「おまえも変われる、か。ならば、この剣を取れ。そしてルークに永遠の忠誠を・・・・・・いや、友情を誓ってやってくれまいか。この子には父親がいない。レプリカだからではないぞ。・・・・・・父親である私が、預言スコアの下、息子を殺そうとしていたのだからな。父とは呼べまい。私はずっと息子から逃げていた。いつか死ぬ息子を愛するのは、無意味だと思っていたのだな。そんな私に比べて、おまえはよくルークの面倒を見てくれた。お前はルークにとって、兄であり父であり、かけがえなのない友であろう」

「・・・・・・わかりました」

わからない、二人のいうことが俺には理解できない。
どうして父上は、ガイは、






兄であり父であり、かけがえなのない友の幻想







公爵の声に答えて目の前に跪くまるで主君に跪く騎士のような姿のガイに、ルークの中に沸いてきたのは猛烈な寒気と嫌悪感だけで、嘔吐感すら覚えて思わず口を抑えて後ずさった。

「ルーク?」

その様子を不審に思ったのか、ガイは跪いたままきょとんとした顔でルークを見上げる。
ルークがどれだけ目を凝らしても、その顔からは罪悪感のひと欠片も見出すことはできなかった。
ついさきほど公爵が、ガイはルークにとっての“兄であり父であり、かけがえなのない友”だと言ったのを受け入れた時と同じように。
まるで自分がルークの“兄であり父であり、かけがえなのない友”だと信じて疑わないかのように。


──どうしてガイは。


「おいルーク、どうしたんだ?」

「・・・・・・どうして、ガイは父上の言うことを受け入れられるんだ?」

「ルーク?」

「“兄であり父であり、かけがえなのない友”、だなんて、どうして何の躊躇いもなく受け入れられるんだ」

ガイは質問の意味を掴めないようで何度か目を瞬かせたが、ああ、と小さく呟くと納得したような顔になって笑った。

「なんでって、当たり前だろ?レプリカや偽物だってことは気にするなよ。“本物のルーク”がアッシュだって、俺の親友はお前の方なんだからな」

そう笑ったガイの顔は、何も知らなければ親しげで温かな親友の笑顔に見えただろう。
けれど知ってしまった今は、今のルークには恐ろしかった。

寒気がして身体が震えているのに、目のあたりだけが熱くなって視界がぼやけてくる。
どうして、ガイは平気でそんなことを言えるのだろう。
兄であり父であり、かけがえなのない友、そんな自分の立場を、ルークにそう思われていることを疑わないのだろう。

「・・・・・・共犯者だったのに」
「ルーク?」

聞き取れなかったのか、聞きとれても自分のことだと分からなかったのか、聞き返すように名前を呼んで立ち上がり近寄ってきたガイに、ルークに再び後ずさって距離をとりながら近寄るな!と叫ぶ。

「父上への復讐心の下、俺を、“もっとも憎むべき仇の息子”とずっと殺そうとしていたじゃないか、そのためにずっと、笑顔で俺の面倒を見ながらヴァンが俺を騙すことを、俺が騙されることを、承諾して、協力して、ずっと見捨て続けていたじゃないか!この屋敷にいた七年間も、あの旅の間もずっと!!」

公爵はガイがヴァンと共謀していたことまでは知らなかったのか、驚愕の表情を浮かべた後にさきほどまでの信頼を込めたものとは懸け離れた冷厳なものに変えて睨みつけた。
ガイは僅かに顔色を悪くしてその視線から目を逸らしたものの、それでも責められるのは心外だといった様子で反論する。

「それは!昔はそう思ってたけど・・でも復讐する気はなくなっていたんだ!」

「俺を・・・・・・“ルーク”を騙すことを承諾して、協力したのは復讐の手段だったんだろ?アッシュや俺の幼馴染として側にいたのも、表では友人や保護者役のように装っていても一度も俺たちを助けようとはせずに見捨て続けていたのもそのためだろ?復讐を止めたならどうしてそのための手段を継続してたんだ?それは俺を害するものだったのに?矛盾してるんだよ、俺を害してまで手段を継続していたのに、目的を果たす気がなかっただなんて訳分かんねぇよ、復讐する気がなくなってたなら、どうして騙されるのに協力し続けたままに、見捨て続けたままでいたんだよ!迷ってたのかも知れないけど、でも完全に復讐を、目的を止めてはいなかったから手段も継続してたんじゃないのか?結局お前は、ヴァンの目的と自分の目的の差異に気付くまでずっと手段を継続して、俺を見捨てて、助けようとしないままだった。──ならガイだって、ずっと復讐心の下、俺を殺そうとしていたじゃないか!!」

結局ガイは、ルークを殺すための手段を止めることはなかった。

選択肢はいくつもあった。
復讐を止めて、その手段も止める。
復讐を止めないにしても、ルークを犠牲にせず公爵だけに復讐する。
復讐のためという理由をつけたとしても加害者の子供までを殺すことは不可欠ではなかったはずなのに、ガイが選んだのは常にルークを犠牲にする道で、ルークよりも復讐に、公爵に自分と気持ちを味あわせるという方法への固執に傾いたままだった。
ルークのではなく、その父親の行為に復讐するために犠牲にすることを容認し続けた。

復讐する気はなくなった、なんて首に手を賭けながら、ナイフを突き付けながら殺す気はないんだと笑うかのように真実味が感じられない。
本当に復讐心故ではなかったというならば、目的もなく自分が友と呼ぶ子供を騙して見捨てて笑っていたとでもいうのだろうか?

仮に復讐する気はなくなっていたとしても、それで全てがなかったことになるのだろうか。
復讐するためにしていた行動から、忘れ去って決別してしまえるのだろうか。
復讐する気はなくなっていた、それで復讐するために騙されて見捨てられた“子供”の痛みは消えてしまうと思っているのだろうか。

復讐心はなくなっていたというのが言い訳だとしても真実だとしても、あるいは幻想を真実だと思いこんでいるにしても、どちらにしろガイは何かが歪んでいる。

預言スコアの下、俺を殺そうとしていた父上は父とは呼なくて、復讐の下、俺を殺そうとしていたガイは兄であり父であり、かけがえなのない友なのか?」

ガイは顔を青褪めさせながらも、違う、俺は公爵とは違うと繰り返す。
憎んでいる公爵と同列に置かれるのが嫌なのか、それとも実父に放棄された哀れなルークの父親代わりになってやったという優越感を否定されたからか。
どちらにしろ、未だ幻想の父親役に縋りついて自分は悪くないかのような態度は見苦しいものでしかなく、己の行動が引き起こした結果への罪悪感のなさを露呈させていた。
それはガイにとってのルークは傷付けても罪悪感を感じることのない存在なのだと突きつける行為にもなり、ルークは焼かれるような痛みを感じて胸を抑える。

ベルケンドでヴァンからガイが回し者だと明かされた時、ルークは自分の立っている地が崩れ落ちて暗くて寒い穴の中に堕ちてゆく様な気になった。
ガイと一緒にいた七年間の陽だまりの様な記憶も、アクゼリュス崩落の後だって見捨てずに迎えに来て俺の親友はお前だと言ってくれたことへの感謝も、ガラガラと崩れ壊れていくようで。

あの時だって本当は、ガイに怒りも幻滅もあった。
ずっと、ガイと一緒にいるのは辛かった。
それでもルークは、ガイを信じたかった。

だからガイが後悔して、謝って、自分の非を認めることを待っていた。
過去の自分が間違っていたと自覚し、もうしてはならないと思っているのだと表してほしかった。

でもガイは、ヴァンの共犯者としてルークが騙されることに協力し見捨てたことも、それが結果的にアクゼリュス崩落の一端を担ったことも、そして崩落した時にルークだけ責めて自分の非は認めなかったことも後悔も謝罪もなかった。
間違っていたと自覚し、もうしてはならないと思っているようには到底見えない態度ばかりをとりつづけていた。

だから過去のガイだけではなく未来のガイも怖かった。
過去の罪を自覚して変わることが無いなら、未来も同じことをしないとどうして信じられるだろう?

また同じようにルークに危害を加えることに協力するかもしれない。
ルークが危害を加えられていることを傍観して見捨てるかもしれない。
その結果をルークだけのせいにして、自分の非は認めずに逃避するかもしれない。
そして謝罪も後悔もないままに父親役や友人のように振舞って、ガイの心の根底の父親役や友人の醜悪さを無意識に見せつけ続けるかもしれないと。

ガイに猜疑心と恐怖を感じながら、それでも信じたくてやり直したくて待っていた。
けれど、もう限界だった。

“兄であり父であり、かけがえのない友”と呼ばれることを受け入れ誓いを立てることに躊躇いも罪悪感もなかったガイの姿に、その立場と相反する行動を幾つもとっていたことを悪いなどとは考えていないことを思い知らされた。

かつてルークの後ろ向きな態度をうざいと責めたガイは、悪い意味で何処までも前向きだった。
自分の歩んだ道が何を踏み付けにしてきたのか後ろを振り返ることをせず、常に前だけを向いていた。
忘れてはいけない過去を忘れ、共に背負わなければならない罪を投げだして、行動に責任を持たなかった。

「俺は、俺は公爵みたいにお前から逃げてない、俺は公爵とは違うんだ!」

ふいにガイの繰り返しが途切れ、今度は公爵が父親の資格がないと自嘲したもうひとつの理由を出して自己弁護しようとする。
何時までガイは過去の自分の行動から逃げ続けるのだろう。
そんなつもりはなくとも結果的に起こしてしまった事態に責任を持ちなければならないと、ルークに認めさせたのはガイ自身なのに。
どんなに背負うことを拒否しても、目を逸らしても、己の過去の行動から決別なんて出来はしないのに。

「逃げたじゃないか・・・・・・俺がアクゼリュス崩落に兵器として使われた時だって、ガイは俺だけを責めて自分の罪を打ち明けずに去っていったじゃないか!」

「それはお前が悪かったから、お前が悪くないはずがないのに自分の責任を認めなければならなかったのに俺は悪くないなんて言い逃れたから叱っただけだけろう!?俺はお前の父親役で親友だから、お前が馬鹿なことやった時には叱ってやらないといけないと思って!」

「それならどうして“俺だけ”を責めて自分がヴァンの回し者スパイだったことを打ち明けずに、自分の非を認めることもなく去っていったんだ?それも矛盾してるんだよ、俺が悪くないはずがないならお前も悪くないはずがないじゃないか。ヴァンはアクゼリュスを崩落させるために兵器にするつもりで俺に近付いて騙したし、復讐の手段のつもりでもガイはヴァンが俺を騙すことを承諾して協力して、騙されていた俺を見捨てたんだから、結果的にはアクゼリュス崩落と、それを俺がやらされる一端を担ったじゃないか!」

何も知らなくても騙されていても利用されたとしても悪くないはずがないのなら、ヴァンに何も知らされず騙されて利用されたとしても、ガイは悪くないはずがない。
ヴァンの共犯者として、そして父親役を名乗るなら子供に罪を背負わせた親として、ガイは二重に共に罪を背負わなければならない立場だった。

「・・・・・・なのにガイは、父上とは違って俺から逃げなかったつもりなのか?俺に罪を背負わせた時にすら俺だけに背負わせて立ち去ったことは逃避じゃないのか。親が子供を叱っただけだって正当化できるのか?」

アクゼリュスが崩落した時、ガイはルークも自分も悪いと共に罪を背負うのではなくルークだけに罪を背負わせた。
ヴァンに騙されて結果的に兵器を手に入れるのに協力してアクゼリュス崩落の一端を担ったことも、結果的にはルークを兵器として使うために騙すのに協力してしまったことも、騙されているルークを見捨てていたことも、自分は悪くないとでもいうかのように。

ルークが悪くないはずがなかったとしても、ガイもまた結果的に崩落の一端を担いまたルークに罪を背負わせる一端を担っていた以上、自らの罪は隠してルークだけを責めれば“父親役”が間違った子供を叱ったものになどならず、子供と同じ罪を犯し、また子供に罪を背負わせる一端を担った“父親役”が、自分の非は認めず“子供”だけに罪を背負わせた逃避になっていたのに。

「無表情に目を逸らすか、笑顔を張り付けて見ているふりをするかの違いだけで、結局ガイも俺から逃げてたんじゃないか・・・・・・」

ガイはそれでも違う、違うと震える声で呟くだけで、自分の非を認めようとも、父親役や親友としての自分を見つめ直すこともしない。
目の前の辛い現実を拒んで、自分の責任から逃避して、心地の良い幻想の殻の中に閉じ篭ろうとするだけだ。

ふとルークの脳裏に、あの頃のガイの笑顔が浮かんだ。
ヴァンを一途に信じて師匠と呼んでいた頃のルークを笑顔で眺めていたガイ、ヴァンと親しげに密談し、怪しむルークに笑顔で嘘をついて隠蔽したガイ。
爽やかに優しそうに笑いながら、ガイは何時でもルークを騙して見捨て続けていた。

あの頃のルークは何も知らなかったけれど、今は、今なら分かる。
今のルークにとって、あの頃のガイの笑顔は、自分を騙して見捨てて笑っている欺瞞の笑顔だった。
分かってしまった今は、思い出すたびに騙され見捨てられた痛みに心が軋む。

過去の出来事に、例えその時には何も知らず傷付かなかったとしても、後に知ることで新たに傷付くこともある。
そしてそれを謝罪を後悔もされないことで更に傷口に塩を塗られるように痛みを増すことも。

「・・・・・・どうして父上みたいに、復讐心の下に子供を殺そうとして、騙して、騙されるのを承諾して協力して、見捨てた、その結果から逃げ続けた自分は父や兄や、友とは呼べないって思わないんだ?アクゼリュス崩落の後、アラミス湧水洞で俺を迎えに来た時だってそうだった。俺にしたことを打ち明けも謝罪もしないままに友人を名乗って上から目線に見下して!どうしてお前は俺にどんな酷いことをしても自分の立場を疑うことがないんだよ!?お前にとって俺は、何されたって傷付きも怒りもせずにお前の望み通りに動く心が無い人形か何かなのか!?」

けれど当のガイには今でも分からない。
アクゼリュスが崩落してもベルケンドでヴァンが告白しても、自分がルークを見捨てたことを悔いも謝りもせず、父親役や友人としての綺麗な自分だけを信じて、過去のヴァンの同志や共犯者としての自分からは逃避した。
理解ある幼馴染のつもりでいながらガイにはルークの気持ちもルークとの関係も、そして自分の中の自分の姿も、心地よい願望に反するものからは逃避し続けた。

だからあんなにも何の躊躇いも疑いもなく“兄であり父であり、かけがえなのない友”と呼ばれることを受け入れ、永遠の友情を誓おうとできたのだろう。

「俺はガイの忠誠なんて、いらない。父も兄も友人もいらない。だってガイにとっての父や兄や友は、騙しても、騙されるのを承諾して協力しても、見捨てても結果的に罪を背負わせても悪くないって顔して、自分の非は認めずにすべて子供や弟や友人だけのせいにしようとするものなんだろう?打ち明けることも謝罪や後悔することもなくても、どんな酷いことをしても父や兄や友人で居続けられる、そんな一方的な関係なんだろう?ガイのしたことや罪悪感のない態度が俺を傷付けるものでも、ガイは気にしないでいられるんだろう!!」

ガイの歪んだ価値観に従って父子や兄弟や友人を続けることは、もうできなかった。
あれほどの欺瞞を重ねても悔いないガイなら、また同じことをするかもしれない。
そしてまた結果をルークだけに背負わせて自分の非を認めずに逃げながら、父親役や友人のように振舞って罪悪感のなさを見せつけるのかもしれない。

また同じことをされて傷付いたり猜疑心と恐怖に苛まれながら側にいるぐらいなら、いっそひとりでいた方がいい。

「そんな父や兄や友人なんてこっちから御断りだ!幻想も欺瞞ももううんざりだ!俺はガイの思うままのお人形じゃない、ちゃんと人間なんだ・・・・・・心を持ってないみたいに扱われるのは、もう嫌なんだよ!」













ゲーム中のサブイベント「ガイの宝剣」より派生。




                        
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