民間人を護る軍人の義務、民間人に護られる軍人







「いい加減にしろ!お前はそれでも軍人か!同僚はおろか民間人にまでこんなに迷惑をかけて、恥じるところはないのか!?」

ダアトのある村で、ひとりの女が男に激しい剣幕で怒鳴られていた。
周囲には多くの村人や、男女の同僚でもある軍人がいたが、誰も男を止めようとも、女を庇おうともしない。
村人は冷やかに女を見つめ、軍人はそれに加えて恥じる様な顔で俯いたり、村人に申し訳なさそうな様子になっている。

けれど女は村人や、上官や同僚のはずの軍人たちの冷ややかな態度を理不尽だとでもいうように睨みつけ、男に怒鳴り返した。

「私が何をしたというのですか!そんな風に言われる覚えなど私にはありません!」

「何をだと!お前は自分が何をしたのか分かってないのか、民間人を戦わせたのだぞ!しかも自分を護れと言っただと?民間人に護ってもらうような甘えた根性で軍人になどなるな!」

まだ新人だが女の教官からは若くして謡将になった兄に似て優秀と聞いていたというのにとんだ期待外れだ、そう男は呟いて心の中で女の教官を罵った。


数時間前、この村で魔物の襲撃が発生し、知らせを受けた神託の盾騎士団が村人の救援と魔物の撃退に赴いた。
向かった神託の盾騎士団は幸い村人に被害が出る前に到着し、軍人たちは村人を護りながら魔物を倒そうと懸命に戦った。

ところがこの女だけは、木刀を持っていた村人たちを魔物と戦わせた挙句、「詠唱している間自分を護れ」と要求した。

魔物の数や強さはさほどではなかったが、それはあくまで軍人にとっての話だ。
民間人の彼らは剣術は習ってはいたが実戦の経験などなく、木刀を持っていたのも剣術の稽古の最中に魔物の襲撃が起きたため着の身着のまま木刀もそのまま持っていただけで、自分の意思で、覚悟を決めて戦うために武器を持ち、戦場に飛び込んできた訳ではない。
ただ自分の家で普通に暮らしていたら、突然の襲撃によって危険に巻き込まれただけの民間人だ。

そんな村人たちに向かって“民間人を護る義務を持つ軍人”のはずのこの女は、戦わせた挙句、軍人を護れと要求した。

すぐに別の兵士が女を叱りつけて要求を撤回したが、それでも女は恥じるどころかその兵士を責めて再び村人たちを戦わせようとしたため、止む無く兵士は女を拘束した。

そして魔物の襲撃を撃退した後報告を受けた上官の男は激怒して女を叱責し、村人に謝罪したが、男にどれだけ叱られても、上官や同僚が自分の行いを詫びているのを見ても、女には反省の色など欠片もない。

「でも戦える力のあるものは、子供でも民間人でも戦うことがあります!」

「それは軍人の救援が間に合わず民間人も戦わざるをえない状況に陥った時の話か、それとも危険を覚悟して旅に出た者や、危険な商売をしている者や、傭兵など戦いを生業にしている者たちのことか?はたまたお前のような未成年で軍人になった者の話か・・・・・・どれもこの状況には当てはまらん!彼らは民間人であって軍人ではなく、戦う力といっても多少剣術を習っていただけで実戦の経験もなく、自分から危険を覚悟して、自分の意思で旅立ったり戦場に来た訳ではない!そもそも子供や民間人が戦うこともあるからといって、此処でお前が彼らを同じ目に遭わせることが正当化される訳ではない!私たち軍人が間に合って戦っているこの状況で、どうして実戦の経験もない護るべき民間人が戦い、まして軍人を護らねばならんのだ!?」

「そんなことを言っていたらこの人たちは何時まで経っても成長できません!現に戦わせた時のこの人たちは、正直言って、安心して背中を預けられる相手ではないと思いました」

女はまるで責めるような色を浮かべて村人の方を睨みつけるが、軍人から“背中を預けられる相手”かを図られた彼らの反応は困惑するか怒るかのどちらかで、女が期待していたような反応は返っては来なかった。
男も怒りと、そしてこんな部下を持った羞恥と村人への申し訳なさに真っ赤になって女の非常識を否定する。

「当たり前だろう!民間人が軍人の背中を預かる必要などあるか!!成長してないのは民間人に当たり前のように戦闘を強い、背中を預けようとする甘ったれたお前の方だ。幾ら新人とはいえ兵士としての心構えも分かってないのか?軍属である限り民間人を護るのは軍人の義務なのだぞ!!」

「私はただ、彼らに戦うことの厳しさを教えようとしただけです!」

「お前は民間人の彼らを新兵だとでも、自分をその教官だとでも思っているのか!?充分に戦力も経験もない者を戦わせるということは重症や死に繋がることも、心にも死の恐怖から精神外傷を負わせることもあるというのに、お前は“戦うことの厳しさを教える”ために重症や精神外傷を負ったり死ぬほどの危険な目に遭わせるつもりか!」

今でも周囲の村人たち、特に戦わされた者やその家族からは身が凍るような厳しい視線や、まるで恐ろしい魔物でも見るかのような怯えきった視線を向けられている。
魔物と戦わされたショックからか、女が恐ろしかったのか、かすかにすすり泣くような声も聞こえていた。

女はその視線にも泣き声にも怯むことも、自分が戦わせた民間人の気持ちを思いやることも責任を考えることもなく、自分の言動によって同僚や上官、そして神託の盾そのものに迷惑をかけていることにも気付きもしない。

「まったく、軍人のくせに軍人の義務も理解せず民間人を危険に晒すとは驚きましたね。一体どんな環境で育てばここまで何も知らずに、わがまま放題にいられるのか・・・・・・」

「噂ではダアトの有力者の孫娘だとか。甘やかされて世間知らずに育てられたのかもしれませんね」

「外の世界のことを知らなくて当然、ですか。しかし、もう軍人になって何カ月も経つのに変わっていないのでは・・・・・・」

言い訳する度に暴かれる女の非常識な常識に、軍人たちはもはや怒るより口々に呆れた言葉を漏らす。
それでも女は“戦う力があれば、民間人でも軍人がいても魔物と戦い、軍人を護り背中を預かる”のを常識と思い込んだまま、周囲の冷たい反応を身に覚えのないものとしか受け止めず睨みつける。

(このまま反省せずに増長してしまったら、こいつは一体どうなるんだ?こいつひとりが破滅するだけならともかく、他人まで・・・・・・神託の盾騎士団や民間人まで巻き添えにされそうな嫌な予感がするが・・・・・・。ヴァン謡将は妹に甘いと聞くし、教官だったリグレット女史もコレを誉めるようでは目が曇っているのか同類なのか、どちらにしても叱ることはなさそうだしな・・・・・・)

男の危惧も虚しく、女と教官はこの時の叱責でも類似した事件の時の叱責の数々でも、一向に自覚も反省もすることはなく、戦わせた民間人への謝罪も行うことはなく、逆に自分が被害者のような顔して陰で彼らを戦うことの厳しさも知らないなんて無知だ、背中を預けられないと罵る始末だった。
そんな女を、教官や主席総長は叱ることもなくただ甘やかし、処罰から庇い、更に増長させていった。


数カ月後、女が任務を放棄した挙句、キムラスカの公爵家を警備の騎士団や民間人の使用人、公爵子息や公爵夫人に譜歌を用いて襲撃し、あまつさえ実戦経験のない公爵子息を、当然のように戦わせ、自分を護らせていたという信じられない事件が起きた時、女を知る神託の盾の軍人たちは主席総長と教官以外は揃って「いつかこんなことになると思っていたよ」と嘆息した。

その話はやがて非常識やわがままを諌める際に使われる悪い例になり、子供に向けては教訓的な童話にもなり、反面教師としてダアトの人々を戒めていったという。













タタル渓谷での様子を見るとティアは軍人の自分がいても、民間人で、実戦経験のない、自分から危険を覚悟して旅に出たり危険な場所に来てもいないルークが魔物と戦うのを当たり前のことと思っているようでしたが、「軍属である限り民間人を護るのは軍人の義務」がオールドランドにおける軍人の常識なら、ティアの行動は上官や同僚から相当呆れられるのではないかと。




                        
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