理解ある幼馴染の幻想と、欺瞞だらけの共犯者の真実と







「あなたはルークのことを理解している幼馴染のつもりのようですが、本当にはルークのことを何も見ず、何も聞いてはいないのですね」

ティアとルークとの仲を取り持つ計画に、当然のようにパーティのブレーン役のジェイドの協力を求めたガイに返されたのは、冷たい拒絶だった。

「ルークがティアに従順になったのは、ティアを好きになったからではありませんよ。──それは私たちにも、あなたにも言えることですが」

ずっと彼を傷付けていたことに気付いていないのですか、ジェイドはそう自嘲気味に言って眼鏡を直す。
どうしてこんなことを、幼馴染の自分よりずっと付き合いの浅いジェイドなどに言われなければならないんだ、ガイが困惑と怒りを感じて睨みつけると、口には出さなかったそれを見通したかのように、ジェイドは小さく溜息をついて言葉を続ける。

「付き合いの長さと深さは別物ですよ。あなたは何時もルークの側にいて幼馴染ですが、理解の深さはそれに比例してない」

「俺がルークの何を理解してないっていうんだ、俺はただルークもティアのことを好きだから、取り持つのがルークのためにもなると思って」

「何もかも、ですよ。あなたは自分がルークの側にいた時に、何をしてきたのかちゃんと覚えていますか?」

そう言われてもガイの仲にあるのは困惑だけだ。
まるで自分は何時もルークを助けてやっていた理解ある幼馴染で保護者だったと信じ込んでいるかのように。

「ガイ、もう一度ルークを良くみて、そして今までのルークを思い出して御覧なさい。ティアといる時の、ティアといた時のルークを、そしてルークといた時のあなた自身を」

そうジェイドに言われて、渋々ながらも計画を中断して観察を始めた。
乗り気だったはずのアニスとナタリアもまたジェイドと話した後に消極的になったせいもあったが、ジェイドの言葉に不満を感じながらも、何処か拭えない正体の掴めない不安感のようなものを煽られたせいでもあった。
それがなんなのか、この時のガイにはまた理解できなかったのだけれど。




ティアといる時の、従順でまるで親に従う子供のようなルーク。
好きだから、好きな相手に認められたくて、好きな相手に喜ばれたくて頑張っているんだ、最初は今までどおりにそう受け止めて微笑ましく見守っていた。

けれどある時、ノエルと二人きりのルークを見かけその様子を観察していて違和感を感じた。
ノエルへの態度、話し方、ノエルの振舞いに対する反応、そして笑顔、何もかもに。

ティアといる時にだって、笑わない訳じゃない、気遣わない訳じゃない、優しくない訳じゃない。
けれどノエルといる時のルークと、ティアといる時のルークとは何かが違う気がした。


そうして違和感の正体を確かめようと記憶の中からティアといた時のルークを思い出していたガイの脳裏に、ひとつの言葉が蘇る。
聞いた時にはなんとも思わなかったそれは、今では恐怖を伴って頭に響いてガイの心を急速に寒くしていった。

ナタリアと共にキムラスカに捕まり、偽物として処刑されそうになったのを助けに行った時にルークが言った言葉。



『・・・・・・船で馬鹿なこと言ったから、見捨てられたかと思ってた』



ルークは、自分の命が危うい時にすら、“馬鹿なこと言った”ぐらいで見捨てられるかもしれないと思っていた。
それほどにルークはティアを恐れていた、信じていなかった、見捨てられると思っていた。
そう気付いた時、ガイはやっとこの違和感の正体に気付いた。


見捨てられる恐怖。


ティアといる時のルークには、何時もそれが消えることなく張り付いていた。
ルークは何時も何時もティアに怯えていた。
ティアはルークにとって、支配者で、監視者で、恐怖の対象だった。


ガイはずっとルークはティアが好きなのだとそう思って、二人の仲を取り持とうとしてきた。

だって髪を切ってからのルークは、ティアに従順になった。
ティアのいうことを良く聞き、ティアに逆らわず、ティアを受け入れる。 それは恋愛感情からなのだと思ってきた。

けれど馬鹿なことを言ったぐらいで殺されそうな時にすら見捨てられるかもしれないと思うほどの恐怖を抱くのは、果たして恋愛感情なのだろうか?
ルークがティアに見せていた従順は、好意からではなくただ恐怖から従っているだけではなかったのかと、その時初めて気がついた。
それは暖かい情愛ではなく、凍てつき傷付いた恐怖からの服従だった。

そして、そんな言葉に頬を染めたティアは、本当にルークのことを好きなのだろうか。
好きな男に、お前は馬鹿なことを言えば俺を見殺しにするかもしれないと思っていたと言われて、何故ティアは平気なのだろう。
ガイは初めて、ティアに、ティアがルークに向ける気持ちに疑問と、そして暗い深淵を覗き込んだような恐怖を抱いた。

ノエルといる時のルークには、それがない。
見捨てられることを恐れず、支配されることも監視されることも命令されることもない。
自然で素直なルークの笑顔なんて、随分長いこと見ていなかった気がする。
それはティアだけでなく理解ある幼馴染のつもりでいた自分にも当て嵌まるのだと気付いて衝撃を受けたガイの脳裏に、ジェイドが言った言葉が蘇る。


『あなたはルークのことを理解している幼馴染のつもりのようですが、本当にはルークのことを何も見ず、何も聞いてはいないのですね』

『付き合いの長さと深さは別物ですよ。あなたは何時もルークの側にいて幼馴染ですが、理解の深さはそれに比例してない』


ガイは確かにルークと長い時を過ごしてきたけれど、その時間はルークの気持ちを踏み躙ってきた時間の長さでもあった。
ヴァンがルークを騙すことを承諾し、協力し、助けることなく見捨て続けていた時間。
ガイがルークと共にいた幼馴染の七年間は、同時にルークを見捨てていた共犯者の七年間だった。
迷ってはいたけれど、結局ガイはルークを見捨て続け、保護者より親友より共犯者を、ルークよりもヴァンと自分の復讐心をとった。

そうして自分がやったことを忘れ去ったような態度で、全ての罪をルークだけに背負わせて、自分は潔白のような顔をして、謝罪も撤回も共に罪を背負うこともせず笑って親友や保護者を名乗り続けることで、ずっとルークを傷付けていた。

“自分が見捨てたルーク”から目を逸らし、ただ側にいただけで気持ちを理解しようとはしなかった幼馴染。

それが幻想を剥ぎ取ったガイの姿で、ルークとの関係だった。




打ちのめされて立ちつくすガイに気付かないまま、ルークがノエルに微笑んだ。

ティアにも、もう二度とガイにも向けられることはないだろう、懐かしい柔らかな笑顔で。












「見捨てられる恐怖」を襲撃犯で、母親や姉に擬されているティアに強く感じているルーク、それを知って頬を染めるティア、そんな二人をくっつけようとする仲間達。




                        
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