「ルークが心配なんだ。あいつを迎えに行ってやらないとな」

「呆れた!あんな馬鹿ほっとけばいいのに」

ベルケンドで一行から離れルークの元に戻ろうとするガイを過保護ぶりに呆れたアニスが止める。
前にも言いましたけどあなたはルークを甘やかしすぎですわ、とアニスに同意するナタリアの横で、アッシュはかつて自分が向けられた眼差しをガイに返しながら口を歪めた。

「馬鹿だから俺がいないと心配なんだよ。それにあいつなら・・・・・・立ち直れると俺は信じてる」

「ガイ!あなたはルークの従者で親友ではありませんか。本物のルークはここにいますのよ」

ナタリアは気遣うようにアッシュをみるが、アッシュは別に傷付いた様子もなくガイを冷たく見ているだけだった。
もうアッシュの中に、ガイの友情を求める気持ちなど残ってはいなかった。
ガイが“ルーク”の従者で親友であったことなど、欺瞞の幻想だと知っていたから。

「本物のルークはこいつだろうさ。だけど・・・・・・俺の親友はあの馬鹿の方なんだよ」

そう言って立ち去ろうとしたガイに、アッシュが呆れと嘲けりを滲ませた声をかけた。

「はっ! 裏切ってもまだ“親友”か?」







変わらない共犯者







「こいつはヴァンの回し者スパイなんだよ。どの程度計画に関与してたのかまでは知らないが、少なくともヴァンが“ルーク”を──俺も、こいつが親友と呼ぶレプリカも両方とも──騙していることは知っていたし、それを承諾して、協力していたヴァンの共犯者だ。それに“親友”というなら、“親友”を見捨てていた、も加わるな」

アッシュはガイに言い訳を許さないように口早に全てを暴露し、驚愕した仲間達の顔と狼狽して青ざめたガイの顔を見て、胸を満たす暗い快感に口を歪めた。

「うそ、でしょうアッシュ・・・・・・ガイはずっとあなたと、わたくしと、そしてルークの幼馴染でしたのよ。特にルークのことはガイが育てたようなもので、保護者でもあったのに、まるで父や兄のようでしたのにそんな」

「ああ、それなら被保護者を、子供を、弟を見捨てていたも加わるな。それにお前も騙されて、ずっと従弟を婚約者を害され続けていた訳だ」

アッシュがナタリアの庇いをあっさりと切り捨てて、更にナタリアもガイに裏切られていた人間のひとりだと気付かせると、ナタリアはしばし呆然としていたがやがて非難と悲嘆の籠もった潤んだ目できっとガイを睨みつけた。
どうしてですのガイ、どうして私たちを裏切ったのです、と責めるのを慌ててアニスが間に入る。

「ちょ、ちょっとーまだ本当か分からないじゃん、それになんでガイがそんなことするわけぇ?」

「──ホドの復讐、ですか」

「え?」

「それだろうな」

眼鏡を直しながらジェイドが口にした言葉にアニスは意味が分からず聞き返すが、アッシュは同意して話し始める。

「俺がアクゼリュスに行く直前、ヴァンとリグレットたちが話しているのを聞いたんだよ。ガイはホドの領主ガルディオス伯爵の嫡子、ヴァンは騎士の息子、二人は幼馴染の主従って訳だ。ガイは最初から復讐心を持ってファブレ公爵家に入り込んで、そしてヴァンと再会して同志に、共犯者になった。──眼鏡、お前どこまで気付いてた?」

「彼の剣術はホド独特の盾を持たない剣術アルバート流でしたから、ホドの出身ではないかと疑ってはいました」

その返答にアッシュはガイからジェイドへ視線を移し、呆れたような表情を浮かべる。

「おい、お前レプリカに相談して欲しかったと言ってたが──お前の方こそなんでそれを相談しなかった?ホドを攻めたのは俺の父ファブレ公爵だ。そのホドの民がファブレ公爵家で使用人をしていて、更に公爵子息の側にいれば復讐心は予想がつくだろ。レプリカのすぐそばに復讐者がいることを相談もせず隠したままで、自分は相談して欲しかったというのか?ナタリアにも言えるがな──攻めたのは父上だが、命令したのはインゴベルト国王、ナタリアはその娘だぞ。ナタリアだって俺やレプリカ同様に復讐の対象になったっておかしくなかったのに、お前もレプリカとナタリアを見捨ててたって訳か」

「・・・・・・確証がありませんでしたから」

ジェイドは先程ガイに向けた非難と悲嘆を籠めた眼差しを自分にも向けてきたナタリアから目を逸らすように、目を閉じて眼鏡を直しながら答えた。
アッシュはその返答にも更に呆れた様子で溜息をつき、ディストからは天才だと聞いてたがな、呟くとジェイドの言い訳を一蹴する。

「ホド独特の剣術を使っているならホド出身の疑いは濃厚、ホド出身の疑いが濃厚なら復讐者の可能性もこれまた濃厚だろう。確証がなかったとしても、行動するのに十分な可能性にはなってたのに、せめて“相談してやればよかった”のにな」

再びジェイドがルークに向けた台詞を返すように言われてジェイドはぐっと詰まる。
どうして相談しては下さいませんでしたの、と今度はジェイドを責めるナタリアにも何も言えないままだった。

「お前がもっと早く相談してくれていたなら、ガイを締め上げてヴァンとの共犯も分かったかもしれないのにな。そうすればヴァンを、少なくとも公爵子息殺害計画の共犯として抑えられてアクゼリュス崩落も起きなかったかもしれないし、父上もヴァンがよく利用していたベルケンドを調査したかもしれない・・・・・・芋づる式に色々あったかもしれない未来が考えられるが、まあ今更詮無いことを並べてもきりがないな」

ジェイドは相変わらず無言で眼鏡を直しただけだったが、アッシュは話を打ち切って再びガイに話を戻す。

「先程言ったようにガイは最初から復讐者で、ヴァンの同志で共犯者だった。そしてヴァンが“ルーク”を──俺も、こいつが親友と呼ぶレプリカも両方とも──騙していることは知っていたし、それを承諾して、協力していた。レプリカを親友と呼ぶなら親友を見捨てていた」

違うんだ、とガイが言いかけるのをアッシュは嘲笑を向けただけで無視して、ガイを追い詰めるように、ナタリアやアニスの非難を煽るように糾弾を続ける。

「そこの守護役はガイが過保護なのに呆れたようだが、そもそもこいつはレプリカを保護したことなど一度もないぞ。常にヴァンに騙されているのを保護せず見捨て続けていたんだからな。アクゼリュス崩落だって、その承諾と協力と見捨てた結果でもあっただろう。お前がしたことは結果的にいえば、ヴァンが兵器を手に入れるのに協力しちまったんだからな。それなのにお前は、自分が“保護しなかった”、“親友と呼ぶレプリカを見捨てた”ことを気にもせず、打ち明けて自分を責めるでもなく、何も変わらない親友の仮面を張り付けたまま、自分の否を認めず、全て人のせいにしようとした」

「っそれじゃ、ガイだってアクゼリュス崩落に責任あったんじゃん!なんで平気な顔してあたしたちについて来れたわけぇ?こんな最低な奴だと思わなかった、幻滅したよ!!」

「何時の間にこんな風に変わってしまって・・・・・・いいえ、わたくしが信じていたあなたが幻想だっただけですのね、真実を知った上で思い返せば、今までのあなたの態度、発言、なんて無責任なものばかりなのでしょう・・・・・・呆れましたわ」

アニスとナタリアに180度変わった態度で冷たく責められて、それでもガイは俺が悪かったと認めるでも騙していたことを謝罪するでもなく、必死に手を振りながら、非難から逃れようとするように後ずさる。

その無様な姿にアッシュはくっくっと、笑いを零す。
ガイの醜態が楽しくて仕方がなかった、真実を知った時から自分の中に煮えたぎっていたものが満たされていく快感に酔ったように気持ちが良かった。

「違う、俺は、俺はそんなつもりは、アクゼリュス崩落に協力なんてしてない!俺はただファブレ公爵に復讐しようとして」

「──ルークもそんなつもりはなかったでしょうね、彼は障気を中和するつもりだった、崩落など彼は意図も考えもしなかったでしょう。でも、私たちはそんな彼を責めた、悪くないと言い訳を許さなかった、そして彼を置いて行った。七歳のルークにそうしたんですよ」

今度は自責の込められたジェイドの言葉に、ガイもまた言葉に詰まる。
ジェイドはそれ以上責める気はないようだったが、アッシュは更にガイを責める言葉を続ける。
かつてのガイにそっくりな、暗い嘲るような笑みを浮かべて。

「“馬鹿だから俺がいないと心配なんだよ”か、常に見捨て続けていたお前がいて何をするつもりなんだ?そんなお前が一体レプリカの何を心配して、何を馬鹿といい、何を信じているんだ?共犯者の“保護しない保護者”なんて、レプリカだって全てを知れば願い下げだろう。今まで側にいたことだって、お前などいなければ良かったと思われるかもな。俺はお前を親や兄とまで思ったことはなかったが、レプリカがそう思ってたなら流石にあいつが哀れに思えてくるぞ。毒になりこそすれ薬にはならないし、なるつもりもなかった親や兄を持って裏切られ続けた七年間だったんだからな」

アッシュの言葉にガイの胸は切られるように痛み、煽られるようにアニスやナタリアの責めは更に強くなり、耐えられなくなったガイは踵を返して走り出す。
けれどアッシュは更にその背中に向かって叫ぶ。
ガイが隠し、目を逸らし続けていた欺瞞を暴き続ける。


「“俺の親友はあの馬鹿の方なんだよ”か。本物の俺にも、偽物のレプリカにも、どちらにも同じことをしただろう?はっ! 騙されるのを承諾して、協力して、見捨てて、 裏切ってもまだ“親友”か!?」


アッシュの声が途切れても、ガイは耳を塞いで走り続けた。
自分が何処へ向かっているのか、何処に自分が逃げる場所があるのかも分からないままに。
そうして自分が理不尽な復讐心を向けていたもう一人の幼馴染から、自分の行いの復讐をされていると気付くこともないままに。



ガイが去った後、ナタリアの慰めもまだガイを罵っているアニスの言葉も無視してアッシュは笑い続けていた。
かつてガイが“ルーク”に向けていたのと同じ復讐心と“幼馴染”への嘲けりを跳ね返し、暗い歓喜に満たされるままに。















                        
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