、横柄な犯罪に遭って横柄な態度をとられていたルークさんの態度が横柄になるのも仕方ないですよね。ルークさんは出会った時のティアさんに下級譜術のエナジープラストにも匹敵する威力を持つ譜歌で攻撃されていますから、もしも出会った頃のルークさんがエナジープラストでティアさんを攻撃しても仕方なかった、そう言ってるんですよね?それとも“初対面の”ティアさんに横柄な犯罪に遭わされて横柄な態度をとられたルークさんが横柄な態度になるのは許されないけど、ティアさんが“襲撃して、譜歌で攻撃して、何重にも危害を加えた後の”ルークさんに横柄な態度をとられて、つい態度が横柄になるのは許されるんですか?」

ノエルの問いかけに、ティアは肯定を返せなかった。
つい先程はルークの態度が横柄だから呆れたのを自分の態度の理由にしたのに、自分の犯罪と態度が横柄だったことをルークの態度の横柄の理由にするのは認められなかった。
けれどティアの言うように相手にされたから自分も同じように振舞うことが正当化されるなら、ルークがティアに横柄な態度をとることはもちろんエナジープラストで攻撃することだって正当化されるし、ティアが横柄だと呆れた当時のルークの態度はティアがルークに向けた横柄さよりずっと軽かった、とすら言える。
そしてルークのティアへの最初の横柄さは、その前のティアのルークへの横柄な犯罪と態度を理由に正当化できるが、ティアはルークへの最初の横柄な犯罪と態度を正当化する理由を、それまで面識もないルークの態度になど求めるのは不可能で、元を辿ればティアの犯罪と態度が横柄だったことに端を発している。
既にティア自身がとった振舞いや言葉は、ティア自身への非難になって跳ね返っていた。

傲慢、横柄、わがまま、無神経。
ティアはずっとそうルークを非難しながら、自分が初めてルークに出会った時にどれほど傲慢、横柄、わがまま、無神経な行動をとったのかは自覚しなかった。
譜歌で倒れる人々を見ても、譜歌にかけたガイに会った時も、シュザンヌに謝りに行く時も。
自覚していたのは“場所柄を弁えずにファブレ家でヴァンを討とうとしたため、巻き込むつもりはなかったが事故でルークを巻き込んでタタル渓谷に転移してしまった”ことだけで、その罪悪感すらも半分はルークのせいのように言い、巻き込まれたのは自分の方かもしれないと思えるほどに軽いものでしかなかった。

「ティアさんにとって出会った頃のルークさんは、責任をもって送り返さないといけない被害者じゃなかったんですか、何時の間に軍の教官と新兵になったんですか?被害者を責任をもって無事に送り返すことと戦うことの厳しさとやらを教えることが、加害者と教官が両立できるなんて、随分ティアさんは器用なんですね」

当時のティアとルークは魔物の済む危険な渓谷にいて、他に護衛もなくルークと二人きり。
しかも何処に飛ばされたのかも分かってはおらず、何日、どの程度の敵と戦えばいいのかも未知数な状況だった。
戦うことの厳しさを教えるなどという本来の目的とは違う、またティアがする立場にもルークがされる立場にもないことをする余裕も、必要も理由もなかったはずなのに。
両立などできるはずもない余計な目的を勝手に混同させていたティアの振舞いは、いくら口で責任を強調しても正反対に、“被害者を責任をもって無事に送り返す”ことを軽視し、加害者なのにそれを忘れて勝手に教官のように勘違いをしているとしか思えない行動だった。

「こんな風に、ティアさんはいつも言うこととすることが解離しているんですよ。そして他人には強制して、できなかったら見下したり罵ったりすることを、ティアさんはできず、しようともせず、それを恥じることもない。・・・・・・そんな行動から気持ちを推察できなかったのは、本当にルークさんの未熟さのせいなんですか?変わるべきなのは、本当にルークさんの方なんですか?」

出会った頃のルークに自分がどう見えていたのか、自分がルークに何をしたのか。
自覚しなければならなかったのに自覚しなかったことも察しなければならなかったのに察しなかったことも思い知らされて、ティアの中のルークの姉や教師のような自分の像は大きく罅割れる。

けれどティアの胸に浮かんだのは自己嫌悪よりも、どうしてノエルはこんなこと言うのかという恨みの気持ちだった。
自分はノエルに何もしていないのに、どうしてこんな態度をとられるのだろう。
ノエルだって自分と共に旅をしてきた仲間なのに、どうして自分を気遣って見て見ぬふりをしていてはくれなかったのかと。

ティアは抑えられずに恨みがましくノエルを睨むが、ノエルはそれ以上に恨みを込めた眼差しと声をティアに返す。

「私もティアさんの気持ちなんて察することはできません。どうしてティアさんは、おじいちゃんたちを殺された時には“落ち込んでいる暇はない”と言ったのに、自分はヴァンに迷って落ち込んで、仲間に無断でひとり会いに行くぐらい“暇”があるんですか?あの時、おじいちゃんたちを殺されたことが辛くて、泣くのを抑えられなかったけれど、それでも作戦を成功させるために行動するつもりでしたし、そう言いましたよね。でもティアさんは、作戦のための行動をしていても、落ち込んで泣くことを許さなかった。自分はヴァンの潜伏先を知って、ヴァンを倒すチャンスを得ながら、それをジェイドさんたちに相談してヴァンを倒すためではなく、今更説得するために浪費したのに。落ち込んでヴァンを倒す行動を怠りみんなに迷惑をかけたのに。どうして祖父たちの死を悲しむ時間は、そこまで否定されたんですか?どうしてヴァンと戦うことを躊躇う時間は、そこまで許されるんですか?私もティアさんの気持ちなんて察することはできません。ねぇティアさん、あなたはどんな気持ちであの時落ち込んでいる暇はないと言い、ヴァンを倒すチャンスを浪費したんですか?」

共に旅をしてきた仲間の気持ちを察しない無神経な態度を、それなのに自分には彼女に強いたことをしなかった身勝手さと甘えを、恨みと共に突きつけられてティアはひっと引きつった悲鳴を上げる。

ノエルはティアの身体に触れてはいない。
机を挟んだ椅子に座ったまま、ティアに近付こうともしていない。
けれどノエルの視線に射抜かれるだけで、声を聞くだけで、ティアは抑えつけられて首を絞められているかのような息苦しく、身体は震えが止まらなかった。

「ルークさんがティアさんの気持ちを察するように変わる?・・・・・・そんなこと、無理に決まってるじゃないですか。ティアさんはルークさんのことを、自分の思い通りに動く操り人形だとでも思っているんですか?ティアさんに傷付けられても恐ろしい目に遭わされても何も感じる心がないとでも思っているんですか?そんな相手に心があることすら否定して自分に従わせようとするのが恋だなんて、どうしてガイさんたちは呼べるんでしょうね。それとも、ティアさんの常識では加害者は被害者よりも偉いから、被害者には許されないことも加害者には許されるし、加害者にどんな危害を加えられても被害者は気持ちを察しないと無神経になるんですか?数え切れないほどの罪を犯した大罪人のヴァンのために落ち込む暇は、倒す機会を浪費して迷惑をかけても許されて、何の罪もなく殺された被害者の祖父たちのために落ち込む時間は、作戦成功のために行動しても許されなかったように」

とうとう座ってもいられなくなったティアの身体は、椅子からずり落ちて床に尻餅をつく。
もう何も見たくない聞きたくない、ノエルからも突きつけられる自分の醜さからも逃げ出してしまいたい。
そう思って足が震えて立ち上がることもできないまま、擦り下がって逃げようとするティアの姿は、悪事を親に叱られて逃げ出す子どもよりも見苦しかった。
ノエルはそれを追いかけることはなかったが、放たれる言葉に込められた嫌悪と恨みの深さはティアを逃さず、幾ら物理的な距離をとっても息苦しさも震えも増すばかりだった。

「勘違いをしないで下さいね、ティアさん。ルークさんにも、私にも、きっと誰にもあなたの気持ちを察することなどできはしないのは、他人が無神経や幼いからではなくて、あなたの言動が、思考が、人格が、何もかもが常軌を逸しているからですよ。 そしてルークさんが自分を犯罪に巻き込んで襲撃して攻撃して危害を加えたあなたを、半分はルークさんのせいのように言って、横柄な態度をとって、被害者が魔物と戦うのを当たり前のように見て、盗賊にも劣るように貶めていたあなたを、加害者で、冷酷で、無神経で、わがままで、そして異常な振舞いと虚言ばかりのあなたを気にかけなかったとしても、それはルークさんが無神経やわがままだったからではなく、あなたの行動への当然の反応なんですよ?」


ねぇ、人は変われると実感したティアさん。

音律士のくせに譜歌を知らず、軍人なのに民間人に危害を加え、危害を加えるつもりはないのに襲撃して譜術にも匹敵する譜歌で攻撃までして、加害者のくせに被害者が自分を気にかけないことを無神経だったと見下して、実戦経験のない民間人に戦わせて自分を護らせて気にかけなかったティアさん。

何時までも自分の行いを自覚することもなく、自分の行動への周囲の反応を考えようともしない。
わがままで、無知で、無神経で、人の心も体も傷付けることに無頓着で、それを恥じることもないままのティアさん。

あなたは、どうしてそんなにも成長しないんですか?
















                        
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