「おまえも変われる、か。ならば、この剣を取れ。そしてルークに永遠の忠誠を・・・・・・いや、友情を誓ってやってくれまいか。この子には父親がいない。レプリカだからではないぞ。・・・・・・父親である私が、預言スコアの下、息子を殺そうとしていたのだからな。父とは呼べまい。私はずっと息子から逃げていた。いつか死ぬ息子を愛するのは、無意味だと思っていたのだな。そんな私に比べて、おまえはよくルークの面倒を見てくれた。お前はルークにとって、兄であり父であり、かけがえなのない友であろう」

「・・・・・・わかりました」

「父上、そんなことありません、父上は父親と呼べなくなんてなりません。だって」

子供にした行いを悔いて“父親”と呼ばれる資格などないと自嘲する公爵とは対照的に、ガイは“父親”と呼ばれることを受け入れて友情の誓いを承諾する。
けれどガイが誓いを立てようするより早くルークが割って入り、何処か諦めたような儚い微笑を浮かべて“父親”を見て学んだ歪んだ常識で“父親”を肯定した。

「だって親は子供を殺そうとしても、逃げても、何したって悪くないし、父と呼べるんですから」


“父親”は、“子供”に何をしても悪くないんでしょう?






子供は親を映す鏡







「ルーク・・・・・・?」

「・・・・・・お前、何言ってるんだ?」

公爵も、ガイも、どちらの“父親”も“子供”の言葉に愕然とした。

親は子供に何をしても悪くない、などと子供の口から出る台詞とも思えなかった。
まして先程公爵が言ったように、ルークは父親にずっと逃避された挙句に殺されかけた子供なのだから。
親だからって子供に何をしても悪くない訳じゃない、もう父上なんて呼ばないと非難するなら分かるが、逆に親の子供への理不尽な行為を肯定するなど信じがたいことだった。

けれどルークは“父親”たちが何をそんなに驚いているのか分からない。
だってこれはその片方の、常識人と言われる彼の行動から学んだことなのだから。
諦めた様な儚い微笑みを浮かべたままに、再び親の子供への理不尽な行為の肯定を繰り返す。

「何って、これ“常識”だろう?親は子供に何したって悪くないし、親と呼べなくなることなんてないだろ?」

だから父上は父上のままですよ、と父の資格を肯定されても公爵には喜べるはずもなかったが、違う、間違っている、そう発したつもりの声はあまりの動揺でかすれた音にしかならず、ルークは不思議そうに父の青ざめた顔を見つめただけだった。
その隣で対照的に顔を真っ赤にしたもう一人の“父親”が、声を高めて“子供”の歪んだ論理を否定する。

「そんなわけないだろう!公爵はお前を殺そうとしたし、お前から逃げていたんだぞ、親なのに子供を護りもしなかったんだ!」

「だから、別に親はそういうことしたって悪くないんだろ?」

「ルーク、何言ってるんだよ!?」

意味の通じない歪な会話に苛立ったガイの様子にも、呆然としている公爵の様子にも、ルークはきょとんと不思議そうにするだけだ。
その様子にルークが皮肉ではなく心底“親は子供に何をしても悪くない”と信じ込んでいるのだとわかってしまい、公爵は震える声で、何故そう思うのだ、とルークに尋ねる。

「だってガイは、俺の“父親役”だろ?さっき父上も言ったように、俺の“兄であり父であり、かけがえのない友”、だろ?」

「あ・・・・・・ああ。私とは違い、ガイはちゃんとお前の“兄であり父であり、かけがえのない友”だった」

公爵は頷いて肯定しながらも、どうしてそれが先程の歪んだ論理の説明として帰ってくるのか全く理解出来なかった。
ガイは喜色を浮かべて頷き、だから俺は公爵のようなことはしない、公爵のようにルークを殺そうとしたりルークから逃げたりなんてしない、そう自分がルークにとって良い“父親役”であったことを疑わずに口にしようとしたけれど、次の瞬間、ガイが果てしなく肥大させていた傲慢な幻想は針を刺された風船のように破裂した。

「俺の父親役の・・・・・・“兄であり父であり、かけがえのない友”のガイも、俺を殺そうとしたし、俺から逃げたじゃないか」

破裂した幻想の中からはガイが今まで自覚しなかった、今まで浸っていた心地の良い幻想と相反する真実が溢れだしてガイに自分の罪を突きつける。

「父上への復讐心の下、俺を、“もっとも憎むべき仇の息子”とずっと殺そうとしていたんだろう?殺すためにずっとヴァン師匠が俺を騙すことを、俺が騙されることを、承諾して、協力して、見捨てて助けなかったんだろ?」

そう説明にするルークの顔には恨みや非難の色はなく、公爵の自責を否定した時と同じようにただ諦めた様な儚い微笑みだけが浮かんでいた。

「俺、ベルケンドでそれを知った時は凄く辛かったんだ。ガイも俺がアクゼリュス崩落に使われることは知らなくても、俺がガイにされたこと知った時に辛い思いをするのは分かるのに、それでも七年間、ずっと俺の気持ちから目を逸らしてたことも、ヴァン師匠が俺にアクゼリュス崩落の罪を犯させた時、俺だけに罪を背負わせて、自分の非を認めずすべて俺だけのせいにしようとして、俺から逃げて置いていったことも。師匠の同志なら、協力していたならガイは結果的に俺に罪を犯させる一端を担ったのに、どうしてそれを俺だけに背負わせて逃げたのかって凄く辛かった。──でもガイは一度も俺に謝ったり、それが間違っていたって後悔したりせずに、そのまま俺の“父親役”のつもりのままでいただろ。俺が傷付いたり、ガイを恨んで“父親役”と思わなくなるなんて考えもしてないみたいに」

ガイは常にルークからも自分の行動からも目を逸らして逃げ続け、ただの一度も向きあったことがなかった。
そうすることで自分の過ちからも愚かさからも逃げ続け、自分自身と向き合わずに目を逸らし続けていた。

ガイもルークもヴァンを信用して、騙されて、結果的にアクゼリュス崩落に利用されたのに悪くないはずがないのはルークだけで、ガイは結果的にルークに罪を犯させることに協力してしまったのにその罪にルークが苦悩するのはうざいと止めさせ、わがまま放題考えなしのおぼっちゃんに育てちまった、ルークは馬鹿かもしれないとルークを蔑みながら自分が同じだとは考えない。

それでもガイはアクゼリュス崩落の後ですら、ルークの親友を名乗ることも父や兄と呼ばれることを受け入れることも躊躇わなかった。
アクゼリュス崩落も、罪も、苦悩も、愚かさもルークだけが背負うもので、ガイは共に背負おうとはしなかった。

そんなガイの姿がルークの目にどう映っていたのかなんて、“子供”の口から“父親”の行動から学び取った常識を説明され、その理不尽な行為を諦めたように肯定されるまで考えもしなかった。

「さっきだって父上がガイを俺の“兄であり父であり、かけがえのない友”と言った時、ガイは当然だって顔してたじゃないか。だから、ガイが俺にしたことは、親が子供にそれをすることは“悪くない”ことなんだろう?後悔したり謝ったりする必要なんてないし、父親の資格がなくなったりもしないんだろう?ガイが俺を殺そうとしても、騙されることに協力しても、見捨てても。その結果どうなっても、俺だけに罪を背負わせても、ずっと俺から逃げていても。すべて俺だけが悪くてガイは悪くないはずだから、ガイが俺の“父親役”なのは変わらないし、ガイの態度に辛がったり恨むなんて、筋違いなんだよな・・・・・・」

ガイはルークに気持ちを察することや気遣いを求め、出来ないことを成長していないと責めながら、自分の行動がルークを傷付け罪を背負わせる一端を担ってすら、ルークの気持ちを察することも気遣うことはなく、自分はルークの父親役や親友だといい気になって、ルークがそう思っていることを疑わなかった。

“父親”と共にいた七年間を常に騙され、見捨てられ続け、その結果犯させられた罪を自分だけに背負わされても、“子供”は苦しむことも親に不信を持つこともなく、そんな親を認めて受け入れ続けることを。

何をされても“父親”にとって都合の悪いことは考えず、“父親”にとって都合の良いことだけを考える。
ガイという“父親”にとってルークという“子供”は、そんな都合の良いお人形だった。
自己中心的な幻想に陥って、幻想に浸って、現実の自分を見つめ直そうとはしなかった。

そんな“父親”の傲慢で幼稚な認識を“子供”は正しい常識として学び取って、父親たちの理不尽な行為を諦めたように受け入れて儚く微笑む。

「昔の俺はホント何も知らないバカな・・・・・・常識も知らないダメな奴だったよな。だからガイの行動を思い出して、考えて、“常識”を学んだんだよ。だってガイは優しくて、世間知らずな俺と違ってちゃんと一般的な反応が出来る常識人だって誉められてるから、そんなガイの行動ならきっとみんなが認める正しい“常識”だろう?」

幻想の世界が覆り、現実に犯した罪の重さと“父親役”や“親友”としての自分など落ちるところまで落ちていたことにようやく気付いたガイの脳裏で、今までルークに向けてきた言葉が跳ね返り、今更に湧き上がってきた後悔や自責に苛まれて項垂れる。

公爵もまた何重もの驚愕と自責に苛まれ、直接の原因を作ったガイを責める余裕もなくただ項垂れていた。
公爵はガイのことは何も知らなかった。
庭師として雇ったペールの親戚の子供としか知らず、詳しい身元も復讐心もヴァンとの共犯も、心の歪みにも何も気付かなかった。
けれど本来なら息子の側に仕え、まして親代わりを任せるのなら身元も人格も能力もっと検討し、信頼できる人間に任せるべきだっただろう。
雇った後のガイの行動も、使用人として相応しからぬ振舞いやルークへの無礼は多々あり、ルークの親代わりには好ましくない人間だと気付く機会は幾度もあった。
死ぬ息子に教育するのは無意味だと、ただ預言の年まで贄として生きてさえいれば良いと目を逸らし、良く知りもしない相手を近づけ教育を放り投げた、父親が子供から逃げ続けた結果でもあった。

そんな“父親たち”にルークは諦念の微笑を向けたまま、ガイから学んだ“常識”を繰り返す。
父親の資格を肯定し悪くないのだと罪を否定することで、無意識に罪を突きつけ追い詰める。

「だから、俺は今でも父上のこと父上って呼べますから。“父親”が何したって見限ったりしないし、謝罪や後悔なんてしなくたって構いません。何したって許して、受け入れて、父親だって認めますから。だって見限ったり、非難したり、一度失った信用を取り戻して認められるように努力をさせたり、悪いことしても謝罪も後悔もせずに許されるのは親だけで、子供には親にそうする権利はないんだから、仕方ないですよね。親は子供に何しても悪くないし、子供は親に何されても仕方がないんですから」

それは卑屈かもしれない。
けれどずっと心の中でルークを、“子供”を卑しんできたのはガイ自身だ。
そして何をしても親友や父親役としてのガイを否定しないことを、ルークに甘やかされることを望んでいた。

言葉に出さなくとも自分の非を認めずすべて子供だけのせいにしようとし、謝罪も後悔もなく父親役の立場を疑わなかった態度でガイはそれを表してきた。
ルークの歪んだ認識は、ガイの心の根底の歪んだ認識を映しだしたものに他ならなかった。

「だからガイ、お前も俺の父親役だよ。俺を殺すために騙してたけど、騙されることを承諾して、協力して、見捨てて、その結果俺に罪を背負わせても自分の非なんて認めずにすべて俺だけのせいにして逃げ出したけど、自分から打ち明けたり、謝ったり、後悔したり、一度失った信用を取り戻せる行動なんてしなかったけど、でもガイは父親役だから子供に何したって悪くないし、子供の立場にいる俺はガイに何されたって仕方ないもんな。何したってガイを許すし、受け入れるし、父親役と認めてないといけないもんな」


“父親”は、“子供”に何をしても悪くないんだろう?












ゲーム中のサブイベント「ガイの宝剣」より派生。




                        
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