自虐的変化≠成長





インゴベルトが“ルーク”に会ったことは殆どなかった。

一度だけファブレ公爵とシュザンヌが、赤子のようになっている──今から考えれば、本当に赤子だった──ルークを連れてきたが、当然会話などできるはずもなく、直後にファブレ公爵家への軟禁を命じたためルークの方から会いに来ることはなかった。

公爵家は王城から眼と鼻の先にあり、かつてはインゴベルトも妹の嫁ぎ先という気安さもあり何度も訪れていたが、預言を知り軟禁を命じてからの七年間は一度も訪れたことがなく必要なことは全て娘のナタリアに名代を命じて済ませてきた。
──何れ自分が死なせる甥や、その母親でもある妹の顔を見る勇気がなかったのだ。

二度目に会ったのは和平の使者に同行して謁見の間に来た時。
この時には多少会話もあったものの、預言が、自分が彼を死なす時が間近に迫っている後ろめたさから七年ぶりの伯父と甥の会話としては無味乾燥に手早く済ませてしまったし、次の日には親善大使としてアクゼリュスに旅立たせた。

それからはアクゼリュス崩落、偽姫事件、戦争、和平、預言脱却、外郭大地の度重なる崩落と降下、レプリカ大地計画、大量のレプリカ発生、障気中和、ヴァン討伐・・・・・・と慌ただしい日々が続き、何度もルークと顔を合わせはしたが、この頃は純粋に忙しさやどちらも互いより娘のナタリアとその実父のラルゴの件に気を取られていたことからゆっくり話す余裕を持てないでばかりいた。

だから、軟禁についてルークと話す機会もなく、ルークの変化にも何も気付かなかった。

そしてそのままルークはエルドラントでローレライを解放し、消えてしまった。




二年後にアッシュとルークが帰還して少し落ち着いた頃、インゴベルトはルークに会うために十年間遠ざかっていたファブレ公爵家へと訪れた。
今更伯父と名乗る資格などないのは分かっているが、一度ルークとゆっくり話し、そしてルークにしたことさせたことを謝罪したかったのだ。
もちろん謝ってもルークが許してくれるとは限らないし、許されなくても仕方ないとは覚悟していたけれど。

けれど七年間の軟禁についてインゴベルトが詫びた時、ルークは眼を見開いて首を振った。
今更謝ったって許すことなどできないという意味かと思ったが、ルークは怒りも嫌悪もなく、まるで謝られる理由がわからないと言ったようにきょとん、としただけだった。

「何故伯父上が謝るんですか?」

「私は詫びねばならんだろう・・・・・・七年間もの間お前を閉じ込めて、不自由な生活を強いていたのだから。屋敷にいた頃のお前が良く不平と不満を述べていたとナタリアやシュザンヌから聞いておる。軟禁はお前を苦しめていたのだろう?」

「そんなこと言い訳になりませんよ。閉じ籠もってたのは俺の意思ですから」

「・・・・・・何?」

次の瞬間、インゴベルトは思わず、甥の額と自分の額に手を当てて体温を比べてしまっていた。

「何ですか伯父上?」

「いや、熱があるのではないか思って・・・・・・お前が自分の意思で閉じこもった、などとわからぬことを言い出すから」

ルークが何を言っているのかインゴベルトには全く分からなかった。
閉じ込めたのはインゴベルトの意思で、インゴベルトの命令で、そして例えルークが外に出たいと望んでも出られないような環境を作ったのもインゴベルトなのに。 それを言い訳にならないと否定して、自ら閉じ籠もっていたと言い張る甥の意図が全く読めずインゴベルトが尋ねると、ルークは自嘲と自責を滲ませて語り始めた。


閉じ込められていたというのは言い訳にもならない。
屋敷の護衛は大したことなく出ようと思えば何時だって出ることができたから、しなかったのは自分の意志だ。
閉じ込められていた、出ることはできないと、と思っていた方が楽で、被害者面をして不平と不満を述べていた。
そうすれば退屈でも安全で三食おやつが保証された生活ができるから、それを捨てなかったのは自分の意思だった、と。


「今は、今ならそうだと分かります。昔の俺は、馬鹿で傲慢で非常識で考えなしで・・・・・・どうしようもない奴だったから」


剣術ごっこしかできなくて安全な屋敷に閉じこもって、無知で世間知らずで、と自分を責める言葉を並べるルークに驚愕して慌てて止めると、ルークは再び、インコベルトがどうして驚くのかわからないと言った風にきょとんとした表情を浮かべた。


──ルークは一体何を言っているのだろう?

ファブレ公爵邸は白光騎士団によって厳重に護られ、王城を除けば貴族の屋敷の中で最も堅固だと言われている屋敷だ。
クリムゾンだけではなくインゴベルトの妹でもあるシュザンヌ、インゴベルトの甥で第三王位継承者のルーク、また頻繁に訪れる王女ナタリアを護るために、暗殺者や忍びをけっして侵入させないように、その重責に応じた武力を持つ騎士を充分な人員を備えて強固に警備がなされている。
ティア・グランツには侵入されてしまったが、あれはユリアの譜歌によって眠らされてしまったためだった。

その警備を、軟禁されて育ち実戦経験もない“剣術ごっこをかじっただけのお坊ちゃん”にたあいもなく抜け出せるはずもない。

過去の己の力を卑下しながら、多数の騎士の護衛から抜け出せたというルークの言葉は明らかに矛盾していた。


仮に、仮に屋敷の警備がそこまでお座成りであったとしても(その場合は国王の妹と甥が住まい娘が訪れる屋敷の警備をお座成りにしていたクリムゾンの無能と責任を問わなければならないが)、あるいはティアの侵入を防げなかったことでルークがそう勘違いをしたとしても、ルークの軟禁はルークの意思でも公爵夫妻の意思でもなく、インゴベルトの、国王の命令だ。
“王命”で屋敷にいることを命令されているのに抜け出せば、ルークは王命に逆らったことになり公爵夫妻も責められる。

例え警備が皆無で扉が開け放された環境にあったとしても、“王命”という強固な鎖で繋がれ閉じ込められていた、インゴベルトが閉じ込めたのに。

もしもルークがそこまで理解出来なかったとしても、シュザンヌはルークが不平不満を言うたびに兄上のご命令だからと宥めていたというから、少なくとも自分や両親より偉い伯父の命令ということは理解できていた。
上位者の命令というのは、それだけで強制力を持っていたのに。

それに帰還してからのルークは公爵子息として教師がつけられ王族の“常識”についても学んでいる。
今は、今なら王命で命じられている限り警備やルークの不満がどうあろうと抜け出すのは“非常識”だと分かるはずなのに、それでもルークは過去の己を非常識だと責めながら、非常識な行動をとらなかったことを責めている。


そもそも、ルークは軟禁の理由について、十歳の時の誘拐がきっかけとなってルークの身を案じて軟禁を命じたと教えられているはずだ。
それから抜け出すことは、安全で三食おやつ以前に誘拐の危険から護られた生活から抜け出し、誘拐の危険に自分を晒すということだったのに。

あの頃のルークの立場はファブレ公爵子息に加えて第三王位継承者、ナタリアの婚約者など様々に高い身分を持っていた。
マルクトからの(と思われていた)再度の誘拐の恐れの他にも、王位継承やナタリアの婚約者の座を狙う者、またファブレ公爵家の力を妬み力を削ごうと企む勢力の暗殺者、政争や戦争の復讐者、単に旅人を狙った盗賊や人浚い、魔物・・・・・・。
一般人でも“剣術ごっこをかじっただけのお坊ちゃん”にとっては外は危険なものだが、貴族で、王位継承者で、ファブレ公爵子息で、何より次期国王でナタリアの婚約者のルークには数え切れない危険が付き纏う。
だからナタリアでも忍びの旅に出る時には一介の剣士を装った護衛をつけ、自分の弓の腕に自信を持ったナタリアが鬱陶しがるようになっても、インゴベルトは常に護衛を伴うことを厳命していた。
そうできないルークが危険だからと外に出ないのは決して責められることではなかった。

王位継承者の身に万が一のことがあれば、ルーク自身だけではなくファブレ公爵家やキムラスカの一大事になるのだから。
例え外に出たいと望んでも無謀な脱走は慎まなければならないのが当時のルークの立場だった。




白光騎士団の強力な警備はたあいもなく敗れる程度のものと捻じ曲げられ、国王という絶対者の命令は忘れ去られ、どうしてルークが軟禁されていたのか、どんな危険があったのかという前提すらすっぱり抜け落ちている。

まるで自分が平和で安全な、魔物などいない世界の、盗賊や人浚いも滅多にいない治安の良い国の、暗殺者や復讐者に狙われることもなく護衛も必要ない一般家庭の、外見相応の時間を生きた若者で、有形も無形も何の鎖もなく自分の我儘だけで閉じ籠もっていたとでも思い違いをしているかのように。

そうしてまぎれもなく伯父の被害者であったはずの過去の己を、被害者面と責め蔑んでいる。


軟禁されていた頃の彼は自分が悪くないことを自分が悪くないと、他人のせいだとちゃんと理解して、理不尽な環境に不満を表すことができていたはずなのに、何時の間にこんな風に自分が悪くないことを自分のせいだと思い込んで他人のせいだと理解できず不満を言えなくなっていたのだろう?

誰が、彼に、そんなことを思いこませてしまったのだろう?

屋敷にいた頃はそうではなかったはずだ、ならば旅に出ていた間に?
しかし親善大使に任じてからずっと旅を共にしていたはずのナタリアは何も言っていなかった。 むしろルークは旅に出てから成長している、ルークを見ていると人は変われると分かるのだと誉めていたのに。
娘は何も気付かなかったのか、まさかこれを良い成長だと思ったのか?


「今は、今の俺には分かりますから。タタル渓谷でティアの背中を預かることもできなかったし、ティアに旅の辛さの不満や不平を並べてお荷物になって、ティアから師匠襲ったり俺の屋敷に乗り込んだ理由を聞き出そうとか、他人の事情に立ち入って馴れ合おうとしてた失礼なやつで・・・・・・」


他人が悪くて自分は悪くないことを自分が悪いのだと繰り返す、過去の自分の不満は我儘で今の自分の自虐が正しいと、その変化を“良い成長”だと、思っているらしい甥を見ていられず、インゴベルトは天井を仰いで顔を覆った。












※ルークの軟禁への自虐は小説六巻より




                        
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