※詳しい描写はありませんが、出産、難産、死産や、真ナタリアが殺された可能性について話しています。







ナタリアを娘として愛することも受け入れることもできぬ。
それどころか憎いのだとインゴベルトが言った時、嘆くナタリアと怒るガイや仲間たちとは違い、ルークだけが納得していた。
何故なら、知らなかったとしても騙されていても悪くないはずはなく、無知と考えなしは悪く、仇の家族はもっとも憎むべき相手。
それが無知で非常識なルークに、仲間たちが教えてくれた知識であり常識なのだから。








偽娘は憎むべき仇の孫娘







「・・・・・・わしの娘は、ナタリアはとうに亡くなった。私はお前を、マギーの孫娘メリルを娘として愛することも受け入れることも、到底できぬ。それどころか、今のわしにとってお前は憎むべき対象でしかないのだ」

ナタリアの乳母のまとめ役であったマギーから聴取したというすり替えの経緯を話した後、インゴベルトはそう締めくくった。

ナタリアは驚愕し、震えながら手で顔を覆って泣き出してしまい、ガイをはじめとする仲間たちはナタリアを慰めながら口々にインゴベルトを非難する。

「なんてことを言うんだ!ナタリアを拒むどころか憎むだなんて、ナタリアに何の罪があるっていうんだ!まさかモースの言うように、ナタリアが実の親と引き離されたことを恨んで復讐を企んだなんて馬鹿なこと考えている訳じゃないだろうな!」

今にもインゴベルトに掴みかかりそうなガイの問いに、インゴベルトは黙って首を振った。

「あれはメリルを処刑するための冤罪だということは知っている、メリルを憎む理由はそんなものではない」

インゴベルトが自分をナタリアとは呼ばずメリルと呼び続け、ナタリアという名を亡くなった“本物の娘”にしか使っていないことに気付き、ナタリアの嘆きはさらに深くなる。
止めどなく溢れる涙と悲痛な泣き声にもインゴベルトは何の痛痒もない様子で、以前とは人が変わったように冷たく見ているだけだった。

「では何故ですか。あなたも血統だけに拘り、王家の血を引かねば王女として認められず自分の血を引かねば娘として愛せないと言われるのですか」

「血統だけに拘る、か。確かにそれが理由だ。しかし王家の血、わしの血を引かぬからではない」

イオンの問いを前者は肯定しながら後者は否定したインゴベルトの返答を、イオンもナタリアも、ガイたち仲間たちの誰も理解できずに首を傾げる。
ただひとり、ルークを除いて。

「わしの娘は、ナタリアはとうに亡くなった。お前はナタリアではなくマギーの孫娘メリル、そして娘ではなく憎むべき対象でしかない!」





聞く耳を持たないインゴベルトに再び殺されかけて王城から脱出した一行が安全な場所まで辿りつくと、ナタリアはわっと泣きながら地面に膝を着き、どうして、お父様、と繰り返す。
仲間たちはそんなナタリアを優しく慰め、泣き疲れたナタリアが眠るともう一度王城へ行こうと話し合った。

「王家の血、王の血を引かぬからではないなら、他にナタリアを受け入れられない理由があるのでしょうか?」

「そうだな・・・・・・あんなに可愛がっていたのに手の平を返すように態度を豹変させた挙句、憎むなんて妙だったし、モースが他にも何か言ったのかもしれない。後でもう一度インゴベルト王の元へ行ってみよう。こんな理不尽な態度は、あまりにもナタリアが可哀相だよ」

「でも、仕方ないじゃないか。常識で否定されてるんだから」

「・・・・・・え?」

自分と同じようにナタリアを庇って同意くれるとばかり思っていたルークの反応にガイは呆然とし、二の句が継げなかった。

「何言ってるんだお前は!馬鹿なこと言ってないで、お前もインゴベルト王を説得する方法を考えろよ!」

ガイの言葉にルークはきょとんとする。
“無知”で“考えなし”な自分にすら分かるようなことをガイが知らず考えつかないとは思わなかったし、否定の理由はガイの行動から学んだことなのに、ガイがこんなにも怒ったり驚いたりするのがどうしてか分からなかった。

「だって、常識で否定されてるんだから、仕方ないじゃないか。何も知らなくても悪くないはずないし、憎むべき子を愛せるはずがないって、伯父上は常識的な反応でナタリアを否定したんだ。それをどうやって説得できるんだ?昔の俺みたいな非常識な真似をする訳にはいかないだろ」

「もーっ!なに馬鹿言っちゃってるのこのお坊ちゃん、意味分かんない!またみんなに見捨てられても知らないよ?」

「いい加減にして頂戴ルーク!少しは変わったところもあると思ってたのに、私だって、何時でもあなたを見限ることができるのよ、気を抜かないで!」

アニスとティアに怒鳴られてビクッと身体が跳ね、親に見捨てられることを不安がる子供のような表情になったルークは、それでも“常識”を否定される理由が分からずに、しとろもどろになりながら尋ねる。

「見限るって・・・・・・見捨てられるって、俺は変わろうと思って、常識的な反応をして非常識な反応は止めようと思ったのに、それも間違ってるのか?」

「それの何処が常識な訳ぇ?何も知らなくても悪くないとかなんとか、ナタリアが何したっての」

「ナタリアじゃなくて、乳母のマギーさんがだよ」

「はぁ?なんで乳母がでてくるの」

「だって、さっきの話だとナタリア・・・・・・“本物のナタリア”、亡くなっていたって証拠はなかったみたいだから、殺されたのかもしれない。そしてマギーさんはその一端を、何も知らなくても騙されても担ったことにもなるから」

「本物のナタリア姫は死産だったと、マギーさんに会った時も先程聞いたすり替えの経緯にもあったではありませんか」

“本物のナタリア様は、死産でございました。しかし、王妃様はお心が弱っておいででした。そこで私は数日早く誕生しておりました我が娘シルヴィアの子を、王妃様に・・・・・・”

“当時この城には王妃様の御出産のために、ダアトから二人の預言士スコアラーが特務官として派遣されていました。そのうちのひとりイエール謡長に、御出産の直後、御子様はそのままに人払いをするようにと指示されました。不審には思いましたがローレライ教団が儀式を執り行うことは既に通達済みだと言われて、私は指示通りにお生まれになると同時に、気を失われた王妃様やへその緒を切られたばかりの御子様の側から、引き剥がすようにして医師たちを産室の外に追いやりました。イエール様はすぐに本物のナタリア様の御遺体を布で包み、驚く私に死産だったと言って控えの間に連れて行き、そこで待っていたもう一人のカブスという預言士に埋めてくるようにと御遺体を渡しました。そして私に・・・・・・弱っておられる王妃様が死産だったと知ったら、と我が孫メリルとのすり替えを指示したのです。私は・・・・・・できるわけがない、何故うちのメリルなのかと拒んだのですが、全ては秘預言クローズドスコアに記されていると脅かされ・・・・・・”

マギーに会った時、先程インゴベルトから聞いたマギーの聴取で分かったすり替えの詳細、どちらでも死産だったと言っていた。
それを思い出してイオンが聞くと、ルークはマギーがそう言ったことは肯定しつつも死産だったことは分からないと答える。

「それは乳母がそう思ってただけだろ。もしくは乳母に死産と言ったイエールとかいう預言士がそう思ってたか。でもそれじゃ本当に亡くなっていたのか分からないから、殺された可能性もあるんだ」

ジェイドはちらりとインゴベルトのいる王城の方を見て、ルークが訳のわからないことを言っているのではなく、自分たちが気付いていない何かを元にインゴベルトのナタリアへの態度が豹変した理由に思い至ったのではないかと考え始める。

「どういうことですか?ルーク、詳しく話してみて下さい」

「えっと・・・・・・俺の母上、身体が弱かっただろ?母上の母上、先王ヘルムート五世の二度目の王妃レギーナ妃も身体が弱くて、母上が産まれた時も難産だったんだ」

説明を求めたら先王の王妃の病弱と難産の話に飛んだことにジェイドは内心困惑したが、それでもまたルークを馬鹿にしようとしたティアとアニスを抑え、一瞬怯えて口ごもったルークに続きを促した。

「それで、母上は産まれた時に産声がなかったし、呼吸もしてなくて、それを見たレギーナ御婆様は母上が死んでいると思って泣き伏して大騒ぎになったんだ。でも、出産のために産室についていた医師団がすぐに蘇生治療をしたおかげで、呼吸ができるようになって助かったんだ。母上が俺・・・・・・いやアッシュを産んだ時も難産で、アッシュは呼吸してたし産声も上がったけど、おぎゃー!ってでっかい声じゃなくて、弱弱しい小さい声で、母上は随分心配したって、屋敷にいた頃、母上から聞いたことがあるんだ」

「・・・・・・本物のナタリア王女も同じだったかもしれない、と言うことですか?」

「うん。マギーさんの話でも聴取で分かった経緯でも、マギーさんは“本物のナタリア”のこと、ちょっと見ただけで触ってもなかったんだろ?産声は上がってなかったみたいだけど、アッシュみたいに小さくて弱弱しい声だったら離れてたマギーさんには聞こえなかったのかもしれないし、母上みたいに産声を上げなかったのかもしれないから、産声がないだけじゃ証拠にならない。もちろんちらっと見ただけで分かるはずもないし、見た時には死産と分からなかったみたいだったから、マギーさんには死産の確証はなくて、ただ預言士が死産と言ったの信じただけなんだよ」

「あなた、まさかローレライ教団の預言士が嘘をついて、生きていた王女を殺したとでも言いたいの!?神託の盾騎士団は秩序を守るローレライの騎士なのよ、そんな嘘をついたり惨いこと事をする人は・・・・・・」

「いるでしょうね」

「大佐!?」

預言士の虚偽や殺人を否定するティアとは違いジェイドはあっさりと認める。
アニスは眼を逸らして、イオンは辛そうに俯いて、ティアと同じく教団の人間のはずの二人は教団を庇うことはしなかった。
アニスの脳裏にはモースが自分に、また他の部下やスパイに命じていた数々の惨い命令が、イオンの脳裏にはモースとヴァンによって自分の前に作られたレプリカたちの末路が浮かび、嘘をつくことも殺人を含む惨い命令をすることも、教団なら、モースならやりかねないと内心ジェイドに同意していた。
ティアのように教団への信仰が厚くもなくジェイドのように教団の暗部を知らないガイは、ティアが否定しジェイドが肯定し、教団の人間二人が思い当ることがあるかのような顔で沈黙している状況にどちらとも判断が付かず口を挟めずにいた。

「ティア、あなたは何も知らない、いえ気付いていないのですか?神託の盾騎士団は今まで戦争や政争に関わって数多の嘘も暗殺も見殺しもしてきた組織です。私もそんな預言士を実際に目にしてきましたし、預言を実行するための嘘や殺人、見殺しも枚挙に暇がありません。現にナタリアを殺すために実の親と引き離されたことを恨んで復讐を企んだ云々と大嘘をついていた大詠師がいたでしょう」

モースがナタリアを処刑させるためについた嘘のことを思い出し、ティアは唇を噛む。
教団を、自分たち秩序を守るローレライの騎士を庇いたくても全員が目撃した実例を出されると反論はできなかった。
元々ティアの教団への信仰は、秘預言を残したユリアと教団の導師だったフレイル・アルバートが自分の先祖だったことや、閉鎖的なユリアシティで教わった秘預言とユリアへの信仰に基づいたもので、経験や証拠に基づくものではなかった。

実のところジェイドの様な、戦争に関わることで教団の暗部を目撃する機会の多い他国の軍人などには教団への疑惑を持つ者は多かったし、土地柄おおっぴらに口には出せないものの、ダアトですら教団への盲目的な信仰など持っていない者はいた。
神託の盾に入る前の十才だったアニスも、働いていた酒場で酔客の話す預言士への罵詈雑言や教団に不都合な噂話を聞くともなく聞いていたためもあり、モースが両親の借金を肩代わりしてくれると話を聞いた時は詐欺やスパイとまでは思わなかったものの、教団やモースに何か利益があるからこその申し出だろうとは疑っていた。
人を疑わない両親が勝手に承諾してしまったために見極める間もなく、結局はモースの手中に落ちてしまったが。

教団の、それもモースの部下の情報部員という立場にあったならそういう暗部に触れる機会もあっただろうに、一体どうして“神託の盾騎士団は秩序を守るローレライの騎士”などと何も知らないかのようなことを言えたのだろう?と三人は今更ながらに不思議に思う。

「それに、もしその預言士が死産だったと思っていたとしても、本当に死産だったとか助けられなかったかは分からない。母上が呼吸すらしてなくて、レギーナ御婆様が死産だと思ったけど、医師団の蘇生治療で助かったように、預言士の目には死産に見えたけど、本当は違ってたのかもしれない。確かマギーさんの話だと、預言士はすぐに布に包んで、もう一人の預言士に渡して埋めに行かせたんだろ?本当に死産か、助けようがないのかを確かめてすらいなかったみたいだから、唯一“本物のナタリア”に触れた預言士にすら分からなかったのかもしれない」

「でも、ユリアの秘預言に詠まれていると言ってたじゃない」

「死産だったと言ったのもそうですが、本当かわかったものではありません。すり替えが詠まれていたのは事実でしょう、そのために預言士を送って工作していたほどですからね。しかし「王女は死産で乳母の孫とすり替えられる」なのか「王女は生きて産まれたが殺され乳母の孫とすり替えられる」なのか・・・・・・。その預言士は、最初からすり替えを預言通り実行するために送り込まれた者でしょうから、後者だとしても同じように預言通りにするでしょうし、その場合王女殺害となれば流石に乳母が従わなかったかもしれませんから隠して死産だと嘘をついたというのは考えられます。医師団を遠ざけて乳母と二人の状況を作ったのも、土壇場になって突然言い出したり、乳母の、それもまとめ役が何も知らされていなかったとは不自然ですし、その儀式を執り行う通達が行っているというのも言うのもインゴベルト王などは知らず、乳母を言い包めるための嘘だったと思いますよ。王女が死産であれば乳母にも王妃を悲しませないためという動機ができますが、生きている王女を殺してのすり替えなど王妃のためになるものがなく、乳母にすり替えの動機など生じませんし、死んだ王女のすり替えと生きている王女を殺してのすり替えでは、心理的抵抗も罪の重さも差がありますから」

「それに預言は曖昧で、読み解くのが大変だろ。ユリアの預言だって、普通の預言よりは読み解きやすいと言われてたけど、イオンがダアトで詠んだのを聞くと、詳しい原因が分かるほどの文面は記されないみたいだし、“本物のナタリア”が死産と記されていても、本当は蘇生治療をすれば母上みたいに助かっていたのに医師団を遠ざけられて蘇生治療を行えなかったために助からずに死産になるって預言だったのかもしれない。死産じゃなくて産まれてすぐ死亡とだけ書かれていたなから、生きてたけど預言士に殺された、布に包まれたり埋められたりしたせいで亡くなる、って預言だったのかもしれない。ユリアの秘預言に“本物のナタリア”の死が詠まれていてすら、あの時本当に亡くなっていたのか、助けられなかったのかは分からないんだ」

気を失っていた母親、産室から追い出された医師団、すり替えに関わった乳母、唯一触れた預言士、すり替えが詠まれた秘預言。
誰ひとり何ひとつ、“本物のナタリア”の生死を証明するものにならない。
たとえ本当に死産だったとしても、後に第三者がそれを確かめる術はない。父親のインゴベルトにすらも。

ジェイドはナタリアを取り巻く状況が自分が考えていた以上に悪いことに気付いて眉を寄せる。
ジェイドは今まで、戦争を止められればナタリアはたとえ王女の身分は失っても重い処罰は受けないと考えていた。

キムラスカでもマルクトでも王族の僭称は投獄や処刑されることもある大罪だ。
しかし自分の意思ではなく他人に利用された僭称者には、許されたり処罰されても処刑は免れたり、国王の温情で王宮に仕事を与えられたという者もいた。

インゴベルト国王は19年間ナタリアを娘として溺愛していたそうだし、戦争や国の繁栄が絡まなければ無用に残酷な振舞いをしているとも聞かない。
開戦理由でさえなくなればナタリアを処刑や重い処罰はせずに温情をかけるだろうと。

キムラスカ王家は王族ですら赤い髪と緑の眼を持たない者は、赤い髪と緑の眼を持つ王族と婚姻して王位継承権を保つか、あるいは王位継承権を失い貴族として暮らすというほど、青き王族の血、王家の証が尊重される。
赤い髪も緑の眼も持たないどころか王家の血を引いてすらいないというのでは、ナタリアが王女の身分を保つのは困難だろうとは考えていたが、王女の身分を失った場合でも平民に戻って市井で暮らせと言われるぐらいで、上手くすれば女官など別の形で王宮に残れるだろう、というのがジェイドの予想だった。

だが乳母のまとめ役という重職にありながら医師団を遠ざけ王女が布に包まれ埋められるのを止めず、王女殺害の一端を担ったかもしれないマギーの孫ということになれば、インゴベルトがナタリアへの温情をかけるような気にならなかったり、マギーへの憎しみのあまりその家族までも連座させようとするかもしれない。
キムラスカ国民の人望があるとはいえ、インゴベルトが強硬に押さえつけようとすればどうなるか分からない。

「・・・・・・でも、乳母は王妃のためを思ったんだろう。例え“本物のナタリア”が生きていたのにすり替えの時に殺されたんだとしても、乳母は王女を殺そうなんて考えてた訳じゃない、何も知らずに預言士に騙されただけで、脅迫だってされてたんだ。乳母は悪くないじゃないか」

フェミニストだからかナタリアの祖母だからか、かつて自分が言ったことを忘れたかのようにガイは乳母を庇うが、かつて反対の論理で責められたルークは不思議そうにガイをみて否定する。

「マギーさんは悪いだろ?秘預言だって脅迫されていたのはすり替えを指示されてからだから、すり替えは脅されたせいだとも言えるかもしれないけど、それまでの伯母上の側から医師団を遠ざけたり、“本物のナタリア”が布に包まれて捨てられるのに死産だったというのを信じて抵抗したり騒ぐことをしなかったりしたのは、何も知らなくても騙されていたとしても、殺そうなんて考えてた訳じゃなくても悪いんだから、マギーさんも悪いんだよ。難産の時に医師団を遠ざけるのは危険ってマギーさんは何も知らなかったなら、無知だったのも悪いんだよ」

かつて自分を何も知らなくても騙されていても悪いのだと責めて、“常識”を教えてくれたガイがどうしてそんなことを言うのか、ルークには理解出来ずただ教えてもらった常識に基づいて答えた。

「悪いって、何も知らなかったのにそこまで言うことはないだろう!そんな難産の知識なんて、女官や乳母は医者じゃないんだから、知らなくても無理もない。何も知らない人間を、悪意がないことにまで責任を問うたり、仕事と関係ない知識にまで無知を責めるなんて厳し過ぎるぞ。なんでそんなこと言うんだ!?」

「だから、常識だから・・・・・・」

「そんな常識どこで学んだんだ!」

「ガイから」

ガイを見ながらそう答えると、ナタリアたちを見回して「それにみんなから」と答えた。
ジェイドはぐっと詰まって珍しく気まずそうに俯くと、怒ろうとするティアたちを抑えて溜息を吐く。

「・・・・・・アクゼリュス、ですか」

「うん。あの時、住民を殺そうなんて悪意はなかったけど、何も知らなくてヴァン師匠に騙されていたけど、でも結果的にアクゼリュスを、崩落させたことは俺が悪いんだろう?ガイも、みんなも、悪くないって言った俺にすごく怒って、置いて行って、馬鹿だって責めてたじゃないか。だから今は、今の俺はみんなから常識を学んで、何も知らなくても騙されていたとしても、殺そうなんて考えてた訳じゃなくても悪いって分かるようになったんだ。それにみんな良く俺のこと無知だって、知らないのは悪いって責めたじゃないか。出産が母親にとっても、子供にとっても、死ぬことだってあるぐらい危険なものなのは俺だって知ってるような“常識”だし、乳母は医者じゃないけど、難産後の伯母上やナタリアの側にいる立場だったんだから、医者を遠ざける危険は知っておくべき知識じゃないのか?乳母自身も出産経験があるはずだから知らなかったんじゃなく知ってたけど考えなかったのかもしれないけど、“考えなし”も悪いことなんだろう?だって俺のこと考えなしとも責めてたじゃないか」

アクゼリュス崩落の時に、自分たちがルークにとった態度を思い出してガイも詰まる。
それに言われてみれば難産直後の母親と新生児から、医師団を遠ざけるというのは確かにおかしい。
もしも“ナタリア”がシュザンヌのように助かる可能性があった場合、マギーが信じていたままに儀式を行うだけだったとしても、蘇生治療を行わないことで助かる“ナタリア”を死産にしてしまう恐れだってあった。

“ナタリア”の生死にしても、ひとりの人間の生死、一国の王女の生死に関わることを、預言士とはいえ医者でもなければ親しくもない他国人の判断に任せて確認もしなかったというのも迂闊過ぎる。 すり替えは拒んだようだから脅迫の結果としても、脅迫の前の行動が既に王妃と“ナタリア”を危うくしている。

乳母のまとめ役という立場にありながらマギーの行動は確かに不味いものばかりで、それに気付いてしまうとガイもかつて自分が言ったことを撤回してまでマギーを庇う気はなくなってきたが、それらはマギーの罪であってナタリアの罪ではないのだからとナタリアのことは庇い続ける。

「だとしても、悪いのは乳母だけで、ナタリアは関係ないだろう。ナタリアは産まれたばかりの子供ですり替えに関わってなんかいない。乳母が憎まれる理由にはなっても、ナタリアまで憎まれる理由にはならない、そうだろう?」

「憎まれる理由になるだろ?関わってなくても子供でも、親が悪ければ子供が、祖父母が悪ければ孫が、憎まれる理由になるし、伯父上のは常識的な反応だろ?ガイから、みんなの中でも常識人だって言われてるガイから学んで、今の俺には分かってるんだ」

かつて仇の家族は幼くても何も関わっていなくとも憎まれるべき存在だと“常識”を教えてくれたガイがどうしてそんなことを言うのか、ルークには理解出来ずただ教えてもらった常識に基づいて答えた。

「ちょっと待てよ、アクゼリュスでは確かに・・・・・・知らなくても悪いとは言ったけど、そんなことは覚えがないぞ!?何時言ったっていうんだ、そんな理不尽な常識ある訳ないだろう!」

「何時って・・・・・・ずっと。俺の側にいた七年間も、アッシュの側にいた頃も、ずっとそうだったじゃないか」

ルークの言葉に何も思い当る様子のないガイをみてジェイドはまた溜息を吐き、何処か淀んだ声でガイに尋ねる。

「・・・・・・ガイ、あなたがファブレ公爵家に潜入したのは、なんのためでしたか」

「え、公爵家に潜り込んだのは、ファブレ公爵に復讐するためだけ・・・ど・・・・・・」

ガイは最初は突然何を言うのか分からないといった訝しげな表情でジェイドをみていたが、答えるうちに気付いたのか少しずつ青褪めて言葉は途切れた。

「そうだろ?ファブレ公爵の子供の俺とアッシュは、ガイにとってもっとも憎むべき仇の子供で、父上に同じ思いを味あわせて復讐するために、ファブレ公爵家に潜入して、俺とアッシュの側にいたんだろ?アッシュはホド戦争の時はまだ幼児で、戦争に関わってなかったけど、仇の子だから憎まれる理由になるんだろう」

「む・・・・・・昔の話だ!過去とは決別したって、ベルケンドで言っただろ、今は違う!」

「だってガイ、ヴァン師匠の同志を止めた理由は“目的は違ってしまったから”や“やり方にはついていけない”からだろ?復讐もする気がなくなったとは言ってたけど、仇じゃなく仇の子を殺して復讐するのが間違ってたと思って止めた訳でもないし、そういうやり方に、十年以上ついていってたし、ずっとその手段の責任ってとってないままじゃないか」

「手段の責任・・・・・・?」

復讐は企んでいただけで実行はしてない、ルークもアッシュも誰も傷付けてなんかいない。
そう思い込んでいたガイは、とるべき責任などないと思い込んでいた。
復讐者としてもヴァンの共犯者としても、何も悪くはないのだと。
口に出した訳ではないが、ガイの行動は、特にルークに対するものは、そう雄弁に語ってきた。今も昔も。

「ガイは父上への復讐の手段に、俺やアッシュを騙してたし騙される協力してただろ?俺やアッシュがヴァン師匠に騙されて信用することを、ガイは主人として承諾して、同志として協力して、そして騙される俺たちを見捨ててもいた。俺たちをヴァン師匠から助けたり相談しなかったし、何もせずに見捨てていたことも、俺たちが騙され続ければいいってガイは思って受け入れていたのと同じだろ。承諾、協力、不作為の作為、復讐は実行しなくてもその手段で、何重にもガイは俺とアッシュが騙されるのに加担してる。でもその結果アッシュが師匠に誘拐されたって、俺が師匠にアクゼリュス崩落に兵器として利用されたって、ガイは何も責任ないみたいに振舞ってるだろ?昔だけじゃなく今でもずっと、師匠に騙されたことも利用されたこともその結果も、全部俺だけのせいで何重にも加担したガイは悪くないみたいに。それは仇の子供を憎んで復讐しようとして、その手段でやったことは、悪くないからじゃなかったのか?幼い子供でも関わってなくても、親が悪ければ子供が憎まれる理由になるし、復讐される理由になるから、仇の子供を憎んで危害を加えた結果には責任とらなくて良いんだって、それが常識なんだろうって思ったんだ。だって常識人で、悪いことは逃げたり言い訳したりせずに悪いって認めなきゃならないって俺に教えてくれたガイの行動なんだから、そんなガイが悪くないって振舞うなら、馬鹿だった俺とは違って、きちんと悪くない理由があるんだろうって」

ガイは蒼白になって声を失い、泥酔したようにふらつきながら数歩下がると、ペタンと地面に尻餅をついてしまう。
ジェイドも、ティアやアニスもイオンも、誰もガイを助け起こそうとはせず、呆然と黙り込んだままだった。
そんな周囲を、規範にしてきた仲間たちを不安そうに見まわし、ルークは問いかける。

「今の俺の、ガイから学んだ常識は、ちゃんと常識だよな?“本物のナタリア”を死なせるのに加担してしまったかもしれないマギーさんが、何も知らなくても、騙されていても、殺すつもりなんてなくても悪いのも、その孫娘のナタリアが、子供でも、何もしてなくても、“本物のナタリア”の父親の伯父上から、受け入れられずに、愛されずに、憎まれるのは仕方ないよな。だって、それが常識的な反応だろ?」

ガイは止めてくれと涙声で呟くと、尻餅をついたままで頭を抱えて首を振り、ルークの問いかけを聞くまいとする。

自分とは違う常識人で大人なはずのガイの、まるで嫌なことから逃避する子供の様な仕草にルークはますます不思議がり、ただガイを見ていて分かった正しい常識を、非常識を常識なのだろうと繰り返し、ガイや仲間の過去の行動によって作られた槌で、仲間がガイに抱いていた幻想もガイの中の自身への幻想も繰り返し打ち砕いた。













乳母と預言士の名前、すり替えの経緯は小説「真白の未来」下巻より。

先王・王妃の名前はドイツの名前から、王位僭称者の処遇は中世イギリスで平民の少年が司祭と貴族に王位継承者を、後には国王までも僭称させられながらも、利用されていた子供だったためか許されて王宮の料理人になったという話を参考にしました。
ちなみに僭称させた司祭は投獄になったので、「この者は偽姫ですから」とか言ってたモースは、預言に詠まれた犯罪は無罪という免罪符でもなければナタリア以上に重く処罰されそうですね。

ラルゴがエピソードバイブルでメリルを王家と国王に奪われたと考えていたのですが、乳母と預言士の犯行なら王家と国王は奪っていませんね。
国王の命令だと勘違いをしていたか、アッシュ風に知らなくても何も行動しなくても奪った的な考えなんでしょうか。

赤ちゃんは産声を上げずに産まれることも、呼吸ができないなどの状態で生まれてきても死産にはならず蘇生することもあるそうなので、あの状況では真ナタリアの生死は分からなかったと思います。
もし真ナタリアが生きていた、また助かった可能性があったなら、インゴベルトもまた預言と教団とモースによって娘を、その命までも奪われた父親だったのかもしれません。




                        
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