突けなかった抜け目







それはルークたちが次々に起こる崩落や降下妨害への対処に追われながら、つかの間の休息にヴァンへの対処について話し合っていた時のことだった。
こういう時に頼りにするのは博識で軍人経験の長いジェイドの意見で、それを基本に話し合いを纏めた後、ジェイドは眼鏡を直しながらヴァンは敵ながら優れた策士だから油断はできない、と続けた。

「グランツ謡将の謀略は今のところ抜け目ないですしねぇ」

「え・・・・・・そっかな?」

きょとん、とした顔でルークが聞き返すと、聞き返されるようなことだとは発言したジェイドも他の仲間達も思わず、彼らもきょとんとした顔になってルークに聞き返す。

「どうかしましたか、ルーク?」

「大佐のいうことは最もだと思うけど、何をそんなに不思議そうな顔しているのよ?」

「あの頃はわからなかったけど、今考えるとヴァン師匠の謀略って結構抜け目だらけだと思うんだけどな・・・・・・。だって、ティアに計画の重要部分立ち聞きされたのに、ずっと俺たちと一緒にいさせたままにしてただろ?」

「立ち聞き?」

「ルーク!」

ティアは慌てたようにルークの言葉を遮るが、聞き咎めたジェイドはそのティアを睨んで抑えるとルークに問いかけた。

「・・・・・・ルーク、計画を立ち聞きしたとは何のことですか。」

「ユリアシティでティアが言ってたんだ、外郭大地に来る前、ヴァン師匠とリグレットが外郭大地の住人を消滅させる計画を進めていることを聞いたって」

アクゼリュスが崩落した時にティアが叫んだ台詞を思い出し、ジェイドの視線が険しさを増す。
あの時は崩落や、ルークへの非難ばかりに気を取られティアを問いただすことをすっかり忘れてしまっていたが、今思えばティアはヴァンの計画について何らかの情報を持っていたのだろう。

「もしティアがそれを俺たちに話したら?あの頃の俺は師匠を信じてたし、あの頃の俺にとってティアは俺の屋敷を襲撃した犯人でとても信用できなかったからティアがそれを話しても信じなかったかもしれないけど、みんなはティアに好意的だっただろ。ティアがそれ話したらみんなヴァン師匠のこと警戒したんじゃないか?なのに俺たちと旅してるティアをずっと放って置いただろ。カイツールで会った時もなんでか連れて行くこともしなかったしさ。結局アクゼリュス到着直前にリグレットがくるまで放って置いただろ?」

「そ・・・・・・それは私が任務中だったから」

「え、ティアの任務って第七譜石を捜すことだろ?あの時は俺の屋敷襲って、俺を送り返す義務があるからって二か月半以上俺と一緒にいたんだから、その間ずっとしてなかっただろ?任務。責任感じて俺を帰す方を優先してくれたのは分かるけど、でもこれはティアの私事の償いで任務じゃないだろ。それとも神託の盾は、軍人が任務中に何カ月も私事で旅しても任務中ってことになるのか?」

ルークがイオンに尋ねると、今更ティアの公爵家襲撃や任務中だったことを知り絶句しているイオンはぶんぶんと首を横に振る。
だよなぁ、とルークも頷き、幾ら神託の盾がそんなことやった軍人がクビにもならないぐらい甘ったるい軍隊でもそれはないよなぁ、と呟く。

普段なら怒って反論するティアは、自分が任務を二か月半もの間放り出していたことを今更自覚し、自分のやったことで神託の盾が“無知”と馬鹿にしていたルークにすら“甘ったるい軍隊”と見られていたショックに言葉を続けられなかった。
何度も神託の盾の軍人であることを誇るような振舞いを繰り返していたのに、奇妙なことにティアは自分の行いによって神託の盾までが侮られることをただの一度も懸念したことがなかった。
そもそもが自分自身にすらそうした自覚がないから、あれほど被害者にすら傲慢な振舞いを繰り返せたのだろう。

「アリエッタのことを教団の監査官に引き渡して査問会にかけるなんて口実で連れ帰れるならティアのことだって襲撃の罪をそうするって口実で連れ帰ることだってできるのにな。自分の計画知っている人間を、イオンやジェイドみたいな要人や、計画の要の俺やイオンに近づけたままにしておくってすげぇ抜け目じゃねぇ?」

結局ティアが何も話さなかったから抜け目にならなかったけどさ〜、とルークが言うと、ジェイドが珍しく怒りを込めてティアに詰め寄るが、ルークは今度はジェイドを指して“抜け目”を述べる。

「ティア、あなたはどうして何も相談してはくれなかったのですか!」

「それにジェイドもだよ」

「・・・・・・え?」

「ジェイドは俺がレプリカだって気づいてたんだろ?もしあの時に俺がレプリカだってことを打ち明けていたら、それを知っている──製作に関わったか、関わった人間の仲間の可能性があるリグレットが師匠の片腕だって所から更に師匠が怪しくなるだろ。あの時は自分がレプリカとか知らなかったからあの女の言ってることもみんなが言ってることも分かんなくて腹立ったけど、それを知って考えたら、リグレットだけじゃなく師匠も怪しくなるよな。デオ峠の時には、アッシュの素顔を見て、アッシュが師匠の部下だってことも分かってたから、アッシュがオリジナルってことも気付いたら、オリジナルを部下にしている師匠はますます怪しくなるし。なのに俺がレプリカだと知っているジェイドを早めに始末することもできなかったし、あの時もティアを連れてこうとしただけでジェイドの口をふさいで俺がレプリカなの隠蔽しようとか思ってなかったみたいだしな」

ジェイドは睨んでいたティアから視線を外すと無言で眼鏡を挙げて考え込む。
何時もと同じ仕草のように見えるが、僅かな指先が震えが動揺を表していた。
それに構わず、ルークは今度はイオンに向けて“抜け目”を述べ続ける。

「イオンも知らない方が良いこともあるって、あれは俺がレプリカだったことを言ってたんだよな。イオンを作ったのはヴァン師匠とモースだから、ヴァン師匠がレプリカを作ってることまで知ってたんだろう?ここまで情報があったら師匠がオリジナルのアッシュからレプリカの俺を作ったことも連想できるよな。なのに一度攫ってザオ遺跡で俺たちが奪い返したとはいえ、そんな重要な情報握っているなら無理をしてでもすぐに取り返しに行くべきじゃねえ?セフィロトの扉を開けさせるのは別に俺たちと同行させなくても、師匠たちがアクゼリュスに連れていってでもできただろうし、そもそもイオンが俺についてきたこと自体がイレギュラーで、師匠の計画に予想外の事態だろうから別に俺たちと離しても構わねぇし」

結局ジェイドもイオンも話さなかったからこれも抜け目にならなかったけど、とルークが言うと、今度はガイが怒りジェイドに詰めよりかけるがルークは今度はガイを指して“抜け目”を述べる。

「旦那!気付いてたならどうして・・・・・・」

「ガイもだぞ?」

「・・・・・・え?」

イオンやジェイド以上に驚き、まるで自分にはやましいことなんてない、思いもしないことを言われたといった様子で振り返り、故なき誹謗を受けたかのような傷付いた顔をしたガイをみて、ルークは不思議そうな顔をした。

「ガイなんて師匠が俺を騙していること知ってただろ?アクゼリュス崩落させて、レプリカ大地作って、なんて何も教えて貰えなくて、ガイ自身もヴァン師匠に騙されて言うなりになってたみたいだけど、師匠が俺を騙しているのをずっと知っていて、師匠の回し者スパイとしてずっと協力もしてたんだろ?ティアのいうことなら簡単には信用しなかったかもしれないけど、幾らなんでも友人でずっと俺の側にいたガイがそれを打ち明けていたら、俺だってナタリアだって師匠を疑ってたと思うぞ?思い返してみればガイと師匠、時々変に密談して俺が近寄ったらペールが大きな声をかけて気付かせたりしてたしな。それに師匠の本名も、父上に故郷を侵略されたことも、父上に父親を殺されたかもしれないことも、きっと父上のことを憎んでいるだろうってことも知ってたんだろう?そこまで聞かされたら俺だって、師匠が仇の子の俺のこと弟子だなんて思ってないかもって考えたさ。ジェイドやイオンは俺がレプリカだってことを打ち明けるのが良いことなのか悪いことなのか迷ってたみたいだから、隠すのはまだ分かるんだよ。特にイオンにとってはヴァン師匠は生みの親のひとりだし、二年間ヴァンの師匠の手の上にいて逆らえないのも無理ないとも思う。導師がレプリカだってことはダアトの機密だったしな。けどさ、ティアが隠した計画もそうだけど、師匠が俺を騙しているってのは隠しても悪い結果にしかならないし、ガイは師匠と同志とはいえ、イオンみたいに支配下にはなかった、むしろガイは自分が主人で師匠が臣下だと思ってただろ?二人よりもガイとティアの方が、情報を明かす可能性が高かったんじゃねぇ?」

そう言われて、ヴァンに“騙された”ルークをずっと責めて見下していたガイは、自分がヴァンに“騙されて”いたことに気付く。
そして自分はヴァンを信じる信じないとルークや仲間が揉めている時に、決定的な証言ができたのにしなかった、隠していたということにも。
ガイの顔から故なく傷付けられた様な表情が消え、ルークが“抜け目”を指摘する度に青ざめてゆく。

「・・・・・・ああ、ジェイドは“ガルディオス伯爵家に仕える騎士の息子、フェンデ家の息子”がホドの実験の被験者だったってこと知ってたから、ガイが師匠の本名を明かしていたら、そこから芋づる式に師匠がホドのフォミクリー実験の被験者、封印した人体フォミクリーを知ってることもキムラスカだけじゃなくマルクトも恨んでいるかもしれないとか昔のことが分かったよな。ティアも師匠の実験のことは知らなかったけど、ホドを見捨てたことで世界を恨んでいることは知ってたよな。これもユリアシティでティアから聞いたことなんだけど、師匠がユリアシティでずっと預言を憎んで、いつも“ホドを見捨てた世界を許さない”といってるのを見てきたんだもんな。ヴァン師匠だって、ガイの持ってる情報からジェイドの持つ“ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ”の情報に繋がることは分かってただろ。俺を騙していることも昔のことも知ってるガイが俺たちと一緒にいるのに口を封じもしなかったって結構な抜け目じゃねぇ?もう旅に出た後はガイの協力いらねぇんだから、師匠が本当に抜け目なかったら共犯者は処分するか連れ戻すかして情報が漏れないようにすると思うんだよな」

結局ガイが何も話さなかったからこれも抜け目にならなかったけど、と続ける頃には、もう誰も口を開かなかった。
ただ自分たちが隠していた秘密が事態を変えた可能性を持っていたことに気付いた衝撃に青褪めて立ちつくす。

「ああ、でもガイはアクゼリュス崩落までずっと師匠の忠実な“共犯者”として俺にも誰にも何も言わなかったし、俺が師匠を信じることに警告すらしなかったぐらい師匠に協力的で、ずっと親友だっていってた俺に騙されていることを打ち明けるより師匠への疑いを隠すことを、俺を助けるより師匠を守ることを選ぶぐらい師匠のこと大好きで盲目的に信じてたんだもんな。師匠はガイのこと騙して、何も教えてくれなくて、復讐のためだって嘘を教えて利用してただけだったけど、でもガイはそんなこと全然気付いてなくて、ずっとそんな師匠のこと信じきって騙されきってたんだもんな。俺が騙されているのに協力したり見捨てるのは俺にとっては危険だけど、師匠の同志としてみれば師匠のためになるもんな。じゃあガイは口封じなくても大丈夫だって分かってたのかな?」

何も知らなかった、何も教えてくれなかった、ヴァンを信じて言うとおりにしただけ──そうしてアクゼリュスの崩落に協力してしまったのはガイも同じで、ガイもまたヴァンに騙されて盲目的にヴァンを信じていたのに。

今までルークに向けた言葉が跳ね返り、ガイは両手で頭を抱える。
俺は、と言葉が漏れたが、悪くないと続けることはできずに口を閉じてただ呻いた。
けれどあの時に自分は潔白のような顔をして立ち去った過去の己は、「俺は悪くない」と言ったに等しく、自分の否を認めずに、全て人の、自分が罪を背負わせる一端を担ったルークだけのせいにしようとした姿でしかなかった。



もしもみんなが知っていることを相談していたならあの悲劇は防ぐことができたのかもしれないと。

そしてティアとガイは、犯罪の計画を、騙されていることを、隠すことは悪い結果しか齎さないことなのに隠していたのだと。

あの悲劇は何もできなかったのではなく、できることをしなかった結果なのかもしれないと。

ようやく気付いて絶句したままの彼らに、ルークは再びジェイドの言葉への疑問を繰り返す。



「師匠が抜け目ないっつーかさ、俺たちが突ける抜け目を突かなかったんじゃねぇ?」



今度は誰も聞き返すことはなく、ただ項垂れるように頷いただけだった。








誰もが秘密を隠して動いていたのに、“相談して欲しかった”のはひとりだけ。




重要な情報を握った同行者を大事な手駒や重要人物の近くに放置してたヴァンが分かりません。
ティアなんて目的だけとはいえ計画の最重要部分を知られ、ガイには計画に必要なルークを騙していることを知られていたのに。




                        
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