ヴァンは無言でベッドの側に佇み、ただじっと死んだように眠っているルークを見つめていた。
ルークを通して、自分の心の中で渦巻く思いを見つめていた。







復讐と欺瞞の連鎖







全て計画通りだった。
レプリカルークを騙して信用させ、戦争を起こさないためだ、アクゼリュスの人々を助けられる、お前は英雄になれるのだと嘘八百を並べて操り、パッセージリングで暗示を発動して超振動を起こさせ、アクゼリュスを崩落させたところまでは。

──だが、ガイの反応は予想外なものだった。

ガイはヴァンがルークを騙すことを承諾したのに、ルークを騙すのに協力したのに、そしてずっと見捨ててきたのに、それがアクゼリュス崩落の一端を担うことになったのに、悪いとは欠片も思っていない。
全てをルークだけのせいにして立ち去った。
己を責めることも苦悩することもなく、そしてアクゼリュス崩落の一端を担った自覚すらなく。

ガイがルークを責めても責めなくても、罪を自覚してもしなくてもヴァンの計画には何ら支障はない些末事だ。
ルークの境遇への同情や罪悪感など、ずっと劣化品の捨てゴマとしか思わなかったヴァンには沸いてはこない。
だから気にすることなどなかったはずなのに、ヴァンの心には 何かが引っ掛かっていた。




今のガイとガルディオス伯爵、過去のヴァンとルークの立場は良く似ている。
また今のガイと過去のヴァンの立場も良く似ている。

ヴァンも、何も知らない子供だった。
あの実験が何に使われるのかなど聞かされなかった。

そしてヴァンも、信じていたガルディオス伯爵によって罪を背負わされた。
もう一人の父のように慕い、またユリアの子孫、本来の主人の子でもある自分を守ってくれるはずと信頼していたのに。
ガルディオス伯爵は皇帝の研究者たちがヴァンを実験体にすることを承諾し、研究に協力し、そして実験に使われるヴァンを見捨て、それがホド崩落の一端を担うことになった。

ガルディオス伯爵は恐らく皇帝や研究者たちがそこまでするとは思っていなかった、自分と同じように利用されただけだろうけれど、それでも伯爵が皇帝と研究者たちに騙され、言われるままにヴァンを実験体にしたことが、ヴァンに罪を犯させる一端を担った。

ずっとガルディオス伯爵を恨むまいと自分に言い聞かせてきた。
ガルディオス伯爵は悪くない、騙されていたのだ、本当に悪いのは皇帝と研究者で、伯爵は利用されたのだと。

けれど、自分は本当にそれで納得していたのだろうか?



ガイがルークに絆されているのは知っていた。
けれどヴァンはガイを回し者スパイでいさせることを躊躇はせず、むしろ心の何処かで暗い喜びを覚えていた。
絆されて子供のような弟のような感情を抱く相手に罪を背負わせたと苦しむことになるというのに。
いや、そもそもアクゼリュスが崩落すれば、ガイは己が崩落の一端を担ったことにも気付くだろう。
それが兄のように親しかった主従に犯させられた罪ならば尚更に辛く、また裏切られ騙されたと辛い思いをすることにもなる。

確かにファブレ公爵家内では協力者は必要だった。
けれどガイがいなくてもペールもいたし、公爵に信用を得ていたヴァンなら新たな使用人を紹介して潜入させることもできただろう。
それなのにヴァンは、ガイを計画から外させることはなく、この計画がアクゼリュスを崩落させると教えることもなく、何も知らせずアクゼリュス崩落のための兵器を手に入れる協力に手を汚させ続けていた。

そこまで考えた時、ヴァンの中にひっかかっていた何かがようやく腑に落ちて、噛み合わなかったパズルのピースが嵌まるような感覚がした。


──自分はずっと、果たすことのできない復讐をしたかったのだ。
この世界に今いる者にだけではなく、消えてしまった者に対しても、自分を裏切って大きな罪を背負わせる一端を担ったくせに、それを自覚もしないままに死んでしまったガルディオス伯爵にも復讐をしたかった。

だからガルディオス伯爵の息子加害者の息子をその代わりにした。

何も教えずに、騙して、兵器になる子供を手に入れるのに協力させて、そうして騙した子供が崩落をさせられた時、彼は崩落に使われた兵器を手に入れるのに協力したことで崩落の一端をも担った。

それを自覚してガイが苦しむのを見たかった。
沢山の人々が死ぬ一端を担った、子供のような存在に大罪を犯させる一端を担ったと、ガイが悩み苦しみ、そして信じていた身内のような主従に裏切られて罪を犯させられて辛い思いをするのを見たかった。


ヴァンはガルディオス伯爵に復讐したかった、罪を自覚して苦悩して欲しかった。
そして伯爵に自分と同じ思いを味あわせてやりたかった。

ガイをガルディオス伯爵に、そしてまた過去の自分自身に二重に擬すことで、ガイが受ける復讐を、持つ罪の自覚と苦悩を、裏切られた辛さを、自分の果たすことのできない復讐の代わりにしようとしたのだ。
大事な幼馴染だったのに、兄弟のようだったのに、過去には確かにあったガイへの親愛は仇の子への憎悪に押し潰されていた。


けれどそれは全て失敗した。
同じ罪を背負わせても、ガイは罪を自覚することはなく、苦悩することはなく、ヴァンに裏切られ罪を背負わされたと理解することもなかった。
だから自分には不満感と、まるでガルディオス伯爵にそうされたかのような感覚とが残されてしまった。




ヴァンは笑った。
吼える様な声をあげて、口を大きく歪めて、止まらない衝動に身を任せた。


卑怯だ。歪んでいる。きっと自分は狂っている。
そう自分自身の行いを自覚しながらも、けれど罪悪感は感じなかった。

だってガイは、加害者への復讐のためにその息子を利用することも憎むことを肯定しているのだ。
方法は違えどガイはそのためにアッシュとルークが騙されるのに協力して見捨てた。
たとえ当時幼い子供であっても、何も関わっていなくても、加害者の息子というのはそれだけで父の罪を重ねられる復讐の駒にされるもっとも憎むべき存在なのだ。
そうガイが主張するなら、その通りにガイ自身を憎み利用して何を悪いことがあるだろう?


この笑いが、頬に流れる十数年ぶりの涙が、何に起因するのかわからなかった。
喜びか、悲しみか、嘲りか、失望か、それが誰に対してのものなのかもわからずヴァンは笑いながら泣き続けた。


自分のガイへの情もまた“幻想”であったのか。
そう自覚した時、ヴァンの心の奥で小さな陽だまりが黒く塗りつぶされて消えていった。












被害者ヴァンが、加害者の息子ガイ加害者ガルディオス伯爵酷似した罪を犯させてホド崩落、アクゼリュス崩落、また被害者ヴァンと酷似した苦しみを味わう立場に置くというのはなんとも皮肉で作為的なものを感じます。
ガイもルーク(アッシュ)のことをファブレ公爵に自分と同じ思いを味あわせるために狙っていただけではなく父親の罪を子供に重ねて見下していたところがあったようですが、そんなガイをガイの父親が一端を担って実験体にされた挙句崩落に使われたヴァンはどう見ていたんでしょうね。




                        
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