崩落したアクゼリュスの跡地から飛び立つタルタロスの艦上で、それを引き起こすための兵器として利用された少年が俺は悪くない!と叫ぶ。
自分の否を認めず全て人のせいにしようとするその姿に、親友と保護者を称する青年が馬鹿かもしれないと幻滅を感じぽつりと呟くと、申し合わせたわけでもないが、隣で同じように少年に冷たい目を向けていた栗色の髪の少女の唇も同じ言葉を呟いて、二重に響いた。

「「だから、言ったのに・・・・・・」」














「待てよ、ティア、ガイ」

自分の責任から逃げようとするルークを置き去りに立ち去ろうとした二人の後ろに、ルークの制止の声がかかった。
先程までの動揺しきったものとは違う落ち着いた声音に違和感を感じながらも、お前が悪くないはずがないだろういい加減にしろ、苦しいからって罪から逃げてはだめなのよと叱責しつつ再び去ろうとした二人に、ルークは今まで聞いたこともない様な暗い嘲笑が混じった声で同じ台詞を返す。

「お前たちが悪くないはずがないのに、苦しいからって罪から逃げるなよ」

意味を理解出来ない二人が顔に怒りを浮かべると、比例するようにルークの顔に浮かんだ嘲笑は深くなる。

「だから、言ったのに・・・・・・?お前たちが何を言ったんだよ。今までずっと自分が知っていることを隠して言わなかったお前たちが、何を言ったつもりなんだよ」

「私は何度も兄さんは信用できないって、戦争を起こそうとしているのは兄さんだって言ったでしょう!それを信じずに考えなしに兄さんを信用したからこんなことになったのよ、少しは反省したら!?」

激昂して自己を正当化し、そうすることで無意識に罪を浮き彫りにするティアの言い訳を、ルークは何処かかつてティアがルークに向けたそれを思わせる呆れた表情を浮かべて切り捨てる。

「本当に考えなしだよなお前、それとも都合の悪いことは忘れているのか?お前はファブレ公爵家を──俺の家を襲撃した犯罪者だったんだぞ。その後だって俺を戦わせて、俺を罵って、俺を見下して、俺の家で横柄に振舞って、一度失った信用を取り戻そうなんてしなかったじゃないか。俺にとってのお前はずっと俺と俺の家族や使用人を巻き添えにした信用なんて出来ない襲撃犯でしかないのに。当時のヴァンにはダアトの主席総長という輝かしい、伯父上からアクゼリュス救助の先遣隊を任されるほどの信頼があったのに。何よりお前はただ不信を口にするだけで、その不信の理由を明かすことがなかったのに。こんな状態で信用されると思うのも、信用されなかったことで俺を責めて自分は反省しないのも、考えなしか自分の罪と状況を忘れているとしか思えねぇよ。どうしてせめてお前が不信を抱く理由になった、ユリアシティで立ち聞いたヴァンとリグレットとの会話を明かさなかったんだ?お前だってそれを立ち聞くまではヴァンのことを信じていたくせに、それを知らない俺がただ信用できないとだけ聞かされてヴァンを疑うと思うのか?そう出来なかったことは本当に俺が悪く、考えなしや無知の結果なのか?お前が起こした犯罪を、その結果に無責任で無自覚で信用できる人間ではなかったことを、考えればこそ信用できるはずもなかったのに?」

冷え切った口調で責められるうちに怒りに熱くなっていたティアの頭も冷えて行き、そうして自分の過ちが、傲慢が、考えなしさが浸透していく。

無関係な人間を巻き添えにしての襲撃という大きな過ちを犯しながら大した過ちとは認識しなかったティアと、認識した周囲ルークの解離に気付くこともなく。
ただでさえ信じ難いことをよりにもよって襲撃に巻き添えにした相手に、信用される努力もなく根拠もなく信用されるほど自分が偉いかのように、 他人は一度失った信頼を取り戻すために努力が必要なのに、自分は努力を必要もせず失った信頼を取り戻すことのできる特別な人間のように思い上がって。
自分ひとりでヴァンを止めて世界を救おうしていた傲慢をやっと自覚して、幻想の世界は跡形もなく滅ぼされ底なしの闇に墜ちて行くようだった。

「だから言ったのに・・・・・・“言わなかった”だろお前。ヴァンの計画を、外郭大地の人間を消そうとしていると知っていたのに誰にも“言わなかった”だろう。お前を信用していなかった俺にだけじゃなく、何故かお前に不信感を持ってなかったガイにも、ジェイドたちにも、お前とヴァンの上司のイオンにすら、誰にも“言わなかった”。襲撃からアクゼリュス崩落まで4ヶ月もの間俺たちと旅をしていたのに、その間ずっと隠していた。確かに俺も悪くないはずがない、でもお前も悪くないはずがないだろ?だってヴァンの計画を止められなかったのはお前が“言わなかった”、その結果でもあるんだからな!苦しいからって罪から逃げるなよ、自分の否を認めず全て他人だけのせいにするんじゃねぇよ!!」

あの惨状が、一万人の人間の死が、自分が兄の計画を隠し続けた結果でもあったのだとようやく自覚し、その重圧に耐えきれず崩れ落ちるように膝をつく。
何度か口を戦慄かせながらも声を発することができずただぼろぼろと泣いているティアから、 ティアへの視線を驚愕から幻滅に移し始めているガイへと視線を移したルークは、先程ティアに向けたのと同じ言葉を繰り返す。

「だから、言ったのに・・・・・・?お前が何を言ったんだよ。今までずっと自分が知っていることを隠して言わなかったお前が、何を言ったつもりなんだよ」

自分に向けられたものとは思わなかったガイは「なあルーク、ティアも反省して泣いてるしそんなに何度も責めなくても・・・・・・」と言いかたが、ルークははっきりとガイの罪を加えて繰り返す。

「だから、言ったのに・・・・・・?お前が何を言ったんだよ。今までずっとヴァンの回し者スパイとして俺を見捨てて言わなかったお前が、何を言ったつもりなんだよ」

その表情もまた、何処かかつてガイが考えなしのお坊ちゃんとルークを馬鹿にする時のそれに良く似ていた。

「本当に考えなしだよな、お前。それとも都合の悪いことは忘れているのか?お前はヴァンが俺を騙すことを承諾して、協力して、何も言わずに見捨ててきた。ヴァンのことで俺とティアと口論になった時にも、俺がヴァンに騙されているんだって言わなかったじゃないか。お前だってヴァンを信じて、ヴァンに協力して、ヴァンに騙されて利用されて、俺という兵器をアクゼリュス崩落に使う協力をしちまったじゃないか」

「あ・・・・・・」

そんなつもりはなかったと言いたかった。
ファブレ公爵に復讐するつもりで、自分と同じように家族を失う苦痛を味あわせたくて、けれど口に出す前に自分がつい先ほどルークに否定した言い訳だと気付いて消えていき、結果的に犯した罪が自分の罪として浸透して行く。

自分は被害者の家族なのだからともっとも憎むべき仇の息子の“ルーク”より偉いように思い上がって、 ルークやナタリアの気持ちも、マルクトの貴族がキムラスカの次期国王を暗殺した結果の戦争の可能性も、 復讐に巻き添えにする人間や結果的に起こしてしまうかもしれない事態から目を逸らして復讐心に身を任せ続けて。
結果的にアクゼリュス崩落の一端と、ルークが道具として使われる一端を担ってすら、 ルークには結果的に犯した罪を背負わせても自分は結果的に犯した罪を背負う必要はないかのように見下していた。
それでいて復讐者にして回し者スパイとしての自分と、 親友や父親役としての自分の解離を忘れ去っていた傲慢さをやっと自覚して、幻想の世界は跡形もなく滅ぼされ底なしの闇に墜ちて行くようだった。

「だから言ったのに・・・・・・“言わなかった”だろお前。ヴァン師匠が俺を騙しているって俺にもナタリアにも誰にも“言わなかった”だろ。確かに俺も悪くないはずがない、でもお前も悪くないはずがないだろ?だってアクゼリュス崩落も、俺が崩落に兵器として使われて罪を背負わされたのも、お前がヴァンに協力し、そして“言わなかった”、見捨てたその結果でもあるんだからな!苦しいからって罪から逃げるなよ、自分の否を認めず全て他人だけのせいにするんじゃねぇよ!!」

この惨状が、一万人の人間の死が、自分がヴァンに協力しそれを言わなかった結果でもあったのだとようやく自覚し、その重圧に耐えきれず蹲っているティアの隣に崩れ落ちるように膝をつく。

“だから、言ったのに・・・・・・”

それは言ってない過ちとその結果から逃避して、自分はちゃんと言ったのだと正当化し、聞かされなかったり言ったことを信用できるはずもない状況だったルークのせいにしようとする言葉だった。

「だから、言ったのに・・・・・・?お前たちが何を言ったんだよ。今までずっと自分が知っていることを言わなきゃならないことを隠して言わなかったお前たちが、何を言ったつもりなんだよ、アクゼリュス崩落はお前たちが“言わなかった”その結果でもあったのに!?」

「もう止めてくれ!!」「もう止めて!!」

ガイとティアがそう叫んだ瞬間、ルークの姿とルークを責めていた時の二人の姿が重なるように溶け合って消えていった。










────目を覚ました時、ガイの身体は全力疾走した後のように汗に濡れ、心臓は苦しいほど早鐘を打っていた。
見慣れた家具の並ぶ部屋を見回し隣で同じように青褪めて胸を抑えている妻を見て、ようやく今見たものが夢だと、何時もの悪夢だと理解する。

「私たちも悪くないはずがなかったのに、言わなかった結果でもあったのに、どうして、どうして」

悪夢の中の、そして過去の自分たちへと呟きながら啜り泣き始めたティアの声が突き刺さる様で、ガイは手で顔を覆ってルークの名前を呻くように呟く。

苦しいからって罪から逃げて、自分の否を認めず全て人のせいにしようとして。
だから言ったのにと言わなかった過ちとその結果から目を逸らして自己を正当化して、幻想の世界を滅ぼすことも現実との解離に気付くこともなくて。
やっと罪に気付いた時には遅すぎて、もうルークは何処にもいなくて、共に罪を背負うこともできなくなっていた。

行き場のない罪悪感は毎晩のように悪夢の中で時にはルークの姿をとり、時にはアクゼリュスの住民の姿をとり、時には自分自身の姿をとって二人を苛む。
けれどその苦痛は本来ならあのアクゼリュス崩落の時に背負うべきもので、そしてルークにひとり背負わせたもので己が行いの報いでしかなく、もう誰にも自分の否を押し付けて逃げることなどできはしなかった。













ガイティア夫婦設定。
このルークは二人の心の中の罪悪感の現れであり、責めている「ルーク」も責められているガイ(ティア)も、どちらもガイ(ティア)自身で、ルークが夢枕に立っているとかではないです。

アビスは自分の過ちと周囲との温度差をクローズアップしていて、アクゼリュスのルークは自分中心の考え方に陥っており崩落によってそれが一気に覆されたとという設定らしいですが、ガイとティアは最後まで自分中心の周囲との温度差の激しい世界に住み続けたまま“外の世界”から目を逸らし続けていたように見えました。
特にガイは実際はずっとヴァンの回し者として協力して見捨てていましたし、自分が背負わせる一端を担った罪すら背負わせて他人事のままで親友のつもりでいましたから。
攻略本などでルークを評した言葉は不思議と同行者、特にティアとガイに当てはまるものが多いですね。




                        
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