「妙な歌・・・なんか!?あなたねぇ第七音譜術士セブンスフォニマーのクセに譜歌も知らないの!?信じられない!海も見たことないとか言うし」

飛ばされたタタル渓谷で襲ってきた猪を撃退した後、ティアの使った譜歌に驚いて「妙な歌」と呼んだルークを馬鹿にするティアに、共に飛ばされたファブレ公爵家に仕える治癒術士ヒーラーのゾフィーは冷笑を浮かべて同じ言葉を言い換えて返した。

「あなたね、第七音譜術士に加えて音律士クルーナーのクセに、譜歌を知らないの?信じられない!」







譜歌を知らない音律士







「譜歌を知らない、ですって!?知らないはずないでしょう、私はこうして譜歌を使えるのよ?変なこと言わないで頂戴!」

第七音譜術士としても音律士としても常識の知識を知らないかのように言われるなんて酷い侮辱に聞こえたティアは、ゾフィーを睨みつけながら声を荒げて否定するが、ゾフィーは撤回することも冷笑を消すこともなく、ティアを睨み返しながらも冷笑を深める。

「使えるだけ、でしょう?あなた、譜歌の特性も危険性も、ろくに知らないみたいね。第七音譜術士で──ああ、第七音譜術士とは第七音素を操る譜術士のことで、第七音素は七番目の音素のことです。また譜歌というのは譜術の詠唱部分だけを使用し、旋律と組み合わせて歌うことで発動させる術のことで、音律士とは神託の盾兵士において、譜歌を操る者の総称です──音律士なのに、知らないなんて信じられないわ!」

ゾフィーは第七音譜術士という単語が出た所で物問いだけな顔になったルークに説明を入れながら、大仰に驚く様な仕草で、また同じ台詞を少し言い換えて返した。
仕草は芝居ががかかっているが、ゾフィーが同じ第七音譜術士としてティアの無知に呆れているのも本音だった。
本職は治癒術士だが、治癒術以外の譜術や譜歌についても学んだゾフィーからみれば信じられないほどにティアは無知に映る。

「だから知ってるに決まっているでしょう!私は音律士なのよ、知らないなんて失礼だわ!」

「なあ、どういうことなんだゾフィー?」

首を傾げながらルークがゾフィーに問いかけると、ゾフィーは怒るティアを無視してルークに向くと、ティアに向けていた冷笑を消して穏やかに話し始める。

「ティアが歌った譜歌は私も知らないものですが、屋敷でかけられた時の感覚でその特性はわかりました。恐らく攻撃と共に眠気と痺れを与えるもので、その攻撃力は譜歌にしてはかなりの威力があるようですね。一般に譜歌の威力は譜術には遠く及ばないのですが、あの譜歌は譜術と同程度の威力があり、下級譜術のエナジープラストにも匹敵すると感じました」

「そんなことは知ってるわ!自分が使う譜歌なんだから当たり前でしょう!?」

無視されたことに更に怒りを募らせているらしいティアの声にも、ゾフィーは聞こえないかのように説明を続ける。

「こういう痺れや眠気を起こす性質の譜歌や譜術は、攻撃力のないものであっても民間人に使われることは厳重に禁止されています。眠らせる、痺れさせるということは、立っている人間に使えば転倒させることにもなり、警備が必要な事情を持つお屋敷などで警備が眠ってしまえば、襲撃などに防衛も逃走もできなくなりますから。また、怪我人や病人がいる所で使用し、治癒術士や医者が眠ってしまえば治療が行えなくなってしまいます。もっともこの譜歌はかなりの威力の攻撃力があるようですから、それだけでも使った相手に危害を加える性質でもありますが」

「だからそんなことは知って・・・・・・」

「知ってて、お前俺の屋敷に、俺やゾフィーや、母上やみんなにそんな術を使ったっていうのかよ!?」

ルークが突然向けた激しい怒りに、ティアはたじろいで思わず後ずさった。
まだティアにはゾフィーが何を言いたいのか完全には分かってはいなかったが、だんだんと嫌な予感と後ろめたいような気持ちが沸き上がってきて、失礼だと怒っていた気持ちも萎んでしまう。

「白光騎士団が俺の屋敷をあんなに厳重な警備してたのはな、狙われる心当たりが沢山あるから俺たちを襲撃なんかから護るためなんだよ!それが眠っちまったら、襲われてもみんな何もできねぇじゃねえか!他にも母上は病弱なのに医者が眠っちまったらなんかあっても何もできねぇし、メイドたちも眠っちまってるから別の医者呼びにも行けねぇし・・・・・・昼間だったからみんな立ってるか歩いてるかしてたから、倒れた時にどっか打ってるんじゃ・・・・・・」

ティアはやっとゾフィーが説明した譜歌の危険性の全てが、ファブレ公爵家で起きる可能性のあるものだと気付き、自分が譜歌を使ったことが不味かったと分かってきたが、それでも自分が軍属である限り民間人を護るという軍人の義務に反したことを認められず、口から出たのは謝罪ではなく言い訳だった。

「わ、私はあなたたちに危害を加えるつもりで使った訳じゃないのわ!屋敷の警備だって侵入するためにしただけで、あなたたちに危害を加えるつもりはないから動けないようにと思って・・・・・・」

「じゃあどういうつもりであの譜歌を使ったのかしらね。あなたは譜歌の特性に“無知”ではないのでしょう?危害を加えるつもりはなかったけど危害を加える譜歌を使ったというの?信じられない!」

「充分危害だろ!危害を加えるつもりがなかったなら、なんでそんな危険な歌使ったんだよ!」

矛盾した言い訳をすぐに二人に否定されたティアは知らなかった、と言いかけたが、それは先程ゾフィーに呆れられた譜歌への無知を認めることになってしまうから言えなかった。

「第七音譜術士にとっては譜歌の存在は常識ではあるけれど、音律士が珍しくなっている最近は譜歌を使わない第七音譜術士が多いわ。けれど音律士は譜歌を操る者であり、またあなたは実際にあの襲撃で多くの人々に、民間人に、目的ではないはずの無関係な人々に使用した。譜歌を使わないこともある第七音譜術士が、譜歌自体を“知らない”ことを、譜歌を使う音律士で、譜歌を多くの民間人に使って巻き添えにしたのに、特性や危険性を“知らない”あなたが馬鹿にするの?──もっとも、ルーク様は第七音素の素養はお持ちでも譜術士ではないのだけれど」

知らなかった訳じゃない、そう言おうとして開いた唇は、すぐに先程のゾフィーの非難を思い出し、譜歌の特性や危険性を知っていたことが何を意味するのか思い当って再び何も言えなくなってしまう。

「あなたが譜歌の特性や危険性を知らなかったなら、“あなたは第七音譜術士に加えて音律士のクセに、譜歌の特性や危険性を知らないの?信じられない無知ね!”と言いたくなるし、あなたが譜歌の特性や危険性を知っていたなら、“あなたは譜歌が攻撃力を持つ特性なのも転倒などの危険性があるのも知っていたのに、ヴァン謡将だけを狙うなら無関係なはずの屋敷の人たちに、民間人のルーク様や奥様や、私たちに使ったの?そんな傲慢で恐ろしい人は信じられないわ!”と言いたくなるわね。危害を加える譜歌を使って巻き込んだのに危害を加えるつもりはなかったとか言うし。ルーク様と私は、あなたの無知と傲慢、知識と人格、どちらを“信じられないわ!”と疑えば良いのかしら?」

あなたは譜歌を“知らない”の?“知っている”の?

ゾフィーの問いかけにティアは答えることができず、ただ口を戦慄かせながら後ずさっていたが、やがて踵を返して走り出した。

ただその場から逃げ出して、二人のこともファブレ家のことも、譜歌のことも忘れ去ってしまいたかった。
無知も傲慢も、どちらも認めることもを呆れられるのを耐えることもできなかった。
たとえそれが事実に基づいた非難であっても。

けれどすぐにティアの背中には衝撃が走り、地面に突っ込むように倒れ込む。
背中の焼けるような痛みと、倒れた時に打った全身の痛みで声も出ないティアを、ゾフィーは容赦なく押さえつける。

「どちらであってもあなたは譜歌以外にも何重にも無知と傲慢を晒しているから、結果は同じになるのだけれど」

ゾフィーの声を聞きながら薄れゆく意識の中、ティアの脳裏には譜歌にかけられ次々に倒れ伏す人々の姿が今更の罪悪感と共に浮かんでは消えて行った。












最初のティアの台詞は漫画1巻より。 ジェイドのエナジープラストの威力は250、ナイトメアの威力は240です。




                        
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