「ルークの子供なら俺の子供みたいなものだな!」

ガイが笑ってそう言った時、ルークは顔を強張らせてガイを凝視した。
そして恐れと、怒りと、嫌悪を浮かべ、腕の中の我が子を護るように抱きしめた。







反面教師







ルークがアッシュと共にタタル渓谷に帰還して数年後、ルークはノエルと想いが通じ、結婚してシェリダンで暮らし、子供が生まれた。
そうして祝いのためにかつて旅をした仲間たちがルークの屋敷に集まった時のことだった。

「ルークの子供なら俺の子供みたいなものだな!」

ガイが笑ってそう言った時、ルークは顔を強張らせてガイを凝視した。
そして恐れと、怒りと、嫌悪を浮かべ、腕の中の我が子を護るように抱きしめた。
ガイはルークの様子に気付きはしたが理由は思い当らず、大して気にもせずそのまま忘れ去った。



その数日後、突然会いにきたルークを喜んで迎えたガイに、ルークは冷水を浴びせるように容赦なく絶縁を突きつけた。

「二度と家に来ないで欲しい、俺たちに、俺にもノエルにも子供にも近付かないで欲しい。ノエルも同じ気持ちだから。二人で相談して、子供ためにも決めたことだから」

「・・・・・・一体なんなんだよ藪から棒に。誰かに何か言われたのか、アッシュか?」

子供や弟のような親友に突然要求された絶縁に、ガイは帰還して以来自分を嫌って避けているアッシュの作為を疑った。

ルークにそんなことを言われる理由など思い当らなかったから。
ルーク自身の意思で自分から離れるなど、ありえないと思っていたから。

だって自分は彼をずっと助けてやっていた保護者なのだ。
仲間やナタリアが見捨てた時にだって、自分だけは見捨てずにいてやった、迎えに行ってやった、レプリカでも親友だと言ってやった。
ルークがそんな自分に感謝して側にいて欲しいと望むのはガイにとっては当たり前のことで、それが覆るなんてありえなかった。

「誰に言われたからでもない。これは俺が外の世界を知って考えて、ノエルに俺の体験したことや知ったこと全てを話して、その上で二人で相談して決めたことなんだ」

「そんな訳ないだろ!でなきゃどうしてお前が俺から離れようなんて思うんだよ、俺たち親友だろ?」

誰かに何か言われたなら相談しろよ、俺が助けてやるから、昔のように俺が──そう自信満々に、何の呵責も躊躇もなくガイは繰り返す。
ルークにとってはもう信じられない張りぼてのような虚言にしかならないことにも、自分がずっと相反する行動をとってきたことにも気付かないで。

ルークはガイの上辺だけは頼もしげな言葉にも少しも絆された様子をみせず、ただガイを強く睨みつけて話し始めた。

「ノエルと結婚して、シェリダンで暮らして、ギンジ義兄さんや色々な人と接して、見て、話して──外の世界を知って、俺はようやく昔のことを少しずつ思い出すようになったんだ」

「昔のこと?」

そう口にした時のルークの辛そうな様子からヴァンに騙されたことかと思い慰めの言葉をかけようとすると、ルークは「お前のことだ」とガイを睨みつけたままにそれを拒んだ。

「お前が、俺にとってどういう保護者だったか、をだよ」

「お前が我儘放題考えなしのお坊ちゃんに育てちまったことは、俺も反省してるんだよ。俺が甘やかしてばかりいたのが、あんな風になった原因の一つだもんなぁ」

そう反省を見せたガイに、ルークはかえって傷付いたような怒ったような表情になった。
反省してやっているのにどうしてそんな顔をするのか、と不満げな顔になったガイに、更にルークの顔は曇る。

「あの頃はただ、必死だった。俺は馬鹿だったからみんなに認められるようにならなきゃって、見捨てられないようにならなきゃって、だから怖かったんだ。お前の罪や矛盾や責任を指摘して、またみんなに責められたり見捨てられたりするのが。だから、ずっと思い出さないようにしてた。目を背けてきた」

「俺が何をしたっていうんだ!俺はずっとお前のことを見捨てなかったし、何時も助けてやっていただろう?それにルークの子供なら俺の子供みたいなものだろう、俺はずっとルークの保護者で、父親みたいなものだったんだから、今までお前にしていたことをお前の子供にだってしてやるつもりで」

「それが恐いんだよ!」

ガイがルークの“子供”としての情と感謝に訴えかけようとすると、ルークは泣きそうな声で叫んで遮った。
右手で顔を覆い、落ち着こうとするように何度も激しい深呼吸を繰り返した後、再びガイを強く睨みつけ、震える声でガイの幻想に満ちた“保護者”の立場を否定する。

「逆なんだよガイ。お前が何時も言ってるそれは幻想なんだ。とっくに滅びた幻なんだ」

俺はもうとっくにお前に幻滅してるんだ──アクゼリュス崩落の時にルークに向けた言葉を返すように言われても、ガイは幻が何を指すのか、どうしてルークが自分に幻滅するのかなど分からない、思い当らない。
どうしてルークがこんなにも傷付き、睨みつけ、必死に自分を拒むのか分からない。

ガイにとっての自分は何時も、助けてばかりいたことを後悔するほどに助けてやっていた保護者で、ルークは何時まで経っても自分が助けてやらなければならない駄目な子供で、そんなルークには保護者の自分が必要なはずなのだから。

けれどそれはガイの、自分の非から目を背けてばかりいたガイの認識であって、ガイが背けてきた非から目を背けられなかった、背けて忘れられるにはあまりにも深く傷つけられたルークの認識ではなかった。

親は子供を護っているつもりでも、護られなかった子供にはそうじゃない、親から護られず見捨てられたことを忘れられない。

「お前はずっと俺のことを見捨てていたし、何時も俺のことを助けなかった。だって、お前はずっとヴァンの同志として協力をしていたし、騙される俺を見捨てていたし、騙されてる俺を助けなかっただろう?」

既に終わったことだと思って忘れ去っていた罪を突きつけられたガイは、最初は茫然としていたが意味が浸透してくると自信満々の顔が崩れて強張っていく。
ルークはガイの言い訳を待たず、ガイ以上に強張った顔と口調のまま言葉を続ける。

「ベルケンドでそれに気付いても、俺はずっと目を逸らし続けていた。父親や兄みたいに思ってたお前が俺を見捨てたことを認めたくなかったし、お前やお前を庇うだろうみんなに責められたり見捨てられるのも怖かったんだ。でも逃げたって、お前が何も悪いことなんてしてない責任感のある保護者みたいな顔をするのに合わせたって、何も変わらないんだよ。お前が俺を見捨てたことも、俺が見捨てられたことも、ただ蓋をして見ないように逃げただけで何の解決にもなっていない。俺の辛い気持ちも、悲しみも、恨みも、怪我しているのに痛くない、血なんて流れてないって痩せ我慢してるみたいに何でもないふりして傷の治療をしなかったみたいに、薄れたり癒えたりすることなんてなかった。だから俺は、みんなと離れて見捨てられる恐怖から解放されて、冷静に過去の自分を思い返せる余裕ができてからそれがずっと辛かったし忘れられなかった。シェリダンで、お前以外の“保護者”をたくさんみて、ちゃんと子供を護っている人たちをみて、お前がそうしてなかったことに、自分がそうされなかったことに気付いてすごく悲しくなった。目を逸らして心を凍らせて封じ込めてきた痛みを、俺はこの数年間ずっと感じてる。もう昔みたいに、痛くないって自分の傷を見ないようにして我慢することもできなくなったんだ。お前にとってはもうヴァンと同志だったことは過去のことで、ベルケンドで決別したことでもう済んだみたいな顔してたけど、お前が同志として七年間やってきたことは、俺にとってはこのまま一生忘れられないかもしれないってぐらい辛いことなんだよ!見捨てたお前は簡単に過去と決別できても、見捨てられた俺はそうできないんだ!!」

耐えきれないように語尾が乱れ、ルークの頬には涙が伝った。
けれどルークは目を逸らさずに、ガイを直視することで直視せざるをえない自分自身の傷の痛みに耐えながらガイを睨み続ける。

ガイはそんなこと、一度も考えもしていなかった。

自分は見捨てられた愚かなルーク、可哀相なルーク、一人ぼっちになったルークに手を差し伸べて拾い上げてやった、感謝されて尊敬されて懐かれて、そして見捨てられまいと恐れられるべき存在だったはずなのに、

七年間ずっとずっとルークを見捨てて、そして結果的には罪を背負わせる一端を担いその罪を認めさせながらも、ずっと目を背けて何もなかったことにしていたガイには、自分のしてきたことが真実を知ったルークの目にどう映っていたのかなど一度も想像しなかったから。
ガイは一度だって、自分が見捨てた子供の気持ちを察しようはしなかったから。

「俺は・・・・・・そんなつもりはなかったんだ、お前が傷付いているなんて気付かなくて、そんなこと知らなくて」

「そうやっていつも、お前のいうことは、お前が俺に要求することは矛盾するんだな。俺がそんなつもりがなくて、ティアが傷付いているなんて気付かなくて、そんなこと知らなかったことは成長してないんだろう?でもお前は、自分が騙して見捨てた相手がそれを知った後に傷付いたり恨んだりするってことも気付かなかったし、知らなかったから“悪くない”のか?気付かなかったんじゃない、知らなかったんじゃない、考えれば気付いたはずなのに考えようとしなかっただけじゃないか、ただ自分が悪いって思いたくないから、逃げていただけじゃないか!」

かつてガイや仲間たちがルークを見下していた理由のひとつは、ルークが他人の気持ちを察したり気遣ったりできないからだった。
それはルークの屋敷を襲撃した頃のティアや、ルークがアニスを気遣った時のティアや、しないことや気付かないことが非にならないものも多かったのだけれど。

でもガイは自分が考えれば察することができたものでも、しようとはしなかった。
騙しても、見捨てても、罪を背負わせても、そうされた相手の気持ちは察しようとはしなかった。

ガイにとってルークの気持ちは、ルークから自分に向けられる気持ちは幻想の糧でしかなかった。
自分が立派な保護者だ親友だと思い込んで甘やかな幻想に浸るための糧。
だからそうならない、幻を壊してしまう負の気持ちなど、自分の行動の結果であってもガイには察したくはなかったから。

「ずっとお前を恨んでた。憎んでた。でも口に出して責められるのが恐くて責められなかった。今はもうお前と一緒に暮らしたり旅をしている訳じゃないから、たまに会う時に耐えればいいんだって逃げ続けてた」

そう言われてガイは思い出す。

この数年、ルークはずっと自分から目を逸らしていた。
ガイが触れたことに過剰に反応して怯えたり、ガイが保護者だと自称する度に一瞬暗い眼差しを向けてきたり、それは会う度に酷くなっていたけれど、ガイはそれを疲れているのか、気分でも悪いのかとしか思わなかった。

自分に、ルークから警戒され、ルークから怯えられ、ルークから恨まれる何かがあることなど想像したこともなかったから。
いつも非があるのはルークだけだと、そう思っていたから。

「でも今は、怖いけどそれより子供が同じことをされる方がもっと怖い」

もうルークはガイから目を逸らさなかった。
自分が庇護すべきもののために、保護者の責任と愛情のために“敵”を直視して睨みつけるその顔は、ガイがしたこともないものだった。

ガイはただ保護者のつもりになっていただけで、そこに責任も“敵”ヴァンへの警戒も怒りもなかった。
自分が見捨てたことが結果的に一端を担った事態にすら、自分の責任を見つめ直すことはなかった。
憎しみに身を任せて、ルークに甘えて、自分は悪くないのだと思い込んで、ガイの心はずっと何も学ばず何も見ず子供のままで止まっていたから。

「ガイはずっと俺の保護者や友達のつもりだったのに、ヴァンにずっと協力して、俺を見捨てて、助けなかった。騙された俺がアクゼリュス崩落に使われても、全て俺だけのせいにして、見捨てて、それでもお前はそう名乗り続けていた。そして過去のお前のこともそう回想していた。お前は何時だって自分の非を認めずに全て人のせいにして、変わることも変わろうとすることもなかった」

再び繰り返される自分の行動と、その結果からの逃避にガイの胸は初めて痛んだ。
目を背けられなくなればそれは過去の自分を消してしまいたくなるほどの醜悪で恥知らずな行いばかりで、後悔と自己嫌悪にどうにかなりそうだった。
どうして自分は今までこれほどの過ちに、罪に、何の羞恥も罪悪感も持たなかったのかと、自分で自分が信じられなくなるほどに。

そしてそんな自分をルークが信じられなくなることを、もう怒ることも拒むことも誰かのせいすることもできなかった。

「だから、俺の子供のことも自分の子供みたいなものだというお前が、俺にしたことを俺の子供にもするんじゃないかって怖いんだよ。俺がした辛い思いを、子供にはさせたくないんだ。そして、危険だと分かっている人間に子供を渡したり、見捨てるような父親には、──お前のような“父親”にだけはなりたくないんだ」

もう、子供を犠牲にして得られる糧で、身勝手に甘やかな幻想に浸ることはできなかった。

「だから、子供にお前を近付けない。俺ももうお前には近付かない。お前も、どうかもう二度と俺たちに関わらないでくれ。お前の幻は、もう滅んでしまったんだ」



ルークが立ち去った後も、ガイはそのままソファーに座って微動だにせずにいた。

ルークからの絶縁、今までルークにしてきた裏切り、背負わせた罪、逃げ続けた罪、矛盾、そんな自分の醜悪さ、今まで目を背けていた者を一気に見せられて大き過ぎる衝撃に茫然としたまま動けなかった。
けれどそれも、ずっと過去ともルークとも、現実の自分自身とも向き合わずに逃げ続けた自分の行動の結果だった。

“自分が親になった時に、親の気持ちが良く分かる”

ガイはふとそんな言葉を思い出した。
教えてくれたのは母だっただろうか、姉だっただろうか。
何の汚れもなかった幼い時には、無邪気に額面通りに受け取っていた。
けれど今のガイには、そのもうひとつの意味もわかってしまった。

ルークは自分が“親”になった時に、“親”ガイの気持ちの歪みや、卑怯さや、傲慢さが良く分かり、だからこそ“親”と縁を絶つことを決意したのだ。
そして、自分が“親”ガイと同じことをしないと決意した。

ルークはもう、何も知らない子供ではなかった。

ガイの幻想の中のルークは、親の幻想のために存在し犠牲にされる子供は、もういなくなってしまった。
ルークの幻想の中のガイもまた、頼りになる親友や自分を助けてくれていた保護者などではなく、背中を追って模範とする師でもなく、偽りの親友、口だけの保護者、そして自分はこうはなるまいと否定する存在になり果てていた。


幻想は滅び、現実に残されたのは子供から否定され見限られた、親になれなかった子供のままの大人だけだった。












感情を抑えて責めて絶縁するのは前に書いたのですが、もっと感情を表したものも書きたくなりました。




                        
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