殺される、とルークは思った。
だって、彼女の行動はそうとしか思えなかった。







失った信頼を取り戻せなかった襲撃犯







突然変な女に屋敷を襲撃されて、譜歌とかいう歌をかけられて、師匠を暗殺されかけて、思わず止めに入ったら何処だかわからない渓谷に飛ばされて、無愛想な襲撃女にあれこれ言われて・・・・・・。
ムカついてはいたけれど、それでも最初は、少しは信じても良いかもしれないとも思ったのだ。
彼女はルークに危害を加えるつもりはないと言い張るし、すまなそうに謝罪して、必ず家まで送ると約束して、そして彼女はルークに襲いかかったりすることはなかったから。

少しは良いところもあるのかもしれないと思った。
危害を加えるつもりはなく屋敷に無事に送るという言葉を信じても良いかもしれないと、けれど。


殺される、とルークは思った。
だって、考えれば考えるほど、彼女の行動はそうとしか思えなかった。




最初は知らない場所に飛ばされたばかりで混乱していたルークも、時が経つうちに落ち着いて考える余裕ができたことと彼女が新たに重ねる不審な言動が相まって、少しずつ怪しむようになっていった。

“教団本部のあるダアトでは警備が厳重過ぎて、妹といえどもヴァンに近付くことができないが、この街なら話は別だ。きっとヴァンを討てるだろう──そう考えたからよ”

それが彼女の主張する、ファブレ公爵邸を襲撃した理由だったが、思い返せば鵜呑みにするには不自然に過ぎた。

ファブレ公爵邸は当主のクリムゾンの他にも第三王位継承者で、現王インゴベルトの一人娘ナタリア王女の婚約者のルーク、インゴベルトの妹の公爵夫人シュザンヌが住まい、更にナタリアも度々訪れる屋敷だ。
暗殺、復讐、誘拐、侵入の恐れは 数え切れないほどある。
ルークひとりだけでも、ルークの死で王位継承権の繰り上げやナタリアの婿の座が手に入るかもしれない貴族やその縁者など枚挙に暇がない。
生まれながらに死を望まれ命を狙われ、安全に護られていなければ命すら危ういのがルークの生まれだった。
だから公爵邸はファブレ公爵旗下の白光騎士団によって厳重に警備されている。
彼女の侵入を防げなかったのは恐らくルークもかけられたあの譜歌とかいう歌のためで、戦っていたなら到底中庭にいたヴァンに近付くことなどできなかっただろう。
“警備が厳重過ぎた”ためにダアトで襲わなかったというなら、“警備が厳重過ぎた”公爵邸でも襲おうとは思わないはずだ。
けれど現実には彼女は“警備が厳重過ぎた”公爵邸で襲撃している。

仮に侵入がダアトより容易だったとしても、彼女が真実ダアトの軍人であるならば、よりにもよってキムラスカの王族とも縁戚の公爵邸で襲撃だなんて、ダアトとキムラスカとの国際問題になるような手段だけは避けようとするだろう。
けれど現実には彼女はファブレ公爵邸で襲撃し、ダアトとキムラスカとの国際問題になるような手段をとった。

また仮に侵入がダアトより容易でかつ国際問題にはならないとしても、真実危害を加えようとしたのがヴァンだけならばヴァン以外の人間を巻き添えにするのは避けようとするだろう。
無関係な人間を巻き込むのは避けたいし、邪魔をされる可能性も高くなるのだから。
ましてファブレ公爵家にとってヴァンは当主が息子の剣術師匠を任せるほど信頼している外国の将軍、けして邸内で暗殺されるなどということがあってはならない。
ルークが止めに入ったのは弟子としての個人的な好意のためもあったが、それがなくても、またルークでなくても、同じように止めに入っただろう。
けれど現実には彼女は、多くの人間が住まうファブレ公爵邸で襲撃し多くの無関係な人間を巻き添えにする手段をとった。
軍人の白光騎士団だけではなく、ルークやガイ、ペールのような戦う力はあっても軍人ではない者達や、病弱なルークの母親、メイドやコックのような戦う力を持たない使用人をも巻き添えにした。
あの時彼女は屋根の上から飛び降りたから、ヴァンのすぐ近くにいたルークと、それに少し離れた所に居たガイとペールの姿も見えただろうに、それでもあの中庭で襲ってきたのだ。

それに、彼女がルークとガイと、恐らく屋敷の他の者たちにもかけたあの譜歌とかいう歌。
ルークは以前に父の部下の軍人から、敵を眠らせる譜術は一見無害なように見えるが、眠らせるだけではなく攻撃力を持つ譜術もあり、中には威力が普通の近接攻撃にも勝るものもあると聞いたことがあった。
加えて力なく倒れて眠りについたり身体が痺れることで転倒や負傷、事故を引き起こす危険があるため充分に相手を傷付ける凶器になりえる恐ろしい術であり、敵以外への安易な使用は厳禁なのだと。
思い返してみればルークも譜歌をかけられた時、痺れと眠気だけではなく痛みと体力を奪われるような感覚があった。
この渓谷の魔物たちも譜歌を使われると同じような反応を示し、中には3回も歌えば死んだように動かなくなった魔物もいて、とても眠らせているだけには見えなかった。
そんなものをルークや屋敷の者たちに使うなんて、既に充分に危害を加えている。

直接的な物ではなく間接的にも、屋敷を厳重に警備している白光騎士団が眠ってしまった屋敷はどうなっているだろう。
他の襲撃犯が来てしまったら、屋敷のみんなを護る者はいないのに。
病弱なルークの母、メイドやコックなどに襲撃から身を護るなんて出来ないし、白光騎士団や、ガイやペールのような剣術の仕える使用人だって眠っていたら戦えない。
抵抗することも逃げることもできなかったら、そのまま殺されてしまうかもしれない。

屋敷の母や使用人に既に危害が及んでいるかもしれないと思い当り、ますます不安と、危害を加えることが想定できる状況で襲撃しながらそんなつもりはないと言い訳した彼女への不信感が募って行く。

(他人を巻き込むつもりも危害を加えるつもりもないなら、なんで屋敷で襲ったんだよ・・・・・・屋敷を選ぶことそのものが不自然だろ?ヴァン師匠を襲う理由が何であれ、屋敷で襲う理由があったとは考えられないし、ダアトは警備が厳重過ぎたからと言い張ってるけど屋敷も警備が厳重なんだからこれも不自然、いっぱい人がいて邪魔が入ったり巻き添えにする可能性だって高くなるからそれも不自然・・・不自然なことばっかじゃねぇか。たとえ屋敷で襲うことで暗殺がしやすくなる何かがあったとしても、無関係なはずの俺や母上たちを“巻き込んで危害を加え”てまで他の場所じゃなく俺の屋敷で襲うほどのものがあるなんて考えられない。大体ダアトを巻き添えにすることをも厭わないかのように国際問題になりかねない場所で襲うなんて、こいつ本当にダアトの軍人なのか?ダアトだって王族や貴族はいなくても導師とか大詠師とか警備が必要な有力者はいるはずだし、まして軍人なら警備の重要さは分かるだろう。有力者に何かあった時の、紛争や戦争の可能性だって・・・・・・でもこいつの言動にはそんな様子は感じられない。何も知らないかのように、あるいは、どんなことが起きようと何も感じないかのように・・・・・・)

他人がいると知らずに襲撃して巻き込んでしまった訳ではなく、多数の他人がいることが分かっている場所に襲撃して、攻撃力を持つ譜歌をかけて、

“巻き込むつもりはなかったのに”?

“危害を加えるつもりはない”?

これほど多くのリスクに、たとえよほどに無知や箱入りだったとしても仮にも軍人が、音律士クルーナーが、何も気付かないなんてことがあり得るのだろうか?
襲う前は気付かなかったとしても、自分が歌う譜歌によって、ダメージを受けながら倒れる人々を見ても気付かなかったなんて。
気付こうとしないのか、気付いても何とも思わないのか、どちらにしても呆れるのを通り越してもはや恐ろしかった。

そして襲撃した時だけではなくその後の言動にも、ルークの不信と恐怖は増していくばかりだった。

「ルーク!詠唱中は護って!!」

そう言われる度に、被害者に自分を守らせる矛盾と不安に心が凍るような心地になった。

彼女はルークに、戦うことが当たり前のように魔物と戦わせる。
けれど本当に被害者を無事に送る気があるなら、危害を加えるつもりがないなら、戦わせる訳が無い。
ルークが屋敷に閉じ込められていたことは知っていた様子だったし、実戦は初めてなのも最初の戦闘の時に知っている。
しかもルークの武器は稽古に使っていた木刀で、魔物相手に戦うには心許無い。
ルークが止めきれなかった魔物が彼女に飛びかかった時に近接戦闘で倒せていたのをみると彼女は充分に近接戦闘で魔物と戦うだけの力は持っている様子だったし、わざわざルークに詠唱中に護らせなくとも譜歌を使わずに近接戦闘で戦うこともできるはずなのに。
それなのに彼女は何度も何度もルークを護ることなく戦わせ、あまつさえルークに自分を護らせている。

“巻き込むつもりはなかったのに・・・・・・”

“あなたをバチカルの屋敷まで送って行くわ”

“ごめんなさい、私が必ず屋敷まで送るから・・・・・・”

“私の責任ね・・・・・・本当にごめんなさい。”

“あなたに危害を加えるつもりがないのは確かよ。今はこれだけしか言えないけど、信じてもらえないかしら”

口だけはチャラチャラと反省しているような言葉を喋りまくるが、行動がそれと解離しすぎている。
本気で一度失った信頼を取り戻したいなら、どうして口で言うだけで行動はこうなんだ?
口で言うことだって、彼女のせいでこんな渓谷まで飛ばされてしまったのに、半分はルークのせいみたいに言うこともあった。
魔物との戦いを終えた後に“調子に乗らないで!”と怒鳴られることも。

(本当に責任を感じているのか?本当に・・・・・・俺を無事に送り返す気があるのか?)

最初は単にわがままで世間知らずなだけかと思っていたが、彼女の言動は何もかもが不審過ぎる。
考えるほどに最初は信じてしまった反省も謝罪も上辺だけのものとしか思えずに、冷血さや問題意識の欠落ばかりが浮き彫りになる。
帰るまでの辛抱だと思っていたから愚痴りながらも我慢して戦っていたけれど、本当に無事に帰れるのか不安になった。
そして戦わされて、護らされて、怒鳴られて、を繰り返すうちに、

殺される、とルークは思うようになった。
だって、彼女の行動はそうとしか思えなかった。


(・・・・・・やっぱり、こいつは俺に危害を加えるつもりなんだ)

直接襲わないのはルークに危害を加えるつもりがないからではなかった。
だって彼女は、ルークに、ファブレ公爵家の人間に危害を加えることを予想できる状況で襲撃を行い、危険な譜歌をかけ、更に実戦経験のないルークを魔物と戦わせることで既に“危害を加えるつもり”があったことを証明している。

わざわざルークを起こしたのは、ルーク・フォン・ファブレ本人かどうか確認するためかもしれない。
軟禁されているルークの顔は外に知られていなかったし、赤い髪緑の目を持っているとはいえ、貴族の家なら庶子の可能性だってある。
実際にはルークの父親に庶子はなく子供はルークひとりだがセシル将軍など複数の愛人がいたし、嫡子なら兎も角、公爵邸の庶子の有無や数、特徴なんて外から調べるのは困難だ。
公爵邸にいた赤い髪に緑の目の青年というだけでは、本当にルーク・フォン・ファブレか確証は持てなかったのかもしれない。
だから彼女は、眠っている間にではなくわざわざ起こして、ルークと確認してから標的に定めたんじゃないか?
確実に標的を討ったという確信を得るために。

あまりに矛盾した襲撃の理由も、言うこととは相反する行動も、きっとその場凌ぎの苦しい言い訳だ。
どうせ殺す相手への言い訳だからと矛盾だらけのものでも構わないと思ったのだろうか?

魔物と戦わせて死なせる気なのか、怪我や疲労で弱った所を襲う気なのか、どちらにしてもきっと彼女の襲撃の目的の内にルークも入っている、ルークに“危害を加えるつもり”で行動している。
そうとしか思えなかった。

一度失った信頼は到底取り戻すことはできず、不信と恐怖だけが強くなる。
どう考えても安心して背中を預けられる相手ではないと思った、背中を向けたらいつ襲いかかられるか分からない。
魔物に襲われて戦っている最中でさえも、魔物よりこのこの女の方がずっと恐かった。

殺される、このままじゃ殺される、このまま魔物と戦わされて疲れた所を襲われたら、怪我した所を襲われたら、

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ恐い恐い恐い恐い死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!

「調子に乗らないで!」

その怒鳴り声に限界まで張りつめていた何かが弾け、ルークはそっと振り上げた木刀の矛先を、倒した魔物から怒鳴っている襲撃犯の背中に移して呟いた。

らなければ、られるんだ・・・・・・!」












タタル渓谷の所をやり直したらナイトメアは催眠だけではなく攻撃力があって、普通に近接戦闘で攻撃した時はルーク25〜41、ティア36〜41ですが、譜歌はそれ以上の44〜52もの威力を一回の詠唱で3HIT与えていました・・・・・・。
巻き込むつもりも危害を加えるつもりもないにしては、木刀で殴るより威力ある譜歌って充分に危害では。

この時のティアはルークを「安心して背中を預けられる相手ではない」と思っていたそうですが、襲撃犯(しかも既に譜歌などで巻き添え)に魔物と戦わされ続けたら混乱した被害者は、幾ら口であなたに危害を加えるつもりはないのは確かとか言っても信じられずに安心して背中を預けられる相手ではない、危害を加えられると思いそうです。




                        
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