「残念ですよガイラルディア様。あなたはもっと責任感のある方だと思っていたのですが」

幻滅しました、ヴァンはそう言って、ガイが見たこともない笑いを浮かべて立っていた。







鏡映しの罪と罰







「ルーク・・・・・・あんまり幻滅させないでくれ・・・・・・」

そうルークに言い捨てて立ち去りユリアシティに入ろうとしたガイの耳に、幻滅を滲ませた幼馴染の親友の声が響いた。

「残念ですよガイラルディア様。あなたはもっと責任感のある方だと思っていたのですが」

「ヴァン!?」

幻滅しました、ヴァンはそう言って、ガイが見たこともない笑いを浮かべて立っていた。

ホドの崩落からファブレ公爵家で再開するまでの断絶を除いて、──人の目が無い時に限られたが──二人でいる時にはヴァンは何時も幼馴染の、同志の、そして兄が弟にするような親しさをガイに向けてくれていたが、今のヴァンがガイに向けている顔には別人かと思うほどに酷薄な、明らかに嘲笑を浮かべていた。

「本当に残念です。これでは私の長年の計画のひとつが果たせなくなる」


「計画?お前は一体何をするつもりなんだ、ルークを利用して、アクゼリュスをあんなにして!」
「あなたと同じことを、そしてあなたの父上と同じことを」

ヴァンはガイには意味の理解できない答えにならない答えを返して再び嘲笑を浮かべたが、その笑いは先程のものとは違っていた。
ガイは、自分に向けられた嘲笑が自分以外にも向けられているような違和感を覚えたが、そんなことよりヴァンの言葉の意味の方が気になり再びヴァンを問いただす。

「どういうことなんだ!ちゃんと説明しろヴァンデスデルカ!」

「自覚していないのですか?あなたは私がレプリカルークを騙すのを承諾し、協力した。そして騙されているレプリカルークを見捨てた。そして私はレプリカルークを使ってアクゼリュスを崩落させた──あなたの協力を得て騙した、あなたが見捨てたレプリカルークを!」

そう言われて初めてガイは、自分のやったことの結果に気付く。
自分は“何も知らなかった”ルークと同じように、騙されて、利用されてアクゼリュス崩落に使う兵器ルーク を手に入れるのに協力し、自分もまた崩落の一端を担ってしまったのだということに。

アクゼリュスが崩落した時も、ルークが責められている時も、そして自分がルークを責めている時も、ガイにとってアクゼリュス崩落の罪は他人事だった。
ルークだけの非であって自分の非だとは認めていなかった。
俺がわがまま放題考えなしに育てちまったから、そんな後悔が胸を過ぎりはしたがヴァンが指摘した共犯者の罪は毛ほども自覚していなかった。

「お前は、どうして何も教えてくれなかったんだ、ルークを騙すのはファブレ公爵への復讐のためだって言ったじゃないか!アクゼリュスを、こんな・・・・・・」

アクゼリュスの惨状を思い出してガイは頭を振って振り払おうとする。
自分の罪として思い出したら、その重さに押し潰されそうだった。
自分の否を認めず、全て人のせいにしていた愚かさに卑怯さに、恥ずかしくて情けなくてどうにかなりそうだった。
けれど忘れられるはずもなく、次々に思い出される崩落の様子や死体の山に、堪え切れず涙が落ちる。

そんなガイにヴァンは楽しそうに笑った。
まるでガイの苦しむ様子が楽しくて仕方がないとでもいうように。

「何故笑うんだ!俺が苦しむのがそんなに楽しいのか、俺たちは同志で、幼馴染じゃなかったか、どうして!!」

「それは幻想ですよ。ガイラルディア様。わたしはとっくにあなたへの情などなくなっていた。あのホド崩落の時から──いや、恐らくもっと前、ガルディオス伯爵が私が実験体となるのを承諾した時から」

実験体、物騒な言葉にガイは眉を顰める。
ヴァンは先程もガイの父のことを口にしていたが、それがどうこの事態に関わるのかガイには見当もつかなかった。

「さっきからお前の言うことは意味が分からない、父上が何をしたというんだ!お前はあんなに父上に懐いていたじゃないか、まるでもう一人の父みたいに、俺だって──お前のことを、兄みたいに、家族だと思ってたんだ、なのになんでこんなことするんだよ・・・・・・」

子供の泣き声のように弱弱しい声で悲しみを訴えるガイにもヴァンの眼は冷たいまま変わらない。

「私も家族だと思っていましたよガイラルディア様。あなたの父上をもう一人の父のように思っていた。けれどあなたの父上は私を裏切った。マルクト軍が行った苛酷な超振動の実験に私を遣うことを承諾し、私を守ってはくれなかった。そしてホド島を、領民やマリィベル様を実験に使うことをも承諾し、その結果ホドは超振動で崩落させられた」

寝耳に水の真実に愕然としているガイの顔をみて、親の罪を子供に突きつける暗い喜びにヴァンの眼は暗く輝く。
己の父が犯した罪を、何も知らずに他人を憎んで罪悪感の欠片も持たないあなたがずっと憎くして仕方なかった、そう笑うとガイに父の罪を突きつけ、罪悪感を植え付けようと説明を続ける。

「あなたは表向きの発表通りキムラスカの仕業だと思っているが、あの崩落を起こしたのはマルクトなのですよ。研究資料の隠蔽のために私を使って疑似超振動を起こさせ、その結果の崩落でした。あなたの父上がホドを使うことを承諾しなければ、あんなことにはならなかった。私を使うことを承諾しなけれは、私はホドを、父を殺さずに済んだ、罪を背負わされずに済んだ、あなたの父上が私を守ってさえくれていれば!!」

そう今まで見たこともない激しい憎悪の眼差しを向けられて、ガイは首を振って後ずさる。

「そんなこと俺は関係ない!俺はあの時まだ子供だったんだ、島で何が行われていたのかも、お前が何をさせられていたのかも知らなかったんだ!父上が承諾してたとしても、俺は関係ない、俺の罪じゃあない!」

ガイは必死に父の罪を重ねて憎まれることを否定する。

だって、こんなのはあまりに理不尽ではないか。
当時の自分はたった五歳で、ものも分からない子供だったのに、何の関係もない罪を親子だから背負わされるのか。
信じていた幼馴染に憎まれなければならないのか。
それではずっとヴァンを兄のように思い、ヴァンも自分を弟のように思ってくれていると信じていた自分は、まるで道化ではないか。
騙されていることも知らずに一途に信じて、腹の中では自分を見下して嘲笑っていたなんてあまりに酷過ぎる。

「俺のことを、騙していたのか、友人の顔をして、兄みたいに振舞ってずっと裏切っていたって言うのか?」

「そうですよ。それが何か?」

「ヴァンデスデルカ!」

自分を裏切ったのに、騙してこんな大きな罪を背負わせたのに、なんでもないような顔をしているヴァンが許せなかった。
父親が犯した罪でも自分には何の関係もないものなのに、そんなものを重ねて自分を憎む理不尽さが堪らなかった。
何故罪悪感も、謝罪も、悔いもなく何故自分の前に立てるのか、そう責めるガイに、ヴァンの嘲笑は一層深くなる。

「だって、あなたも同じことをしようとしたでしょう。──加害者の子供を使った復讐を」

ガイはずっと当時幼かった、何の関わりもなかった加害者の子供を、“ルーク”を復讐のために騙していた。
その理不尽さからも、父の罪を重ねて憎まれ復讐に利用される子供の気持ちからも、それは“親友”などではないことからも眼を背け続けていた。

「加害者の子供までも憎み、ファブレ公爵の息子の“ルーク”を、友人の顔をして、兄みたいに振舞って、その実私に騙されることに協力して見捨てていたあなたではありませんか。加害者の子供までも憎み、ガルディオス伯爵の息子のあなたを、友人の顔をして、兄みたいに振舞って、その実騙していた私の、何が悪いのです?あなたと同じことをしようとしただけでしょう?」

自分と同じことを──そう言われて初めて、今までヴァンに裏切られて感じていた苦痛と悲しみが、親の罪を重ねられ復讐に利用される理不尽さが、そしてヴァンへの怒りが、ルークが自分の裏切りを知った時に抱くであろうものだと気付く。

自分が同じ立場になって初めて、自分のやったことがどれだけ“友人”を苦しめるものなのか、自分が恨まれるものなのか自覚して打ちのめされているガイに、ヴァンは更に追い打ちをかける。

「それに親の罪が子供にも重ねられるものなら──どうせガルディオス伯爵の罪はあなたの罪になり、あなたはとっくにホド崩落の罪をも背負っているということになる。だったらアクゼリュス崩落の罪を背負う前から、どうせあなたも領民殺しの数万人殺しの一端を担った虐殺者だ。ならそれにアクゼリュス崩落の罪が加わったって、大したこともないでしょう?」

もう止めてくれと叫んでも、両手で耳を塞いでも、ヴァンの大きな哄笑はガイの耳に届き、ヴァンの心の奥底にあった闇を、同時にガイ自身の心にあった闇の深さと醜悪さを突きつけるように響き続けた。















                        
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