幻想アップ&ダウン







アッシュは悩んでいた。
それはもう最近生え際が気になっている上に遺伝の法則が恐ろしい頭髪が更に危なくなりそうなほどに悩んでいた。


アッシュには遠距離恋愛をしている婚約者がいる。
色々と事情があってもう何年も会えずにいるのだが、王宮付きの預言士を買収して盗撮させてみたり、声を録音させてその音声を目覚まし時計やナタリアに似せた自作の人形に入れてみたり、休みの日には視察や福祉施設の訪問に行くナタリアを自ら盗撮したり、毎日のように差出人不明の手紙に愛を綴ってみたり、巡礼の丘で夕陽に向かって大事な約束を叫んでみたり・・・・・・するぐらい想い続けている愛しい愛しい婚約者なのだ。


そんなある日、同僚(男)が何時も身につけているペンダントの中に、ナタリアの写真を入れているのを見付けてしまった。
しかもその写真に映っているナタリアは、なんと真白いウェディングドレスを身に纏い、アッシュが見たことも撮ったこともないような幸せそうな顔で微笑んでいるではないか。

一体どういうことだ、ナタリアが結婚したなどと言う話は聞いていない。
そもそもナタリアの婚約者は今も昔も自分(のレプリカ)のはずで、婚約者が変わったという話も聞いていない。
遠く離れていてもナタリアの一挙手一投足をおはようからおやすみまで見守っているこの自分が、そんな重大な情報を見逃すはずもない。

まさか、王宮には知られぬようにこっそり秘密結婚していたとでもいうのだろうか。
政略の婚約を嫌ってこっそり愛人と秘密の結婚式をあげる王族や貴族の噂はアッシュも聞いたことがあったが、たとえ生まれてすぐ親に決められたものであってもこんなにも愛し愛されている自分たちには無縁の話だと思っていたのに。

ナタリアは自分を、遠く離れた地でもナタリアへの愛だけを心の支えに、日々の生き甲斐にしている自分を捨てるというのだろうか。
そしてあんなやもめで子供までいるという噂のマッチョなんかに走ると言うのか?
それともまさかナタリアの好みはマッチョ男?
だから時折大詠師のことを熱い視線で眺めていたのか?
ダアトでも知る人ぞ知る、ゆったりとした法衣の下に豊かな筋肉を称えた隠れマッチョと囁かれるモースのことを・・・・・・!

アッシュの脳裏には万雷の拍手をBGMにマッチョな同僚の腕に花嫁さんだっこをされて微笑むウェディングドレスのナタリアの姿が浮かび、数年後“筋肉姫ナタルゴ”なる謎の称号をゲットして、幼い娘と三人できゃっきゃうふふとお花畑を散歩している情景にまで進んだあたりで、誰かが肩を掴んだことで打ち切られた。

「どうしたアッシュ、真っ青な顔をして手を叩きながら号泣しているなど、お前らしく・・・・・・いやある意味いつものお前だが、いつも以上に様子が変だそ。ディストに改造でもされたのか?」

「うるせぇ筋肉が!」

憎き同僚の汚らわしくも逞しい手を撥ねつけ、アッシュはその筋肉を恨みがましく睨む。
こいつが、この筋肉が俺の陽だまりを奪ったんだ!

「筋肉・・・・・・?何だかよくわからんが、今度は顔が真っ赤になっているが・・・・・・顔まで鮮血のアッシュだな」

「うるせぇ!てめぇに・・・・・・てめぇなんかにナタリアは渡さねぇからなああああぁぁぁぁ!」


そう叫んで駆け出したアッシュは、そのまま何時もの巡礼の丘に行くと、またあの鶏が鳴きにきたよ・・・・・・と迷惑そうな顔をしている巡礼さんたちを無視して夕陽に向かって悲痛な声で約束を絶叫した。

その騒音公害は苦情を受けたシンクに疾風雷閃舞で張り飛ばされるまで続き、以来巡礼の丘では、“夕陽に向かって叫ぶべからず”との看板が立てられ最初の違反者は神託の盾騎士団特務師団長殿だったとか。



次の日、預言預言と煩い樽豚の排除について叔母と語り合いながら黒いティータイムを楽しんでいたナタリア王女の元に、いつもの差出人不明のいつにも増して熱烈なラブレターが届けられたが、いつものように即刻破られ屑箱行きになったという。












写真の人はシルヴィアさんです。




                        
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