もうガイに会いたくない、ルークは揺らぎのない口調で、そう言った。







別れだけが唯一の償い







エルドランドで消えた二年後に帰還したルークは、過去と同じに当然のような顔をして会いに来た“親友”に、もう会いたくない、会いに来ないで欲しい二度と関わっても欲しくない、と完全な絶縁を望んだ。


「どうしてそんなこというんだ、俺はずっとお前のことを待っていたのに!」

そう激昂して問い質すガイの姿にも、ルークの決意は揺らがなかった。

「ガイ、お前は良く俺の側にいてやらないとって言うけれど、俺の側にいて何をするつもりだったんだ?」

ガイはその質問に困惑した。
ルークは何を当たり前のことを聞いているんだ、親友が、保護者が側にいてすることなんて決まっているんじゃないか。
ずっと自分はそうしてきてやったのに、今更ルークは何を言っているのだろうと。

「何って・・・・・・当たり前じゃないか。俺はお前の親友で、保護者で、使用人だろ。伯爵になったってずっと心はお前の使用人なんだぜ?昔と同じように俺がずっと助けてやって、いや昔みたいにいつもそうして過保護に甘やかしていたら駄目だって俺も分かったけど、でもお前が辛い時には俺が──」

「ずっと助けなかったのに?」

ルークはそう問いかけて、ガイの顔に再び浮かんでいる困惑を見た。
失望は沸いてこない。
予想していた反応だったし、もう失う望みなどルークの中には残っていなかったから。
信頼や友情同様あの旅で擦り切れて枯れ果てて、取り戻されることもないままだった。

「親友で、保護者で、使用人で、──その前にガイは、ヴァンの同志で、共犯者だったんだろう。アクゼリュスが崩落してヴァン師匠の本当の目的がわかる時まで、ガイはずっと騙されている俺を助けなかった、保護しなかった、お前はずっと俺の側にいたけれど、俺をずっと見捨てて助けなかったじゃないか。それなのにお前はアクゼリュスが崩落した後も自分がいないと心配だ、自分が側にいてやらないといけないって言う。全てをお前のせいになんてしないけど、でも協力して見捨てていたお前にだって崩落の責任はあったのに、お前が俺の側にいても助けなかった結果でもあったのに、なのにお前はどうして俺の側にいてやらないといけないと思ったんだ?打ち明けて謝るために戻ってきたならまだ分かるけど、それもしなかっただろ。俺だけに罪を背負わせただろう。なのにエルドランドで俺だけに背負わせないって言った」

お前はいつも口だけだった、と乾いた声で言われて、やっとルークの問いかけの意味がわかったガイはみるみる青ざめて謝罪の言葉を口にしようとしたが、ルークは制止して

「謝罪はいらない。もうお前にそんな期待はしていないから」

と淡々と言った。
過去にはガイからの謝罪を、謝られて、許して、もう一度やり直すことを望んだこともあったけれど、もっと早くガイが自覚してそうしていたならやり直せたのかもしれないけれど、あの旅の間一度も自覚すらせず、この二年間もそのままだったガイにはもうそんなものは求めていなかった。
そんなガイとやり直したいとも思えなかった。

「お前は良く俺に卑屈になるなって言ったけれど、それも俺には分からない。アリエッタとの決闘に虚勢を張ったアニスを気遣った俺を成長してないと言った時に、何がなのか俺が説明を求めても教えてはくれなかっただろう?俺には罪悪感だけが残されて、何処を責められたのか誰を傷付けたのか分からなくて不安になるだけなのに。後でアニスに何度も聞いたらティアのことだって言われたけど、そんなに悪いことだったのか?アニスが無理をしている時に、ティアじゃなくアニスを気遣ったことが、それが分からなかったことは本当に俺が成長してなかったのか?後にエルドランドでティアに好きとは言われたけど、あの頃俺はティアに好意を──今考えれば、それも好意だったのか分からないけど──持ってはいたけれど、アニスも仲間だっただろう、それを気遣うことは悪いことだったのか?」

「・・・・・・だってそれは・・・お互い好き合ってるんだし、気遣わせてくっつけてやろうと思って・・・・・・」

しどろもどろになりながら、それでも必死に非を認めず正当化しようとする姿に、ルークはもう溜息すらも出てこなかった。

「それだけなら俺を責めなくたって、そもそもアニスより優先しなくたってできただろう。あんな言い方で否定されたら俺は、実際に責められてたこと以上に自分を責めて怯えるじゃないか。それはお前のいう“卑屈”じゃないのか。ヴァンに騙されていたことだってそうだった。騙されていた俺のことを責めるけど、お前は俺が騙されるように望んで協力して、そして騙されるのを見捨てていたのに」

まるで俺が“駄目な奴”でいることをお前は望んでいたみたいじゃないか、そう言われて初めてガイは過去の自分の行動の矛盾と、心の何処かで駄目なルークを見下しながらも優越感を感じていたことに気付く。
こいつには俺がいてやらなきゃ駄目だから、こいつは俺が肯定してやらないと、叱ってやらないと、助けてやらないと──ルークに必要とされる自分を求めながら、ガイは自分を向上させるのではなくルークを貶める方法をとった。
その方が楽だったのか、気持ちが良かったのか、もっとも憎むべき仇の息子への復讐心か、あるいはそれらが混じり合っていたのか。

「お前はいつも、俺にこうしてきたああしてきた、こうするああするというけれど、それは現実にはしてない口ばかりでの虚構で、現実にしていることはそれと正反対じゃないか。お前はいつも、俺にああするなこうするな、あれが悪いこれが悪いというけれど、それを俺にさせようとしているじゃないか。あの旅の最後まで、俺が消えると察していてすら、お前はずっとそのままだった。そんなお前が、俺にはもう信用できない」

「ごめ、ごめんルーク、俺は」

「謝罪はいらない。もうお前にそんな期待はしていないから」

と再び淡々とガイの謝罪を遮った。
何度も繰り返された作為的にも感じる相反する言動に、一度失った信頼は二度と取り戻せず一度持った嫌悪感と猜疑心は消えるどころか大きくなるばかりだった。

「怖いんだよ。不安なんだ。ガイが俺にこうするああするという度に、俺はそれは嘘で現実には逆のことをするんじゃないかと疑ってしまう。俺にああするなこうするな、あれが悪いこれが悪いというたびに、逆に俺にそうさせようとするんじゃないかと疑ってしまう。お前の言葉と現実の解離が恐い。お前の言葉の何が真実なのか分からない。そういうお前の性格が、俺には怖い。お前といると、お前が綺麗事や説教を言うと、いつもその不安に苛まれて辛いんだ。このままじゃ俺は、一番近くにいたお前にそうされ続けたら俺は、お前だけじゃなく他人のことも怖くなってしまいそうで不安なんだ──もう、疲れたんだ」

「もう二度としない!今までお前にしたことをこれからずっと側にいて償うから、だからルーク、もう一度俺と」

「言っただろう、俺はもうお前の言葉を信用できないって。もうしない、償うと言われても逆なんじゃないかと疑ってしまうし、本当に償う気だとしてももう俺にはそういう性格をしている、そういうことを過去にしてきたお前と関わることも苦痛なんだ。今こうしてお前と話している今でも、本当は逃げ出したいぐらいに嫌なんだよ」

ルークの声は彼に不似合いに抑えられていたが、何も感じていないからではなく、むしろ恐ろしいからこそ感情を抑えて感じる恐怖を抑えようとしているのだとガイは気付いて、自分が持っていた現実と相反する自信が全て崩れ落ちる音を聞いた。

もはやルークは、そんな風にしかガイと接することができなくなっていた。

ガイに感情を表し言いたいことを言えた、家族のように親しい友でいられた頃の記憶は本当に同じ自分だったのかと思うほどに、遠く儚い幻になってしまっていた。
それに一抹の寂しさを覚えながらも、けれど何も知らなかった頃に戻りたいとは思わなかった。
家族のような親しさはガイの欺瞞に騙された結果の幻想でしかなかったのだから。


「少しでもお前が罪悪感を持つのなら、どうかもう俺の前に現れないでくれ。俺はもうお前に騙されるのも利用されるのも操られるのもそれを責められるのももううんざりなんだ。俺はお前が、側にいても助けないお前がいなくても平気だから──だからどうか、俺を解放してくれ、ガイ」

ずっと幻想の自分に耽溺して、現実に犯した罪の謝罪からも償いからも逃避していたガイにはもう、それしか残されていなかった。

“一度失った信頼は簡単には取り戻せないわ”

かつてティアがルークに言っていた言葉がガイの耳に蘇り、何故自分はあの言葉を聞いた時、自分がルークからの信頼を失うことは考えもせず取り戻そうと努力する気もなかったのだろうと考える。
取り戻す機会もルークの忍耐も永遠にはなくタイムリミットが存在がするのに、ガイは何もせずに逃げ続け、甘え続けた。
自分で自分を甘やかし、ルークが何も知らないことに甘え、ルークが罪を指摘しないことに甘え、ルークが責めないことに甘え、親友を名乗り続けることで本当に甘やかしていたのは自分自身だったのに。


ガイは頷いて、震える声で別れと絶縁と、自分に残された唯一の贖罪を告げた。

それはガイ自身を苦労のない安全な幻想の箱庭からの別かつ言葉で、もう二度とガイは理想の自分に自惚れて甘える傲慢な子供には戻れなかった。















                        
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