※ジェイドだけではなくピオニーへの厳しめも入ります。






「お前は俺の勅命を一体どう思っていたんだ。和平や民の命などどうなっても構わないとでも思っていたのか?」
怒りと哀しみと、そして失望がない交ぜになった表情で、皇帝は信じていた幼馴染の懐刀を問い質した。







盲信と不信の結果







「私は陛下のご命令通り万難を排してキムラスカに辿り着き、和平とアクゼリュス救援の要請を記した親書をキムラスカ国王に届けました。信用されなかったようで断られましたが、それは私のせいではありませんよ」

マルクト帝国領・鉱山の街アクゼリュスは、ジェイドが和平の使者に任じられて出立する少し前に障気が発生し、多くの住民が被災しながら、街道はすぐに濃い障気に包まれてしまったため、マルクトからの救援は行えなくなってしまった。
そのため街道が通じているキムラスカ側からの救援を要請するのもジェイドの任務の目的の一つになっていた。

しかしキムラスカ国王にも、義弟のファブレ公爵にも、多くの臣下や議員たちも拒絶され、ジェイドはマルクトに、仲介を頼んだ導師はダアトに送り返され、和平も救援も何も実を結ばず失敗した。
それどころかキムラスカでは更にマルクトを警戒するようになり、状況は和平の使者を送る前よりも悪化している。

「何故お前は、ここまでルーク殿を侮蔑し罵り、戦わせていた?」

言いながらピオニーは、手にした親書をジェイドに見せつけるように前に差し出す。
キムラスカ国王から送られたその親書には和平と救援要請の拒絶とともに、ルークや、ルークを助けに行って途中から同行していた公爵家の護衛剣士たちから聞き取った道中の様子が、聞いた時のピオニーを耳が痛くて穴を掘って埋まりたい気分にさせたほどの非常識な“和平の使者”の言動が書き連ねてあった。
そしてこのような名代を寄越したマルクトを信用も、和平も、負担と不安の大きい要請を受けることもできないとも。
読み上げた時にはピオニーも居並ぶ廷臣も揃って青ざめるかジェイドへの憤怒に赤くなるか顔色を急変させたが、その中で張本人のジェイドだけは何時も通り平然と胡散臭く微笑んでいた。
そして今も、皇帝の言葉にも親書を見せつける仕草にも何の動揺もなく、微笑みを浮かべたままジェイドは答える。

「あまりにも無知でわがままなお坊ちゃんだったのでついお説教してしまっただけですよ。仕方がないでしょう?それに戦争を何も知らずに甘えた環境で育ったような箱入りでは彼のためにもならないでしょう」

「つまりお前の中では、“お説教”とは和平やアクゼリュス救援より優先される大事なのか。ルーク殿への“お説教”や戦争を教えるためには、次期国王への侮蔑や罵倒や、戦わせていたことでキムラスカの怒りを買い、信用を得られず、和平と救援を望む真意を疑われ、任務に失敗して戦争を防げず多くの兵や民が死のうとも、救援要請に失敗してアクゼリュスの民が死んでアクゼリュスが滅びようとも構わないほどに」

未だ笑顔を保ったままで身に覚えのないことだとでも言うようなジェイドの態度に、ピオニーはジェイドが何も分かってはいなかったのかと呆れて溜息を吐いた。

「アクゼリュスは、過去にキムラスカ領だったこともあるが今はマルクト領だ。住まうのはマルクトの民だ。災害救援というものは多くの人員、物資、資金が必要で、数多の危険が伴う。食糧や医薬品などの救援物資、それらを集めるための資金が要るし、保護したアクゼリュスの民を治療しながら養うのにもまた資金と物資が要る。救援に携わる軍人や医者、また安全な場所に移動させる際に民間人の彼らを魔物から守る護衛などの人員も必要で、助ける側の彼らにも障気障害インテルナルオーガンや感染症や山崩れなどの二次災害に遭う危険がある」

「そんなことはもちろん知っていますよ。しかし障気障害は感染症ではなかったと思いますが?」

ピオニーは一瞬目を見開き、疲れたように右手で顔を覆うと「アスラン、頼む」と呟いた。
それに応えてピオニーの前に控えていた将軍フリングス少将が、ジェイドを睨みながら冷たい声で説明する。

「障気障害とは内臓を冒し衰弱させる病です。重度の病人には内臓を冒されたため食欲不振、栄養失調、下痢、嘔吐などの症状が現れますし、被災者は災害と孤立によって精神的にも強いストレスや不安に苛まれます。これらの症状で病気に対する抵抗力や体力を失い、障気障害以外の病気にもかかりやすくなってしまうのです。また症状が重くなれば自力でトイレや風呂に行くのも、掃除や洗濯や着替えをするのも難しくなり、排泄物や吐瀉物の処理もできなくなってしまうこともあります。感染症が蔓延しやすい環境を作ってしまうというのも、障気災害の危険のひとつです。しかもアクゼリュスは他の街からの鉱夫も多く、人の出入りが激しかったため、外部から菌が流入する機会も多かったでしょう」

ピオニーがジェイドを選んだ理由のひとつは、ジェイドが過去に死体を扱うためとはいえ医学を修めたことがあったためだった。
障気障害に加えて感染症の危険もあるアクゼリュスに、そのままタルタロスの兵士を率いて向かう予定を考え、医学の知識を持つ者が適任だろうと。
けれど今の、障気障害は感染しないから感染症の恐れはないと考えていたらしいジェイドの様子では、例え無事にアクゼリュスについたとしても感染に何の調査も対策もしなかっただろう。

フリングスの説明が終わると、年下に反論されたことが気に障ったのか不満そうにフリングスを睨んでいるジェイドに呆れながらピオニーが言葉を続ける。

「インゴベルト王やキムラスカの有力者から信用を得られるか否かには、救援が行われるか否かがかかっていたんだ。本来はこちらからもタルタロスに乗せて人員や資金、食糧や医薬品などの物資を運ぶはずだったがタルタロス襲撃で全て失われ、お前は単独でキムラスカに到着し、失った分までキムラスカに補填して貰わなければならなくなった。そうなっていれば後からマルクトが払うことにはなっただろうが、先にキムラスカはマルクトを信じてそれらを出さなければならない。ただでさえ積年の敵国のキムラスカが、マルクトからの和平や救援の要請をそのままに受け入れるのは難しいというのに、キムラスカの人員、資金、食糧や医薬品などの物資を使って、キムラスカの軍人や医者たちに危険な障気の中に入り、魔物と戦って護り、数多の危険を冒させてマルクトの民を救援してくれと頼まなければならなかったんだ」

金、食料、医薬品、軍人、医者、これらは災害救援にも、戦争と戦時の民衆の救援にも必要なものだ。
アクゼリュスに資金や人員や物資を回せば、もしマルクトが裏切り攻め込まれた場合に自国を守り戦うための、兵や民を養い救援するための人員や資金や物資がその分少なくなる。
アクゼリュスから戻ってきてからも、体力を奪って衰弱させる障気障害などの二次災害にかかっていれば休ませて治療せねばならず、医者や軍人として働くことは困難になり、人員の損失は長期に亘る。
マルクト側からも新たに救援部隊を受け入れるとしても、裏切られていれば偽装されていて攻撃部隊に転じる恐れもある。

人命救援とはいっても疑いを持って考えれば、和平を申し込んでキムラスカを油断させて、アクゼリュスを囮に戦争が起きた時に必要な資金や人員や物資を遠方のアクゼリュスに運ばせてバチカルのそれを消費させ損失を与え、マルクトが戦いやすくするための罠ともとれる。

ピオニーは長年軍人をしているジェイドなら、救援に使われる資金と物資と人員が戦争にも重要なものばかりだということも、それをこの情勢で遠方の敵国の民ために使って欲しいというのがどれほど困難な頼みかも分かっていると思っていた。
戦争と世界情勢を良く知っているからこそ困難さを理解して、任務に懸命になってくれるだろうと。

「友好国や中立国ならともかく積年の敵国を、局地的な小競り合いが頻発し近いうちに大規模な戦争が始まる恐れがあったこの情勢で、戦争が起きた場合に必要な資金、食糧や医薬品などの物資、軍人や医者たちをアクゼリュスに回して遠方に派遣して、危険を冒して救援をしてくれと、そこまでマルクトを、俺を信じてもらわなければならなかった。なのにお前はキムラスカの次期国王を、屋敷への襲撃に巻き込まれて飛ばされた被害者だったというのに不法入国者として扱い、協力しなければ軟禁すると脅迫し、あからさまに侮蔑し、罵倒し、護りもせず戦わせ、殺害予告をした六神将の元に無勢で来いと言われたのを、次期国王の身命の危機を別にどちらでもいいと公言した──キムラスカの信用を得ようとするどころか、逆に不信感と怒りを持たれる行動を取り続けた」

皇帝の名代が次期国王をここまで侮蔑した態度をとり危険に晒したマルクトを、信用できるはずがない。
信用できないのに戦争にも必要な物資や人員を用いる、罠だった場合に大きな損失を受ける頼みなど、受け入れられるはずがない。

ジェイドとルークは、ただの大人と子供ではない。
ジェイドのルークへとった言動は、マルクト皇帝の名代がキムラスカの次期国王へとった言動になり、キムラスカのマルクトへの信用にも及ぶ。
しかもジェイドが皇帝の信頼が厚い幼馴染で懐刀なのはキムラスカにも知られている話だ。
当然皇帝はジェイドの性格を熟知していると思われているから、皇帝は分かっていて無礼者をキムラスカへの使者に選んだのではないかと疑われている。
ジェイドが次期国王にこんな無礼な振舞いをしたことも、危険に晒したことも、皇帝はそうすると分かっていたことだと。

媚び諂えとまでは言わないが、せめて内心に抑えて表面は常識的に皇帝の名代が和平と困難な救援を申し込む国の次期国王にとる態度をとれなかったのだろうか。
自分の行動が任務にどう影響するかを考慮せず、思ったことをそのまま表現するなど、あまりにも幼稚に過ぎる。

「私はただ、無知でわがままなお坊ちゃんにお説教してあげただけですよ」

それでも不満そうに最初の言い訳を繰り返すジェイドの態度に、ピオニーの顔にはもはや諦めが浮ぶ。

「お前がそれほど若者の教育に熱心だったとは知らなかったな。“お説教”という大事の前では、勅命や和平や救援など小事だったという訳か。皇帝の勅命より、多くの部下や同僚や一万人の民の命より“お説教”を優先するほどだったとはな。一兵卒の襲撃犯が荷物を運ぶのをその襲撃に巻き添えにされた王族が手伝わないことにまで罵倒を交えたようなお説教が、それほどに大事か。だったら軍人になどならず、和平と救援要請の使者になどならず、ケテルブルクで私塾でも開けば良かったんだ」

もっともジェイドが例え軍人にならずに私塾を開いていたとしても、あっというまに閑古鳥だろうとピオニーは思った。
幾ら知識が豊富でも、侮蔑や罵倒混じりの、非常識や生徒が悪くはないものまで責める“お説教”を繰り返した挙句、護るべき時に戦わせるような教師では、生徒も親も呆れて来なくなるだろう。
軍人にしても、15年前自国の民間人を実験体にして殺傷し、知らなかったとはいえホド滅亡の一端を担った自覚もなかった時に、既に民間人を護る義務を持つ軍人には向いていないことは表れていた。

ジェイドはあの頃のまま変わっていなかった。
感情と欲望のままに身勝手に行動して、自分の行動がどんな結果を招くのか考えることも、責任を自覚することもできない。
過去の罪も、軍人として過ごした15年間も、皇帝の懐刀として仕えた3年間も、ジェイドを成長させることはできなかった。

「そんなお前を軍人のままにして置き、和平と救援要請の使者などに任じたこの俺の責任でもあるが・・・・・・」

その結果が和平と救援要請の拒否に繋がったのなら、この結果の一端を担うのはピオニーのジェイドへの盲信でもあるのだろう。
ピオニーは押し潰されそうな罪悪感と、未だ残る幼馴染への未練に苛まれながらも、感情を抑えた声でジェイドの首を切れと命じた。


次の日、ジェイドの行動が皇帝の意思ではなかったことと前回の侮辱を罰した証を持って、再度キムラスカに向かう新たな和平の使者がグランコクマを旅立っていった。













キムラスカは秘預言を知らず、迎えに行ったのはガイではなく別の護衛剣士たちという設定です。 アクゼリュス救援の要請はキムラスカにはかなり負担と不安がありますね。 戦争前に食料やお金の大量消費、医者や軍人の遠方派遣は、戦争が起きた時に必要なそれらの不足にもなりかねませんし、相当な信用がないと警戒されて受け入れられなかったのではないかと。



                        
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