「壁の中に埋まってる、青や緑の石・・・・・・あれが鉱石なんだよな?」

物珍しそうにアクゼリュスの鉱山の壁を見ながら話すガイの視線に品定めするようなアニスの視線が重なり、ジェイドはそんなアニスのがめつさに多少苦笑したような表情を浮かべて説明する。

「そうですね。アクゼリュスの鉱石は武器や鎧の材料として、とても価値の高いものですよ」

「じゃあ、今こっそり持ってっちゃえば大金持ちだね!」

アニスは価値の高い鉱石と聞いてはしゃいだが、ナタリアとガイに窘めるように睨まれてあわてて手を振りながら「って冗談でーす。にゃははにゃははは・・・・・・」と誤魔化した。

「・・・・・・ここの皆さんは、命を張って国のためにあの鉱石を採掘しておられるのですわね。私たちも、皆さんを助けるためにも出来ることをやりましょう」

「うん。そうだね」

ナタリアの言葉に、アニスは微笑んで答えた。
動揺も、罪悪感も、欠片も浮かべることはなく。







言い訳を奪う無自覚さ







濃い紫の障気に包まれ、障気中毒に苦しむ鉱夫たちの呻き声が無数に響くアクゼリュスの中、キムラスカとマルクトの軍服を着た兵士、白衣を着た軍医や看護人などが忙しく被災者の治療や搬送に奔走していた。
親善大使到着前に既にキムラスカからは先遣隊が、マルクトからは通行許可されたキムラスカ側の街道を通って救援隊が既に到着していたものの、長期間障気に包まれていたアクゼリュスの状況は予想以上に悪く、手も薬も設備も到底足りなかった。

比較的障気の薄い入口近くに儲けられた避難所の椅子に座り、イオンは不安げに外を見回しながら隣に座るアニスに話しかける。

「こんなに酷くなってるなんて・・・・・・自力では歩行も困難な人も出ているようです。まだ軽度の人も何人か居るようですが、彼らに救助を手伝ってもらうのは酷ですね・・・・・・」

イオンは道に倒れたままの起き上がることも出来ない鉱夫たちを見て眉を寄せ、ルークが帰ってきたら手伝ってもらいましょうと付け加えた。
ルークは少し前先遣隊の隊長から内密の報告があるからとナタリアやジェイドとともに連れていかれたのだが、ついていけたのはルークの護衛のガイだけで、キムラスカとマルクトの機密に関わる話だからとイオンとアニスとティアはここで待たされ、ティアは第七譜石を確認するとかで何処かに行ってしまった。

「早く助けないとヤバイ感じですよね〜。でもあのお坊ちゃんは人手足りないのに役に立ちそうにないし、もう困っちゃいますよねぇ。あ〜んなお馬鹿だとは思わなかった、公爵子息って聞いた時はちょっといいかなって思ったけど、幾らお金持ちでもあそこまで馬鹿はちょっとね〜・・・・・・」

ルークとガイがいないのを良いことに、またイオンが止めないことに調子に乗ってルークを落していたアニスは、後ろから近付いてきた足音にあわてて口を閉じる。

「あれ、大佐とガイだけですか?お話なんだったんですかぁ?・・・・・・大佐?」

「ジェイド?」

振り向くとジェイドとガイと、そして十数人ほどのマルクト軍人らしい青い軍服の兵士が、揃ってアニスを冷たく睨むように見据えていた。
気圧されたアニスは思わず一歩後ずさり、笑顔も声も引きつらせながらも、先頭のジェイドに問いかける。

「ど、どうしたんです二人とも、ケチケチしないでアニスちゃんにも教えてくださいよ〜」

「教えて差し上げましょうか?」

言い放つと同時にジェイドはアニスの腕を掴み、イオンから引き離すように引き摺って距離を取ると、乱暴に地面に押さえつける。

「いたっ!な、なにをするんですか大佐ぁ!」

「ジェイド!?」

驚いたイオンは椅子から立ち上がりアニスに駆け寄ろうとするが、ジェイドは更にアニスを引き摺ってイオンとの距離を保ち、ジェイドが連れてきたマルクトの軍人たちがイオンの前に立ちはだかって丁重に、しかし強硬に阻まむため近寄ることは出来なかった。

「痛い、痛いですってば!離して下さいよぉ!」

「止めてください、どうしてアニスにそんな酷いことを・・・・・・!」

アニスが痛みに喚いてもイオンが制止してもジェイドの拘束は緩むことはなく、何時もの胡散臭い笑みとは違った冷笑を痛がるアニスを向ける。

「何の話だったのは教えて差し上げますよ、アニース」

「たい、さ?」

「先遣隊がここに到着した時、神託の盾兵から襲撃を受けましてね。先遣隊には和平反対派などの妨害を想定してキムラスカ軍の精鋭を参加させていたので襲撃にも持ち堪え、その後捕縛した兵士の尋問を行ったのですが・・・・・・その中のひとりが、吐いたのですよ」

「なに、を、ですか・・・・・・?」

問う声は、嫌な予感に僅かに震えていた。

「“親善大使一行にはスパイがいる。そいつが一行の動きを全て報告していた。タルタロス襲撃も、六神将の待ち伏せもすべてそいつの手引きだった”・・・・・・とね」

周囲のアクゼリュスの住民に驚愕のざわめきが広がり、やがてそれは怒りや軽蔑になってアニスへと向けられる。
咄嗟に逃げようとするアニスの身体を、ジェイドは苦痛の呻き声が上がるのも構わず更に拘束を強めた。
ガイはそれを見ても止めようとはせず、失望したように「アニス、せめて捕まる時ぐらい潔くしてくれ・・・・・・」と言っただけだった。

「あ、待って下さい。アニスに乱暴なことはしないでください!」

「イオン様、私にしてみればアニスは部下達の仇なのですよ」

いままでのふざけた話し方や明るい声音とは違い、聞いているだけで凍りそうに冷え切っているジェイドの声に、イオンは思わず身を強張らせる。

「アニスのスパイ行為のために、私は百四十人の部下を殺されたのです。事情聴取やモースを糾弾する際の証拠として生かして置く必要がありますから捕縛だけに抑えていますが、可能なら私は自らの手で部下の仇を討っていたでしょう」

その言葉にアニスの身体がびくりと跳ねる。
震えながらジェイドから逃れようと暴れると、また拘束を強められた。
生かして置く必要があると言ってはいるが、伝わってくるジェイドの怒りはこのまま殺されるのではないかと思うほど強く、恐ろしかった。

「しかも罪を暴かれても大人しく縄を受けようともせずにこのように暴れているのに、乱暴をするなと?子供とはいえアニスは戦う力を持ったれっきとした軍人です。油断すればその隙にあなたや街の人々を人質に捕られて逃走される恐れだってあります」

「アニスは、アニスはそんなことは」

「アニスが今まで護るべきあなたや、あなたが助けようとしていたこのアクゼリュスの人々にしてきたことを思えば、過去にやったことを現在もするかもしれないと疑われるのは仕方のないことです」

怒りの中に悔しさと自己嫌悪を滲ませて、もっと疑っておけばとジェイドは呟く。

アニスがイオンの護衛という任務をおろそかにしていること、イオンへの態度に守護役とは思えない無礼があったことはジェイドも気付いていた。
年齢や経験の浅さからの失敗だろうと見逃してきたが、今考えれば彼女がイオンを蔑ろにしていることの表れだったのだろう。
それをきちんと怪しんで見張っていれば、スパイだと気付けたかもしれない。
そうすればタルタロス襲撃も、六神将の待ち伏せも、このアクゼリュスの惨状も防げたかもしれない。

ジェイドがアニスを信じなければ、騙されなければ、甘やかさなければ。
どうしようもなかったものではなく防げた可能性があったことを思うと、ジェイドはアニスへの怒りとともに自分自身への怒りに苛まれる。

イオンはしばらく息を呑んでジェイドを凝視していたが、それでも再びアニスを庇おうとアニスの境遇を打ち明ける。

「待って下さい、アニスには借金を抱えている両親がいるんです。アニスがこんなことをするなんて、きっとその借金のために嫌々やってたに違いありません、アニスの本意ではなかったんです・・・・・・どうか許してやってくれませんか」

そう言った瞬間、周囲のアクゼリュスの住民たちの怒りの籠った視線はイオンにも向けられたが、どうしてアクゼリュスの住民が怒るのか分からないイオンはただ困惑して後ずさる。
ジェイドは連れてきた兵士に合図してイオンを護るように展開させたが、アニスを押さえつける力は緩まず冷えた声音で失望を口にしただけだった。

「・・・・・・せめてアニスには、事前に相談して欲しかったですね。私もイオン様も、あなたには好意と信頼を表していたと思いますが。これほど罪を深くする前に、せめて・・・・・・今となっては言っても仕方のないことかもしれませんが」

「わ、・・・・・・私だって悪いことしてるのは分かってた!でも、言えなくて・・・・・・誰かに、スパイだって暴いて欲しいって願ってたの、私が悪いって自覚してても、誰かに助けて欲しくて・・・・・・スパイもイオン様を騙すのも、本当は辛かった・・・・・・」

「自覚してた?辛かった?・・・・・・とてもそうは見えなかったけどな」

辛そうに、悲しそうに──どこか悲劇のヒロインを演じる役者じみた様子のアニスの語りを、ガイの冷めた声がばっさりと切り裂いた。

「セントビナーで会った時から今までの態度は、とても罪悪感に苛まれている人間のものになんて見えなかったし、イオン様にだって、どうしてあんなにも蔑ろにするような態度をとって、護衛すら満足にしなかったんだ?罪悪感があるなら、せめて護衛には力を尽くそうとするものじゃないのか。──さっきの、この街での態度だってそうだった」

そういうとガイは周囲を、あるいは座り込み、あるいは地面に倒れ、苦痛に呻いているアクゼリュスの人々を見回した。

「障気中毒で苦しんだり倒れている人たちの中で鉱石をこっそり持ってっちゃえば大金持ちだとかはしゃいでただろ。いくらなんでも自分のせいで救援が遅れた、下手をすれば死ぬかもしれない・・・・・・もしかしたら皆殺しにしていたかもしれなかった人たちを前にして、それはないんじゃないか?」

言い終わると再び周囲を、あるいは座り込み、あるいは地面に倒れ、苦痛に呻いているアクゼリュスの人々を見回した。
アニスのせいで救援が遅れた、下手をすれば死ぬかもしれない、もしかしたら皆殺しになっていたかもしれなかったアクゼリュスの人々を。

「ジェイドと部下の軍人さんたちがタルタロスに乗ってキムラスカに向かった目的は、和平と共に、このアクゼリュスの救援を要請することにもあったんだろう?キムラスカから出発した親善大使一行の目的も、同じくアクゼリュスの救援だ。それを襲撃するのはアクゼリュス救援の妨害と同じで、アニスがやったのはアクゼリュス救援の妨害の手引きにもなるんだよ。襲撃でタルタロスを失わなければ、徒歩よりも早くキムラスカに着けて、もっと早く救援に来れただろうし、もしジェイドが死ぬか捕まってキムラスカに行けなかったら、国王陛下に救援を頼むこともできなくて、アクゼリュスの人々はみんな、障気の中で苦しんで死んでいったかもしれないんだぞ。本当に自分がやったことに罪悪感があって辛かったなら、なんでそんな風にはしゃげたんだ。アクゼリュスの人達に申し訳ない、自分の責任でもあるって自覚はなかったのか?」

ガイの失望が籠った声に気圧されながらも、一万人の住民の救援妨害という大罪を認められずアニスは咄嗟に否定する。

「わ、私、知らなかったの、何も聞かされてなかったもの、そこまでするつもりなかったの!」

「インゴベルト陛下にお渡しした親書には、平和条約締結の提案と共に、障気で壊滅の危機に陥ったアクゼリュス救援の要請がありました。あなたは一度親書を持って私たちから離れている。スパイならば、手に入れた親書の内容を盗み読みして報告し、私の目的がアクゼリュス救援の要請でもあることを知っていたのでは?タルタロスを失ったり負傷したりすればキムラスカへの到着は遅れ、キムラスカに到着するのが遅れれば救援も遅れ、もし襲撃で死ぬか捕らえられるかしてキムラスカに辿り付けなければ、アクゼリュスへの救援は行われず、住民は救われることなく苦しみ死ぬことになることも・・・・・・」

アニスは真っ青になってただ違う、何も何もと喚くように繰り返す。
知らないと言いたいのか、知っていたけれど悪くないと言いたいのか、どちらにしてもジェイドはアニスの言い訳を認める気はなかった。

驚愕していたイオンも哀しそうに俯くと、兵士に促されるままアニスから離れた。
それに気付くとアニスは一層激しく喚いたが、イオンはもうアニスを庇おうとはせず小さく首を振っただけだった。
もはやイオンにも、アニスを庇うことも、近寄っても何もされないと信じることも、できなくなっていた。

「仮に親書を読まず知らなかったとしても、バチカルからアクゼリュスへ向かう旅の時には知っていたはずですよねぇ?それなのに六神将の手引きをし続けていたというなら、あなたは知っていても救援の妨害の手引きをしていたのではありませんか」

“知らなかった”なんて言い訳にならない。

そう突きつけられて逃げ場を奪われ、アニスは俯いてそれでもそんなつもりはなかったと尚も言い訳をしようとする。
罪の重さに耐えられなくて、認められなくて、少しでも逃げ場が欲しくて。

「あ・・・・・・し、したくてした訳じゃ、な……」

「したくてしたわけじゃないけど、しても罪悪感や申し訳なさは感じませんって?」

「そんなこと言ってない!」

「じゃあなんで、このアクゼリュスで、この人たちの中で、鉱石でお金持ちとかはしゃいでいられたんだ!?自分のせいで救援が遅れて苦しんで、死ぬかもしれないしみんな死んじまうかもしれなかった人達に囲まれたここでそんなこと、心の底では“私は悪くない、アクゼリュスの人たちが苦しんでも死んでも私のせいじゃない”って思ってなきゃできないだろ!!」

ガイの剣幕から逃げようとするようにもがいても、ジェイドの拘束はそれを許さないかのようにびくともしない。
そしてガイに続いてジェイドも罪悪感のなさを指摘し、アニスの心根の卑怯さを暴いて行く。

「ナタリア様に“私たちも、皆さんを助けるためにも出来ることをやりましょう。”と言われた時も、“うん。そうだね。”と笑顔で返答していましたが、あなたがこれまでしてきたのはここのみなさんを助ける妨害であり死なせる手伝いでしょう?その自覚がある人間が、あんな風に普通に笑顔での返答を返せるものでしょうかねぇ?先程も、人手が足りないことをまるで他人事のように話していましたが、タルタロス襲撃によって私の部下たちを、救援の人手を、また救援のためにタルタロスで運んでいた資金や、薬や医療用譜業などの物資を、失わせる手引きをしたのは誰ですか、人手が足りないのは誰のせいですか?・・・・・・人手が足りないのも、またあなたの罪の結果でもあったのに、あなたの言い様には罪悪感など欠片も感じられなかった」

どれもアニスが今までしたことを考えれば罪の自覚のなさを表すもので、今更罪を自覚していると言っても信じられなかった。

「あ・・・・・・ああ・・・・・・」

既にこれまでの行動で、言い訳など信用されなくなるほど罪の自覚のなさを表してきたと気付き、アニスの身体からはがくりと力が抜けた。
ジェイドに縄をかけられても、引き摺られるように連行されても、アクゼリュスの住民たちから罵声や投石が浴びせられても、アニスはもう何も言わなかった。












フェイスチャット「鉱山の街アクゼリュス」より派生。
キムラスカは預言を知らずに救援に応じ、ガイは捏造常識人で、ヴァンのスパイではないまともな護衛剣士の設定です。




                        
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