親善大使一団が到着した時、既にアクゼリュスは濃い障気と死の気配に包まれていた。
蹲っている住人達の多くは疲労と障気障害にやつれた顔にも到着した救助への喜びと期待を浮かべていたが、症状が重い者やその親しい者には、諦めと、嘆きと、そして遅れに遅れた救助への怒りと不信が浮かんでいた。

そんな中、救助活動を行う親善大使の一団の一人に物陰からひとつの暗い視線が向けられていた。







助けを呼ぶ声を奪う罪は







アニスはガイと共に、鉱山の一角で救助活動を手伝っていた。
ティアたちは別の場所活動しているためこの場にいるのは二人だけだったが、救助を必要とする住人の数は多く、しかも障気障害が重症化していたり、それによる内臓障害、体力や抵抗力の低下、不衛生な環境などで別の病気にかかっていたりで支えてやらないと自力で歩くこともできない者が多数いるため、避難だけでも困難を極めていた。

アニスは救助を手伝いながらも、その不満をガイにぼやく。

「ったく、人手が足りなさすぎるよ〜これじゃあいつまで経っても終わらないじゃん」

「でもさっきマルクト軍の救援隊が着いたって言ってたから、これからは楽になるんじゃないか?」

「早くこっちにもこないかなあ、もうアニスちゃん疲れたよ〜」

「おねえちゃが“アニス”?」

「え?」

ふと振り向くと、十歳ほどの少年がアニスの後ろに立っていた。

「・・・・・・そうだけど、あたしになんか用?救助で忙しいんだから、子供の相手をする暇も人手もないんだよ〜もぉ」

そういうと少年は子供らしくない暗い視線を向けてきて、アニスは思わず気押されて後ずさってしまったが、こんな子供なんかに何慌ててるの!と羞恥にかられ、それを振り払うように大声を出して少年を追い払おうとする。

「あっちいって!邪魔だっていってるでしょ!」

「まあまあ、迷子かもしれないだろ。坊主、お父さんとお母さんはどうしたんだ?」

ガイがアニスを宥めながら聞くと、少年は暗い口調でぼそぼそと話し始めた。

「父さんは・・・・・・あっちで軍の人が診てる。もう助からないって、しょうきの中に長くいすぎたから、ちゅうどくが重すぎて駄目だって言ってた」

「え、えっと・・・坊主・・・あの・・・」

思わぬ返答にうろたえ言葉に詰まるガイを無視して、少年は再びアニスに話しかける。

「ねぇ、おねえちゃん」

父の死を前にしている少年の境遇を知り先程辛く当ったことが気まずくなったアニスは、努めて柔らかい声を作って答える。

「な、なにかな、さっきはごめんね、おねえちゃんも救助が忙しくてちょーっと苛立ってたからさ」

「どうして救助の邪魔をしたの?」

言われたアニスも、聞いていたガイも、意味が理解できなかった。
せっかく優しい態度をとってやったのに言いがかりをつけられたという怒りから、再びアニスの声が荒くなる。

「な、なにそれ!あたしはちゃんと救助の手伝いをしてるじゃない!変な言いがかりやめてくれる!?」

けれど少年はアニスの怒りにもびくともせず、変わらぬ暗い視線で睨みつけながら糾弾の言葉を続けた。

「さっきマルクトの軍人さんたちが話してるの聞いちゃったんだ。キムラスカに救助のお願いにいくカーティスって人をダアトが襲ったから、お願いにいくのが遅れて救助も遅くなったんだって。救助の人手になるはずだった軍人さんたちも、ほとんどが死んじゃったって。もっと早くお願いにいってたら、救助にももっと早く来れたんでしょ?ぼくの父さんや、父さんみたいな手遅れになっている人たち、助かったかもしれなかったんでしょ。もしカーティスって人が途中で死んじゃってお願いにいけなかったら、ぼくたちみんな死んじゃってたかもしれないんでしょ」

みるみる青ざめて、崩れ落ちそうにふらついたアニスの体をガイが支える。

「おいアニス、大丈夫か?・・・・・・坊主、アニスは確かにダアトの人間だけど、でも襲ったのは別の奴らなんだ、悪いのは六神将って奴らで・・・・・・」

「ううん、その人たちも悪いけどこのおねえちゃんも悪いよ。だってスパイだったんでしょ?軍人さんたちそう言ってたよ。六神将に情報を渡して、襲う手伝いをしたんだって。導師イオンを人質にとられたりしたら困るから、導師の安全を確保したら捕まえようって話してた」

「アニス・・・・・・!?」

驚愕して自分を問いただそうとするガイからか、子供の声からか、マルクトの捕縛からか、アニスは逃げようと踵を返し、けれどその前に子供に後ろからぶつかられて転んでしまう。
慌てて起き上がろうとして、腰に抉られるような激痛が走り再び転び、その度に地面はアニスから落ちる血で赤く染まっていった。

「な、なにこれ・・・・・・なんで、あたしの血・・・・・・なんで」

呆然と呟くアニスの上に誰かが立ち、見上げると相変わらず暗い表情──家族から助けを奪った仇への憎悪──を浮かべた少年は、その手に血のついたナイフを持っていた。
再びナイフが振り上げられ、悲鳴をあげて必死に這いずって逃げ出そうとするアニスに振り下ろされようとする。

「アニス!止めろ!」

駆け寄ろうとしたガイに、少年は必死な声で叫ぶ。

「邪魔しないでよ!ぼくは父さんの復讐するんだから!!」

父の復讐、という言葉に一瞬ガイは躊躇し、その間にアニスの上に振り下ろされようとしたナイフは、けれど寸前で叩き落とされる。

「止めなさい!」

「早く拘束しろ!」

青い軍服をきたマルクトの兵士が次々に現れ、少年を抑えて行く。
少年は武器を取り上げられ、兵士の手に拘束され、アニスから引き離すように距離がとられる。
アニスの怪我にも治癒術士が回復譜術をかけ痛みと出血が徐々に治まっていく。

アニスはほっと息をつくが、それは自分を助けるためにしたことではないと次の瞬間に悟らされた。

「止めなさい!こいつはどうせ死刑になる、君が手を下さなくても罰は受けるんだ!」

「わかってる、わかってるけど我慢できなかったんだ!こいつはぼくの家族を、みんなを、この中に取り残して苦しんで死ぬままにしようとしたんだもの、もう助からない父さんのためにも、どうしてもぼくの手で復讐したかったんだ!」

泣き崩れた少年を兵士は動けないように抑えながらも、その拘束は穏当で同情の視線と慰めの言葉をかけていたが、アニスを拘束した兵士は容赦なく腕を捻り上げ、憎悪と嫌悪の眼差しでアニスを睨んだ。
ガイは裏切られていた衝撃にかアニスへの幻滅にか肩を落として俯き立っているだけで、もうアニスを庇おうとはしない。

蹲っている住人たちからも口々にアニスを罵倒する声や憎悪の視線が投げつけられ、アニスに犯した罪を実感させていった。

「140人の兵士を殺し、1万人の住民を殺そうとしたんだ、楽に終われるとは思うなよ」

「いっそここでこの子に殺されていた方がマシだったと思うほどの苦痛が、これからお前には待っているんだからな」

縄をかけられ引き摺られるように連行されながら、アニスは震える声で小さく謝罪を呟いたが、その声は罵声に飲まれて消えていき、誰の耳にも届くことはなかった。












もっと残酷に厳しくしても良い、というご感想があったので、少し刺される以上の暗い結末を匂わせてみました。
ゲームでアクゼリュスについた時既に手遅れだと絶望している人がいましたが、画面に映るのは一万人のうち数十人なので、実際にはもっと多くの救援の遅延による重症者はいたでしょう。
障気障害が内臓を冒すものであるなら、内臓障害や抵抗力や体力の低下で別の病気になっている懸念も、感染症が蔓延してしまう懸念もあると思います。
一刻も早い救援が望まれていたのに、アニスのしたことは彼らから助けを奪うこと。
親の借金があったとはいえ、もしジェイドの目的がアクゼリュス救援の要請でもあったと知っていたなら、“知らなかった”とも言えません。




                        
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